20 雪女2

「はぁ……はぁ……頼むから一人で勝手に動かないでくれよ」


 俺がティムに追い付いた時には、そこは既にプールサイドだった。


「駿一、あれ、何だ?」


 ティムが呑気にプールの方を指差している。


「うん? あれは……あれは……?」


 ティムの目に何が止まったのかは分からないが、とっとと答えてティムの気を済まそう。そう思って俺は前を見た。そして、驚いた。


「なんだ……どうなってるんだ?」


 プールは全体的に青くぼんやりと発光している。そして、プールの中心の水面に一際輝いている所があって……なんと、そこには白い着物を着た少女が立っている。

 見間違いではなく、水面に少女が立っているのだ。


「あれは……俺には女の子に見えるが……」


 また幽霊か。俺はうんざりしかけたが、どうやらそんな感じではない。少女の着ている着物は完全な白ではなく、極めて薄い青色だ。そして、俺が最初に着物が白だと思った原因は、少女の髪の色にある。少女の髪は、鮮やかな水色をしているので、着物の色が目立たなかったのだ。

 俺は色々な霊を見てきたが、今のところ髪が水色の霊にはお目にかかった事が無い。大体の霊の髪は天然色。つまり黒髪か、偶に白髪の霊が居るくらいだ。外国の霊ならば、その限りではないかもしれないが、少なくとも水色ではないだろう。

 そもそも人間の形をしていない霊も、何度も見たことはあるが……そういう奴は髪の概念が無いので、比較にならない。

 前者は生前の生まれたままの姿がそのまま霊の姿になっているものと、俺はなんとなく思っているが……とにかく、あんな髪の色の霊は見た事が無い。

 だが、霊以外ならば、あんなカラフルな髪の毛を見た事がある。しかも最近だ。それは宇宙人だったりビッグフットだったりしている。


「悠、居るか?」

「はいはーい。呼ばれて飛び出て悠ちゃんでーす!」

「訳の分からんノリはやめてもらおう。それはそうと悠、あれ、霊か?」

「え?」


 悠は少女の方を見て、一瞬きょとんとした。


「うーん……駿一は何か感じないの?」

「うん? そういや……言われてみれば感じないな」


 いつもなら、霊気だとか、霊の気配だとか言われているもの……つまり、こいつが霊だという気配のようなものを感じるが、この少女からはそういった気配は一切感じる事ができない。


「うーん……ちょっと待って……」


 悠が少女に近寄って向かい合ったり、後ろに回ったり、下から覗いたり、色々な角度からじっくりと観察している。そして、暫くすると、一通り見終わって満足したらしく、俺の所へ帰って来た。


「何か、違う気もする」


 散々見回した結果の答えがこれらしい。


「いや、分かった。あいつは霊じゃない」

「えっ?」


 悠はきょとんとして、俺の顔を見ている。


「あいつにはお前が見えてない」

「あ、そっか」


 俺の一言で、悠は納得した。


「ふう、やっと追い付いたポ……これはどういった状況だピ?」

「ああ、ロニクルさん。どういう状況だかは俺にも分からん。現時点で分かっているのは、光るプールに女の子が浮いてるって事だけだ」

「おお! これは興味深いプ」


 ティムの時の事を連想した俺は、すたすたと女の子の方に歩いて行くロニクルさんの手を、急いで掴んだ。


「ロニクルさん、触らぬ神に祟り無しだ。気持ちは分からんでもないが、どうか、その好奇心を抑えてくれ」

「む……そうポか」


 ロニクルさんの足が止まった事を確認すると、俺はほっとして、そっと手を離した。


「その様子だと、ロニクルさんのお仲間じゃないみたいだな」

「勿論だプ。あんなの見た事も聞いた事も無いポ。気になるなら調べてみるピ」

「いや、まだいいロニクルさん」


 再び歩き出しそうになったロニクルさんを、肩を掴んで制止した。


「ティムは心当たり無いのか?」

「知らない、あんな奴! おいそこの!」


 ティムが話しかけるが、女の子はぴくりとも動かない。が、代わりにとんでもないものがこちらへと吹き付けてきた。


「うおお!」


 俺は思わず叫びを上げた。


「吹雪だプ」

「みたいだなロニクルさん」

「きっとあいつがやってるんだ!」

「そうだなティム。この真夏に、しかもピンポイントでここに吹きつけてるんだから、十中八九そうだろう」


 周りを見ても、雪と風が吹き付けているのは、少なくともこのプールの中だけだ。金網から覗く校庭や学校の外には風も吹いていない、穏やかなものだ。


「ボクに勝負を挑むとはいい度胸だ! 受けて立ってやる!」


 ティムが息巻いて一歩踏み出した時だ。プールの水の中から何かが地上に上がった。


「氷のライオン!?」


 悠が言った。


「いや、鬣は無いが……ああ、雌って事か」

「そうそう!」


 メスのライオンと言われれば、そう見えなくもない。


「猫だ! おっきな猫! ボクが退治してやる!」

「形状的には豹が近いプが……少し違う気がするポ」


 ティムとロニクルさんは、思い思いの動物の名前を口に出した。俺にはその三種類の動物のどれが一番的確なのかは分からないが、とにかく、目の前には全身が氷で形作られた、四足歩行の動物が居る。


「こいつら、やるきだぞ! 気を付けろ!」


 ティムの声が緊張感を帯びている。氷の獣はごとりごとりと重そうな足音をさせながら、慎重にこちらに近付いている。

 そして次の瞬間、氷の獣は、その氷の足でコンクリートを蹴り、俺に飛び掛かってきた。


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