12 ビッグフット2

「ふーむ、心なしか視線が気になるな」

「緑色の長い髪ってだけで目立つから」


 俺と悠はぼそぼそと話しつつ、目当ての洋服屋へと向かって歩いている。そして、その横にはロニクルさんが……居ない。


「あれっ!? ロニクルさん?」


 俺は隣で歩いているとばかり思っていたロニクルさんが消えた事に驚き、辺りをきょろきょろ見渡した。


「おーい、ここポ!」


 ロニクルさんの声が後ろから聞こえてきた。俺が振り返ると、三段に重ねられたカラフルなアイスを持ったロニクルさんが走ってきているところだった。


「プリムラに行ってたのか。ロニクルさんも地球外生命体とはいえ、女の子なんだな」


 新しく開店したアイスクリームショップ「プリムラ」は、現在、うちの学校の女子に大人気の店なのだ。ベーシックなアイスクリームの他にも、クレープで包んだアイスクリームがあったり、カップアイスに自分好みのデコレーションをして食べるものもあるらしい。


「実は、実際にこうして大っぴらに町を歩くのは初めてなんだプ。宇宙からならしょっちゅう観察はしているんだポが」

「そうなのか……」


 洋服を買い、とっとと帰ろうと思っていたが、今のロニクルさんの話を聞いて、俺は少し考え直した。データ収集のためとはいえ、このまま味気無く用を済ませるだけで良いのだろうか。


「なあ、ロニクルさん」

「うん? 何だピ?」

「いや……そのな……」


 俺はどこかへ誘おうと思い声をかけたが、慣れない行為にその先が出て来ず、あたふたしてしまっている。


「もう……そういう所も変わって無いんだから」


 悠が隣で飽きれている。


「何だよ、そういう所って」

「何だよもかんだよも無いわよ。だって駿一ったら、昔だって……」

「おっ、あれ、何だポ?」


 ロニクルさんが何かを見つけたらしく、急ぎ足で近寄っていった。その先にはガラの悪い不良数人に絡まれている少女……いや、幼女と言った方がいいくらいの年齢だろうか。とにかく、幼い女の子が居た。


「あ、ロ、ロニクルさん、近寄らない方がいい」


 俺にはこの状況をどうにかする技量も実力も無い。女の子にとっては可哀想だろうが、ここは見て見ぬふりをして関わらない方が良い。


「うん? 何だてめえ、のこのことしゃしゃり出て救世主気取りか? あぁん?」

「いや、その……俺はただ……」


 どうやら、ロニクルさんを止めようと思っていたら、ずるずると、いつの間にかこの凄味のある不良の間近へ来てしまったらしい。


「俺はただ、何だよ。俺はただ、そこの子供を助けに来ただけだって言っちゃうのか? 勇敢だねえ。来るなら来てみろよ、ああん?」


 妙な誤解のせいで、不良達はやる気満々になっている。一方、ロニクルさんはというと、どうやら興味があったのは女の子の方のようで、まじまじと、女の子を見つめている。


「ボクを助ける? ボクはニンゲンに助けられるほど弱くは無いぞ!」


 女の子はそう言うと、不良の一人を殴りつけた。


「うごっ!」

「て……てめえ!」


 大人げ無く、不良が女の子へと向かっていく。が、女の子は、スカートと、袖口の広いTシャツをはためかせながら、また一人不良を殴りつけた。


「どうした! 口の割には大した事ないな!」


 その色白な肌と、細身の体格とは裏腹に、女の子から繰り出されるパンチやキックは相当なものらしく、見る見るうちに不良達を殴り倒してしまった。


「ふん、ニンゲンの癖にボクに楯突くからだ!」


 女の子は、そそくさと撤退していく不良達を尻目に、自慢げにそう言った。そして、徐に俺の方へと視線を向けた。


「よし、ニンゲン、次はお前だな!」

「へ……? 俺?」

「そうだ。三対一でも戦いを挑んでいく姿は、ニンゲンながらも実に勇敢だった。だから、ボクもそれに応えてお前と戦ってやる!」

「戦うって……」

「心配するな、ボクはニンゲンじゃない。お前たちの言葉でビッグフットと呼ばれる種族だ。お前もきっと満足できる」

「いやまてまて、意味分からん」


 またも話が意味不明な方向へと迷走し、とんでもない事になりつつある。


「遠慮はいらないぞ!」


 女の子がそう言って拳を振り上げたので、俺はとっさに、横に倒れ込むように飛び退いた。そして、その直後、強烈な音が響いた。女の子の振り下ろした拳が、地面のタイルを割ってしまったのだ。


「なっ……本当にこいつ人間じゃないのか!?」


 驚く俺の目と、意外な顔をしている女の子の目とが合った。


「ロ、ロニクルさん、逃げるぞ!」


 女の子は、目の前の対戦相手に速攻で背中を向けられて唖然としている。俺はその隙を見てロニクルさんの手を掴むと、一目散に逃げ出した。


「お、おい待て、逃げるのか?」

「最初から戦う気なんてねえよ、ビッグフット!」

「ビッグフットじゃない! ティムって名前がある!」


 ティムは、そう言いながら俺達を追いかけ始めた。


「そうか。じゃあティム、俺は勇敢でも何でもないから、別の人に挑んだ方がいいぞ。お勧めはボクシングジムか相撲部屋だ!」

「待て! 臆病者にはボクが喝を入れてやる!」


 誤解を解こうと発した言葉だったが、どうやら逆に火を点けてしまったらしい。ティムは相変わらず俺達を追いかけている。


「いつまで走ればいいポ? ロニクル、このままじゃ疲れてしまうピ」

「ああ、あっちが本当にビッグフットだとすると、人の体力じゃ、いつかは追い付かれるだろうな。どこか身を隠す所でもないか?」

「駿一、建物の中に入れば? そこなら身を隠す所はいっぱいあるだろうし」


 悠が地面を滑る様に、俺に追随しながら言った。息が切れている様子は無い。


「悠、お前、疲れないのか?」

「うん。なんかね、そっち方面には体力使わないみたい」

「そうなのか……」


 俺は悠を少しうらやましいと思ったが、考え直した。今まさに死を回避するべく、あの怪力幼女から逃げているのだから、霊体の遥を羨ましがるなんて本末転倒だ。


「建物の中はまずいな、あんなのに建物の中で暴れられた日には、大騒ぎになっちまう」

「確かに、そうかも」

「本当に駄目なら考えるが、ぎりぎりまでその手は取っておこう」

「じゃあ、どうするの?」

「こうするんだ。ロニクルさん、二手に分かれよう!」

「分かったポ」

「俺はどこかで右に曲がる。ロニクルさんは左へ!」

「分かったポ。じゃあ左に行くピ」


 ロニクルさんはそう言って、左の脇道へと入っていった。俺は暫く真っ直ぐに走る。ティムはというと、案の定、俺を追いかけてきた。


「やっぱりか」

「駿一、ロニクルさんを逃がしたの?」

「さあな。どちらにせよ、一人で身軽になったのは確かだけどな」

「もう、駿一ったら照れ屋なんだから」


 悠との会話をしながら、俺は御誂え向けの脇道を探した。


「さて、俺もあそこを曲がるか」


 俺は八百屋の角を右へと曲がる。すると、そこには薄暗い裏路地が広がっていた。


「初めて通るが……行き止まりだけはやめてくれよ」


 俺は祈りながら更に走った。


「そんな所に隠れても無駄だぞ!」


 ティムの叫び声が聞こえる。


「隠れてねーよ!」


このままでは追い付かれるのは時間の問題だ。少しでも妨害して、ティムの走りを遅くしたい。


「うおおお!」


 俺は叫び返しながら、そこら辺にある物を片っ端から路地の真ん中へと投げ出した。


「待てーっ!」


 ティムはそんな物は全く気にせずに走っている。ティムの前に投げ出されたパイプ椅子が、大型のバケツが、ベニヤ板が、次から次へとティムに蹴散らされ、ティムの勢いは一向に衰える気配が無い。


「化けもんか、あいつは!」

「ビッグフットだよ! ビッグフット!」

「んなこたあ分かってる!」


 俺が悠とそんなやり取りをしつつ更に走ると、前に大きな道らしい場所が見えてきた。


「行き止まりじゃなかったね、駿一!」


 悠の声を聞きながら、大通りへと出た。目の前には道路が横に伸びている。


「……あっちの信号が青だ!」


 俺は急いで道路を渡った。渡り終わる頃には信号は点滅し始め、そして、赤になった。車のエンジン音が鳴りだす。

 ティムの方を振り返ると、ティムは横断歩道の手前で立ち止まっていた。


「ビッグフットでもちゃんと交通ルールは守るんだな!」


 俺は、やっとティムを足止めできた優越感からか、それともようやく逃げ切れるという安堵感からか、足を止めてティムをからかった。


「前にあれに当たったら、なんか怒られたんだ! それに、青痣も出来た! 結構痛かったんだぞ!」

「ははは……」


 俺の口からは、自然と苦笑いが湧き出ている。


「丈夫なんだねえ」

「丈夫ってレベルじゃねえ! 逃げるぞ、まともにやり合ったら、こっちに勝ち目はねえ!」


 俺は更に高まってしまった危機感を抱きながら、再び走り出した。

 人を掻き分け、ティムに見つからないようにに、いくつも道を曲がりながら走るが――ふと、案内板が目に止まった。


「公園か……ここなら身を隠す場所は色々ありそうだ」


 案内の通りに十字路を左に曲がって暫く走ると、目当ての公園が見えてきた。


「ここだ……やっぱ隠れる所はいっぱいありそうだな」

「待てーっ!」


 後ろからティムの叫び声が聞こえてきた。


「うおっ! あいつ、もうこんな近くに来てるのか」


 ティムに見つかる前に、どこかへ隠れないといけない。おたおたしながら俺が見つけたのは、一本の木だった。枝も低い所にあって登り易そうだし、上には葉が生い茂っていて目隠しに丁度良い感じだ。


「よっ!」


 俺はジャンプして太い木の枝に掴まると、足をかけ、よじ登った。それから更に二、三本の枝を登ると、辺りは葉の緑に包まれた。


「ここで暫くじっとしてれば見つからないだろう」


 俺は足元の木の枝に腰を下ろし、幹にしがみ付いた。そして、荒い息を出来る限り抑え、体を動かさずにじっとした。

 暫く息を潜め、ティムが通り過ぎるのを待つことにしよう。

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