11 ビッグフット

 ――今日もまた彼女が居ない。旅行にでも行っているのだろうか。旅先で事故でも起こしていたら、俺はこれからどうしたらいいのだろう――。




 ピンポーン! ピンポーン!

 フローリングの床に寝転がってダラダラとテレビを見ていたら、玄関のインターホンがけたたましく響いた。


「駿一、誰か来たみたいだよ!」

「うるさいな、言われなくても分かってるよ」


 ちょっとした事でも姿を現して俺に話しかける悠を疎ましく思いながら、俺は玄関へと向かった。


「はーい」

「来ちゃったプ」


 扉を開けた俺の目の前に、全裸の女性が立っている。そして、俺はその人が宇宙人だという事を知っている。


「……」


 無警戒に扉を開けてしまった事を後悔しながら、俺は急いで扉を閉め、鍵とチェーンを念入りにかけた。


「……おい悠、居るんだろ?」

「もう。都合にいい時だけ呼ぶんだね、駿一」

「お前が呼ばなくてもしょっちゅう話しかけてくるから、呼ぶ用が無いんだよ。それより悠、見たか?」

「うん、ロニクルさんだった。相変わらず裸の」

「ああ、相変わらず裸の……」


 俺は覗き穴を覗き込んだ。その先には直立不動で立っている……恐らく、俺が中へ通さないと、そのまま立ち続けているだろう、ロニクルさんの姿があった。


「……」


 俺は理不尽さを感じながら、再び扉を開けた。


「ロニクルさん、とにかく中へ」


 こんな所に裸で立たれた日には、どんな噂をばら撒かれるか分かったもんじゃない。


「どうも。お邪魔するプ」


 ロニクルさんは一言言うと、ずんずんと玄関を上がり、居間の方へと進んでいく。


「あ、ちょっと待って、ロニクルさん」


 悠が言うと、ロニクルさんはぴたりと止まった。まだロニクルさんには悠が見えているらしい。


「どうしたんだ、悠?」


 俺が聞くと、悠は下の方を指差した。


「足、足!」

「……ああ」


 ロニクルさんは、裸足でここまで歩いてきたらしい。転移装置で直接ここへ来れば良かったのにと思い、ロニクルさんに言おうと思ったが、UFOに捕らわれた時の「多少の誤差」の事を思い出し、言うのをやめた。


「えと、こっちが風呂だから、足、洗って」


 俺はロニクルさんを浴室へ入れると、シャワーをロニクルさんの足へと向け、蛇口を捻った。


「足を洗うプね。分かったポ」


 ロニクルさんがシャワーに手を伸ばしたので、俺はロニクルさんにシャワーを渡した。ロニクルさんは、片足で片足を擦って器用に足を洗っている。ヴェルレーデン星人流の洗い方だろうか。


「ふう……えっと、タオルだな」


 俺はクローゼットの中の、タオルの入った戸棚を引いた。


「ねえ、どうするの?」

「どうするもこうするも、もう入れちまったんだ。ロニクルさん次第だろう」

「何の用があるんだろう。てか、いきなり上がりこんできて、非常識だよね」

「ロニクルさんは、ちゃんと俺の了承を得ているぞ。少なくともお前よりは常識を分かってる」


 俺はタオルを手に取ると、不貞腐れた様な悠の顔を横目に見ながら、再び風呂場へと向かった。


「あっ、ロニクルさん、そこから出る前に、足、拭いてくれ!」

「おお、そうプね。こちらにはそういった習慣が無いから、濡れたまま出るところだったポ」


 ロニクルさんはそう言って、そそくさと足を拭き始めた。


「ふう……さて、服だな」


 俺はクローゼットの前に戻ると、ロニクルさんに着せるための洋服を物色し始めた。


「ロニクルさんは、俺より背、結構でかめだよな……取り敢えず、これなら多少サイズが合ってなくてもどうにかなるだろう」


 俺はTシャツと半ズボンの大きめのものを選んだ。


「えー、なんかボーイッシュ過ぎない?」

「仕方ないだろう、男の一人暮らしなんだから。ロニクルさん、こっち来て!」


 俺が叫ぶと、ロニクルさんが風呂場から歩いて来た。やはり裸だ。


「ロニクルさん、これ、着てみて」

「分かったポ」


 ロニクルさんはそれを着た。


「む……横がダボダボの割に、丈は短いな……ノッポだな、ロニクルさん」

「どうも、ノッポですプ」


 ロニクルさんは、妙にさわやかな笑顔でそう言った。もしかして、意味が分かっていないのだろうか。


「じゃあこっちだな、ズボンも……こっちの方が合ってるか」

「着てみるプ」


 ロニクルさんが、俺の差し出した服を着た。


「まだ全体的にダボダボだけど、結構マシじゃない? ただ……」


 悠が若干引いている。


「言わんとしている事は分かるぞ、悠」


 ロニクルさんは地球外生命体だから分からないだろうが、この格好はかなり厳つい。上は黒字にでかい髑髏が描かれているTシャツ、下は鎖のじゃらついたカーキ色の半ズボンだ。ロニクルさん自身の、地球人には鮮やかな緑色に染めてある様に見える頭髪との相乗効果は抜群だ。


「その鎖、取っちゃいなよ」

「いや、それがな、この鎖は縫い付けてあって、取るのに結構手間がかかるんだ」

「じゃあ新しい服、買いに行こう、これじゃあ、さ……」

「俺もそれには賛成だ。が、それにはお金という物が必要でな。今月、結構厳しいんだ」

「お金なら心配無いピ。洋服代を用意するくらいなら容易い事だプ」


 ロニクルさんが、さも当然の如く言い放った。


「そ、そうなのかロニクルさん……じゃあ……行くか……」


 俺は戸惑いながらもそう言った。


「じゃあ、自分の支度をしないとだから、ロニクルさんはちょっと部屋の外へ出ててくれ。そうだな……さっきの風呂場の所で待っててくれ」

「分かったプ」


 ロニクルさんはそう言って部屋を後にした。


「ふう……ロニクルさんの相手も、中々ハードだな」


 俺は自分の着替えやバッグの中身を整えながら、行き先を考えた。なら洋服屋は何軒かあるし、行くならそこが良さそうか。


「よし、準備完了!」


 俺が風呂場の手前に行くと、ロニクルさんが立っていた。


「行こう、ロニクルさん!」


 こうして俺とロニクルさん。そして、勝手についてくる悠の三人は岩駆町へと向かう事になった。

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