ぱらのまっ!@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

1 序章

――発端は去年の今頃だろうか。馬鹿で鈍感な俺がボーっと空を眺めていたら、あのマンションの彼女が、俺に必死に手を振っているところを目にしたのだ。俺は今まで気付いてやれなかった事を後悔しつつ、手を振りかえしたのだった――。






<<さて、何か起こるかな……>>


 何も起こらないだろうと思いながら、俺は携帯で文字を打ち込んだ。クローゼットの中は蒸し暑く、体から汗が噴き出している。口に塩水を含んでいるせいか、心なしか鼻息も荒くなっている気がする。右手の小指の先も、未だにヒリヒリと痛む。昼間にナイフでほんの少しだけ削ぎ取った部分だ。勿論、その後すぐに絆創膏を貼って治療をしたのだが、まさかこんなに引きずるものだとは思わなかった。頭に少し後悔の念がよぎる。


<<小指痛い(´・ω・`)>>


 気を紛らわすために、また携帯で文字を打った。


<<体張り過ぎww>>

<<精神的にきついようならやめた方がいい>>

<<ざまあwwwww>>


 様々な反応が返ってくる。俺はそれを見てにやにやしながら、あのぬいぐるみの事を思い出した。

 ぬいぐるみの中には米と、ナイフで削ぎ取った自分の肉が入っている。そして、それを縫い糸で閉じてあるのだが、実は、この縫い糸にも工夫を凝らしてある。肉を削ぎ取った時に思いの外たくさんの血が出たので、アドリブでそれを染み込ませてあるのだ。仕上げにそのぬいぐるみを小刀で刺し、その画像をネットにあげ、皆にも見せた。雰囲気はばっちりだろう。

 ふと、テレビが急に静かになった。俺はすかさず文字を打つ。


<<テレビ消えた?>>


 恐らくは放送終了したのだろうが、そんな事を書いて、皆の興を覚ましたくはない。ライブカメラの画面越しには、単にテレビが消えた様子しか映っていないだろうし。


<<まじだw>>

<<真っ暗になったw>>

<<キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!>>


 反応が返ってきている。俺が本当は怖がっていないと分かっていて釣られている人も居るかもしれないが、こんな反応をしてくれるのならやり甲斐はあるというものだ。


「んっ?」

 俺はガタガタという物音を聞いた気がして驚き、その拍子に塩水を少し吹き出した。

 携帯の画面を見てみる。


<<今の何?>>

<<なんか物音がしなかった?>>

<<霊障きた?>>

<<シンさん大丈夫?>>


 シンさんとは俺のハンドルネーム。早い話があだ名だ。俺は心霊関係の生配信をやる時にはシン☆レーというハンドルネームを使っている。


<<大丈夫。でも、音、したよね。こっちじゃよく聞こえなかったけど>>


 何かの拍子に物が倒れたのだろうか。心当たりは今のところ思い付かないが、とにかく、これのおかげで盛り上がっているのは事実だ。


<<また聞こえなかった?>>

<<なんだか本当に不気味なんだが……>>


 この反応を見る限り、相当にうまくいっている。


「ん……?」


 突然、ガラ……と音が聞こえ、風の音が僅かに聞こえてきた。窓が開いたのだろうか。

 いや、そんな筈はない。物が動くくらいならば何かの拍子で偶然あるにせよ、窓は自分で開けなければ開くはずはない。泥棒が入るにしてもここは二階だし、それ以外の物音もしていない。


<<窓、開いた?>>


 あり得ないと思いながらも、俺は文字を打ち、送信した。十中八九、暗示によるものだとは思うが、今も風の音が聞こえてくるのだ。


<<暗くて分かんねーよ>>

<<んー、そんな気もするけど、これじゃあ良く分からないな>>

<<誰か、解析!>>


 みんなも良く分からないらしい。画面の明度を上げれば分かるかもしれないし、ここは解析を待つ事にしようか……。

 しかし、もし本当に開いていたとしたら、何故開いたのだろう。本当に泥棒だとしたら、ここに居ては色々と危険な気がする。


(ん……何だ?)


 俺は唐突に、妙な感触を感じた。額の辺りに、温かく湿った空気を感じるのだ。


(さすがにヤバい)


 俺は直感的に、本当の霊を呼んでしまったと思った。これは霊の息遣いに違いない。突然に感じた恐怖に、俺の頭の中からはネットの事が吹っ飛んだ。俺は携帯を閉じ、息のする方へと顔を上げようと思った。が、俺にはその勇気が無かった。

 携帯の明かりが消えた。俺は真っ暗のクローゼットの中、俺は顔を伏せうずくまって硬直している事しか出来なかった。


「……くくく」


 暫くじっとして冷静になった俺は、自分の行為がおかしくなり、笑って塩水を吹き出しそうになった。

 よくよく考えてみれば、誰かのいたずらだろう。俺がひとりかくれんぼ実況をやる事は、妹には知らせてある。


真弓まゆみの奴、びびらせやがって)


 ここで出て行ったらつまらない。ここはひとつ、真弓をもっと踊らせてやろうと、俺は今の状況を無視して携帯を開いた。

きっと放送的にも面白くなるだろう。

 ――ドンドンドン!


「うわっ!」


 俺は驚いて、口に頬張っていた塩水を全て吐き出してしまった。真弓の奴、ちょっとやりすぎだ。塩水の事はいいとして、これではやらせなのがバレバレじゃないか。

 俺は真弓に注意しようと、顔を上げ、睨み付けた。


「おい! まゆ……」


 俺の言葉は途切れた。クローゼットの隙間からは真弓の姿は見えない。その代わりに、俺は目を合わせてしまった。俺をずっと見つめてたであろう、ぎょろっとした何者かの目玉と。

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