第2話 バックレ仲間と出会おう!
「特設就職説明会場」その簡易テントの中に入ると、それまた簡易なテーブルとイスがあった。そしてそこには2人の男が着席している。
「あっ……どもっす」
一人はこちらに挨拶をし、もう一人は軽く会釈をしてきた。俺は二人に挨拶する余裕もなく意識は簡易テントの外に向けられる。
「うん……なんだか彼の「気」がこの辺りにあったようだね……だけど……ここで途切れている……」
(俺の気!? なんの気!? 気で追って来たの!?)
「ハローワーク……入った形跡はない……となると……」
(いやぁーーーっ! きっと来るぅ! きっと来るぅ!)
すると先ほどのじいさんが
「いやいやもうしわけない。定員に達したからの、説明会を始めるところなんじゃ」
「……」
「……」
(なんだか俺にも気が見えてきた気がするっ! それにしても互いに無言怖ぇ……)
「もう覚えたから……」
(えっ!? 何を!? 俺の気!? そんなに覚えやすいの!? いやぁーーー!)
遠ざかる悪魔。俺はほっとした気分より、完全にマークされた最悪の事実の方が勝り頭を抱えていた。すると先ほどのじいさんが簡易テントの外から顔を中にのぞかせていた。
「大丈夫じゃよ。安心するが良い。それでは説明会を……と済まぬがすこし用意するんじゃて。自己紹介でもしててもらえるかの。これから一緒の仲間になるかもしれんのじゃ」
そう言うとじいさんは外へ行ってしまった。逃げる為とはいえ、ひょんな事から就職説明会に。どんな仕事なのかも、どういった説明会なのかも分からず折りたたみな簡易イスに腰掛けている。問題が全く解決していないが、先ほどよりかは落ち着いた自分は、改めて仲間になるのか分からない二人の男を観察した。
「パイセン! ヤバイっすねー! 追われてんすか!? すごいっすねー!?」
いきなりこの社会派紳士に声をかけてきたチャラ男。Vネックのセーターに細身のパンツ、靴は先が異常に尖っている。髪型は歌舞伎町のホストのような感じ、もしくは昨今のRPGに出てくる細身の色白キャラに似ている。アクセサリーはネックレスだけと大人しめだがハーケンクロイツだった。
俺はこのようなチャラ男にも分け隔てなく接する。俺は社会派紳士だからだ。
「とりあえず初めまして。それとパイセンってなんですか?」
無難に言葉を選び、気になっていた質問をする。彼らの言語は無知であり、また未知数でもある。
「センパイっすよ! パイセン! あっそれと自分に敬語はいいっすよ! 自分の方が絶対年下っすから!」
「分かった。色々分かった。
「
(名前もキャラも立ってるな。マズイだろうか。俺の印象が薄れる事により内定がもらえないなんて事には……)
そんなアホな事を考えながら、なんとなくハーケンクロイツのネックレスを見ていた。
「あっ! これお気に入りなんすよ~カッコ良くないすか!?」
こいつにその意味が分かっているのか。
「ナチス信仰なのか? それとも……」
そう言うとこれまた元気に返してきた。
「これ寺の地図記号っすよ! 中学の時に作ったんすよ!」
(えっ!? 地図記号!? あれ!? それの逆がハーケンクロイツになるのか……)
なんだか意気揚々と間違いを宣誓し微妙な気分になっていたところ、もう一人の男が自己紹介を始める。
「
「聖夜っす! 大パイセンよろしくっす! ちなみに15歳っす!」
「……えっ!?」
「ん?」
「どうしたんすか? パイセン?」
(46歳!? 孤高のアルバイター!?)
「いや……すいません。聖夜があまりにも若かったのでつい……」
とっさに聖夜のせいにして事なきを得る。それにしてもこの紺野という角刈りのおっさん。凄い。まだ春先だってのにタンクトップ。そしてカーゴパンツにブーツといった出で立ちだ。装飾品の類は付けられていない。むしろ角刈りがアクセサリーのように輝いていて全てを物語っていると言っても過言ではない。まさに完璧な角刈り。
「そうか。鈴木君だったかな。聖也君ともども、よろしく頼む」
「あっこちらこそ、よろしくお願いします」
「パイセン! 大パイセン! チョリーッス!」
その場の流れでなんとなく握手し合う。驚くほど自然に男どもが互いの右手を熱くたぎらせる。
「それにしても本当に聖夜若いな。高校行かなかったのか?」
「はいっ! うちの地元は海岸近くで中学卒業すると、地元のパイセンに族になるかサーファーになるか強制的にどちらかを選ばされるんですよ! それが嫌で
(珍走団かサーファーか。まぁサーフィンするかな俺は。ネットの海は広大だぜ)
「それもまた嫌な話だな。自分の行く先くらい自分で自由に決めたいよな」
「そっすよ! パイセン! その通りすっよ!」
「自由もまた枷なり」
「「えっ!?」」
俺と聖夜がハモる。
(どういう事だ? 自由を求めすぎてそれ自体が目的となり、結局それによって束縛されているという事なのか?)
「なんだかカッコ良いっすねー! 大パイセンは! 大パイセンはどうしたんすか? アルバイト辞めちゃうんすか?」
(それ聞くのか……若さって凄いな……)
「借金があってな……」
(リアル男子会の始まりだな)
「そっすか……それを返すために就職をしようとしたんすか?」
「いや……生活費が足りず、少しずつ少しずつ借りていったらもう返せない金額になってな。それでこの就職説明会に目をつけたんだ。このまま海外に行ったきりになる。ワンウェイトリップだ」
「なんすか!? そのワンウェイトリップって! 片道切符ってことすか!? カッコ良いっすねー!」
(良い人そうな気もしたけど、基本はクズだな)
「あの……この就職先は海外なんですか?」
俺は紺野さんに質問を投げかける。
「そのようだ。聖也君も少し聞いていたね。この日本から遠く離れた異国の地で働くそうだ」
「そうですか……けど……そこまでしないとやっぱ逃げられないもんなんですかね?」
あまり込み入った話は聖夜に任せようと思ったが、気になってしまったので聞いてみた。
「君は……いや鈴木君……
「えっ!?」
(どうして角刈りが!? いや角刈りクズか……っじゃない、どうしてっ!?)
「なんでク……いや紺野さんが
「彼は有名なんだよ。回収率100パーセントの金融屋さ。いや100パーセント中の100パーセントだ」
とりあえず何を言っているのか分からなかったが無視して話を進める。角刈りめ。
「もしかして、か……紺野さん……
「そうだ……世話になっていてね。今日も利息分だけ払ってきたんだ。だから彼の「気」がこちらに向かってきた時は肝を冷やしたよ。まさか私の心までも読んでいたんじゃないかってね……」
(えっ!? なになに? 流行ってんの? その「気」とかいうやつ?)
「たしかにあの「気」は尋常じゃなかったっすねー うちの地元にも絶対逆らっちゃいけない名無しのパイセンがいたんで思い出しちゃいましたよー」
(聖夜、お前も「気」の使い手かよ……)
「鈴木君。君と会ったのも何かの縁だ。一緒に頑張って逃げよう。聖也君もな」
「マジですか?」
「マジだな」
「チョリーッス!」
はしゃぐ聖夜と、仲間が出来て嬉しそうな紺野さんを眺めながら、これから起こるであろう逃避行という名の就職を悲観しながらも、自身の人生である事を覚悟し、果敢に逃げていくことを決めた日でもあった。
しばらく談笑していると、じいさんが車を入り口前にまわしてきた。ここから現地説明会場へと移動するとの事だ。俺はハローワークに横付けされたハイエースを眺めながら自身の行く末を考えていた。聖夜と紺野さんは既に乗車を始めている。
「それでは行くかの……」
「おわ! 車内が凄い明るいっすよ!? パないっすよっ!? 青空教室っす!」
「ほう。これは明るい。まるで私たちの未来のようだ」
「すごいじゃろ? ハイエースのキャンバストップ仕様じゃ」
「……」
キャンバストップというのはサンルーフの一種である。パタパタと幌のような屋根を折り畳めば、車の中からお空が見える素敵仕様と言える。
「どうしたのじゃ? 気に入らんかの? 五速シフトは15センチの円柱シフトノブに、うま◯棒のラベルを貼った特製仕様じゃて。もちろんシフト上部にはシフトパターンが印字済みじゃ。安心するが良いて」
(車検対応品かよ……)
キャンバストップを見て、はしゃぐ聖夜と紺野さん。二人で車内からお天道様を見合ってる様はなんだか父と息子の様にも見えた。
「なんにせよ出発じゃ。またあの者が来ないとも限らんしの」
ハローワークから街中を走り幹線道路へ出たあたりで、じいさんがなにやらを差し出してくる。
「あまり説明出来なかったからの。このパンフレットが説明の代わりじゃ」
その一枚の藁半紙を見る限り、間違ってもパンフレットとは言えない内容だった。三つのプランが記載されていて、その他には何も情報は無い。
「フルサービスプラン」 添乗員が出発からそこそこまでご案内いたします。
「レギュラーサービスプラン」 添乗員が出発から最寄の宿までご案内いたします。
「フリープラン」 出発のみのご案内。以後フリーコースになります。
「私はこのフリープランで頼む」
今まで黙っていた紺野さんがハッキリと声を上げ、自分の意思を運転しているじいさんへ伝える。
「了解じゃ」
「迷うっすねぇ……本当はフリーがいいんすけど、宿まではお願いしようっすかね。おじいちゃん、レギュラーでよろっす!」
「了解じゃの」
(なっ……決めるの早くないか!? 新しい人生のスタートだぞ!? しかもこんなパンフレットで……)
「お主はどうするんじゃ?」
「はぇっ!? え……ちょっと……待ってもらっても良いですか?」
「構わんよ。心配ならフルサービスにしておけば間違いないの」
「パイセンどうしたんすか? 決まらないんすか?」
「あ……うん。二人みたいにパッと決められないな」
「鈴木君。心配する事はない。私達は一蓮托生だ」
またもや嬉しそうに話す角刈り。しかしその通りだった。逃げる相手は一緒。就職する場所も…… 一緒なのか。そうだよな。一緒だよな。ならどうしてこんなコースがあるんだ? 俺はその疑問を小気味よくシフトアップしているじいさんになげかけてみた。
「あの……就業場所の国と仕事先は三人一緒なんですよね? このコースって意味あるんですか?」
「……」
「……」
「……あまりワシを責めないでやってくれぬか? 一生懸命作成したものが意味がないと知れた時、人がどれほど傷ついているかお主なら分からん訳でもないじゃろに」
(意味ないのか……けどボケ防止には丁度よかったんじゃないのかな。ほら! 意味あったね!)
「じいちゃん。でも選ぶ楽しさはあったっすよ!」
「私はフリープランがあってとても安心した」
「うむ。二人は優しいのう」
「……」
「コホン……実はこの就職説明会は基本的には一人採用でな。それでいつもは選んでもらっているのじゃ。じゃが今回は特別での……」
それっきり会話は無くなるものの、車内に巻き込んでくる風の音が代わりにになっていった。
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