不思議な能力

海出 颯大

第1話

 最近、少しばかりに気になっている女の子がいる。いや、この言い方だとちょっと語弊があるな。別にそういうアレじゃない。その子は何と言うか不思議な子で、それで気になっているだけなんだ。

 その子と同じクラスになったのは今年が初めてで、しかもほとんど何の接点もなかったから、会話すらしていない。今は九月だから、半年間も何の関わりもなかった事になる。というか、今もほぼ何にも関わりがないのだけど。

 その子の事が初めて気になったのは、朝の通学電車の中だった。僕は友達とくだらないお喋りをしていて、ふと見てみると彼女がいたのだ。

 席は随分と空いていたけど、その子は立っていて、少し遠目から僕らを見ていた。そしてその時、彼女はおかしそうに笑っていたのだ。

 彼女の外見は、溌剌としたタイプに見えるのだけど、実は大人しくて無口だ。ただし、表情は豊かで、どんな気分でいるのか一目で分かりそうな感じがする。

 それはちょうど、僕がくだらない冗談を言ったタイミングだったから、僕は一瞬、その冗談で彼女が笑ったのだとそう思った。しかし、そこでそれはないと思い直す。距離が離れていたし、電車の中だから僕らは比較的小声で話していた。そのただでさえ聞き取り難い条件に加えて、彼女は実は耳に障害を持っているのだ。まったく聞こえないという訳ではないが、かなり耳は悪いらしい。まず間違いなく、その電車の中で言った僕の冗談は聞こえていなかっただろう。

 だけど、だとしたら、どうして彼女は笑っていたのだろう?

 不思議に思った僕は、それから彼女をよく観察するようになった。それで知ったのだけど、聴覚障害のハンデの所為か、彼女はあまり友達がいないようだった。

 僕は少しだけ、それを残念に思った。もっと皆と楽しく過ごしても良いのに。ちょっと可哀想だ。彼女は笑顔が可愛いのに。

 ただ、彼女自身はそれほど寂しそうにはしていなくて、一人で席に座っていつも機嫌良さそうに、教室の様子を見ている。

 彼女をしばらく見続けて僕は気が付いたのだけど、そうして教室を見続けている彼女の表情は百面相で、コロコロとよく変わる。更に、それが皆の会話の内容に合せて変わるのだとも僕は気が付いたのだった。

 彼女が見ている人達が、笑い話をしている時は、笑顔になるし、誰かの悪口を言っている時は少し不機嫌に、悲しい話の時は泣きそうになり、感心するような話の時は真剣に驚いている。その内容を分かっているとしか思えない。

 ただそれが不思議なのだ。

 教室内で皆は出鱈目に会話している。近くにいなくちゃ、声が混ざってよく聞き取れないだろう。しかも、彼女には聴覚障害があるのだし。

 それで僕はこんな事を思い始めたのだ。もしかしたら、彼女にはテレパシー能力があるのじゃないだろうか?


 「それは、ないと思うわよ」


 ところがその話を、鈴谷さんという大学生のお姉さんに相談すると、そう言われてしまったのだった。

 大学の近くの喫茶店での事。

 この人は民俗文化研究会という大学のサークルに所属していて、民俗関係の知識が豊富らしい。僕は耳に障害を持った人が、不思議な力を発揮した事例がないか、その人に尋ねてみたのだ。

 因みに、小牧という近所のお姉さんにその女の子の事を話したら、「なるほど、君はその子の事が好きな訳だ」と、全然違う方向に理解され、そのまま誤解が解ける事なく相談相手として紹介されたのがその鈴谷さんだった。誤解したままなのに、的確な人を紹介してくれたので、少し驚いている。

 鈴谷さんはこう言う。

 「もちろん、障害を負った人が、神秘的な力を持つと考えられている事例は数多く存在するわ。だけど、その彼女にテレパシーがあるなんて事は思わない方が良い」

 「どうしてですか?」

 「それはある意味じゃ、蔑視だからよ。あまり良くない発想。それに、テレパシーなんて想定しなくても、彼女のその不思議な能力は簡単に説明できるわ」

 そこまでを鈴谷さんが言うと、小牧さんは「鈴谷さん。初対面なのに、言い方がちょっと冷淡ね。この子が佐野君に少し似ているから?」なんて事を言った。

 誰じゃい? 佐野君って。

 鈴谷さんはそれを無視して続けた。

 「単純に、その女の子は、皆の事を見ているから、それで会話の内容が分かったのじゃないの?」

 僕はその言葉に驚く。

 「見て? どうして、目で見て会話の内容が分かるんですか?」

 「読唇術よ。唇の動きから、相手の言いたい事を読み取る技術。その子は、耳に障害を持っているのでしょう? なら、読唇術を身に付けていたとしても不思議じゃない。それに耳に障害があると、視神経が聴覚のエリアに結びついて、見る能力が発達するって事が起きるらしいわ」

 確かに筋は通っている気がする。でも、そう言われても、僕にはまだ納得ができなかった。すると、その様子を見て、小牧さんがこう言ったのだった。

 「そんなの確かめてみれば、直ぐに分かるのじゃない?」

 「確かめるって?」

 「彼女があなたを見ている時に、口パクで何か驚くような事を言ってみれば良いのよ。その反応で、彼女が読唇術を使っているんだって分かるでしょう?」

 それで僕はそうする事に決めたのだった。


 教室内。休み時間。相変わらずに、彼女は教室で一人で皆の事を見ている。不意に彼女と目が合った。チャンスだと僕は思う。しかしそこで彼女へ伝えるメッセージを考えていない事に気が付いた。僕は慌てた。

 何か驚くような事。

 何か驚くような事。

 あっ そうだ。


 『君が好きです』


 口パクで僕はそう言った。すると、その瞬間、彼女は目を大きく見開いた。顔を赤くすると、顔を他に向けた。

 それを見て僕は、“おっ 成功だ。やっぱり、彼女は読唇術を使っていたんだ”と、そう思う。

 しかし、その後で冷静になって僕はこう気が付いたのだった。


 “あれ? もしかして、今、僕、告白しちゃった?”

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不思議な能力 海出 颯大 @Kaide

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