一 章
まず、ハルヒを取り巻く
SOS団サークルが大学でも大暴れすること四年間。過去に上映した映画のリバイバル、続編の撮影、この世の不思議を求めて日本各地を旅行。野球、サッカー、剣道柔道
ハルヒはいくつか
長門は大学からそのまま大学院に進んだ。高エネルギーだか
古泉は、あいつは、そのまま機関で働くことになった。バイト
俺はといえば、たいして就職活動をしていなかったにもかかわらず、
それから半年が経ち、俺は社会のしがらみの中でどうやらこのまま歳を重ねていくことになりそうだと、一種の
もういいかげん、ハルヒの
「いよっ、みんな元気そうね」
お前にはこれが元気に見えるのか。会社が引けてからハルヒにいつもの喫茶店に呼び出されて俺が
「……」
「皆さんお久しぶりです。涼宮さんもおかわりなく」
長門とはほぼ毎日会っているが、古泉の顔を見るのは久しぶりだった。どことなく
「さすがは涼宮さんですね。団長、超監督、名探偵、編集長と来て、次は社長ですか」
ハルヒのトレードマーク、赤い腕章はすでに社長になっている。
「これからはベンチャーよ。生き馬の目を抜く高速道路の現代社会を生き残るにはこれしかないわ」
最近は休日の高速道路並に渋滞している気もするけどな。
「大賛成です。涼宮さんのような
「で、なにを売るんだ?まさか宇宙人、未来人、超能力者を探し出して売る会社とか言うんじゃないだろうな」
自分で言いながら笑いをこらえきれないでいると、古泉と長門の顔がピクと引きつった。ここに朝比奈さんがいたら
「それをみんなで考えるんじゃないの」
「順序が逆だろうが」
「あたしもいろいろ考えてみたわよ。パーティ向けのケイタリングとかどう」
「誰が料理を作るんだ?」
「もっちろん、あんたたちでよ。あたしは
即、
「とりあえず必要なのは事務所よね。この際だからボロい雑居ビルでもいいわ」
「まあ待て。
「あんたの
「経営学部とは違うんだがな。まあまったくの専門外ってわけでもないが。まずは事業内容をはっきりさせてくれ」
「そうねえ。あんたたちも何かアイデア出しなさいよ、即採用するわ」
ハルヒは鞄から分厚い本を何冊も取り出した。タイトルを見ると、起業入門、はじめての起業、会社ひとりでできるもん?俺たちにこれを読めってのか。さっそく長門が一冊手にとってパラパラとめくりはじめた。
俺はチラと長門を見た。流行には遅ればせだがIT系でもやるかな。長門テクノロジーで。大学院とかけもちでたいへんだが、こいつだけが頼りだな。あるいは朝比奈さんに頼んで時間旅行代理店でもやるとか。古泉には……、機関に金を出させるか。あんまり機関には負担をかけたくはないんだがな。
ハルヒが持ってきた漫画で読む起業ガイドとかいう本をさらりと読んでみたが、いきなり株式会社ってのもありらしい。俺はてっきり、同好会から研究会へランクアップするみたいに、有限会社からがんばってステップアップするのかと思っていた。今は有限会社ってのはなくなって株式会社に吸収されちまったらしい。それ以外に
今はお金がなくても株式会社を作れるようで、一円起業とかいうのも可能だと書いてある。要はアイデア次第。入る金と出る金の
「なるほど。最終的には一部上場か……」
「一部じゃなくて全部上場しましょうよ!」
いや、そういう意味じゃなくてだな。
ともかく、会社を
「古泉は税理士の知り合いはいるか」
「ええ。身内にいます」
「ちょっと知恵を借りたいんだがな。
「分かりました。手配しておきます」
手配って身内に使う言葉じゃないだろ。
「さすが古泉くんね。じゃあキョン、後は頼んだわよ」
まったく、考えつくだけで面倒なことはすべて俺任せじゃないか。高校のときとまったく変わっとらん。いっそのこと
ハルヒに呼び出されて起業宣言を聞いた帰り道、古泉からちょっと話せないかと電話がかかってきた。まあ暇なんでさして問題はないし、それにこいつの近況も聞いておきたい。
俺は長門を連れて、駅前のファーストフード店で古泉と待ち合わせた。
「お二人さん。改めて、ご
「よせよ、そんな
「お互いにもう社会人ですからね。親しき仲にも礼儀あり、それなりの自覚を持たなければ」
などと耳の痛いことを言う。そんな固いこと言わなくても、俺たちは仮にも同窓生だろ。
「最近どうしてんだ?機関のほうは相変わらず忙しいのか」
「それも含めてお知らせしたいことが。ここ半年間、涼宮さんの能力開放が激減していまして」
それは前にもあった。高校二年の二月ごろだったか。あれは単にバレンタインデーに向けての下準備というか、安定期だったというか。それが終わるとまたいつものあいつに戻ったよな。
「
「そんなに減ってるのか」
「長門さんはご存知かもしれませんが」
古泉は長門を見た。長門は少しだけうなずいた。
「最後に
「
「ええまあ。それだけではなく、神人が発生しません」
「神人がいない
「通常はそうです。一ヶ月くらい前でしょうか、いつものように
「それで、
「三十分くらいで消滅しました。神人を発生させるだけのエネルギーがなかったようです」
「ハルヒにしちゃ珍しい不完全燃焼だな」
「ええ。くすぶっているだけならまだしも、突然消えてしまうので我々も
「そういうときのハルヒってどんな具合なんだ?」
「観測ではイライラと
古泉はそう言って人差し指をバイオリズムのように上下に振ってみせた。
「大人になって突発的な感情の
「それだけならいいんですが、
「だったらなおのことだ。常識が勝ってハルヒが安定してきてるのはいいことじゃないか」
古泉は俺の顔をじっと見て、少し考えてから論点を変えた。
「考えてみてください。人間が願望を持たなくなったら、どうなりますか」
「まるで俺のことを言われてるようだな」
「いえいえ、一般論としてです」
古泉は汗をかきかき手を振って否定した。
「そんなことになったら夢も希望もない、だるいだけの毎日になっちまうだろうな」
「それは涼宮さんにも当てはまることです。彼女の場合、夢も希望もないということは能力を失うということなんです」
俺はうーんと唸った。ハルヒが能力を失うようなことになったら、ただの女子高生、じゃなくてただのOLになっちまう。どう考えても大歓迎すべき事態じゃないか。それがなぜ古泉や機関にとって
「この状況を
「機関もリストラか」
「喜ぶべきか、悲しむべきか。そうです」
俺は暇を持て余してぼんやりとプレステをしているCIA職員を思い浮かべた。
「このままでは僕もトラバーユを考えなければいけませんね」
しかし今から就職活動をするのはきついだろう。機関じゃ
「まあ、食っていけるならどんな仕事でもしますよ。涼宮さんに雇ってもらえる道も開けそうですし」
お前こそ夢がないぞ。もっと志を高く持て。
「それはともかく、涼宮さんの夢と希望によって僕たちは存在を許されている。長門さんも、ここにはいない朝比奈さんもそうでしょう」
長門はどう思ってるんだろう。こいつの本来の仕事はハルヒを観察することだ。
「……涼宮ハルヒが能力を失えば、わたしは任務を終える」
「とすると、上に帰っちまうのか」
「……分からない。それについてはまだ検討段階ではない」
ということはまあ、時間的余裕はあるってことだな。俺はすぐにでも長門が帰っちまうのかと想像して少しだけ
「長門さんは涼宮さんの最近の様子についてはどう思われますか」
「……涼宮ハルヒの思念エネルギーには、大きな波と小さな波がある」
「なるほど。今はどのような位置にいるんでしょうか」
「……中長期的に見れば、今は大きな波の谷間にいるだけ」
「ということは、これからパワー増幅する可能性が高いと」
「……そう。でもこれは、わたしの憶測に過ぎない」
二人とも怖いことを言う。まさかこれからハルヒが大暴れするとかいうんじゃないだろうな。
古泉の
さて、起業の手順だ。古泉の知り合いというとすぐ機関のメンバーを思い浮かべるのだが、やってきたのは思ったとおり多丸圭一氏だった。この人は実際に機関の関連会社を経営しているらしく、いろいろと相談に乗ってもらった。
「どうも多丸さん、その節はいろいろとお世話になりました」
「久しぶりだね。元気にしてたかな」
「おかげさまで、ハルヒの有り余る元気のせいで今回も振り回されています」
多丸氏は昔と変わらず、はっはっはと笑った。
「それで、なにをする会社なのかな?」
「それがまだ決まってないんです」
俺は
「そんなことだろうと思ったよ。まあなにをするにせよ、お役所でハンコさえもらえばどうにでもなるからね。面倒なのは最初だけだ」
機関の人だけあって、ハルヒの特性を知ってくれているのはありがたい。
会社ってのは仮にも法で定められた集団で、かつてのSOS団みたいに、勝手気ままに思いついたことをなんでもやりますみたいな申請は無理だろう。活動内容やらそれに関わる人やら、それからお金の入手先やら使い道やらを決めておかないといけない。実際にどうなるかはともあれ、書類上できちんと
「経営者の所得は年間どれくらいを見込んでるのかな。一千万円を超えそうなら株式会社のほうが税金的に有利だけど」
「ハルヒが言うには株式会社のほうが聞こえがいいんで、そうしろと」
「はっはっは。まあ好き好きかもだね。最初は個人事業のほうが手続きが簡単でオススメではあるんだけどね」
「なんせ形から入るやつですから」
「彼女ならなにかでかいことをやりそうだし、最初から株式会社にしても差し支えはないだろうね。途中で法人の種類を変更するとそれだけ手間も発生するし。大は小を兼ねる、とも言うしね」
「はあ、そんなもんですか」
株式会社というのは、金を出す人が会社の持ち主で、社長はその株主から経営を任される。最近は社長ひとり株主ひとりという最少人数でもOKらしい。設立を届け出るのは法務局で、会社内の決まりごとを書いた
「書類の用意は私が手伝ってあげよう」
「はぁ、助かります。そこがいちばん
「まずは事業内容を決めることだね」
「そうですね。ハルヒにさっさと決めさせてきます」
翌日から、会社が引けるとハルヒとその他のメンツを呼び出すのが日課となった。どうでもいいがその腕章、外ではやめてくれ。
「で、屋号はどうすんだ。SOS団か?」
「当然じゃないの」
「じゃあエス・オー・エス団株式会社でいいのか?」
「響きが悪いわね。株式会社エス・オー・エス団、これね。
どっちも似たようなもんだが。
「あとは事業内容だが。世界を大いに盛り上げるとかそういう
「分かってるわよ。あたしだってベンチャー本はひと通り読んだつもりよ」
ほう、ちゃんと予習はしてるみたいだな。
「で、目的は?」
「教えるわ。この会社の目的!それは、」
ハルヒは、あの日と同じように大きく息を吸った。ドドン。どこかで太鼓が鳴ったような気がしたが、気のせいか。
「タイムマシンを開発して時間旅行をすることよ」
な、なんだってー!!俺の脳裏にΩマークが四つほど並んだ。その場にいたハルヒ以外の全員が真っ先に朝比奈さんを思い浮かべたにちがいない。朝比奈さん、もしかしてあなたはその関係者だったんですか。
「さすがは涼宮さんですね」
古泉、お前はそれしかないんか。
「そんな前例のないもんが申請の書類に書けるわけがないだろ」
「前例がないから作るのよ。テクノロジーは日進月歩爆走中よ。昔の人は言いました、
「そんなもん簡単に作れるかよ。仮に作れたとしてもだな、それまで利益なしだろう」
「だいたいねえ、人類は月にまで人を送ったことがあるのに、なんで
聞いちゃいねー、さらに言ってることがよく分からん。すまん、誰か頭痛薬をくれ。
「時間旅行で社員を養えるのか」
「ちっちっち。未来や過去に行けばいろんな珍しいものがあるわ。それを運んできて売れば大儲けよ」
やれやれ。ハルヒが金儲けに走り始めたか。
「よくいるでしょ、考古学者のくせに発掘品を売りさばいてるやつ。キリストの聖杯とか、
「そりゃ映画の話だ。しかも
「それに未来から技術を持って帰れば売れるしね。時間旅行さえできれば、お金なんて後からでもついてくるわ」
職種からいってあんまりカタギじゃなさそうだな。株式会社
ここで少し会社
一円起業とは言っても
資本金が一千万以下の場合は消費税が二年間免除される。税金を申告するときに最初の年度の赤字を七年間
資本金を誰に頼むかはまだ決まっていないが、
株式会社だから株券を売るのかと思っていたがそうでもないらしい。株券の実物が必要なのは株の
会社用のでかい印鑑も作らないといけないが、この辺はハルヒにやらせよう。あいつは腕章とかネームプレートとか名刺とか、アイデンテティのあるものが好きそうだからな。
「はぁ……」
ハルヒが大きく
「どうしたんだ?」
ハルヒがなにか新しいことを考え付くときはたいてい、台風がやってくる前日の天気予報のように、わけの分からない期待感と開放感とそれから
「なんでもないわ。ただね、なんとなく疲れたというか」
「就職して半年でそれかよ。ちょっと甘ったれてんじゃないのか」
「あんたにしちゃきついこと言うわね」
ハルヒは
「そうかな。じゃあ聞くが、これから起業しようってのになんでそんな
「学生の頃はなにをやっても楽しかったわ。映画を撮ったり、今考えればどうでもいいようなストーリーだったけど、自分がなにかをやっているって感覚があったわ。飛び入りでギターを弾いたり、みんなで野球をやったり、見つかりもしない不思議を探し回ったり」
まあ、俺もあの頃はそれなりに楽しんだ。やたら体力と財力を消費はしたが。
「それがこの頃ときたら、なにか新しいことを思いつくとそれにかかるお金とか時間とか、必要な人材とかを考えるのが先なのよね」
「ふつー、なにかをはじめるときはそうなんだけどな」
「あの頃は自分ひとりででもやってやるって
そうだ、ハルヒはいつも独走だった。スタートラインに並び、フライングだろうがなんだろうがひとりでぶっちぎりゴールを目指す。その後を俺たちがへいへいとついて行く。いつもがそんな図だった。
「やりたいことが変わってきたんじゃないか。より高度になったとか、質が高くなったとか」
「どうかしらね」
「思いつきがでかいから、ひとりじゃ無理ってことだろう。計画性も大事だ」
俺が計画性を言い出すようになっちまったら、世の中はミジンコ並みに計画どおりだな。
「すべてが計算づくになってしまった自分がうらめしいわ。あたし、いったいなにが変わったのかしら」
「まあ商品企画課っていうハルヒの仕事柄だろう」
「モノ作りの最前線っていうからこの仕事に
「お前だけで作ってるわけじゃないだろ。ひとつの製品にいろんな人間が関わってる。それが会社ってもんだ」
あまり
「それは分かってんだけどね」
「けど、給料はいいんだろ?」
「まあね。ボーナスも思ったより多かったわ」
「この不景気にそれは
「分かってるわよ。同僚と飲みに行ったりもするし、給料日には買い物して遊んで歌って午前様だし」
「これ以上なにが不満なんだ?」
「分かんない……。いい職場についたし、給料もいいし、好きなもの買えるし」
ハルヒはこれと決めたものには出費を惜しまない。自分の思い付きを実現するためならバニーの衣装だろうがメイドの衣装だろうが、自腹で買ってしまう。ストレスで散財するタイプだなこいつは。将来
就職したから自分でストレスを解消できるようになった、という言い方は変かもしれないが、自由に使える金があれば、特別な力がなくてもある程度の願望を実現することはできるかもしれない。食ったり飲んだり
ハルヒは食い残しのシーフードパスタをフォークの先でいじりながら言った。
「なんだかね、タコが自分の足を切り売りしてる気持ちっていうのかしら」
「お前にしちゃうまい例えだな」
「もう、どうでもよくなってきたわ……」
テーブルに顔を
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