水神

P.sky

追想

(1)

カーテンを開けると、夕陽が僕の部屋を照らした。

「うわ、もうこんな時間か……」

ボサボサの髪を掻きながら、インスタントのコーヒー(スティック状のやつだ)をカップに入れ、お湯を注ぐ。

もう9月も中旬だというのに、うだるような暑さが何日も続いている。とりあえずテレビをつけると、三十路くらいの女が革のバッグを絶賛しているところだった。

「今ならなんと、このバッグ……」

ピッ。

アホらしくなって電源を切った。

「はあ…………」

ひとつ大きくため息をつく。さて、今日は何曜日だったか。

「………………………。」

考えるのが面倒になったので、僕は再び惰眠を貪る仕事に戻った。




僕には、柚葉という幼馴染がいた。

僕と柚葉が出会ったのは、まだ幼稚園にも通っていない頃だった。当時僕の住んでいたアパートは少しボロっちくて(そもそも住んでいたあたりが少し田舎だったというのもあるが)、隣にあるアパートの部屋が埋まっていくのに対して、こっちの方は全然人が来なかった。だから、引越しの車を初めて見たときは、家で何かあったんだろうかと子供心ながらに不安になったものだ。やがてその引越し業者が去ったあと、柚葉の一家が僕たちの家に挨拶に来た。柚葉の家は、お父さんもお母さんもとても優しそうな感じだった。柚葉はそんなお父さんの後ろに隠れながら、ちょこんと頭を出してこっちを見ていた。その場でのやりとりはあまり覚えていないけど、「仲良くしてくださいね」みたいなことだったのだろう。事実、引っ越してきた翌日に、柚葉は一人でやってきた。うちの両親は大雑把な性格だったから、

「せっかく遊びに来てくれたんだから、裏山にでも行っといで」

と、快く送り出してくれた。

 それからほぼ毎日、雨の日も、風の日も、僕たちは一緒に遊んだ。毎日がとても楽しかった。最初の方はおとなしめだった柚葉も、次第に活発的で、素敵な女の子になっていった。その時点では、恋愛感情というものはなかったが、柚葉に対して何か特別な感情を抱いていたのは事実だった。裏山に遊びに行って、昆虫やセミを必死に追い掛け回して。夕日が沈む前くらいに家に戻って。一緒にお風呂に入って、一緒にご飯を食べて。時には一緒の布団で眠ることもあった。今思い出すと、子供とはいえ異性と一緒にとる行動ではないだろう、と思うのだが、それはまあいい。

 幼稚園に入ってからも、仲のいい関係は続いた。最近の幼稚園児はませているというが、少なくとも僕のときはいつも楽しそうなバカ(けなしているわけではない)ばっかりだったから、僕と柚葉が一緒にいても、冷やかしの言葉など一切なかった。

しかし、この環境こそが、後に起こる悲劇の大きな原因の一つとなることを、当時の僕たちはまだ知る由もなかった。

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