第21話 暗躍する者

「え? 何で?」


 彼女は答えようとせず、鼻息を立ててそっぽを向いた。

 他人を理解しない方針のナギトは、追求をせず納得するだけだった。答えたくないのならそれもそれで、と。他人の意思に頓着とんちゃくしないのが、自分流の処世術でもあるわけで。


 だから勿論、それをアルクノメが嫌う理由は十分あった。


「ほんっと、貴方って執着心が薄いわね。……聞いてくれてもいいのに」


「え? でも話したくないんでしょ? だったら無理強いはしないよ」


「真面目すぎ」


「……さっきから文句ばっかり言われてない?」


 一体なにがお気に召さないんだ。尊重しているだけなのに。

 表情からこちらの疑念を読んだのか、彼女は人差し指を立てながら講義する。


「たまには意見してちょうだい。受け身ばっかりだと、私が自信なくすじゃない」


「そういうもの?」


「……まあ不安になるというか、逆に疑いたくなっちゃうっていうか。話を聞いてくれるのは嬉しいけど、きちんと同意して欲しいのよ」


「今の例だと、僕がデリカシーに欠けてることを認めろと?」


「ま、まあ、外れじゃないわね。当たりでもないけど」


「??」


 ますます訳が分からない。彼女が欲しいものは一体なんだ?

 顔を一向に赤くしたまま、アルクノメはナギトに一瞥いちべつを送るだけ。どことなく恥かしがっているのは分かるが、肝心の心境については真っ暗な穴の中だ。


「はあ、最後にあんなこと話すから……」


「あんなこと?」


「な、何でもないっ。――とにかく! 貴方はもう少し他人に甘えていいと思うの。こっちが負担かけてるんじゃないか、って変に勘繰っちゃうし」


「だったら大丈夫だよ。アルクノメについては、負担に思ったことは一度もないし」


「そ、そうなの? ヘレネス族を庇ったこととか、呆れてない?」


「全然。むしろ立派だと思うけどな」


 あの場で、彼女は孤独だった。

 対峙していた二耀族はもちろん、ヘレネス族だって味方だとは言い切れない。アレは盾だった。アルクノメが攻撃された時、彼らに援護する力は残っていなかっただろう。


 その疲弊を背負って、間に立ったこと。

 彼女を推したのは彼女自身の信念だ。他人に求められたわけではない。一人、後悔したくなくて道を選んだ。


 とても崇高で、価値のある行いだったと思う。

 ――と、評価するのはこの辺りで止めだ。アルクノメはアルクノメ、それだけでいい。彼女が特別な存在だと分かれば、ナギトにとっては十分嬉しいのだし。


「ありがとう、でいいのかしら?」


「感謝されるほどじゃないって。アルクノメにとっては、当然のことをしたまででしょ?」


「……ええ、そうね」


 言って、肩の力を抜く彼女がいた。

 どんなことを思っているかなんて、やっぱりナギトには興味がない。彼女の安心に貢献できたなら、と一人妄想にふけるだけだ。


「じゃあ私、みんなの様子を見てくるわね。市長さんが戻ってきたら、伝えてちょうだい」


「分かった」


 付いていきたい気持ちもあるが、人がいなくなるのも問題だろう。

 凛とした背筋を見送ってから、ナギトはソファーの中に沈み込む。


 ――避難者はこれから、どうなるんだろう。

 無視するだけの根性は持ち合わせているつもりだが、アルクノメが関わるとそうもいかない。町で起こる出来事に、彼女は必ず首を突っ込むだろうし。


 幸い、問題の優先順位はある。まず結晶生物、次に避難者――もとい民族問題。今は巨大な敵で誤魔化されているが、いずれ派手な炎を噴き出すだろう。

 そのとき、アルクノメはどんな風に立ち回るのか。


「ありゃ?」


 憶測を膨らませようとしたところで、部屋の入口が大きく開く。

 市長だ。話し合いはあっさりと終わったようで、秘書官の姿も見当らない。


「皇女様は?」


「彼女なら、避難民の様子を見てくるって。連れて来ましょうか?」


「いや、ナギトさえいりゃあ大丈夫だ。お前に頼みたいことだからな」


「あ、はい」


 納得しつつ、彼が椅子に座るまで視線で追っていく。

 椅子に座ってこちらに振り向いた頃、一つの違和をナギトは認めた。


 市長の目だ。これまで活力を匂わせていたソレが、今や虚ろなものになっている。

 一連の騒動で重なった心労の所為、だろうか? 口調はハッキリしているし、他の部分で異常はないのだが。


「頼みってのはな、メルキュリクのことなんだよ」


「息子さんの、ですか?」


「そう。アイツがさ、ちょっと様子がおかしいって聞いたんだ。今は神殿にいるらしいんだが」


「……」


 テストミアに神殿は一つしかない。

 あの地下空間、人質という嘘。……神像の破壊さえ、本当に二耀族がやったのかどうか。


 友人でありながら、ナギトには彼を疑うことしか出来ない。それが自分たちへの害となる可能性があるなら、なおさらのことだった。


「……あの、市長さん。メルキュリクのことで一つ――」


「すまん、俺はもう少し用事が残ってる。話なら後にしてくれ」


 拒絶としか表現できない勢いで、彼は執務室から逃げ出した。

 残されたナギトは、一息ついてから腰を上げる。親子が何かを企んでいる確率は高そうだ。道中を含め、警戒しながら神殿へ向かうとしよう。


 廊下から玄関への道程では、訪れたときと変わらない忙しさがあるだけだった。

 避難者はいずれも安心した表情。親族を亡くした者についても、落ち着きを取り戻している者は何人かいる。


「ナギト?」


 そんな中、軽食を渡しているアルクノメと出くわした。

 近くのメイドに物を預けて、彼女は駆け足で近付いてくる。表情からは、胸に杞憂を宿しているのが伝わってきた。


「出掛けるの?」


「うん、ちょっと神殿の方にね。……メルキュリクが、少し怪しくてさ」


「そう、お友達が……」


 アルクノメは見送ろうとも、止めようともしない。目を伏せて何かを思案している。

 一言呟いて表を上げた彼女は、ポケットから小さなマナ石を取り出した。


「これ、持っていって。本当なら、近衞兵の人にしか渡しちゃいけないんだけど」


「お守りに使ってるやつ、だっけ?」


「そうよ。私のマナが入ってるから、何かあった時は念じて。距離によるけど、会話ぐらいは出来るから」


「へえ……」


 石は青白い光を放っている。マナがしっかり補充されている証だ。

 彼女の気持ちと一緒に強く握って、ポケットの中に放り込む。


「ありがとう。アルクノメの方こそ、気をつけてね」


「もちろん。守らなきゃならない人たちがいるもの」


「そっか」


 お互いを信じて、再会を信じて。

 なんの変哲もない挨拶を、二人は最後に交わしていった。

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