米国女学校生活。
西園寺もあ
第一話 始業八時十五分、八時十三分起き
どうしても、私の経験を伝えたくて筆を執った。
まず、大前提として、私はすでに日本に帰国している身という事。
帰国子女として大学生活を送っていること。
そして、私は小学校六年生から高校三年生で卒業するまで、一人でアメリカに渡り、寮に住み、呆れるぐらい勉強せず、留学生活を満喫した事。
本当に、両親と当時の恩師たちにはとても申し訳なく思っている。が、この話に出てくるのは同時にたいへん親不孝な娘であり、本当に不真面目な生徒だったということを前提に読んで頂きたい。
当時の言動に対するバッシングだって、叩かれることだって、覚悟している。
ただ、幸せだろうと言われるのはとうに聞き飽きたので、どうかそれだけは言わないで欲しい。他の事なら何とでも言って欲しい。大歓迎である。
しかし、なんと言われようとも私は、アメリカ最後の四年間の話をここに綴りたい。
アメリカには無いんでしょう?と存在を否定される制服のこと。
学年ごとに違うリボンの色のこと。
何故か毎食白飯が出てきた学食のこと。
くすんだ赤レンガで出来た、不思議な構造の校舎のこと。
放課後に行く所と言えば某有名コーヒーチェーン店のみの、独特な匂いの町のこと。
「女子校」と称するより「女学校」と称したほうがふさわしい、私の不思議で素敵な出身校。不可解なところに小部屋があり、劇場の衣裳部屋には悪魔がいたり、地下にいるといつのまにか地下一階と二階をいったりきたりして、動作が不安なエレベーターを使い、毎週木曜日のルーム・チェックのためにゴミを捨てに行く。
住んでいても、この学校での解かれぬままの謎は多く、話す事は尽きない。
さあ、朝の八時十分だ。一時間目は八時十五分から。あなたはまだ眠くって、布団の中でぐずる。十分三十秒。十一分。目を閉じれば十三分。部屋の外の廊下はドアが開く音、閉じる音、飛び交う"’morning!"、駆け足、ゆっくりとした歩み。学校に続く重い重い消化扉が開いては閉じる。ガシャンガシャンうるせえぞ。
生物の先生は厳しい。十五分丁度に出席を取る。
さすがに学校の上に住んでいる寮生でももう、出ないと厳しい。貴方のスマホは十四分を表示している。
布団から滑り降りて、上も下も脱いで。
タンスの中からプリーツのスカート。下着をつけて、Tシャツを着て、指定パーカーに潜り込む途中にタイツを出して履いて、ローファーに自分の体を投げ入れる。部屋に備え付けの水道で口を濯ぐのも忘れずに。
ここまで二十秒。
金曜日から一切合切手につけていない大きいトートバッグに教科書だけ放り込んで、
元の電子鍵はどこへ埋もれたか、キーホルダーまみれの「ナニカ」をひっつかんで後ろ手にドアを閉める。
くすんだカーペットの廊下にはもう誰もいない。当たり前だ。このままでは遅刻だ。ここでやっと危機感が芽生える。
塊と化した電子鍵をスキャンして、本来使用は禁止されている、細い細い階段にある、不釣り合いな太い手すりの上を滑っていく。地下に到着して、やっと宿題の事を思い出すが、明後日の提出だということに気づき胸をなでおろしつつ、滑りこむのは生物学の部屋。
「西園寺さん!西園寺―ああ。いらっしゃい」
この文化圏では通じないお辞儀をして、沈黙を保ったまま席に座る。喉の奥がちくちくするので、声が出しにくいのだ。
伝わらないことはわかっていながら、形ばかりの挨拶を心のなかで行い、適当な席に座る。ノートを開いて、太いシャーペンを持ち、昨日見たアニメ(もちろん違法サイトではない!)のキャラを端っこに描き始める。
「さて、今日提出のレポートですが―」
ぴた、と手が止まった。
「もちろん皆持ってきたと―」
先々週の実験と課題を思い出し、ニコリとした顔を貼り付けたまま上を向く。
前科持ちの私に対して厳しい目線を向ける先生。視界がストレスでどんどんゆがんでいく。手に持っているものが小さく、遠くのものが大きく。冷たい顔の先生はすでに巨人サイズだ。不思議の国のアリス症候群とはよくいったものだ。そんな楽しい物じゃない。この私の留学生活のように。ちなみに、レポートの話に戻るが―
もちろん、やってきていない。
嗚呼、史上最も勉強していない留学生よ。なんとお前は愛しきことか。
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