第51話 データ収集
レッドがブルーとブラックに攻撃を加えている間に、俺は目の前にキーボード端末を開く。
ウィンドウを一つ開き、そこに簡易プログラムを素早く打ち込んでいく。
「な、何やってるの?」
ようやく起き上がって来たピンクが、俺の行動を不思議そうに見て訪ねてきた。
「悪いが、あいつの説得は後でやってくれよ。今はこっちが不利なんだから。ドラマや漫画みたいに心打たれて改心するなんて、絶対に有り得ないからな」
「わ、分かってるわよ」
「あと、お前は手出すなよ。足手まといだ」
「なっ!?」
多少厳しい物言いかも知れないけど、ピンクが下手に動いて攻撃を受けると危険なのだからしょうがない。
俺は打ち込んだプログラムを走らせてから、立ち上がってレッドに向かって駆け出した。
後ろでピンクが「ちょっと待ちなさいよ!」とか叫んでいるが、無視。
今程プログラムしたのは、戦闘ログを俺のゴーグル上に常時表示させるものだ。
ログを解析して自動的に修正するプログラムだと、デバックしてる時間が無いから無理なので、パラメータは俺がログを見て調整する。
レッドの戦闘データから動きを予測していって、戦い方を丸裸にしてやる。
ブラックとブルーが徐々に劣勢になっていく中に飛び込んで、レッドに向かって殴りかかった。
だが、当然の如く躱されてしまう。
そして、レッドは反転して俺の腹部目掛けて蹴りを放ってくるが、それは予測済みなので左腕でガード。
支点力点を使ったガードでダメージを減らそうとしたが、レッドはエクステンションを使っているため、予想以上に強力な蹴りで吹き飛ばされてしまう。
「ぐうっ!でも、さっきよりは防げてる」
データ量が増えていけば、少しずつ防げるようになるはずだ。
――蹴り修正上方2.0、右0.3、敵防御修正左0.3、遅延-0.8……。
音声入力でログを見ながらレッドのデータを修正していく。
入力完了後、俺は再度レッドへと向かって行く。
今度は跳び蹴りで突っ込むが、当然これも躱される。
そして後ろに回り込まれ、腕を捻り上げるように掴まれて投げられてしまう。
俺は空中でキュービットを出し、反転して足場になったキュービットを蹴り、再度レッドに向かって行く。
数十回に及ぶ攻防を繰り返し、ようやくレッドの攻撃を問題無く防げるようになった頃、ブラックとブルーは逆にレッドの攻撃を防ぎきれなくなっていた。
「もう、体力が限界」
「さすがに勘だけでは捌ききれないよ」
2人はレッドの攻撃を食らって吹き飛び、遂に膝を突いて立ち上がれなくなってしまった。
実質、俺vsレッドの構図になる。
「何なんだ君は?何故エクステンションも無しに僕と互角に戦える?一体君は何者だ?」
レッドは焦ったように続けざまに質問してくる。
「戦隊イエローっていう微妙なポジションになっちゃった者だよ」
もうレッドの格闘の癖は殆どデータ化出来たので、速度で圧倒的に劣っていてもフェイントで誘う事で簡単に動作予測出来る。
でも、さすがにまだ俺の攻撃は当たらない。
「攻撃を躱せるからと言って、君の攻撃は僕に当たらないのだから、君が僕に勝つ事は出来ないよ」
「言われなくても分かってるっつーの」
こっちには切り札があるんだよ。
でも時間制限があるので、もう少しデータを集めてからじゃないと使えない。
と、思ったところで、突然俺の後ろからピンクが飛び出して来た。
「はあぁぁっ!」
レッドに向かって拳を突き出したが、難なく躱されてしまう。
「バカ、危ない!」
攻撃を躱されて体が流れたピンクに向けて、レッドは容赦なく蹴りを放つ。
俺はその動きを予測していたので、ピンクとレッドの間に体を入れてガードしようとした。
しかし、腕を上げる動作が間に合わなく、モロに腹部へ蹴りを食らってしまう。
「ぐふっ!」
「きゃあっ!」
俺はピンクと一緒に吹き飛ばされて、もんどり打って闘技場の白壁に激突した。
「痛て……。何で出てくるんだよ?」
「だ、だって。あんた達にだけ戦わせて自分は高みの見物なんて出来る訳無いでしょ」
ピンクの気持ちも分かるけど、はっきり言って邪魔。
まぁ、データはもう集まったし、そろそろ仕掛けてもいい頃合いだ。
レッドは余裕綽々で俺達が起き上がるのを見ている。
さっきの一撃で決まったと思ってるなら大間違いだぞ。
『黒木君、シャナ。まだ動けるか?』
『僕の方は何とか動ける』
『シャナも少しだけ回復した』
『よし。じゃあ、次で決めるぞ』
俺の言葉に2人は戸惑う事も無く、頷いてくれた。
それを確認して、俺はレッドへ向かって駆けだし、精神感応フィールリンクを発動する。
虎ンザムとリンクしていない今、精神感応フィールリンクを発動出来る限界時間は30秒だけだ。
しかも、フルに30秒使うと倒れて動けなくなってしまう。
敵地のど真ん中でそんな事になったら完全にアウトだ。
まぁ、そこまで時間は掛からないと思うけど。
――出力2倍に強化。
俺は強化された脚力で一気にレッドとの距離を詰める。
突然スピードアップした俺に、レッドは反応出来ていない。
そのまま俺は右の拳をレッドに打ち込んだ。
左腕でガードされるが、それは想定内だ。
俺からの攻撃に気を捕られた隙に、ブルーが左サイドから攻撃を加える。
ブルーの攻撃を防御するためにレッドは体を右方向へ捻り、また左腕でガードする。
そして、それも想定内。
レッドは防御の型に癖が有って、反応が遅れた防御は多少無理な体制でも左半身で行おうとする。
殆ど解らない程度の癖だし、エクステンションの御陰でそれ程致命的な弱点にはなっていないが、たたみ掛ける事でその弱点が顕わになっていく。
ブルーとブラックは俺とパスが繋がっているので、精神感応フィールリンクで喋らなくても意思の疎通が出来る。
俺の脳波を読み取ったナノマシンが、2人の脳波に直接信号を送って指令を伝えるからだ。
俺が分析したレッドのデータを精神感応フィールリンクでブルーとブラックも共有して、俺より格闘センスのある2人は即座にレッドの攻撃に対応出来るようになっていた。
俺とシャナがレッドへ向けて次々に攻撃を繰り返すと、いい加減苛立ったレッドが反撃に転じる。
――掛かった!
レッドは防御から攻撃に転じる時に、僅かに前傾する。
恐らく体に染みこんだルーティンなのだろう。
威力を上乗せするために無意識にやっているのかも知れないが、その瞬間自然体は崩れて無防備になる。
ほんの一瞬でしかないそれは、通常の戦闘に於いて全く問題にならないだろう。
だが、相手が悪かったな。
精神感応フィールリンクを使っている俺は
そして、パスが繋がっている俺以外の2人も見逃していない。
更に、エクステンションリンクが使えなくても、こっちには単独でデュアルドライブを持っている黒木君がいるんだ。
俺自身がデュアルドライブを使えていないとダメかと思ったが、ぶっつけ本番で俺のデュアルドライブを黒木君にだけ使わせる事に成功していた。
レッドの意識は攻撃対象である俺にだけ向けられている。
そして俺が今まで居た場所に、デュアルドライブで黒い光の粒子を撒き散らせながらブラックが飛び込んで来た。
「っ!?」
レッドの驚愕は一瞬で終わりを告げる。
声を上げる間もなく、ブラックの拳がレッドの鳩尾に深々と突き刺さった。
そのままブラックが腕を振り抜くと、レッドはピンポン球のように地面でバウンドした後、白壁に激突してズルズルと倒れ込んだ。
大量に放出されていた赤い粒子が消えて動かなくなったレッドを見て、俺は精神感応フィールリンクを解除した。
完全勝利!……ではないけど、なんとか勝った。
「グッジョブ、ブラック!」
「いや、イエローのデュアルドライブの御陰だよ」
「アキト、シャナも褒めて」
「ああ、シャナも良くやった」
「むふふ~」
俺とブラックとブルーは、互いに健闘を讃え合う。
そんな俺達3人を離れた所から見ていたピンクが、信じられないものをみたかのように佇んでいた。
「何、今の?なんで彼奴等、エクステンション無しであんなに強いの?」
自分よりも後に現れたナノレンジャー達に圧倒的強さを見せつけられたピンクのフォローは、敢えてしない。
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