第44話 忍者

 俺は反射的にキュービットを1つ動かして、襲い来る何者かの攻撃に対処する。

 予想通りではあるが、キュービットの位置は把握されていて、紫色の影に破壊されてしまった。

 だが、それでも俺自身が体勢を立て直すぐらいの時間は稼げたので上出来だ。

 相手の手刀をいなし、カウンターでパンチを打ち込んだが、ひらりと躱されてしまう。

 俺はキュービットを足場にしているから空中でも自在に動けるが、この襲って来た輩はそれらしい足場も無いのに宙で逆立ちして静止した。

 紫色の頭巾を被り、紫色の装束の下に鎖帷子を着込んでいるその姿は、さながら忍者のようであった。

 俺は足元のキュービットを移動させて距離を取りながら下方のシャナと黒木君を確認すると、俺を襲った奴と同じ格好の紫装束の忍者に襲われていた。

 キュービットの位置を把握出来るって事は、少なくともS級以上の強さという事か。

 それが3人、いや、何時の間にか5人に増えている。

「何者だ、お前等?」

 俺の問いに、忍者は頭巾の隙間から見える瞳を微塵も動かさない。

 ヒーローである俺達と敵対するからって、悪の組織とは限らない。

 何せ、俺と黒木君はヒーロー協会に登録してないし、シャナは俺に傾倒してヒーロー協会から脱退するとか言い出してるし。

 それに、黄桜さんの話が本当なら、『トゥルー』とかいう勢力がヒーロー協会を乗っ取ろうとしてるらしい。

 つまり、ヒーロー側の敵という事も考えられる。

 そう言えば『シード』とか言うのもいたっけ。

 まぁ、相手が何であれ、攻撃して来るって事は味方じゃないから、戦うのみなんだけどね。

 先程俺に攻撃して来た忍者が、体勢を立て直して俺の方を指差した。

「貴様は正義たり得ぬ者。真の正義の使者たる我等が粛正する」

 ああ、その言い回しで理解したわ。

 真の正義――トゥルー・ジャスティスってか?

 正に、お義母さんが言ってた正義に固執してる奴ら『トゥルー』っぽいわ。

 さて、こっちも素直に粛正される訳には行かないんだよ。

「虎ンザム、あの忍者が何で空中に立っていられるか解るか?」

『見えないぐらい細い鋼線が張ってあるよ。下手な触れ方すると切れると思うから、位置データをゴーグルに表示しとく』

 虎ンザムが不可視の線を見えるようにAR(拡張現実)機能を使って表示してくれる。

 なるほど、エクステンションのこの機能で、見えない筈のキュービットの位置を立体的に捉える事が出来るのか。

 便利な反面、敵が持ってると凄く不利になるな。

 当然、あの忍者も使っているんだろう。

 

 下方を見ると、シャナと黒木君が2対1の構図に持ち込まれて押され気味になっていた。

 もう一度デュアルドライブを起動する必要があるか?

「虎ンザム、『精神感応フィールリンク』は、あとどれ位の時間使える?」

『残りの尻尾3本も出して、ざっと45秒っす』

 あれ?30秒しか使えないと思ってたのに、まだ45秒も使える?

 先程体への負荷が少ないように感じていたのは、間違いじゃなかったのか。

 エクステンションのお陰で精神感応フィールリンクの可動時間も増えてたみたいだ。

 それだけ使えれば十分かな?


 俺は足場になっているキュービットを解除して、黒木君達の下へと落下する。


――精神感応フィールリンク、オン!デュアルドライブ解放!


 再び、俺達3人の体から光の粒子が溢れ出した。

 劣勢だったシャナと黒木君の動きが急激に加速されて、忍者達を押し返していく。

 俺が出るまでも無いかもな。

 『トゥルー』の構成員は殆どがS級以下ってお義母さんが言ってたし、デュアルドライブを解放した2人はSS級以上の強さだから負ける訳が無い。

 相手が忍者だろうが、恐るるに足らずだ。


 上空から俺を追うように、先程の忍者がもの凄いスピードで飛んで来た。

 重力加速度で2乗の速さになってる俺に追い付くのかよ。

 空中に張られた鋼線を蹴って飛んで来ているにしても、凄い脚力だ。

 此奴だけは、他の忍者と違って強いのかも。

 俺は落下しながらも、キュービットを蹴って進行方向を変える。

 俺が落下していく筈だった場所を忍者の手刀が遅うが、間一髪空振りさせる事が出来た。

 しかし、忍者は俺が蹴ったキュービットを同様に蹴って、俺に追随した。

 相手に俺の道具を利用されるとは、ちょっと腹立たしいな。

 俺は身を捻って、次の攻撃に備える。

 果敢に突っ込んでくる忍者は、空中で鋼線を蹴って俺の脇を狙いに来た。

 でもそれは、鋼線が何処にあるのか見えてる俺にはハッキリ解る軌道だ。

 まぁ、相手にもキュービットの位置は見えている筈だから、俺が躱す方向もバレてる訳だが。

 忍者は、俺が今飛んだ先にキュービットが無いので、先回りした所に攻撃を打ち込もうとしている。

 甘かったな。

 俺はブーツの裏側に、忍者から死角になるように小さくしたキュービットを貼り付けて置いたんだよ。

 そのキュービットを空中で固定。

 俺の体は物理法則を無視したように、空中で急激に止まる。

 忍者の放った手刀が空を切り、先程まで微塵も感情を見せなかったその双眸が見開かれる。

 俺はそのまま体を捻って、忍者の胴体に膝蹴りを食らわせた。

 確実に手応え有った!

 蹴撃を受けた忍者はそのまま落下していく。

 だが、地面にぶつかると思われた直後、猫のように身を翻し着地した。

 忍者凄ぇ!って感心してる場合じゃ無ぇな。


 俺が着地すると、別の雑魚忍者が襲いかかって来たが、先程の忍者に比べて明らかに動きが鈍い。

 あの強い忍者がきっと首領なんだろう。

 雑魚忍者の攻撃を屈んで躱し、足払いで転倒させる。

 流石に尻餅を突くほど鈍くは無いようで、雑魚忍者は身を捻って体勢を立て直そうとした。

 戦闘中に背中見せるとか、アホだろこいつ。

 俺は雑魚忍者の背中に思い切り正拳突きを入れてやると、地面に倒れて動かなくなった。

 ピクピクしてるし、まだ生きてるな。

 怪人相手と違って、殺さないように手加減しないとだからちょっと大変かも。

 いや、ナノマシンの出力は自動的に制限が掛かるから、俺みたいに武術をやってない素が弱い人間が、誤って相手を殺してしまう事は無い筈だ。


 俺に続くように、黒木君とシャナも一人ずつ忍者を仕留める。

 しかし周りを見ると、何時の間にか忍者がまた数人増えている。

 まさか分身の術?

 キリが無いぞ。

 と思った瞬間、辺りに霧が立ち込める。

 何の親父ギャグだよと思ったが、その原因が口上を述べる。

「霧隠れの術!」

 忍者が、必要なのかどうか解らない印を結んで叫ぶと、さらに霧が濃くなって直ぐ近くにいる筈の黒木君とシャナの姿も見えなくなった。

『マスター、この霧、只の霧じゃないぜ。ジャミングされてる』

 虎ンザムが俺に忠告してくれる。

 相手の位置情報を得る事が出来なくなってしまっているようだ。

 この霧自体がナノマシンを使用した何かなのだろう。

 予想としては、大気中のナノマシンの殆どを制御下に置いて、エクステンションが周辺データを得るのを妨害していると言った処か。

『光の粒子で周囲2~3mは索敵出来るけど、それ以上離れた所にいる敵は捉えられない。光の粒子は絶対権限だけど、それ以外のナノマシンは通常権限だから』

 虎ンザムの説明を聞いて、俺の尻尾とかシャナの翼、黒木君の体等から出ている光の粒子に意味がある事を知る。

 なるほど、光の粒子は完全制御下に置いた強固な権限のナノマシンで、体の周辺に飛ばし、周囲のデータを大量に集めて敵の動きを把握してるのか。

 それが膨大なデータ量になって演算にリソースを食われるから、エクステンションに演算補助させるって訳だな。

 そして、そのエクステンションを独自に演算させて、OSと並行動作させるのがデュアルドライブか。

 大体仕組みが解って来たぞ。

 さて、そんな事より、このまま敵の姿を捉えられないとジリ貧だし、味方の位置すら把握出来ないのは拙い。

 ……と思ったが、俺にパスを開いている2人の動きが情報として、俺の脳に送られてきた。

 ジャミングされてても、パスが開いていれば情報共有出来るのか?

 いや、多分精神感応フィールリンクの権限が、ジャミングを上回っているから出来るんだろうな。

 という事は、やはり時間が無い。

 エクステンションのお陰で精神感応フィールリンクの可動時間が増えたと言っても、ほんの数十秒。

 なんとか打開策を見出さなければ。


 だが、シャナと黒木君の動きを見ると、どうやら敵を撃破して行ってるようだ。

「何で敵を倒せるんだよ?」

「「気で感じる!」」

 2人同時にそんな事を言い出す。

 嘘だろ?何処の達人だよ?

 そう思った俺は、何故か虎ンザムが反応する前に、右前方から攻撃が来ると感じた。

 俺は直感に従って首を捻ると、本当に忍者が攻撃して来ていて、辛うじて躱す事が出来た。

 今のって気?

 いや、きっと精神感応フィールリンクの影響で聖域ゾーンに入った事により、何らかの情報を得ていたんだと思う。

 洞察力っていうのは、無意識下での画像照合の齟齬を演算する事で発揮される。

 極限の集中力である聖域ゾーンで、僅かな大気の乱れから何かを感じたのかも知れない。

 きっと黒木君とシャナも精神感応フィールリンクの影響を受け、聖域ゾーンに入った事で何かを感じ取っているのだろう。

 しかも2人は武術もやってる訳だから、そういった気配みたいなのには人一倍敏感だろうし。


 だが、忍者達は倒しても倒しても襲ってくる。

 敵が何人いるか解らない現状では、限界時間を向かえる方が早いかも知れない。

 どうする!?

 俺も何とか襲い来る忍者に攻撃を加えるが、焼け石に水だ。

 限界まであと10秒――焦りから、俺の頬を汗が伝う。

 しかし、その焦りも杞憂に終わり、周囲を覆っていた霧が晴れて忍者達の姿は倒れていた者も含め全て消えた。

 周りの野次馬達も今ではハッキリと目視出来る。

「何だ?逃げたのか?」

 そう思い、辺りを見回した俺は違和感に気付く。

 最も気を向けておくべきだった人物の姿が消えていた。


――黒木さんっ!!

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