第24話 揺れる心
森林公園の木々に紛れて身を隠していた者達が、にわかに騒ぎ出す。
「あのGってどれくらいの強さだ?」
「空を飛ぶ分を加えてもBランクってとこじゃない?セーラーポニーと互角ぐらいだし」
「それをあんなにあっさりと捕縛するとは。あの光って最近報告に上がってた硬化光だろ?」
「たぶんそうだね。そんな複雑なプログラムを再現するって恐ろしいレベルの技術力だよ」
「まぁ、あの先代からプログラムを継承しているかも知れないし、あいつの技術力とは言い切れないだろ。何せあの『禁忌のイエロー』だからな。10年前に既に硬化光を実現出来てた可能性もある」
「逆だな。あの『禁忌のイエロー』が後継者に選んだ程の男だぞ。かなり高い技術力を持っていても不思議じゃない」
「あんた達、もっと気になる事有るでしょうが。あの見えない何か、遠隔操作でもしてるかのような動きよ?NLLに遠隔操作を可能にする技術なんて無い筈でしょ?」
「イエローならNLLにそれを組み込んでる可能性はあるが、工夫次第で似たような事は可能だぞ」
「え?どうやるの?」
「幾つかの動作パターンをナノマシンの集合体に記憶させて、不可視光の信号を照射して命令を送ればいいだろ」
「でも彼、そんな信号を送る動作してなかったわよ。音声コマンドも使った気配は無かったし」
「指先とかに端末スイッチを構築して、僅かな動作で信号を発したんじゃないか?」
「ああ、なるほど。そういえばそんな事やってるセコいヒーローもいたっけ」
「おい、それ俺の事じゃねーだろうな?」
「それにしても、彼、ツイてないわね」
「おいこら、無視すんな!」
「そうだな。寧ろ何か憑いてるんじゃないか?」
「ちっ。まぁいいけどよ。あれってやっぱアイツか?」
「たぶんね。レーダーに反応が無いから、ナノマシンのスーツを纏っていない生身だと思うけど、アイツであれば生身でもSSランクの危険度だろう」
「なんでナノマシンのスーツを着てないのかしら?やっぱり引退したって噂は本当だったの?」
「かもな」
「じゃあ何で引退した奴が鎧なんか着て、怪人まで連れて来てるんだ?」
「さぁ?そんなの知る訳ないじゃん」
「俺達の気配にも気付いてるだろうし、早々に引き上げるのが賢明か」
「激しく同意」
「アレと戦うとか無謀過ぎるし、逃げれる距離にいるうちに撤退しとこう」
「そうだね。彼も殺される事は無いだろうし。後は頑張って貰おう」
正義のヒーローであるにも関わらず、味方を助ける気を全く見せないその者達は、気配を消しながら蜘蛛の子を散らすように即座に撤退した。
―――――
「何だつまらん。楽しめそうな奴らが居たのに、間合いに入る前に逃げられた」
不服そうに呟いた大男は腕を組んで再び大きな欠伸をする。
大男が言っている楽しめそうな奴らってのは俺を監視してた奴らだろう。
確かに周辺から感じていた視線を今は感じない。
仮にも正義のヒーローが仲間見捨てて逃げやがったな。
いや、まだヒーロー協会に登録してないから、完全に仲間って訳でも無いけど。
困ってる人を助けるのがヒーローでしょ?
俺は今、とても困ってるよ。
目の前の大男は、戦闘素人の俺から見ても明らかに化物だもん。
そんな化物に向かって剣を構えて戦う体制に入ってるセーラーポニー。
俺は正体がバレたく無いからセーラーポニーからは逃げたいけど、化物と戦うお姉ちゃんを見捨てる事も出来ないしなぁ。
「こいつ、とんでもなく強いわ。あなたは早く逃げて!」
いや、お姉ちゃんが先に逃げてよ。
俺のキュービットなら多少は時間が稼げるだろうから、お姉ちゃんが安全圏に出れば俺も撤退出来るのに。
でも変に正義感が強いのか、お姉ちゃんは自分が囮になって俺を逃がそうとしてくれてる。
「悪いが、連れの怪人を倒されたとあっては、手ぶらで帰ると折檻されるんだ。ちょいとやられてくれよ」
大男は面倒そうに首を鳴らしならが、無造作に俺達に向かって歩き出す。
こんな化物を折檻する奴がいるのかよ。
悪の組織の底が知れない。
「俺は『コランダム』だ。お前等、ヒーロー名は?というか、そっちは『ナノイエロー』か、久しいな。いや?代替わりしたみたいだし初対面だな。で、そっちの嬢ちゃんは?」
「……セーラーポニーよ」
大男が名を訪ねると、お姉ちゃんはジリジリと後退しながら名乗る。
この人がコランダムか。
タイガーフェイスさん、俺の代わりに出動してれば闘えたのに。
でも、タイガーフェイスさんじゃ勝てないだろうな。
コランダムから溢れ出る闘気みたいなものは尋常じゃない。
まぁタイガーフェイスさん、異常な程頑丈だから勝てなくっても負けはしないと思う。
俺のかなり強めの攻撃でも倒しきれなかったぐらいだし。
それにしてもナノイエローか。
恐らく先代が名乗っていた、このイエローのヒーロー名なんだろうな。
って、今はそれどころじゃ無かった。
コランダムは徐に戦闘の構えをとる。
「女であっても、立ち向かうなら戦士と見なす。覚悟はあるな?」
「愚問!」
コランダムの忠告を無視して、セーラーポニーは剣を突き出す。
コランダムはそれを表情も変えずに、その巨躯からは考えられない程のスピードで躱していった。
セーラーポニーの目にも止まらない突撃に晒される中、コランダムは手刀を軽く振る。
次の瞬間、セーラーポニーの細身の剣が腹から折れて宙を舞った。
呆気に取られて一瞬動きを止めてしまったセーラーポニーに、コランダムの右蹴りが襲う。
俺がそれを許す訳ねーだろ!
お姉ちゃんの周りに配備しておいたキュービットを2人の間に割り込ませて、衝撃を跳ね返す――事は出来なかった。
コランダムの予想以上の攻撃力でキュービットは砕け散り、蹴りの余波をセーラーポニーはモロに食らってしまった。
「きゃあっ!」
拙い!と思って、吹き飛ぶセーラーポニーに駆け寄ろうとしたが、間髪入れずに俺にも蹴りが飛んで来た。
俺は残りのキュービットを全部展開して、さらに身を捻って十字ブロックで衝撃を吸収しようと努めたが、それでも完全には受け止める事が出来ずに、キュービットを粉砕した蹴りは俺を捉える。
「ぐうっ!!」
俺は吹き飛ばされ、もんどり打って地面に転がった。
支点力点を使った動作補助プログラムによる受け身を取ったお陰で何とかダメージを減らしたが、それでも体のあちこちが痛い。
一撃でキュービットを破壊するとか、どんな化物だよ?
「何だ?今、見えない何かで防いだだろ?流石イエローの後継者だな。さすイエだな」
コランダムが意味不明な事言ってるけど、こっちは戦慄しててそんな話取り合う事も出来ない。
次の攻撃に備えて構えるが、何故かコランダムは追撃して来なかった。
「はははっ。休日だから戦闘員が居なくて俺が出て来る羽目になったけど、お前みたいな面白い奴と久々に闘えるんだから逆に良かったわ」
コランダムが、悪の組織に属しているとは思えない程朗らかに笑ったので、俺は毒気を抜かれてしまった。
悪の組織ってもっと殺伐としてる人達の集まりだと思ってたのに。
それに、何か気になる事を今言ったよな。
「え?悪の組織って、休日は休めるの?」
相手が余りにも普通に笑ってたので、俺も普通に話しかけてしまった。
ヒーロー協会は休日でも出動要請がかかるのに、悪の組織は休日があるのか?
「勿論、通常戦闘員は土日祝日は休みだ。有給休暇も年間で10日ある。その分俺みたいな幹部は休日出勤もやむなしだがな」
なん……だと……?
「有給休暇って、給料が貰えるって事?」
「当たり前だろ?バイト戦闘員だって時給1800円は貰えてる筈だぞ」
俺の心が悪に傾いた瞬間だった。
新科学市のバイトの平均時給は920円だった筈。
その倍近く貰えるのか!?
いやまて、まだヒーロー協会の給料について聞いていない。
ひょっとしたらヒーローの時給もいいかも知れないからな。
でも土日祝日は休めるのか。
ん?それって正社員だけ?
学生の俺はバイトになってしまう訳だよな。
「ちょっと待って。バイトも土日祝日休めるの?」
「まぁシフト次第だが、平日だけの奴も結構いるな」
なんという優良企業。
俺の心は今揺れに揺れています。
「ダメよっ!悪に心を捕らわれてはいけないっ!」
俺が履歴書とかいるのかなと考えていると、心を読まれたのか、セーラーポニーが大声で俺を制した。
甘い言葉で俺を悪の道に誘うとは、悪の組織恐るべし!
でも、後で黒木君に入団方法聞いておこう。
いや、あくまでも参考程度にね。
「お前、悪の組織に興味があるのか?なんなら俺が口を効いてやろうか?」
なんと、コネ入社のお誘い!
だが、お姉ちゃんが見てる前でお誘いに乗る事は出来ない。
なんとかセーラーポニーをこの場から遠ざける手段は無いものか?
いやほら、危険だからねここ。
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