第13話 複数制御

 俺とピンクがアホなやり取りをしている間に、頭を振りながらカメムシの怪人が再起動して起き上がってきた。

 でも、さっきと違って怪人がエメラルドを襲う気配は無かった。

「も、申し訳ありません、エメラルド様。何か不正なプログラムに侵蝕された様です」

「不正なプログラム?一体何が……。いえ、今はヒーローを倒す事を優先しましょう」

 傅くカメムシ怪人に、エメラルドは再度俺達への攻撃命令を下す。

「やれ!」

「はっ!」

 徐に立ち上がると俺達を睨むようにゆっくりと此方を向く怪人。

 俺とピンクは斜に構えて相手の攻撃を警戒する。

 と、戦闘体制に入ったにも拘わらず、ピンクが簡易通信で俺に話しかけてきた。

「あんたが怪人の方やって。私はエメラルドをやるわ」

「え!?いや、2人で怪人と戦った方がいいだろ」

「はぁ?2人共怪人と戦ってたらエメラルドの攻撃を防げないでしょうが。仮にも変身してるんだから、一人で頑張んなさい」

 何か勘違いしているピンクはエメラルドに向かって跳躍し、そのまま蹴りを放ちながら飛んでいった。

 別に俺、一人で戦うのが怖いから2人でって言った訳じゃないぞ。

 黒木さんが怪我とかしたら嫌だから、怪人を集中攻撃で倒して早々に引き上げて貰おうと思ったんだけど。

 いや、ピンクはエメラルドの正体知らないから、そんな考えには至らないか。

「しょうが無いなぁ」

 俺は左の掌を上に向けて、そこにもう一つキュービットを生成する。


――エメラルドとピンクの間へ。


 精神感応でそう命令を出すと、キュービットは音も無く高速で2人の下へと飛んで行った。

 俺がキュービットを放つと、隙が出来たと勘違いしたカメムシ怪人が不意に殴り掛かって来た。

「ふんっ!」

 一番上の対の腕だけ妙に太いカメムシ怪人の拳は、空気を切り裂き轟音を唸らせる。

 連続で俺に向かって拳撃が繰り出されるが、キュービットがそれを全て弾き返した。

 一応攻撃に合わせて防いでるっぽく腕を動かしてるので、俺が弾いてる様に見えてる筈だけど、異質なモノを殴ってると気付いたのかカメムシ怪人は一歩下がって距離を取る。

「な、何なのだ貴様は!?そんなへなちょこな防御で何故躱せる!?」

 へなちょこで悪かったな。

 困惑なのか焦燥なのか、カメムシの表情なんて解らないけど戸惑ってる気はする。

 そんなカメムシを牽制しながらもエメラルドとピンクの戦いを視界の端に入れて、向こうのキュービットで2人の攻撃を微妙に逸らしていく。

 2個のキュービットを同時操作するぐらいは問題無さそうだな。

 右手と左手で別々の事をやってる感覚だけど、ゲームのパッドコントローラーを操ってると思えばまだまだ行けそうだ。

 俺はちょっと調子に乗って、もう2個キュービットを生成してみた。

 俺の周りには3個のキュービット。

 エメラルドとピンクの間に1個のキュービット。

 計4個のキュービットの同時操作に挑戦だ。


 警戒して様子を見ているカメムシ怪人に向かって、俺は右拳を繰り出す――ように見せかけて、2個のキュービットを怪人の頭と腹に叩きつける。

 見えている俺の拳を怪人は左腕(足?)でガードするが、本命のキュービットの攻撃を2発ともモロに受けて、後方へ吹き飛んで行った。

「ぐあっ!?何故だ?」

 何が起きたか解らない様で、怪人はダメージを受けた個所を押さえて転げ回る。

 その間に、ピンクがエメラルドに向けて回し蹴りを放ったのを、ピンクの軸足にキュービットを軽くぶつけてバランスを崩させ阻止する。

「きゃっ!?何?」

 今度はそのピンクの崩れた体制を突こうとしていたエメラルドの攻撃を、キュービットを旋回させて防ぐ。

「な、何が!?今、空中で攻撃を弾かれた?」

 驚愕して後退るエメラルドは、周囲を警戒するように見回した。

 やべぇ、4つも制御してると精度が曖昧になるから、不自然な防ぎ方になっちゃった。

 まぁ、見えてない筈だし大丈夫だと思うけど、如何にもピンクが防いだ風に見せないと拙いな。


 紋章のOSがMeeだから限界はあるけど、多少は自動で動作補正するプログラムを組み込んだ方がいいか。

 リソース食うのは避けたいんだけどな。

 形状だって、プリミティブと呼ばれる原始的な形状――立方体にする事で漸く実用的な動作をするようになったんだし。

 最悪、光学迷彩によるステルスを解除するしかないか?

 いや、秘密兵器は見えない方がいいし……プログラムを最適化して、処理速度を上げる方向で考えよう。


 と、エメラルド達の方へよそ見していたら、カメムシ怪人が何時の間にか間近へ接近していた。

 俺は先程の攻撃に使わなかったキュービットを、怪人の足元から顎をかち上げるように上昇させた。

「ぐふっ!」

 怪人は少し呻いて蹈鞴を踏むが、なんとか堪えて仁王立ちしながら俺を睨む。

「奇妙な技を使う。が、その程度では俺を倒せんぞ!」

 吠えるカメムシ――とっても臭そうだ。

 そう言えば、カメムシ特有の臭い攻撃してこないな。

 怪人がどういう仕様になってるか知らないけど、カメムシの形状ならその特性を持ってるんじゃ無いの?

 あ、俺フルフェイスのヘルメットしてる状態だから、臭くても関係無かった。

 それで臭い攻撃して来ないのか。

 じゃあこいつ、俺達相手だと特徴の無い普通の怪人だな。

 何故カメムシを選択した?

 対ヒーローじゃ無いとすると、臭いで騒ぎを起こすのが目的か?

 それって、まるで陽動みたいだけど……。


「きゃああああっ!」

 キュービットで互いの攻撃が当たらないように防いでいた筈なのに、突然ピンクが悲鳴を上げた。

 半分無意識下でキュービットを操作していた俺がエメラルドの方に視線を向けると、そこで眼に入ったのは先日俺を硬化して動けなくした杖。

 しまった、あれが有るのを忘れてたよ!

 トドメとばかりにその杖を振りかぶるエメラルドの腕をキュービットで弾き飛ばして、俺の側にあるキュービットを1つ追加でピンクの下へ向かわせる。

 あの硬化は時間が経てば戻る筈だから、ピンクを一時避難させる為にキュービット2個で両脇から挟むように持ち上げて、屋上の入口付近へ移動させた。

「え?え?何?何で浮いてるの?」

 硬化はファンタジーの石化と違って意識はあるんだよな。

 動けないまま運ばれてるピンクはクレーンゲームのヒーローの人形みたいだった。

 それを見て、ちょっと笑ってしまった。

「あんた何笑ってんのよ!」

 なんでヘルメット越しなのに笑ってるの分かった?

 ピンクの洞察力、恐るべし。


 そしてピンクを運び終えてエメラルドの方を見ると、今度は俺に向けて杖を掲げていた。

 先日同様、杖の先から眩い光が放たれる。

 俺の全身を包み込む光を見ながら口角を上げるエメラルドは――正直とてもエロかった。

 でも残念ながらその攻撃、既に対策済みだから。

 俺は何事も無かったように背伸びして見せる。

「今、何かやったか?」

 よし、言ってみたい台詞No.4ぐらいのヤツを言っちまったぜ!

 ちなみにNo.1は「だが断る!」だ。

「な、何故っ!?」

 エメラルドの上げた口角が、今度は盛大に引き攣っていた。

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