闇04

岩咲 叶詩

第1話

ジージー、ジージー

 セミの声が耳の中でこだまする。でも、そんなことは誰も気にしない。もうテレビのニュースでは本日も最高気温更新とか言っている時期。まだ、真夏の暑さは本気を出してこないけど、体感では、もう耐えきれなくなってくる、そういう時期。

八月のことだった。


 あっ、と我に返った時には、もう昼間の三時を過ぎていた。講習が終わって、家に帰ってきたのは一時だから……二時間以上も寝ていたことになる。

ふと、ベッドのそばの窓をのぞき込むとさっきまでの豪雨が嘘のように、晴れていた。

ブーブー、ブーブー

耳に携帯電話独特の不協和音が流れ込んでくる。誰かからの誘いかな? そう思って、携帯を取ろうとする……あと少しのところで手が届かない。

ん……あと少しなのに……指先がちょこんと触れる感触がある。でも、握れそうにはない。もう少し体を伸ばしたらつかめそう……そう思って、手を伸ばしたのが、いけなかった。

「あっ……」

スマホがベッドの上から落ち、壁に当たってベッドの下に潜り込んでしまった。こうなったら、面倒だけど、体を起こしてとるしかない。

私は、そっとベッドの下をのぞき込んだ。ベッドの下は長らく掃除されていなかったためか妙に汚かった。掃除しなきゃな……そう思ったとき、一つ懐かしいものを見つけた。

 

「なつかしー!」

思わず、声が漏れてしまった。そこにあったのは、子供の頃のアルバムだった。そういえば、ここ数年全く見ていない。

ペラッ

長い間開かれていなかったためか、重い音がした。そこには、もはや、私も全く覚えていない思い出がたくさん詰まっていた。一枚、一枚みていくたびに、頭の中のパズルが完成されていくようだった。このアルバムのころ……まだ、小学校に入って間もない頃だっけ、確か、私はまだ、別の市にいた。今では、そのころのことはほとんど覚えていない。けれど、確か、仲の良い友達がたくさんいた気がする。みんなで、河川敷らへんで、遊んでいたっけ……そういえば、そこに秘密基地を作った気がする。そうだ、そこを、拠点にして、近くの森とか、冒険したんだ。そのころの写真とかないかな……

 ペラッ、

次のページには、秘密基地の写真があった。あのころの友達とみんなで移っている写真。一人、一人の顔をなぞりながら、記憶をたどって、思い出していく。リョウに、よっちゃんに、サトと……これは私かな。パズルのピースが頭の中で埋まっていく。記憶が少しづつ、鮮明なっていく気がした。このころは、楽しかったな……

けれど、次ページに私は驚くことになる。どこか懐かしい気持ちのまま私は次のページをめくった。

 ペラッ

 え?

きっと、このときの私の顔を誰かが見ていたら、きっと驚くと思う。

 自分でも分かる。そのくらい、変な顔をしていた。

結果からいうと、次のページなんてなかった。破られていた。そして、その代わりに――

 血の付いたキーホルダーがおいてあった。



「おーい」

私が、キーホルダーを見つけたと、ほぼ同時に外から私を呼ぶ声が聞こえた。そういえば、誰かと約束していたような記憶がある。私はそのキーホルダーを一旦床に置いて、窓から、顔を出した。

「あー!ごめん。ごめん。うっかり寝ちゃってさ」

声の主は、クラスメイトのカナだった。そういえば、今日、カラオケに行く約束をしていたのを思い出した。でもカナのことだ。ずっと待っていた訳でもないだろう。きっと私を待ちながら、ゲーセンでもいっていたに違いない。

「もー、しっかりしてよね。私、一時間も待っちゃったよ」

「ごめん。ごめんってば。いいよ。今回は私がおごってあげるからさ」

カナはこういうことにうるさいからな。後々めんどうなことになるよりはマシだけど……千円かぁ……少しばかり痛い出費。

「えっ、いいの?じゃあ――申し訳ないけど、遠慮なくもらうね」

「普通、そこは遠慮するもんじゃないの?」

「え――一時間も待たせたんだよ?それくらい貰っていい権利あるはずだけど」

「まあまあ、冗談、冗談。今回ばかりは私が悪いしね。んじゃあ、すぐ支度するから待っていて」

「分かったー。ちゃんとすぐ来ないと、今度こそ本当に怒るからね?」

「分かってるって。じゃあ、ちょっと待っていてね」

 私は再び自分の部屋に目線を向ける。そこには、いつもと違うものが一つある。

「これ……どうしよう?」

血で染まられている訳ではない。けれど……気味が悪い……。たぶんキーホルダーについているところが気味悪さを増させているのだと思う。単体だときれいなキーホルダーなのだけどな……そういえば、なんでアルバムの中にこんなのがあったんだろ? 思い当たる節がない。ん―――

「まだー」

そうだ、そんなことを考えている暇じゃない。とりあえず、今は早く支度をしなきゃ。髪を整えてから、鞄と、財布と――


「おそーい」

カナは玄関で私を待っていた。今日、デートでもするのかというくらいしっかりとした服を着ている。でも、カナにとってこれは普通の服。カナは昔から何事に対しても基本的に全力だ。

「ごめんってば。これでも急いで、支度したほうなんだよ」

私はそう言いながら、靴紐を結ぶ。まだ、雨が上がったばっかりだ。濡れても大丈夫な靴のほうがいいだろう。

外に出ると、相変わらず太陽がかんかんと照り付けていた。さっきまで、雨が降っていたせいか、いつにもまして、蒸し暑い。肌がべたべたするのをなんとなく感じる。

「暑くね~」

 カナは耐えきれなくなったかのように、声を漏らした。

「確かに……ホント熱い……」

これは、今年の最高気温を超えたのではないか。そのくらいの暑さだった。流したくもない汗が、だらだらと流れてくる。汗……汗……

私はそのとき無意識に汗を拭こうと、鞄の中に手を入れていた。

「ん?」

手に妙な違和感を覚える。いや、詳しくは何か変なものに触れてしまった。反射的に、頭の中でそれが何かという答えを探す。

「…………ッ……!」

怖い。怖い。怖い。え、なんでここにあるの……

私は確かめるために、何度もそれに触れた。でも、何度再確認してもそれはそれであり、そこにあった。

「ん? どうした? 何かあった?」

 カナも私の様子を変だと思ったのか、尋ねてきた。

「い、いや、何もないよ。ホントに」

 慌てて応える。でも、本当にこれどうしよう?

「あっ、ねえ、ちょっとトイレ行ってきていいかな?」

「えっ、でも、もうすぐカラオケボックス着くよ?」

カナは私の突然の言動にたじろいだ様子だった。でも、私はここで引くわけにはいかない。

「い、いや、ちょっと我慢できないかも……? じゃ、じゃあ、あのコンビニ行ってくるね?」

私は、何か言いたそうなカナを振り切って、駆け出した。



私の鞄の中にあったそれは、やっぱり血の付いたキーホルダーだった。いつ入ったのだろうか? いや、そういう次元ではないのかもしれない。きっと、科学ではない何かの力が働いたんだろう……うん、そうに違いない。でなければ、こんな不可解な現象なんて起きるはずない。でも、そういうことになると、ついに私は呪われたのか……そんなことを考えていると、ふとキーホルダーに変な記述があるのを見つけた。

 

“2004ねん 8がつ 23にち”

 

 ……二〇〇四年といえば、私がまだ子供のころ……ちょうどこのキーホルダーを見つけたアルバムの写真を撮ったころだ。このキーホルダーもそういえば、元々はアルバムに挟まれていたような……やっぱあのころに何かあったのかな?



 ありがとうございましたー

 店員の声が店内に響く。もう、カナを置いて、もう五分ぐらいたっている。あまり放っておくと、後々めんどくさいからなぁ……

 コンビニの外に出ると、カナがふてくされながら、少し遠くの電柱にもたれかかっていた。

 あーあ、こうなると、もう終わりだ。

「おーい、ごめん、ごめん、遅くなっちゃって」

 私はとりあえず、愛想笑いをしながら、カナのもとへ駆け寄った。なんとなく予想していたけれど、カナからの返事はない。

「ごめんってば。確かに、待たせた私も悪いけど、そんな怒らなくてもいいじゃん」

 まだ、返事はない。カナさん完全にお怒りモードに突入。こうなったら、時が流れるのをまつしかないか……

「と、とりあえず、カラオケに行こうよ。もうすぐなんでしょ?」

 すると、カナはコクンと頷いて、歩き始めた。どうやら、着いて来いという意味らしい。

「今日は、大変そうだ……」

 私は、カナに聞こえない小さな声でそっとつぶやいた。

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