藤乃茶学園高等部 西洋社交研究会
文月 狛
入学式
入学式は苦手だ。
入学式に限らず終業式でも、始業式でも、卒業式でも苦手だ。
何にもしなくても、どんなに努力しても目立ってしまう。緊張すればするほど思わず背筋を伸ばしてしまう癖があるから尚更だ。
並びが背の順になる時点でそれはしょうがないことだけど、いつも周りより頭一つ飛び出している私はいつもそう思う。最も飛び抜けているのは身長だけのことだけど。
小学校の頃から160㎝はあった私の身長は順調に伸びて、伸びすぎて今では175㎝になっている。
目立ちたくないっていう性格は昔からだけど、それでも身長がぐんぐん伸び始めた頃はそれなりに得意になってた。クラブ活動や部活の先輩から将来有望だって、掛け持ちでもいいからって引く手数多の勧誘を受けていたからだ。バレー、バスケ、サッカー、何でもだった。
でも実際にやってみたら自分の運動神経の無さにほとほと呆れるしかなかった。
バレーはジャンプのタイミングがずれる、バスケはゴールまで15㎝の距離でも外してしまう、サッカーはボールが来るのが怖くて目をつぶってしまう癖がどうしても治らない。
どこでもそんなだから1年の夏には誰も勧誘してくれなくなっていた。聞こえてくるのは「あの子背が高いだけだよね」っていう先輩や同級生の批判だけ。「背の高い子は遅咲きの選手が多いんだよ」って慰めてくれた優しい先輩もいたけれど申し訳なくて部活に顔を出すのが辛くなって・・・
結局中学の時はそんな部活のチームメイトたちから隠れるように過ごした3年間だった。
この高すぎる身長は私にとって呪いのようなものなのだ。
私の偏差値ではぎりぎりより大分上だったこの藤乃茶学園高等部に、これもあまり得意でもない勉強を頑張って入学したのは3分の1が地元の高校から離れたいっていう思い。
3分の1は大好きなおばあちゃんの母校だったこと。
残りの3分の1は誰にも言ってない。
私は湿気があればすぐに爆発してしまう髪の毛を押さえつけながら、(この髪の毛も私のコンプレックスの一つだ)入学式後のガイダンスを終えた教室からこそこそと退散しようとしていた。
本当はこの記念すべき登校初日にクラスメイトと語らったりして、有意義な高校生活の始まりにしようと計画していたのだけれど、入学式に並んでいる間いつも通り頭一つ抜け出ている自分を客観視してしまって、すっかり
高校デビューは敢無く失敗と早々に決めつけて、玄関で27㎝もあるローファーに履き替え、とぼとぼと帰ることにした。
・・・のだけれど。
玄関から校門までにいたのは、人、人、人、まるで仮装行列のような人のトンネル。
何事にも目立ちたくないとおそらくこの学校で一番そう思っている私はそのトンネルの入り口に立った最初の新入生となってしまったのだ。
「うっわーー!背ェ高いねェキミ!!」「この身長はバスケだよ!」「バレーに決まってるでしょ」「このリーチはソフトボールだっての!」
囲まれながら雑多なお喋りを聞いている内にこれが部活勧誘なのだということが分かってきた。
ユニフォームを着ているだけなら直ぐに判別できたけど、半分くらいの先輩たちは着ぐるみとかコスプレ染みたよく分からない格好をしていたので
仮装行列にしか見えなかったのだ。
これは後から先輩に聞いた話だけれど、伝統あるお嬢様学校として淑女を育てるという意識が高い藤乃茶学園では校則も厳しく設定されており、入学前の生徒、例えば入学試験の為に学校に来た受験生に対する勧誘や、入学式の前のまだ正式に藤乃茶学園の生徒になっていない生徒への勧誘は厳に戒められているのだそうだ。
その反動からか入学式後の勧誘解禁の時、つまり今はいささか行き過ぎの白熱した様相になってしまう。
「ちょっと!いくら背が高いからって運動部だけで囲まないでよ!」
「え~~でも、手芸部がこの子をどうするっての?」
「それは!・・・」
自分の
それがまた自分の周りで起きている。
勿論先輩たちに悪気なんてない。こんな私に声を掛けて仲間にしてくれようとしてるのだから。
上手く返答もできずにまごまごしていると、胸の中にたまった
こんな時に強く「部活には入るつもりはありません!」と返せるようならこんな性格になってはいない。
その時ようやく他の新入生たちが玄関から出てき始めたので、一部の先輩たちが囲いから外れてくれた。
私はその隙を狙って頭を下げた。
「す、すいません!お手洗いに!」
そう言って校内にUターンすることに成功したのだった。
まだ勝手の分からない校内を足早に迷い歩き、お手洗いを見つけて中に飛び込んだ。
授業の行われていない今日は誰もいなかったので、人目を気にせずじゃばじゃばと水を流し顔を洗う。
少しは落ち着いて周りを見ると随分立派なお手洗いだなと感心したけど、もしかして来賓用のお手洗いかもしれないと気になって外に出た。
特別そのような表示は無かったのでほっと胸を撫で下ろす。
この先を思案する、というより放心していると、
「ねぇ!そこのデッカイ娘!」
と真後ろからあまりと言えばあまりにもな呼び声が聞こえてきた。
例え私のように背の高さがコンプレックスではない娘が相手だとしてもこんな呼び掛けはないと思う。
どんな傍若無人な人物なのだろうか。恐る恐る後ろを振り返ると、そこには名前は覚えていないけれどテレビでよく見かける男性アイドルがいた。
「いじめなんかより楽しい事はいっぱいあるよ」という啓発メッセージとともに爽やかな笑顔を浮かべて。
当然ポスターが話しかけてくる筈もなく、声の主は視界の真下にいた。
「うわわっ!」
余りにも近くに立っていたため一瞬視界に入らなかったのだ。思わず距離をとってしまう。
亜麻色の髪をふわりとした夜会巻きに束ね、いたずらっぽい笑顔を浮かべて真っすぐ私を見ていた、私の胸程の背の女の子。
月並みな表現をすると妖精みたいな人だった。整った顔立ち、黒目がちな大きな目、とらえどころのないような、それでいて可愛らしい笑顔はどんな人でも心を
私が藤乃茶学園に入学したいと思った残り3分の1の理由、こんな可愛らしい女の子になりたいという理想を体現したようなそんな人・・・
反応に困っているというより、半ば
「西洋社交研究会に入らない?」
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