問題点5 一度やればもう十分だろ? ――繰り返し演習しているか?




 対策プリントをやり始めたはいいが、結局解けたのは最初の方の基本問題だけ。わからない問題が増えてきたので、俺は夏子にやり方を聞きながら問題を解いていく。


 なんとか数問解いたところで、夏子が以前授業でやらされた小テストをやろうと言ってきた。


「なんで今さらそんなのやらないといけないんだよ」

「だって、さっきから秀ちゃんがわからないって言ってる問題、全部小テストで出てきた基本問題だよ? まずはそこからやらなきゃ」

「うっ……わかったよ」


 こいつ、よく小テストの問題なんて覚えてるな。


「でも、俺小テストなんてとっくの昔に捨てちまったぜ?」

「え!?」


 びっくり仰天といった顔で、夏子が素っ頓狂な声を上げる。


「嘘!? なんで!? なんで捨てちゃうの!?」

「なんでって、もう終わったもんを持っててもしょうがないだろ」

「しょうがないって、解き直しとか復習とかしないといけないでしょ?」

「は? テストの問題復習してどうすんだよ。もうテスト終わったのに」


 首をかしげる俺に、夏子は驚きの目で見つめてくる。


「だって、小テストって重要問題ばっかり集まってるんだよ? ちゃんと繰り返さないと」

「お前、変なこと言うなよ。一度やった問題を繰り返してどうするんだよ。だいたい、何度もやって答え覚えちゃったら解く意味ないじゃん。時間のムダだよ。お前、さっきと言ってることが矛盾してるぞ?」

「い、いや、その、それはね……?」


 夏子が何か言いたそうな顔をしていたが、そのまま口をつぐんだ。どうやら俺の指摘にぐうの音も出ないらしいな。







 さて、皆さんは一度解いた問題、どうしていますか?

 よく試験や模試などの後で、先生に解き直しを指示されることがあると思います。おそらくそのように指示を受けた場合は普通解き直すだろうと思いますが(それでも解き直さない人も多いですが)、では、普段の学習で問題集などを解いている時はどうでしょう。


 実のところ、勉強ができない人はほぼ例外なくそのような反復学習を行っていません。そもそも問題が解けない、わからないという場合も多いのですが、たとえ解ける問題であっても繰り返さずやりっぱなしにしてしまうのですね。


 1つ例を挙げましょう。A君は個別指導塾に通っています。彼は授業では先生の説明を受けて問題を解くことができます。ですが、その後家で同じ問題を解き直したりはしません。結果、次回の授業時には前回解いた問題が解けなくなってしまいました。

 上の例は実際に塾や学校などでうんざりするほどよく見かける例なのですが、ひょっとすると「いや、自分はそこまでもの覚えが悪くはない」と思った人もいるかもしれません。

 ですが、たとえば定期試験の前などはどうでしょう。基本的に定期試験の問題などというものは、そのほとんどが授業で習った問題であり、授業で解いて解説もされた問題であるはずです。ですが、試験前ともなれば以前習った内容なんてすっかり忘れているなんて人、結構多いのではないでしょうか?


 では、どうして彼らは反復学習を行わないのでしょうか。単純に、勉強以外のことに時間を費やしてしまう、あるいは勉強をやりたくなくて手が動かない、などというのが大半だとは思いますが、ここでは勉強が苦手な人の意識の問題について指摘したいと思います。

 意外に思われるかもしれませんが、いわゆる「勉強ができる人」は、「忘れることが当たり前」という前提の下に行動していることが多いです。そのため、彼らは忘れてしまう前にやり直そうと反復学習を行います。放っておけば忘れてしまうから、そうならないように繰り返し学習して記憶の定着をはかるわけですね。

 ところがそれに対して、いわゆる「勉強が苦手な人」というのは「自分はわかっている、忘れていない」と思いこんでいることがもの凄く多いんですよ。そのため、一度解いた問題を繰り返すように言っても「そこはできる、前に一度やって解けた」などと言ってやりたがらないんですね。結果、当然のことながら習った内容なんてすぐにキレイさっぱり忘れてしまいます。


 そんなまさか、と思うでしょう? 勉強が苦手なのに、「自分はわかっている、忘れていない」と思いこんでいるなんてことがあるのか、と。ところが実際そうなんですよ。

 例をあげましょう。勉強の苦手な人が、先生に説明してもらいながらある問題を解いたとします。そこで先生が「もう一度やってみようか?」と聞くと、極めて高い確率で「大丈夫」と返答します。大抵の場合、一度できた問題をもう一度やってもらおうとすると、「それはもうできたから」と結構な頻度で渋い顔をされるわけです。


 先ほど私は、勉強が苦手な人は「自分はわかっている、忘れていない」と思いこんでいる、と言いました。これは正確には、「自分はその問題をわかっていない、忘れている」ということが把握できていないということになります。問題を解いた時点では自分はその問題を理解して覚えたと思っているのですが、その理解がまだあやふやであること、少し時間がたてばすぐに忘れてしまうということをわかっていないのですね。

 本人の主観としてはその問題を理解できている。だから「大丈夫」と思ってしまう。そして、その問題はそのまま放置されて、いざ試験前になった時にはすっかり忘れてしまっているわけです。


 よく勉強法のハウツー本には「エビングハウスの忘却曲線」というものが登場します。人間は覚えたことの56%を一時間後に忘れ、一日後には74%を忘れてしまうというものです。もっとも、これは無意味な文字列を被験者に大量に覚えさせるという実験の結果なので、通常の記憶や学習にただちに結びつくものではありません(ほとんどの勉強法ハウツー本ではあたかも記憶に関しての一般法則であるかのように扱われていて、正直辟易してしまいますが)。ですが、人間の記憶のあいまいさ、不安定さを端的に示していることは間違いないでしょう。

 このように、人間はすぐに忘れる生き物です。記憶を定着させるには、地道な反復学習を行うより他にありません。基本的に、勉強に近道はありませんのでそこはしっかりと向き合ってください。


 ここで今回の話をまとめます。勉強が苦手な人は反復学習を行っていません。そのため、学習した内容が定着しないままどんどん忘れていってしまいます。

 あまりに当たり前の話ではあるのですが、それではいったいどのように反復学習を行えばいいのか。そこが問題になるわけですね。そのあたりは、解決編にて詳しくお話したいと思います。


 次回は少し短めですが、どうぞお楽しみに。




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