神と天使と預言者の物語

@kkb

第0話 一神教の概要

 ユーラシア大陸の西半分、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸を合わせた地域、つまりユーラシア大陸東部以外の世界の大半は一神教の世界だ。唯一の神を信仰し、他の神を決して認めない。アブラハムの宗教ともいう。これから簡単にその歴史的な流れを説明する。


 神は六日間で世界を創造し、一日休んだ。そのあと最初の人類、アダムとイブを作り出し、彼らの子孫は増えていった。中東に住んでいたノアはあるとき神の声を聞いた。もうすぐ洪水が起きるから、箱舟を作って動物をひとつがいずつ入れて災害から逃れるように言われ、そのとおりにした。すると本当に大洪水が起き、ノアの家族と動物たちは、トルコのアララト山まで流された。


 紀元前二十世紀頃、ノアの子孫のアブラハムは今のイラクにあるウルに住んでいた。アブラハムもあるとき神の声を聞き、カナンの地、今のパレスチナに移住するように言われ、その通りにした。彼の孫のヤコブはイスラエルと改名し、ヤコブの子孫はイスラエル人と呼ばれる。ヤコブの子供のひとりにユダがいた。イスラエル王国が南北に分裂したとき、南はユダ王国を名乗った。それでユダヤ人ともいう。


 紀元前十三世紀頃、アブラハムの子孫のモーセは、ミディアンの地で羊を追っているとき、神の声を聞き、エジプトで奴隷のように扱われているイスラエル人たちを救うよう告げられた。そこでモーセはエジプトに行き、エジプトの王ファラオに会い、同胞を解放するよう頼んだが、王は聞き入れない。

 すると様々な災いがエジプトに起き、王は解放を認めた。モーセたちイスラエル人はエジプトを抜け出てカナンに向かうが、王はエジプト軍を追っ手としてさしむけた。紅海の岸でモーセが杖を上げると、海が左右に割れ、イスラエル人は海の底を進んだ。エジプト軍も後を追うが、モーセが杖を上げると、割れていた水が左右から押し寄せ、イスラエル人はエジプト軍が死んでいるのを見ることになった。


 イスラエル人はシナイ山にたどり着き、そこで神から十の戒律、十戒を授かる。十戒以外にも日常生活の決まりや神への捧げ物などについて事細かく指示される。カナンの地に戻ったイスラエルは、やがて王国となり、ソロモン王のとき最も栄え、彼の死後南北に分裂し、衰退していく。その間にも様々な預言者が出て、神から啓示を授かっていく。


 ナザレのイエスも預言者である。だが、単なる預言者ではなく、救世主(ギリシャ語でクリストス、ヘブライ語でメシア)である。彼が登場した当時、イスラエルはローマ帝国の属州だった。イスラエル人達は、彼がイスラエルのために活動しないので、救世主として認めなかった。


 イエスは三十歳頃まで大工(木工職人)をしていた。その当時バプティスマ(洗礼者)のヨハネという修行者がいた。ルカ福音書によると、彼の母親とイエスの母マリアは親戚で、マリアと同じようにヨハネの父親の前にも大天使ガブリエルが現れた。イエスは三十歳頃、彼より半年早く生まれたヨハネから洗礼を受け、宣教を開始した。それまで彼の故郷の村では普通に暮らしていたのに、布教で各地を回ったときには、触れるだけで病人を治したり、死人を生き返らせるなどの奇跡を行った。


 イエスの主張はユダヤ教の律法主義と選民思想を否定するもので、当時この地方で大きな影響力を持っていたユダヤ教の祭司達の怒りに触れ、十字架に磔にされてしまう。イエスは前もって自分が磔になることと処刑後の復活を予言し、弟子にそのことを語っている。予言どおり、イエスは弟子のひとりイスカリオテのユダの裏切りで捕まり処刑された。他の弟子達は自分の身に被害が及ぶことを恐れ逃げてしまった。


 処刑はゴルゴダの丘で行われた。磔の途中で空が暗くなった。磔はすぐには死なない処刑方法で、死ぬ直前にイエスは、神に裏切られたと叫び絶命した。イエスの遺体は信者にひきとられたが、復活劇を演じることを警戒したユダヤ教の祭司長の手配でローマ軍の番兵が見張りに付いた。しかし、信者の女性が墓にいってみると、入り口をふさいでいた岩はどけられ、番兵が死んだようにぐったりしていた。


 墓の中に入ると、天使がいて、イエスはよみがえったと語った。そこには遺体をくるんでいた布だけが残されていた。信者の女性が墓の外に出ると、イエスがいた。女性は墓守と思ったが、相手は女性の名を呼んだ。それでイエスだとわかった。復活したイエスは弟子達の前にも現れた。そこでも最初は誰だかわからなかった。


 復活から四十日後、イエスは全世界の民を信者にするように弟子達に語った。直後、空に浮かびあがり、雲の上に消えた。そのとき弟子達の傍に二人の天使がいて、イエスは再び戻ってくると告げた。


 その後、イエスの処刑のとき逃げ隠れした弟子達は宣教を始めた。弾圧する側のユダヤ教の律法学者にパウロがいた。彼は旅の途中、イエスの声を聞き、目が見えなくなった。イエスの信者に目の上に触れてもらうと鱗が落ちたように目が見えるようになった。パウロは迫害する側から逆に熱心な信者になり、伝道を行った。

 

 キリスト教は、当初はユダヤ教関係者から迫害されていたが、信者が増えてくると、ローマ帝国自らキリスト教を弾圧するようになる。大弾圧をした皇帝が亡くなり、後継者争いが勃発した。後継者のひとりコンスタンティヌス一世は決戦の直前、神の啓示により勝利をおさめ、ミトラ教からキリスト教に改宗したとされる。キリスト教はローマ帝国に公認された。さらに公会議にて、イエスが神と同格であるという三位一体説が採用された。


 ローマ帝国は東西に分裂し、西ローマ帝国は滅びた。しかし、ローマ教会は強い権力を持ち、なかでも六百年頃にローマ教皇に就任したグレゴリウス一世は大教皇と呼ばれ、教会の許しを得なければ天国にいけないとする教義を作り出した。


 大教皇グレゴリウスの死から六年後、アラビア半島のメッカの商人ムハンマドは大天使ガブリエルからアラビア語で啓示を授かり、イスラム教を宣教していく。ムハンマドは、アラビア社会の風紀の乱れを悩み、よく近くの山の洞窟で瞑想をしていた。ある夜瞑想後に仮眠をしていると、大天使ジブリール(ガブリエル)が現れ、文字の書いた布を目の前に出して、読めと命じた。その後も啓示は続いた。


 アラビア語で神という意味のアラーに従うこと。エルサレムの方角に礼拝すること。偶像崇拝を徹底的に禁じるなどの内容だった。ムハンマドはひどい迫害に遭い、メディナに移住した。ムハンマドはメディナでも啓示を授かった。礼拝の方角がエルサレムからメッカに変わり、女性の服装、離婚、結婚などの生活規範が啓示され、異教徒との戦争に努めるよう告げられた。ムハンマドは最後の預言者である。


 一神教は、アブラハムへの啓示から始まり、それに多くの信仰や生活の決まりである律法が追加され、選民思想を強めたユダヤ教となり、ユダヤ教から選民思想と律法主義を取り除き、人類愛を説いたキリスト教に発展し、キリスト教が堕落した頃、偶像崇拝を徹底的に禁じたイスラム教が登場した。これらは別の宗教ではあるが、信仰する対象は、同じひとつの神である。


 聖書はヘブライ語で書かれた旧約聖書とギリシャ語で書かれた新約聖書の二種類あって、ユダヤ教は旧約聖書、キリスト教は旧約プラス新約を教典とする。旧約の編集は紀元前六世紀のバビロン捕囚時代以降、新約はイエスの死後数十年で行われたとする説が有力である。

 

 イスラム教の正典クルアーンは、アラーがガブリエルを通してムハンマドに告げた内容で、最初は口伝で伝わっていたが、ムハンマドの死後まもなく文字に残された。それ以外にも、ハディースというムハンマドの言行録もある。こちらは十世紀頃まで文章化されていなかったが、歴代伝承者の経歴まで詳細に調べ上げられている。


 ここでは、一神教の歴史を鑑み、そこに含まれる謎、すなわち神の秘められた計画(ミュステリオン=ミステリーの語源)を解き明かすことにする。


「今日に至るもなお、モーセの書が朗読されるたびに、おおいが彼らの心にかかっている。しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれる(2コリ3:15-16)」

 と、聖パウロがコリント人の信徒に宛てた手紙の言葉にあるように、モーセが記したとされる創世記の秘密を解き明かすには、まず主(神の名前)の正体を突き止めることから始めなければいけない。

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