けなりー人生に届くか?

みんなもともと生死

第1話 嵐の後のナゴム生

けなりー人生に届くか? 作者:百枝月古京






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~暴力の呪縛から走り逃げろ~


虐待で心を殺される少年少女、老若男女、日本人がいなくなることを祈る。


けなりー(岡山弁でうらやましいという意味)。

いくらつぶやいたところで、

心が死ぬる思いはなくならないけぇ。

日生ひなは、激しい家庭不和と荒れた学校で

どこにも居場所のない生活を続けて、疲弊した心で

灰色の涙を猫のぬいぐるみのすみれに吸い込ませ続けていた。

ちゃーちゃーいう(ぺらぺらしゃべる)、元気も気力もどこにもなく、

無口で一言返すか、悲しげな顔でうつむき、無反応な彼女には

友達は2人いるかいないかであった。

でーれー、むなしい無意味な日々の毒が

日生の心を蝕んでいった。

キャハハと笑いながら、手首に果物ナイフを当てて、スッスッ横に切りつける。

白い手からザクロ色の血がビリビリに引き裂かれた黒猫のぬいぐるみの背中から

はみだした綿に、綿色の肉に塗られていく憤怒と嘆き。

なんしょん!?(何してるん)と、一気に体を掴んで、

暗い記憶でぎっしりなった頭をナデナデされたいのに、

無関心と無理解な家族やクラスメイトをにらみつけることしかできない

自分なんか消えてしまえばいいのにと。

日生はさらにリスカしながら、ぼっけえないた。

「そんなにやって、痛くないんか?のう?」

この言葉だけでもいいから、誰か言ってよ!

はがえー(歯がゆい)感情で、叫びだしたくなる衝動をこらえ、

しかし、すすり泣く人間らしい何かは抑えきれず、

捨て猫の鳴き声で日生は生を痛感していた。

日生の部屋はボロキレの布切れのようであった。

家庭内暴力を仕掛ける父が、乱暴にドアを閉めるせいで、

はめ込まれたガラスがずれ、常に半開きの扉、

横暴な父の態度にぶちにブチ切れて思い切り投げたぶ厚い漫画雑誌により、穴が開いた

大好きだったヒーローアニメのポスター。

机にはどす黒いしみがついている。他でもないひなの血痕のあとだ。

4日前の休日のひのまるがまるまると輝くひるまえのことじゃった。

「やっちもねー娘だ。おらぁ、かわいげのねえ目しくさやがって。

 はーい、お仕置きの時間だ。歯くいしばれ」

腕で思い切り押し、机に体を強打し、うずくまる娘に

ドカドカ踏んだり蹴ったりを繰り返す。

「お父さん、痛いよ。やめて、私が何をしたとゆーと?」

「きゃーくそがわりー(ムナクソが悪い)、パチンコ外れてむかむかしとんじゃ。

 都合のいいサンドバッグがここにあったけぇ。暖っけえお父さんのキックで

 丈夫な体にしとるから感謝しぃいや」

風呂に入って、傷を癒そうとしても、父に電気を消され、真っ暗な浴室で

シャワーを浴びながら、哀れな迷子猫は混じりけのない視覚の入り口から

悲しみのしずくを水に紛れさせた。


他に自室にあるアイテムも彼女の傷口をえぐるだけのガラクタでしかない。

胸ぐらを掴まれ、伸びきったパジャマ。

不良の女の子にグルグルにまわされ、ボタンがはじけとんだYシャツ。

乱暴に投げられ、短針がなくなった目覚まし時計。

彼女の幸福度がみてる(からになる)のは当然だ。


弁当の時間が終わりかけたころ、ホワイトソースのかかった

オムレツを手付かずに残して、しまいかけた日生に話しかける声。

その声は人懐っこい、カモミールのような声だった。

示村正絵は、心細くはぐれ続けたマッチ売り少女の隣に椅子を運び、

寄り添うように座ると、優しくニコッと微笑みつつ、口を開いた。

「おいしそうなオムレツだね。よかったら食べさせて。あっ、あとで

ローズヒップティーおごるよ」

面食らった日生は、コクリとうなずくのが精一杯だった。

彼女は、不思議でいっぱいすぎた。

『もんげーついてない私みたいな人間とかかわって、不幸が伝染するとか思わないんかな?』

悲観イメージを、そのまま独り言としてアウトプットしてしまってたようで、

日生の嘆きに、しかりと示村は力強く否定した。

「全然、そんなことおもっとらん。気にせんがー。

袋小路なら、つるはしで壊してしまえばええんじゃろ?」

はにかみながら、しれっと名言を言うてる示村。


ふわっと濡羽色の帽子をかぶせたのは、万倍瑠璃亜。

家ではヴィオラを弾きつつ、軽音楽部ではキーボードを担当している。

入学式当日に、茶髪でルーズソックス、改造した制服で現れたため、

しばらくはヤンキー疑惑が晴れなかった。


プリムラ・ポリアンサの花を口にくわえ、キザエロに登場したのは

大福真星という長身、182cmのオトナびた大人よりも巨人族ガール。

軽音楽部では三味線(!?)を担当している。

また、料理部もかけもちしており、万倍によく、モンブランや栗の甘露煮を

つまみ食いされてしまっている。


大福の上におんぶされているオチビな女の子は富士しとり。

帰宅部なのだが、よく絵本の読み聞かせのボランティアをしている。

しかし、見た目が小学生なせいで、教師や用務員に勘違いされ、

うっかり追い返されかけることもしばしばなので、学生証を見せたり、

休日なのに制服で訪問せざるを得ないなど、びみょーに苦労してる。


ひととおり、自己紹介を終えた5人は

急坂を下りきったところにある、公園を目指すことにした。


「えへへー、」

「花用意するの、かったるかった。しおれたらサイアクじゃん」

「小学校でプチ文化祭みたいな催しあって、お化け屋敷に入ろうとしたら

160cmくらいまでしかなくてベニヤの天井めがしちゃった」

しゅんとする大福。

「私なんかしょっちゅう間違われるんだよ?休みの日に制服気てくのも大儀ーやし」

「神社いったら大凶引いちゃった示村ちゃんの身にもなってほしいんじゃー」

「うーん、ルリルリは正月、なんの結果じゃったかな?」

「どうしたの日生ちゃん。具合悪いん?」

「ぐすっ、ずっと一人だったから、いきなりこんなにいいことあるなんて思わなかったの。

家に帰れば鬼畜基地外親父に殴られるし、あまつには投げられるし、こ、これ青あざなんじゃけど、

どうしたらええか、ぶちわからんの」

「もう無理せんでええ!」

示村がギュっと富士の噴火のマグマのような熱情で

日生を介抱するから、解放された心で

彼女はいつまでも魂の叫びを続けた。

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