義理か、否か

 バレンタイン、というイベントにおいて、何事か悩むなどということは、これまでには皆無と言って良かった。父や、妹(何故か昔からねだられてしまうのだ)、それから友達にどんなものをあげるか、多少迷うということはあっても、特定の男性に差し上げる、など、今までに一度も考えたこともなくて。

 それなのに、真正面から『欲しいから、くれる?』などと言われてしまうとは。

 「……行かないと、しょうがないよね」

 じっと、テーブルの上に置いた包みを見下ろしたまま、私は自分に言い聞かせるようにそう呟いていた。メンズ向けのお店ならでは、というか、プレゼント用のその包装は黒とシルバーの渋めのそれで、そこには銀の星がひとつ、右端に煌くように施されている。

 そして、さらにその横には、可愛い白のリボンと白い薔薇の蕾で飾られた、小さな赤いパッケージの箱があって。

 一応、前に持って行ったクッキーは喜んで食べてくれたから、甘いものは嫌いじゃない、とは知っているけれど、チョコは一人で食べてもらうのだし、もしかしたらたくさんだと大変かもしれない、と考えて、ごくごく可愛らしいサイズのものに留めておいたのだ。

 こんな風に、色々と考えて考えて、閉店間際まで悩んで、ようやくのことで買ってきた、というのに、いざとなると、身体がすくんでしまうようで。

 クッションの上に座り込んだまま、動けずにそうしていると、手元に置いていた携帯が突然アラーム音を鳴り響かせる。もう出かけないと、絶対に約束に間に合わない、という時刻、その一分前にセットしておいたのだ。

 いつでも外に出られるように、身支度は一応済んでいる。だから、立ち上がって、鞄とプレゼントの包みの入ったバッグとを手に、コートを羽織ればいいだけなのに。

 「ほんとに、今日、言わなきゃいけないのかな……」

 これほどまでに悩んでいる背景には、先日、森谷さんから告げられた言葉があるのだ。

 それはいわば、これまでの彼に対する心象を、中間報告せよ、と言わんばかりのことで。

 そうこうしている間にも、開いたままの携帯の液晶の時刻が、音もなく16:20を示した。

 その途端、奮い立たせるように頭をひとつ振り、膝を伸ばして立ち上がった私は、荷物を掴み、その後でコートに袖を通そうとしてまた荷物をテーブルに戻し、と間抜けなことをしたものの、なんとか家を出てしまうことに成功して。

 お気に入りのブラウンのブーツを履いた足を、駅に向かって必死の思いで動かしながら、私はついこの間、森谷さんと話したことを思い返していた。



 二月の十一日、まだひんやりとした空気が街を包む、そんな時刻。

 あんなに遅い時間だというのに、本当に迎えに来てくれたお詫び、ということで、私は朝から森谷さんを呼び出して、美味しいモーニングのお店へと引っ張っていった。

 「別に、気を遣わなくていいのに。何度でも迎えに行く、って言っただろ?」

 「そういう問題じゃないです。どうしたって申し訳ない、って思っちゃうんですから、大人しくその気持ちを受け取ってください」

 目の前に置かれた金線の施された可愛いカップに、少量のお砂糖とたっぷりのミルクを入れながら、私はやけに機嫌良さげな彼に、そう言い返していた。

 今いるのは、駅から歩いてほんの一分、商店街のメイン通りから少しだけ西に外れた、ちょっと隠れ家的な場所にある、アストル、という名前の喫茶店だ。

 店名には天体、という意味があるらしく、その名前の通りに天球儀や星図がそこここに置かれていて、藍と白をベースにした色合いの店内も、宵の空のようでかなり素敵で。

 そして、ここはモーニングの内容がなかなか豪華なのだ。卵はフライドやポーチドなど、調理方法が指定できるし、ベーコンかソーセージか、トーストかホットドッグか、という実に楽しい二択が用意されていて、色々なパターンで注文することが出来る。

 メニューを見ながら、二人ともがそれぞれに注文をしてしまうと、あっという間に席に届いたコーヒーを前に、こうして向かい合っている、というわけなのだけれど。

 どうにも、昨夜のことが思い出されて、上手く話題を思いつかずにいると、森谷さんが笑みを含んだまま、話を切り出してきた。

 「この間抱えてた大荷物、ちゃんとロッカーに入った?」

 「あ、なんとか小分けにして入りました。私と内野さんだけでも、どうにか」

 森谷さんが言っているのは、月曜日に、お昼から時間休を取って帰った時の話だった。

 荷物の中身が何かというと、バレンタインのチョコレートだ。毎年、担当の女子が資金を出し合って、部長、課長、それから係長を含む担当全体の男性に贈っているのだそうで、今年は私と内野さんが買い出し担当、となったのだ。

 それで申告時期に入ってしまうと、なかなかお休みも取れなくなるから、ということと、仕事終わってからだとゆっくり選べないよね、という事情から、二人で相談して時間休、となったわけなのだが、

 「それにしても、庁内でこっそりロッカーに行こうとしても、だめですね……」

 実は、買ってきたそれらを、終業時刻直後に職場に戻って、ロッカーに入れて帰ろうと思ったのだが、案の定見知った職員の方々に見とがめられてしまった。

 うちはそれなりに大所帯だから、男性だけでもその数は二十人を下らない。あまり気を遣わせてもいけないから、手頃で持ち帰りやすい大きさのものを選んだとしても、大きなバッグを二人ともが抱えて、となるから、目立つことこの上ないのだ。

 「一階の時点で森谷さんどころか井沢さんも足立さんも声掛けてくるし、二階に上がる途中で倉田さんに見つかっちゃうし……もっとこっそり動けば良かったです」

 「見つかったところで、中身を公開したわけじゃないからいいんじゃないの?」

 「そこはそれ、気分的なものですよ。やっぱり当日、分かってたって驚いてもらいたいじゃないですか」

 何しろこういうイベントを職場でやることなんて想像もしていなかったから、選ぶのも凄くわくわくしてしまったし、配った時の皆さんの反応も楽しみで。

 そんなことを話していると、ふうん、と呟いた森谷さんが、ふいに口角を吊り上げる。と、

 「それで、僕にはくれるの?」

 前触れもなく投げられた剛速球に、とっさに対応できず、私はカップを上げかけていた手をぴたりと止めてしまった。我ながら軋みが上がりそうな動きで、彼の方に向き直ると、至ってにこやかにこちらを見つめている表情と出会ってしまって。

 「え、あの、それは」

 「正直言って、欲しいから、くれる?」

 うろたえながら発した声を吹き飛ばすように、間髪入れず次弾が飛んできて、私はどう答えを返したものか、と一瞬考えてしまったが、ここで迷っても仕方ないので、

 「……そうストレートに要求されなくても、ご用意するつもりでしたよ?」

 当日まで秘密にしておくつもりだったのに、と思いながら、しぶしぶ私はそう応じた。

 関係はお友達、とはいえ、彼には(いささか、強引な面もあるのだが)ひとかたならぬお世話になっているから、ささやかだけど何かお贈りするつもりで。

 とはいえ、内野さんに冷やかされるのもなんなので、ついでではなく、明日か明後日の帰りにでもひっそりと買いに行こう、と考えていたのだけれど。

 その返しは思ってもみなかったのか、森谷さんは一瞬眉を上げたけれど、じきに何か、考え込むように頬に手をやると、真剣な面持ちで言ってきた。

 「それじゃ、貰うにあたって、その内訳を聞かないといけないな」

 「え?何の、ですか?」

 「比率だよ。何パーセントが義理で、何パーセントがそうじゃないのか」

 「そ……そんななんだか統計調査みたいな!そこまで示さないとだめなんですか!?」

 慌てて私がそう言うと、森谷さんはあっさりと頷いて、

 「そのくらいは当然だと思うよ。君は『お友達から』って言ったけど、ならどの時点で切り替わるの?いつか急にスイッチが入るとか、そういうタイプにも見えないんだけど」

 とても冷静な指摘に、とっさに反論も思いつかないでいると、彼は続けて、

 「まあ、まだたかだか二週間足らずだから、そんなに急激にゲージが上がるとは思ってないし、正直なところを聞かせてくれればいいよ」

 ……それが一番、難しいと思うんですが。

 内心で浮かんだ言葉を口にする前に、とてもいい香りを放ちながらモーニングが運ばれてきて、それ以上話をするタイミングを見失ってしまって。

 結局、その日は美味しい朝食(というよりは、ブランチレベルの量だ)をじっくり堪能して、それではまた明日、ということになってしまった。



 森谷さんに告白されてから、やっと二週間と一日。それが今日、バレンタインデーだ。

 この間、あまりにも色々なことを、息つく暇もないほど彼からされてきたので、まだ、たったそれだけしか経っていないのだと驚いてしまう。有言実行、まさにそのものだ。

 そしてこちらはといえば、その波状攻撃に必死で反撃や防御をしてはみるものの、正直おたおたしているだけで、落ち着いて自分の気持ちを振り返る暇などなくて。

 だから、いざ立ち止まって考えてみる機会を与えられたのは、良かったのかもしれない。

 そんなことを思いながら、待ち合わせの場所へと急ぐ。前に映画に行く時と同じ、駅前広場で、とは聞いているものの、その後どうするのかは何故か教えてもらえなかった。

 もう夕方だから、ご飯でも食べに行くのかな、と考えて、白のニットと膝丈スカート、それにグレーのピーコート、という無難な組み合わせで出てきたのだけれど、なんだか、完全にデート仕様、で準備していることに気付いて、今更ながらちょっと恥ずかしくなる。

 ……まだ、何もないのに赤くなってるとか、そんなことでどうするの。

 内心でそう呟きながら、どうしようもない落ち着かなさをスピードに変換するが如く、足をせかせかと動かしていると、森谷さんの姿が見えた。

 先日より早く彼に気付けたのは、細長く続く駅前広場の奥、駅に近い方ではなく、私が近付いてくる方向、つまりほぼ西の端に立っていたからだ。今日は、大きめの黒のフードコートを羽織っていて、ポケットに両手を突っ込んではいるものの、やはり姿勢は良い。

 と、また気配を読んだかのように、近付く私に顔を向けて来たかと思うと、眉をすっと上げて、

 「……可愛いな、今日の格好。予定、ちゃんとしたところにすれば良かった」

 上から下まで、じっくりと見回すように眺めた挙句、開口一番の台詞が、これで。

 「あ、有難うございます。お、お誘いなので、一応服装だけはまともに、って」

 真っ赤になっているのはもう避けようがないとはいえ、どもりながらもどうにか返事を返すと、森谷さんは笑って、

 「結構、気合いは入れてくれてるんだ。なら、元よりそのつもりだったけど、きちんともてなすよ」

 「おもてなし……って、森谷さん、何を」

 「簡単だけど、うちで鍋でもしようかと思って。ひとりだとまずやらないしね」

 「お鍋……」

 それを聞いて、すぐさま私は楽しそうだ、と思ってしまった。最近では一人暮らしでも専用のセットだとか、お出汁なども売られてはいるものの、なんとなく実家を思い出して寂しくなってしまうので、やってみたことはなかったのだ。

 口元が思わず緩むのを見て取られたのか、森谷さんは小さく口の端を上げると、

 「なんかいい反応みたいだから、異議なしってことで。材料はだいたいもう買ってあるんだけど、出汁は好みがあるから聞いてからにしようと思って」

 「え、じゃあ、食材にもよりますよね。メインは何ですか?」

 「鶏肉。単に、僕が好きだからだけど、大丈夫?」

 「大好きです。なら、お醤油でもお塩でも、たいていのものは平気ですよね……」

 などと相談した結果、すぐ傍にあるスーパーに二人して寄って、買い出しをして。

 また例によってお支払いで一揉めしたけれど、今回は私が絶対に払います、と譲らず、なんとか押し切ってしまうことが出来た。

 「……だから、支払いは僕がするって言ってるのに、頑固だなあ」

 ため息を隠そうともしない様子で、それでも荷物はしっかりと持ってくれた森谷さんに、私はここぞとばかりにきっぱりと返した。

 「だめです。私だってそんなに変わらないお給料貰ってるんですから、奢られるばかりなのは納得がいかないです」

 「採用がたかだか一年違いじゃ、確かに偉そうなことも言えないけど、今日はわざわざ君が用意してくれたものがあるって分かってるから、そうしようと思ったのに」

 「それは、私が差し上げたいなって思ったんですから、お返しとかは考えなくていいんですよ」

 手にしたバッグを思わず見下ろしながら、照れを隠すように早口で、そう言ってしまう。

 まだ固まり切らない心の内だとはいえ、そうと思ったことは確かなのだから、それは、いわば私の勝手、なのだ。……喜んでくれるといいな、とは思ってしまうけれど。

 少しばかりくすぐったいような気持ちに、わずかに戸惑いつつも歩いていると、ふと、隣にいるはずの姿が見えないことに気付いて、私は首を巡らせた。

 すると、数メートルも後方にこちらを見たままじっと立ち尽くしている森谷さんがいて、慌ててそこまで駆け戻ると、

 「すみません、先に行っちゃって……何か他にご用がおありでしたか?」

 「え、ああ……いや、そういうわけじゃなくて」

 我に返ったように、幾度も瞬きを繰り返した彼は、微かな息を唇から漏らすと、空いた手で所在無げに髪に手をやった。と、

 「こっちは、ある程度狙ってやってるっていうのに……ほんと、参るな」

 そう細く零すと、何をですか、と聞く間も与えられない勢いで、背中に手を掛けられて。ぐい、と強めに押されて、強制的に足を進めさせられて、私はつんのめりそうになった。

 「森谷さん、早く歩いて、っていうんならそう言ってくれれば!」

 「うん、いいから急いで。……時間がもったいないから、ほんとに」

 そう言って、どこか疲れたような様子の森谷さんに、促すように背中を叩かれて、私は大人しく足を速めることにした。



 そうして、家に着くなりまずはお鍋の準備をして(とはいえ、既に大体は終わっていたけれど)、いつでも始められるように、材料も食器もテーブルに運ぶだけで良いくらいに、キッチンに全てセットして。

 暗黙の了解、というか、以前の読書会の時と同様にきちんとソファに座って、正面から向かい合って座ると、

 「えっと……これ、バレンタインのプレゼント、です」

 持って来たバッグごと、そろそろとテーブルの上に差し出すと、すぐに受け取ってくれながら、森谷さんは何かに気付いたかのように眉を寄せた。

 「プレゼント、って……もしかしてチョコだけじゃなくて?」

 「はい。どうしようかな、って悩んだんですけど、良いものを見つけてしまったので」

 だからどうぞ、と勧めると、一度私とバッグを見比べるようにしてから、小さく頷いて、森谷さんは中から二つの包みを取り出して、テーブルに並べた。

 一目でどちらがどちらか、が分かるような見た目だから、迷いもなく、黒の包みに手を掛けた彼は、銀のリボンを引いて、器用な手つきで包装を解いていく。

 やがて、平たくマットな質感の紙の箱が現われて、グレーの蓋がそっと開けられた。と、

 「……手袋?」

 「そうです。この間も思ったんですけど、寒いのに、いつも手だけはそのままだから」

 選んでみたのは、モノトーンをよく着ているから、合わせやすいように、黒とグレーのチェックのものにしてみた。少しランダムさが入っていて、シックな印象のものだ。

 これから徐々に暖かくはなるとはいえ、まだまだ二月の夜は肌寒い、では済まされない。だからせめて、待ってくれている間にも冷えないように、と、見るなり思いついて。

 手に取って、ひたすらにそれらを見つめている森谷さんの様子に、だめだったかな、と心配になっていると、片方をテーブルに置いて、左手からゆっくりとはめてみせてくれて。

 見る間に両手ともに身に着けてくれると、軽く拳を作って、指を動かして、

 「実は、手袋って苦手なんだけど……とっさの時に、手先は使いにくいし、君には直に触れられないし、と思って。でも、これは、素直に気に入った」

 さらりととんでもない言葉まで混ぜながら、ではあるものの、有難う、と笑ってくれた森谷さんに、私はほっと息をついた。とりあえず、贈り物の件はクリア、だ。

 そして、チョコに関してはコーヒーとセットでデザートにしよう、ということで意見の一致を見たので、いよいよ、与えられた課題について、だ。

 何も言わず、促すように目線を合わせてきた森谷さんをしっかりと見返して、私は口を開いた。

 「その、パーセンテージはともかくとして、言われたこと、考えてみたんです」

 一拍置いて、息を整えるように胸に手を置いて、それから膝に戻すと、言葉を続ける。

 「ええと……森谷さんからたくさん動揺することを言われて、落ち着かなくなるのは、いつもそうなんですけど、色々慣れてないから、それが『好き』っていう気持ちで動いてるのかどうか、自分でもはっきりとは分からないんです」

 何しろ、他人から明確な好意を向けられるのが初めてで、対処もおぼつかないほどだ。だけど、それでもいくつかのことは、考えるうちに分かってきて。

 「でも、こうやって誘われるのは、何があるんだろう、って思いながらでも嫌じゃないし、あの、会うまでは正直プレッシャーもあるんですけど、一緒に過ごすのは楽しいし、本の話とかも出来て、良かったなって思うし……だから」

 入り混じった感情を、ふるい分けようにもその術を知らなくて、混沌としているままの心ではあるけれど、森谷さんに向かう気持ちは、確かにあるのは、分かって。

 「義理か否か、っていうことなら、義理ではないと思います」

 割合では計り切れない心の内を、そんな風に伝えてしまうと、しばらく無言で私を見返していた森谷さんは、ふっと詰めていたように息を吐いて、

 「……僕から見れば、まだお友達度がほとんどを占めてる、と思えるんだけど、それは、まあ置くとして」

 気を抜くように、ソファの背もたれにどさり、と身体を預けてしまうと、

 「今は、それでいいよ。でも、僕は君の心をずっと欲しがってる、っていうことだけは、常に頭に置いておいて」

 「……はい」


 頷くまでに、少しだけ間が空いてしまったのは、多分。

 向けられた苦い笑みの中に、ちかりと一瞬、鋭いものが見えた気がしたからで。


 その正体は掴めないままだけれど、いつか、覗かなければならない時が来る気がして、俯いて何事か考え込んでいる森谷さんの横顔を、私はしばらく、ひたと見つめていた。



 そうして、少しだけ強張った雰囲気のまま、お鍋の支度を始めて。

 ふと、こちらの気持ちだけを話すばかりなのは腑に落ちない気がして、私は森谷さんに尋ねてみた。

 「あの、森谷さんは、こうやって一緒に過ごしてみて、私の印象で何か変わった、とかありますか?」

 「そうだな、変わった、というか……僕だって君のことをそれほど深く知ってた、ってわけじゃないから。だから、新たに知っていく面がどんどん増えていく感じなんだけど」

 私の考えていることと同じようなことを返してきた森谷さんは、何か思い出したように口元をふっと緩めると、

 「こちらが何かするたびに、必ず同じか、等価以上になるくらい懸命に、どんなことも返してくれようとするだろう?それが、君を好きだと思ったことの、最新のひとつかな」


 ……また、さらっと、こういう言葉が飛んでくるんだから。


 それでも疑ったり、茶化したりすることはどうしてもできなくて、真っ直ぐに心に突き刺さるのを感じながら、私は沸き上がる熱を誤魔化すように、鍋に手をかざしてみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る