第40話
目覚まし時計が鳴るより早く、鳥のさえずりで目が覚めました。
カーテンの隙間からやわらかな光が差し込んでいます。
気持ちが良い朝です。
顔を洗うため、洗面台に向かいます。
鏡に映った自分の顔は、目の周りが腫れているというか、全体的にむくんでいるように見えました。
かなり回復はしたのですが……中々のブサイク具合です。
昨日たくさん泣いたので、仕方ありません。
「昨日と違って、今日は機嫌良さそうね」
朝食をとり、支度を済ませ、家を出ようとしていると母が声をかけてきました。
昨日は下手な仮病で休もうと必死だったもんなあ。
仕事から帰ってきた両親が見た私は、泣いていたことがまる分かりなひどい顔をしていました。
驚いていた様子はありましたが、何も聞いてきませんでした。
多分私の様子を見て、大丈夫だろうと思ってくれたのだと思いますが、それでも心配だったのかもしれません。
今は安心したような微笑みを浮かべて、私を見ていました。
「いってきます」
母に『心配ないよ』という意味を込めて笑顔を返し、王子君のくれた新しい靴で家を出ました。
「おはよ」
「翔ちゃん?」
エレベーターが一階で開くと、待ち構えていたように翔ちゃんが立っていました。
「久しぶりに途中まで一緒に行こうかなって」
「いいの?」
翔ちゃんの通学路は、途中まで同じです。
学校が別になってからは、一緒に行こうと散々お願いしても断られていたのですが、今日はどうしたのでしょう。
「もう大丈夫みたいだから。昨日、一花を尋ねて来てた美人が『片想い』の相手でしょ?」
香奈ちゃんのことだよね?
お店で家を聞いてきたって言ってたけど、翔ちゃんに聞いたようです。
今までは翔ちゃんに依存していたから駄目だったけど、お友達が出来たから大丈夫だと思ってくれた、ということなのでしょうか。
……私、ずっと翔ちゃんに心配させてばかりでした。
「翔ちゃん、今までいっぱい甘えてごめんね。私、頑張るね」
「うん。今までサボってた分、超頑張れ」
「……うん」
「やっと聞けたよ、その言葉」
「ご、ごめんね」
「嬉しいけど、散々頑張ってきたボクの成果じゃないっていうのが腹立つなあ」
世話のかかる子で、本当に申し訳ありませんでした……。
「あ、噂をすれば」
以前王子君とひろ君がいた場所で、翔ちゃんが足を止めました。
視線の先を見ると、そこには三人の姿が。
ひろ君に香奈ちゃん、そして王子君です。
キラキラしている人達だなあ。
Aグループ感が凄いです。
私、あそこに入って行くの?
私なんて、グループどころか『Zソロ』って感じなのに。
無謀に思えてきました……あ、だめだめ、これが駄目なんだった。
「何を怖気づいてんの? 頑張るって言ったばかりじゃん」
「う、うん! 頑張るんだけど、今、ちょっと心の準備体操してるの」
「準備体操って、もう何年やってるんだよ。温まりすぎだっつーの」
返す言葉がありません……準備で終わらないように頑張るもん!
「うっわ……ショウじゃん! 美少年じゃん! 怖っ!」
「失礼だな」
ひろ君は翔ちゃんを見て叫びました。
そうか、普段の翔ちゃんを見たのは初めてなのですね。
「昨日の美人だ」
翔ちゃんが香奈ちゃんを見ました。
「一花をよろしく」
まるで保護者のようなお願いです。
実際今まで、翔ちゃんは私の保護者のようなものでした。
香奈ちゃんを見ると、目の周りが少し腫れている気がしますが、殆ど分かりません。
いつも通りの美人です。
メイクで綺麗に隠しているのかもしれません。
そうか……メイクで隠すという方法があるのか……私、氷で冷やすことしか思い浮かばなかった……。
香奈ちゃんは、『私のことは気にしなくていい』と言っていましたが、本当のところはどうなのでしょうか。
やっぱり、気持ちの良いものではないと思います。
それでも私は王子君へ自分の気持ちを伝えたかったから、覚悟をきめましたが……。
『ごめんね』と謝るのも違うと思います。
「もちろん」
考え込んでいた私の耳に、香奈ちゃんの明るい声が聞こえました。
翔ちゃんがいった言葉に、返事をしたようです。
えっ……よろしくって頼まれてもいいの?
香奈ちゃんを見ると、胸を打ち抜かれるような素敵な笑顔で微笑んでくれました。
ああ……私が男の子なら一目惚れしています。
こっそりひろ君を見ると流れ弾が当たったようで、香奈ちゃんの笑顔にノックダウンしていました。
思いっきり顔を逸らして隠していますが、耳が赤いのでバレてますよ。
香奈ちゃんには、私の口からちゃんと話をしようと思います。
二人きりでゆっくり話を聞いて貰いたいです。
「ねえ、またお店に来てよ。ボクも友達になりたい」
「おい、ショウ! ナンパするな!」
翔ちゃんが香奈ちゃんに話し掛けていると、ひろ君が慌てて間に入りました。
ひろ君頑張れ、翔ちゃんは敵になったら脅威だよ……。
「ナンパじゃないし、友達って言ってるでしょ? ナンパしてきたのはそっちじゃん」
「……ナンパ?」
香奈ちゃんの表情が一瞬で消えました。
それを見て、ひろ君が慌てています。
「いや、それはオレじゃない! 涼で!」
「カラオケで一花を指名して、独り占めにしたじゃん」
「大翔……」
「ヒロト……」
王子君の表情も消えました。
冷たい二人の視線が、ひろ君を貫いています。
そして翔ちゃんは楽しそう……。
「違っ! ショウ、ちょっと黙れ! 涼を呼ぶぞ!」
「呼んだ?」
ひろ君が安土君の名前を口にした瞬間、後ろから安土君がひょこっと姿を現しました。
まるでコントのような、絶妙なタイミングでした。
「うわっ……湧いたよ」
楽しそうだった翔ちゃんのテンションが急降下していくのが見えました。
そういえば、安土君と翔ちゃんが二人で話した詳細を教えて貰えなかったのですが、どうなったのでしょう。
「ショウちゃん! ええー……女子の制服じゃないし」
「当たり前だろ……ボク、もう行くから」
「おれも!」
「お前は来るな!」
あれ、安土君……あきらめてない?
これは……私には未知の領域のようです。
そっとしておきましょう。
「え? どういうこと?」
何も知らない香奈ちゃんが安土君を見て混乱しています。
「……あいつには触れるな」
ひろ君が呟いた言葉に、静かに王子君が肯きました。
四人で、逃げた翔ちゃんを追いかけていく安土君を見送りました。
安土君……強く生きてください。
「んじゃ、オレ達も行くか」
「そうね」
いつまでも止まっているわけにはいきません。
私達は学校を目指し、歩き始めました。
通学路には、登校のピーク時間ではありませんが、多くの生徒があります。
昨日のことを目撃していた人もいるのか、いくつか視線を感じます。
あまり、気持ちの良くない視線です。
「大丈夫。俺がずっと一緒にいるから」
隣を歩いていた王子……いえ、司君が微笑んでくれました。
「心配しないで。私、大丈夫です。でも、一緒にいてください」
笑顔を向けると、司君の手が私を捕まえようとしたのが分かりました。
ですが、手はすぐに引っ込みました。
周囲の目を思い出したのでしょう。
『周りに気を配るのを頑張る』と言っていたので、我慢したのだと思います。
それが分かったので可笑しくなってしまいました。
今はまだ、こうして並んで歩くことも気が引けて心苦しいし、何か言われるのじゃないかとビクビクしているけれど……。
司君が見てくれているから、頑張れます。
私は空気ではなくなってしまったけれど、幸せです。
空気でいることは、本当の望みではなかったから。
自分が目を背けていた本当に気持ちに向き合う勇気をくれたのは、司君でした。
王子君は私にだけ冷たいと思っていたけれど、それは間違いでした。
王子君は私をみつけてくれていました。
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