第8話

 明るいオレンジの髪に翡翠の瞳。

 音楽が好きなのか、いつもヘッドホンを首に掛けている草加君。

 顔が特別整っているというわけではありませんが親しみやすく話しやすい人柄で、王子君ほどではありませんが人気のある男子です。


 目覚えがあったナンパ君は、隣のクラスの安土涼太あづちりょうた君でした。

 若草色の癖のある髪に、瞳は濃い緑、前髪を上げて一つに括っています。

 制服も着崩していて、少し『チャラい』感じがします。


「ヒロ、格好つけるなよ! 折角出会ったんだから仲良くなりたいじゃん! 大体お前が王子を引っ張ってこれなかったから、女の子達帰っちゃったんじゃん」

「涼はチャラ過ぎるんだよ」


 突然現れたクラスメイトに私は動揺しています。

 こんな格好をしている私を見て変に思ったでしょうか。

 いや、気づかないかな?


「知っている人?」


 心の中で滝の様な冷や汗を流していると、翔ちゃんがさっきと同じように耳打ちをしてきました。


「……一人はクラスメイト」

「また? へえ?」


 『また』と、私も思います。

 今日は学校から帰宅したというのに、王子君と草加君に遭遇してしまうなんて。

 『早く帰ろう!』

 翔ちゃんにアイコンタクトを送ると、『分かった』と言っているような自信満々の表情が返ってきました。


「カラオケだったらいいよ」

「翔ちゃん!?」


 ええええ!?

 伝わってないじゃん!

 いえ、きっと翔ちゃんのことだから伝わったけど楽しそうなことを優先した、ということだと思います……鬼!


「マジ? いいってよ!」

「ええ……?」


 ナンパ君は嬉しそうに顔を輝かせましたが、草加君は戸惑っている様子です。

 私も同じ心境です!

 『乗り気な二人で遊べばいいのでは?』と思ったのですが、乗り気な二人に戸惑っている二人は引っ張られ……なんでこうなるの!




 ※※※




 気が付けば出会ったところから歩いて二、三分のビルにあるカラオケボックスの中です。

 既に帰りたいです……。


 カラオケなんて久しぶりです。

 一応『初めて』ではありません、よく来ていました。

 ……両親とか……親戚と一緒に。


 通された個室は、コの字方にソファが置かれた六人くらいまで入れる仕様の部屋でした。

 乗り気の二人は、ドリンクメニューを見ながら楽しそうにしています。


「何頼む? 奢るよ」

「んー……じゃあ、これピーチクリームソーダ!」


 翔ちゃんが選んだのは凄く可愛い飲み物です。

 こんなところでも女子力の高さを発揮しています。


「一花は何にする?」

「私はウーロン茶で……」

「お茶あ? あはは! これだけメニューあるのに、ウーロン茶をチョイスするって!」


 安土君に笑われてしまいました。

 確かにここのメニューは種類も豊富で凝っています。

 クリームやアイスが乗っていたり、飾りがついていたり、可愛い飲み物が多いですが……。

 本当は暖かいほうじ茶が飲みたかったとか、絶対言えない。


「ヒロはコーラでいいよな」

「ああ」


 最初は乗り気ではなかった草加君ですが、今はドリンクメニューには目もくれず真剣な表情で曲を探しています。

 カラオケは本気で歌うタイプなのでしょうか。

 代表してドリンクを頼んでくれた安土君が座ると『んじゃあ……』と切り出し、皆に視線を配りました。


「自己紹介とかしとく?」

「いらない」


 翔ちゃんが、フードメニューを眺めながら即答しました。

 私も激しく同意です。

 今のところ草加君は私に気が付いていないようなので、このまま終わりたいです。


「ええ!? でもさ、名前くらいはさ……」

「ボクは翔。こっちは一花。そっちはリョウとヒロでしょ? それだけ分かれば十分じゃん。このスナックセット頼んで」

「ま、そうだけどさあ」


 不満そうな安土君ですが、大人しく従ってスナックセットを頼んでいます。

 従順な犬のようだ……。

 でもめげないようで、注文が終わると翔ちゃんにしつこく話し掛けています。


 「女の子でショウって名前、格好いいね!」


 ああ、やっぱり。

 安土君は翔ちゃんが男の子だと気づいていません。

 というか、私のことはほぼスルーで翔ちゃんの隣に座ってベッタリです。

 これは、『翔ちゃんは男の子だよ』と教えてあげた方が良いのでしょうか。

 迷っていると、翔ちゃんと目が合いました。


 これは……この状況を、とても楽しんでいる目です!

 『言うなよ』と、そう言っています。

 自分の女装がバレていないのが嬉しいのでしょう。 

 ごめん安土君……私、言えない。


 そんな間も草加君は曲探しに夢中です。

 自由だな……。


 ドアをノックする音がしたので扉を見ると、店員さんが飲み物とスナックセットを持ってきました。

 仕事が早くて素晴らしいです。


 コーラはレモンが縁にかかっていて、ピーチクリームソーダにはミントの葉っぱや可愛いストローとスプーンがついていました。

 私のウーロン茶は、ただのグラスに入ったウーロン茶でした。

 飾りようがなかったのですね……なんでしょう、この親近感。

 さすが自分で選んだ飲み物。


「よし。飲み物がきたから曲入れるぞ」


 草加君がそう言って、曲を入力しました。

 店員さんに邪魔されるのが嫌で、今まで待っていたようです。

 やっぱり草加君はカラオケガチ勢のようです。


 草加君が入れた曲は私の知らない曲でした。

 あ、でも……聞いたことあるな。

 確か翔ちゃんが良く聞いていたロックバンド『LAZERS』の曲だと思います。

 最近よくテレビでも見かけます。


「あ、これ好き」

「そうなんだ? んじゃおれもLAZERSの曲歌う!」


 やっぱり翔ちゃんが良く聞いていた曲だったようです。

 翔ちゃんの言葉を聞いて、好感度アップをしたい安土君が必死に曲を探し始めました。

 そしてその隣では、マイクの調子を気にしながら草加君が歌い始めました。


 ……え!?


「上手っ!」


 翔ちゃんが驚いています。

 私も驚きました……う、上手いです!

 マイクがいらないんじゃないだろうかと思うほど声も出ているし、抑揚があって単純じゃ無い巧さがあります。

 さすがガチ勢……ここはライブ会場なのですね。


 圧倒されているうちに、草加くんのステージは終わりました。

 思わず力一杯拍手してしまいました。

 私の拍手を受けて、草加君は少し照れているようです。


「すっげー格好良かった! この曲難しいのに、凄いな!」


 翔ちゃんも興奮した様子で、草加君に話し掛けています。


「くっそー、ヒロ! ちょっと遠慮しろよ。次、歌い難いだろ! 入れるけどさ!」


 そう言いながら安土君もLAZERSの違う曲を入れ、歌い始めました。

 安土君も上手です。

 ただ草加君のインパクトが強いので、どうしても霞んでしまって気の毒……。


 安土君は盛り上げるタイプの様で、歌いながらパフォーマンス的なことをしています。

 私は分からないのですが、恐らくLAZERSがライブでやっているような煽りや掛け声なんだと思います。

 翔ちゃんと草加君にはとてもウケています。

 知らない私も見ていて楽しいです。

 安土君が終わると、今度は翔ちゃんがまたLAZERSの違う曲を入れました。


「歌いまーす!」


 翔ちゃんが気合いの入った声で宣言しました。

 翔ちゃんのことを気に入っている様子の安土君が、テンション高く反応。

 全力で盛り上げる! という心構えが見えます。


 翔ちゃんも実は歌が上手です。

 本気で歌うと、中々『男』の部分が見えるはず、だったのですが……どうしてそんなに可愛いの?

 裏声で誤魔化して歌っているのか、もうどんなテクニックを習得したのかも分かりませんが、可愛い女の子が歌っているようにしか聞こえません。

 どっちにしろ、本気で歌うことより女子になりきることを取ったようです。

 流石としか言いようがありません。


 歌い終わると、翔ちゃんを見る安土君の目が、完全に意中の女の子を見る目になっていました。

 翔ちゃんが恐ろしい……そして安土君が気の毒……。

 何も出来ない私を許してください。


「あんたは歌わないの?」


 草加君がコーラを飲みながら、私に向かって言っています。

 『順番でいくと、あんたの次がオレなんだから、早く入れろよ』と、ガチ勢草加君の心の声が聞こえたような気がしました。

 端末を渡そうとしてくれましたが遠慮しました。

 元々歌う気は無かったし、このLAZERS続きをぶった切るわけにもいきません。

 違うミュージシャンにしても、私は流行の歌が分かりません。

 父の好きな演歌や二時間ドラマのエンディングに使われていた曲なら分かりますが、この場では絶対歌えません。


「私は聞くのが好きだから、歌うのは……」

「凄く上手いんだよ。演歌とか」

「翔ちゃん!」


 断っている最中なのに、妨害が入りました。

 更に『演歌』とかバラさないで!


「ええ、聞きたい! 歌ってよー」


 安土君がそう言ってきますが……貴方、多分興味ないでしょ!?

 翔ちゃんしか見ていないのですから。


「んじゃあ、これね」

「ええ!?」


 翔ちゃんが勝手に曲を入れ、マイクを渡してきました。

 この曲は……さっき麻子ちゃんと見た『新聞記者シリーズ』のエンディング曲です。

 アジア系歌手の曲で、J-POPではなく、昭和の『歌謡曲』です。

 絶対引かれる……なんの嫌がらせなのでしょう!

 消す間もなく、伴奏が流れてきました。


 ここで逃げたら、あとで翔ちゃんに叱られるのです。

 歌うしかありません。

 もういいや……気づかれていないから、引かれたって……。


 半ば自暴自棄になりながら、私は懐かしい昭和ノスタルジー溢れる歌謡曲を歌い上げました。

 大きな声を出すのは気持ちがいいです。

 ストレス発散にもなります。

 最近は少なくなりましたが、よく父とデュエットしたものです。


 久しぶりなのであまり声が出なかった気がしますが、周りを見ず歌詞が表示されている画面に集中して歌いました。

 ……だって、ドン引きしているところが見えたら、走って逃げたくなるもの。


 歌い終えたので戦々恐々としながら周りを見ると、草加君と安土君は口を半開きにして驚いたような顔をしていました。

 やっぱり引いてる!?


「本気の『上手い』じゃん」

「でしょ?」


 安土君が零した一言に、何故か翔ちゃんが何故か誇らしげに答えました。

 あれ、上手と思ってくれたのでしょうか。

 引いていたわけじゃなかったのかな?


「採点で勝負しようぜ」

「え?」


 草加君が端末を操作して、採点モードに切り替えました。

 曲を手早く入れ、既にマイクを握っています。


「次にあんた、もう一回歌えよ! すぐに曲入れておくように!」


 マイクを通した声で命令されました。

 草加君は私を見ていますが……え、私!?

 順番からいうと、次は安土君では……って、既に翔ちゃんがさっきと同じ歌謡曲を入れました。

 また同じ曲歌うの!?


 私用と思われる歌謡曲のタイトルが画面上部に表示されたのを見て、草加君が歌いながらも不適な笑みを浮かべました。


「あーあ。ウーロンちゃん、ヒロにロックオンされちゃったー」

「ウーロン!? ロックオン!?」


 まさか、『ウーロンちゃん』というのは私のことでしょうか。

 ウーロン茶頼んだから!?

 そして『ロックオン』とは!?


「いいじゃん、『ウーロンちゃん』って」

「いいでしょ? 正式には、『ウーロン茶ん』だから。おれ、ネーミング上手いでしょ」

「二点」

「厳しい! でも、そういうところがイイ!」


 翔ちゃんと安土君は楽しそうに話しています。

 さっき会ったばかりとは思えません。

 まあ、男の子同士だしね……片方は知らないけれど……。


 私は草加君の美声に耳を傾けることにしました。

 画面に表示されている採点も、上がり続けています。

 ビブラートなどのテクニックで、加点を稼ぐのも上手です。

 私もこういうのを真似しよう。


 楽しみながら聞いている、あっという間に日下君の歌が終わり、得点発表タイムとなりました。

 最終的な点数は……九十四点!

 平均は八十八点と書かれています、凄い!


 再び拍手を送りながら草加君を見ると、誇らしげにニヤリと笑いました。


「まあまあだな。次、ウーロンだから」

「……聞こえてたんだ」


 歌っていたはずなのに、ネーミングの話は聞こえていたようです。

 私の呼び方が、ウーロン茶絡みで固定されそうで嫌です。


 そして流されるがまま、さっき歌ったばかりの曲を再び歌った結果……。


 私の得点は、九十五点でした。

 か、勝っちゃった……!


「負けた……」

「勝者、ウーロンちゃん!」

「イエーイ! やったぜ、一花!」


 草加君が呆然としていました。

 ああ、やってはいけないことをしてしまいました。

 私も適当に音を外せばよいものを歌い始めると手を抜くどころか、普段より真剣に歌ってしまいました。


「得点が出やすい曲だったんだと思う。平均点も高かったし!」


 フォローをしようとしたのですが、草加君の鋭い視線に射抜かれてしまいました。

 ……ごめんなさい。


「まだだ、違う曲で勝負だ! お前も違う曲入れておけよ!」

「まだするの!?」


 草加君がすぐに曲を入れました。

 あれ、順番は!?

 安土君と翔ちゃんが、まだ一回しか歌っていません。


「おれは見てるの面白いからいいよ? ショウちゃんと喋ってるし」

「ボクも面白いからいいよ。歌いたくなったら入れるし」


 二人に視線を向けて確認しましたが、歌わなくていいようです。

 ……歌ってよ! 助けてよ!


 その後も、ガチ勢草加君の情熱が冷めることは無く……。




 ※※※




「ショウちゃん、楽しかったね!」

「まあ、結構楽しかったかな」


 一時間の予定だったのに、延長して二時間になってしまいました。

 外に出ると、外はすっかり暗くなっていました。

 私はいつも家にいるので『門限』なんてものはありませんが、早く帰らないと心配を掛けてしまうかもしれません。


 安土君は翔ちゃんを『送っていく』と言って断れています。

 頑張れ、安土君。

 いえ、頑張らない方がいいのかな……。


「いやあ、久々に燃えたわ」


 草加君がホクホクとした表情で、満足げに呟きました。

 私は疲れました……。

 一ヶ月分くらいの気苦労を、今日一日で使った気がします。


「絶対また遊ぼうね!」

「気が向いたらね、じゃ」


 興奮気味に誘ってくる安土君を軽くあしらい、私の腕を引いて翔ちゃんは歩き出しました。

 これで『解散!』にするようです。


「あ、連絡先……!」

「バイバーイ」


 翔ちゃんがグイグイ引っ張るので、足は止めることが出来ません。

 振り返ると、安土君がせつない表情でこちらを見ていました。


「連絡先くらい教えてあげたら良かったのに」

「嫌だよ。服装が見えないところでやりとりしても面白くないもん」

「……」


 安土君、連絡先は知らずにいて正解だったよ、きっと。




「あーあ……連絡先聞きたかったなあ。……って、ヒロ? どうした?」

「いやあ、まさか藤川さんが、あんなに歌が上手かったとは……」

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