第7話
お店の手伝いが終わり、おやつ代わりに貰ったスイートポテトを持って、翔ちゃんの家にお邪魔しました。
私の家はお店の上の二階、翔ちゃんの家は最上階の十階です。
階が違うだけなので、子供の頃からよくお邪魔しています。
リビングでは翔ちゃんのお母さん、麻子ちゃんがテレビを見ていました。
麻子ちゃんは私が子供の頃から全く容姿は変わっていません。
四十代とは思えぬ美貌を保っています。
『おばさん』と呼ばれることを嫌っていているので、昔から呼び方は『麻子ちゃん』です。
翔ちゃんは何やらバタバタと忙しそうにしながら、自分の部屋に入っていきました。
私は持ってきたスイートポテトを食べながら、リビングで麻子ちゃんと一緒にテレビを見ることにしました。
麻子ちゃんが見ていたのは、私が好きな二時間ドラマの再放送でした。
検察官シリーズではありませんでしたが、同じぐらい好きな『新聞記者シリーズ』でした。
昔からしているシリーズで何代か主役俳優さんが代わってきたけど、私はやっぱり初代が好きだなあ。
今見ているのは三代目で古い方ではあるけれど、やっぱり初代の方が好きです。
「初代の方を見たかったなあ」
「一花ちゃんは渋い方が好きよね。私は一番新しいのがいいなあ。主人公が一番イケメンだもん。古くさいのはもうキツいわ」
麻子ちゃんの方が感覚が若いので、話しているといつも「どっちが女子高生だ」と思ってしまいます。
麻子ちゃんにもよく「一花ちゃんはもう隠居してるの?」と笑われてしまいます。
「よっこいしょ」
テレビを見ていると翔ちゃんが何やらどっさりと荷物を持って、リビングに戻ってきました。
女性ものの服とメイクボックス?
「お! 楽しそうなこと始めるつもりだね? 私もする!」
麻子ちゃんは何が始まるのか悟ったようで嬉しそうに立ち上がり、部屋の端にあった大きな姿鏡を近くに運んできました。
「ほら一花、早く立つ!」
「え?」
「一花ちゃん、立って」
鳴海親子に厳しい号令をかけられ、思わずビシッと立ち上がってしまいましたが……なんなのでしょう。
戸惑いながらも直立不動で待機している私を余所に、二人は楽しそうに服の山を漁り始めました。
しかし……凄い量の服だなあ。
「やっぱりガーリィがいいかなあ」
「うーん、一花は背が低いから、ガーリィだと中学生みたいになるよ」
「ああ、確かにねえ」
何やら軽く胸に突き刺さる言葉が聞こえてきましたが、楽しそうに何をしているのでしょうか。
私をコーディネートするような雰囲気が出ていますけど?
「何をするつもりなの?」
「黙って『気を付け!』」
「……はい」
長年の付き合いで分かります。
この親子に逆らうことなど出来ません。
どうやら私には『着せ替え人形になる試練』が待ち構えているようです。
「可愛いけど、甘すぎないくらいがいいかな」
「そうね。カジュアルもいいかなと思ったけど、それは今度にして」
「じゃあ、これと……これかな」
「こっちの方がいいんじゃない?」
「そう? んじゃあ、これはこっちに変えて……はい、一花」
女子高生二人組のような親子の話は纏まったようで、翔ちゃんがポイッと服を投げてきました。
私は渋々それを拾い上げ、深いため息をつきました。
「早く脱いで。さっさと着替えて」
「ここで? 嫌だよ!」
この着せ替え人形の試練は稀に訪れるのですが、いつもこうです。
流石に私も高校生だし、人前で……しかも幼馴染と言えど同年代の男の子の前で着替えるなんて絶対に嫌なのですが……。
「色気の無い下着姿なんてどうでもいいから。こっちは一ミリも気にしてないから。早くしてよ」
「私は気にするよ」
「大丈夫、翔は一花ちゃんのこと全く意識してないから!」
「それは知ってるけど、言葉にしないで!」
この親子はDNA鑑定しなくても間違いなく親子です。
心の抉り方が全く一緒です。
本当は隠れて着替えたかったけど、翔ちゃんに後ろを向いて目を瞑って貰っている間に着替えました。
着替えた服は、ボーダーのトップスに白のフレアスカート、そこにミリタリージャケット合わせたものでした。
「うん、いいじゃん」
「派手すぎないから、一花ちゃんに合っているわね」
そう言われて姿鏡で見ると……確かに悪くないかも。
もっと派手で突飛なものを想像していたので、案外落ち着いた色合いで纏まっていることに驚きました。
「うんじゃあ、次は髪とメイクだな」
「メイクは私に任せて!」
「まだするの!?」
終わったと思ったのに、試練はまだ続くようです。
麻子ちゃんはメイクボックスをガチャガチャいわせながら、翔ちゃんはヘアアイロンを温めながら楽しそうにどう仕上げるか話し合っています。
私は完全におもちゃです。
もう諦めました。
私は二時間ドラマに集中することにしました。
※※※
「完成!」
二時間ドラマが見せ場の『これから犯人を追い詰める、トリックの証明』に差し掛かったところで、二人の作業は終わりました。
すっかりテレビを見入っていたので、何をされたのか分かっていません。
というか、今ドラマの良いところなのに!
「ほら見てよ一花ちゃん、可愛いわよ。今時の高校生って感じよ〜」
今まではいつの時代の高校生だったの? 複雑な思いをしながら姿鏡に目を向けると、そこには……。
「誰、これ」
「一花、今風バージョン」
確かに今風でした。
化粧もバッチリ、目が普段よりも大きく見えるし、頬もチークが上手くのって可愛いです。
髪もふんわりカールです。
真っ黒な髪を毛先だけきっちり切り揃えた結果、翔ちゃんからは『市松人形』と言われている私の毛先がスマートに遊んでいます!
私がやったら、ただの実験に失敗して爆発した人になるのですが……鳴海親子恐るべし。
「じゃあ、次はボクだな」
私の仕上がりを満足そうに眺め、一息つくと翔ちゃんが再び立ち上がりました。
「翔のも私が選びたい!」
「自分で選ぶから」
そう言うと再び衣装の山を二人で漁り始めました。
ちなみに山の中にある服は全て女性物です。
そして全て、翔ちゃんの私物です。
「一花に合わせて、落ち着いた感じで行こうかなあ。今日はこれ!」
セピアカラーベースの花柄ワンピースに、ベージュのドルマンスリーブ仕様のニットカーディガン、ダークブラウンのタイツをパパッと選びました。
このチョイスの早さ……女子力高すぎませんか?
私には全く無い能力です。
ロングヘアーのウィッグをつけて、手早く自分でメイクも済ませ……あっと言う間に完全な『女の子』、いや『美少女』の完成です。
「流石我が息子。最強に可愛いわ」
「当然!」
誇らしげに見つめる母と、同じく胸を張って返す息子。
変な親子です……。
翔ちゃんは所謂『女装男子』というやつです。
子供の頃からです。
何せ翔ちゃん以外友達がいない私は、中学生になるくらいまでこれが普通だと思っていました。
男の子は皆するんじゃないの? と思っていました。
私も翔ちゃんに乗せられて、男装をしていました。
と言っても、私の場合は完全に女の子にしか見えないので、ただの男の子の格好をしている女の子でしたが。
少し気分が乗ってしまって、男の子ぶってしまった時があったのですが、今思い出すと恥ずかしい……穴掘って埋まりたい!
完全に黒歴史です。
というわけで私は男装もやめたしあまりファッションに興味も無いので、ジーパンにTシャツがデフォルトになりましたが翔ちゃんの女装レベルは上がる一方です。
かといって翔ちゃんは『女子になりたい』とか、『男の子が好き』というわけではありません。
女装して完璧に化け、『なりきる』こと。
そして人を驚かせるのが楽しいそうです。
知り合いに気づかれなかった瞬間が最高! といつも言っています。
「よし、今日はこれで出掛けるか!」
「ええ!?」
これで人前にでるのはちょっと……。
今までは着替えて終わりだったのに、今日はまだ満足して頂けないようです。
恥ずかしい格好をしているわけではないのですが、『お洒落をして出掛ける』という行為に抵抗があります。
『似合わないと思われないか』とか、知っている人に会ったら『地味なくせに頑張っていると思われないか』とか……色々考えてしまいます。
「はーい、いってらっしゃい。着ていた服は洗濯しておいてあげる。そいやっ!」
返事をするよりも早く、麻子ちゃんは私が脱いだ服を洗面所の方に放り投げました。
洗面所で散らばる私の服……なんて雑なのでしょう。
そして退路は断たれました。
「一花、このブーツ履いてよ」
すでに翔ちゃんは玄関で履物を用意していました。
ブーツまで可愛い。
私はスニーカーしか持っていないというのに。
「……コンビニに行くだけにしてよ」
ああ、ドラマを最後まで見たかった……。
※※※
「落ち着かない……」
「そう? 凄い楽しいじゃん!」
近くのコンビニに行くつもりだったのにそこは華麗に通り過ぎ、今は人通りの多い駅近くの歩道を歩いています。
コンビニはコンビニでも、駅中にある店舗を目指しているようです。
『折角お洒落したんだから、人の目に触れなきゃ!』と翔ちゃんが張り切っていますが、そういう発想は私の場合は一生沸かないと思います。
町の人、すれ違う人達がチラチラとこちらを見ています。
いえ、正確には翔ちゃんを見ています。
翔ちゃんは普段でも美少年ですが、女装をしているときは更に美しく華やかになってテレビに出ているアイドルよりもずっと可愛く見えます。
いつか本当にテレビに出そうです。
意気揚々と歩く翔ちゃんの横を『早く帰りたい……』と項垂れながら歩いていると、歩道脇のハンバーガーショップから出てきた人と目が合いました。
私と同じ月紫台高校の制服を着た男子です。
見覚えがあるような……恐らく同じ学年です。
私達を見ると彼は嬉しそうな顔になり、足を止めて話しかけてきました。
「あっ! 君たち、時間ない?」
「?」
一瞬私のことを知っていて話しかけてきたのかと思いましたが、そうではない様子。
「一緒に遊ばない? ちょうど野郎だけでつまんないって思っていたところだったんだよ」
「??」
知っている様子ではないのに、どうして誘われるのでしょう。
頭にハテナを浮かべていると、翔ちゃんが小さな声で耳打ちしてきました。
『ナンパは無視しよ』、と。
ナンパ? ナンパ!
これがあの噂に聞くナンパなのですか!?
何処の世界の話ですか?と、異世界の話だと思っていたのに!
「ねえ、ちょっとだけでいいからさ?」
あたふたしている私を翔ちゃんが引っ張って立ち去ろうとしているのですが、彼は諦めない様子です。
「お前、恥ずかしいことするなよ。ごめん、無視して良いから」
先ほどナンパ君が現れたハンバーガーショップからまた一人、月紫台高校の生徒が現れました。
あれ、この人は……!
こちらはすぐに分かりました。
クラスメイトで、確か王子君の幼馴染の……草加大翔君です。
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