明咲透子は実在しない
鉈音
第1話
生徒会長、学級委員、バレー部のエース、委員長、芸能人の娘、文芸部の幽霊部員、そのいずれでもない彼女は、なぜか学校中の人気者である。少なくとも生徒はそのように証言している。
彼女がいかなる存在であるのか、私は正確に把握できていない。いや、彼女のクラスメイトにあたる生徒さえ、それを正確に理解してはいないように思う。
人並みに甘いものが好きで、たびたびカラオケに入り浸り、部活には所属していない。犬よりは猫派。蝶を遠目に見るのは好きだが、脚の多い虫は苦手。体育は並の成績だが長距離走は得意。裁縫は下手の横好きで、よく指を怪我している。友人は多く、登下校を共にする生徒も多いが、誰も自宅の場所を知らない。
上述したように、彼女は明らかに異常だ。しかし、誰もそのことを気にしている様子がない。それも、明咲透子の謎の一つだ。
我々〈機関〉としては、彼女のような存在を看過することはできない。ゆえに私が転校生としてこの学校に派遣され、潜入調査を行うことになった。
その特異なる性質により、彼女の情報は伝聞という形で蒐集することになる。それを私が確認することになるが、情報の精査や選別は私の仕事ではないので、報告書には伝え聞いた事柄、結果起こった出来事をそのまま記す。
前提として、大切なことを書き忘れていた。あなたが明咲透子について何の説明も受けないまま、最初にこの文書を読んでいるとしたら謝罪しておく。混乱しただろう。私の責任ではないが。冗談の類と思ったかもしれないし、もしかしたら私の文章が要領を得ないものだと感じただろうか。しかしその点に関しては釈明したい。私の説明が要領を得ないのではない。そもそも明咲透子という少女が、要領を得ない存在なのだ。
明咲透子は、どこにでもいる平凡な少女で、平凡なりの人気を周囲から得ている。ただひとつの点を除けば、完全にただの女子高生だ。しかしその一点が、彼女の素性を不可解なものにしている。
明咲透子は実在しない。
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