春の夜の夢の。
春休み何日目かの昼に、突如それは訪れた。
事の発端は、恋人のユウナの突然の訪問で。
「ねえ、陽太」
「何?」
僕の腰に手を回したまま、ユウナは寂しそうな声で言った。
「今日、陽太の家、泊まってもいい…?」
「え…!?」
高校からの付き合いで、今は同じ大学に通っている。
僕は一人暮らしなので別に問題はないのだが、彼女は実家から通っている。男の家に泊まるなど、大丈夫ではないだろう。
「なんで?」
「今日からさ、パパもママも海外出張で……一人だと寂しいから……ダメ、かな…?」
女の子の上目遣いは涙の次に強い武器だと、改めて思った。
「ダメじゃないけど…一応ご両親にも聞いてから…」
「もうもらってるんだー」
途端に笑顔になる。
「あ、あの…大変言いにくいのですが…き、着替えは…」
「バッグに全部入ってるよ」
道理でやけに大きいなと思いました。
「し、下着とか…見ないでよね!?」
「見ません」
考えてもなかった。言われるまで。
かくして僕とユウナの1日限りの同棲が始まった。
お互いすでに昼食は摂っていたので、2人でスーパーへ夕食の調達に。
僕の両手にはカート、右腕にくっついているのがユウナ。
「晩ごはん何食べたい?」
「んー、お弁当でいいんじゃないかなー?」
「いや良くないですからねユウナさん?それでこの前5kgも太ったといって嘆いていたのはどこの誰ですか?」
「うっ……」
文字通り痛いところを突かれたユウナ。
改めて夕食のオーダーを尋ねると、「麻婆豆腐」と返ってきた。
「どういうのがいい?」
「挽き肉入ってるやつ」
「了解」
麻婆豆腐用の合わせ調味料と、豆腐と長ネギ、サラダとレタスを買い、部屋に戻った。
僕は家族が軒並み海外にいるため、元々同居予定だったファミリー向けマンションの一室を借りている。おかげで、キッチンも水道もついていて一人暮らしにはかなりゆったりした広めの間取りになっている。もちろん、お風呂つき。
「陽太、なんか手伝う?」
「ううん、別にいいよ。できるまで待ってて」
「はーい」
リビングの椅子に陣取り、テレビをつける。
ユウナの様子を微笑ましく思いながら、夕食作りに取り掛かる。
豆腐をパッケージから型崩れしないよう慎重に取り出し、手のひらに乗せ、包丁を入れていく。このやり方は母親から教わった。ちなみに父親はまな板でやるスタイル。
ねぎは細かくみじん切りにして、豆腐と一緒にプラ製ボウルの中で待機させる。
最後に、フライパンを台所の下にある棚から取り出し、調味料と水を合わせ火にかける。これが煮立つまで数分待つ。
暇を持て余したので、エプロンのままユウナの隣に座る。
「面白い番組あったー?」
「ニュースくらい、かな」
そのニュースはニュースで、どこどこで殺人事件があっただのと何も変わらない。ただ、スポーツコーナーは、今年がオリンピックイヤーのせいか、出場予定選手への取材などが多かった。
テレビを見ているユウナの横顔を見つめていて、ふと思い出した。
「お腹、すいてる?」
「そりゃあ、さっきからいい匂いしてるんだもん。あったりまえよ!」
そんなどや顔をしなくても、と苦笑する。
椅子から立ち上がり、
そこからはすぐだった。
豆腐と長ネギをフライパンに投入し、しばらく煮込んでから、ついていたとろみ粉を混ぜ、とろみがつくまでまた煮込む。
トータルで10分少々。
麻婆豆腐の出来上がり。
『いただきまーす』
中華ソースの香ばしさが、豆腐や肉たちとともに流れ込んでくる。美味い。合わせだけどというべきか、合わせだからというべきか。
「んー!おいしいー!」
満天の笑顔のユウナ。この笑顔が見られるのなら最高だ。
夕食も終わり、あとは入浴。
「陽太、先に入ってもいい?」
「どうぞ」
「ありがとう。……のぞかないでね?」
「はいはい」
もうお互い成人一歩手前なんだから、一緒にお風呂くらい別にいいと思うんだけどなー、という邪な考えを頭から追いやる。
まあ、今はまだしょうがない。結婚してないし。いやしてたらいいのか…?
などと下らないことを延々と無限ループしていたら、いつの間にかユウナは上がっていたらしい。
薄いピンクのパジャマに着替えて、顔がほんのりと色づき、湿った髪をまっすぐに下ろしたその姿もまた美麗だった。
「陽太、出たよー」
「うーぃ」
適当に返事をしてから、交替で風呂へ。
またリビングで2時間ほどしゃべってから、就寝ということで空き部屋を、と思ったそのとき。
背中が急に暖かくなった。
「ねえ、陽太。一緒に寝たい。ダメかな…?」
振り向くと、寂しそうな表情をしていた。もう答えは1つだけ。
「うん、いいよ」
自室のダブルベッド(何故かそうだった)に、お互いの顔を向いて横になる。
明かりはベッドの上に小さく灯る2つだけ。
「陽太」
「どうしたの?」
「なんか、夢みたい。……高校生の時は、こうやって2人きりなんて、できなかったから」
「そうだね、うん」
するとモゾモゾと体を動かし、僕の方へ近づく。
「夢じゃ、ないんだよね?」
「そうだよ」
優しくユウナに語りかける。
「じゃあさ、こうして」
僕の腰に両手がまきつく。
僕もそれにならって、ユウナを優しく抱きしめる。
気が付けば、唇が重なっていた。
その夜、いつ眠りに落ちたのかは覚えていなかった。ただ、夢の中でも2人きりだったのは確かだった。翌朝、ユウナも同じ夢を見ていたのを知った。
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