アーカーシャ・ミソロジー3

キール・アーカーシャ

第1話

 第3話 不確定-領域


『古来より《国(くに)敗れて山河あり、城(しろ)春にして燕巣(えんそう)と化す》と言われるが、リベリスに敗れしヤクト皇国もまた同じであった。

その行政や慣習は破壊されていき、さらにヤクト人は-その矜恃(きょうじ)を失った。

ヤクトの美しき麗しき自然は残るも、建物は変わりゆく。

かつて、ヤクト海軍大学校として使われた校舎も改築され、今や共立-衛生研究所と化した。

かつての図上演習-部屋は寄生虫-研究室へと模様替えされている。

ヤクトの名を冠する大戦艦ヤクトその額(がく)も今や何処(いずこ)へ。

諸行(しょぎょう)無常(むじょう)・有(う)為(い)夢(む)転(てん)のはかなさが身に染みる。

椋(むく)の大木の前に置かれた《海軍大学校・椋の木》との石碑も、市民団体の抗議により撤廃された。

失われていく、失われていく、赤の波によりヤクトの誇りは失われていく。

ただ、椋(むく)の古木のみが、往時を偲(しの)ばせ薫風(くんぷう)に揺れる』

           ―『ヤクト海軍大学校物語』より


 しかし、ラース-ベルゼはヤクトの山河をも破壊した。

 彼らはヤクトという存在をラース-ベルゼの赤色に染めんとした。

 単一民族国家が世界を覇権しようとする恐ろしさが、ここに浮き彫りになった。

 彼らは全ての民族をラース-ベルゼに統一しようとしているのだ。

 元々、ラース-ベルゼ国内の少数民族は迫害され、その数は急激に減らされていた。何十万、何百万が殺されていった。

 少数民族の人口割合は元々は10%程であったが、今や3%程までに激減していた。

 すなわち、民族浄化である。

 それが現代においても現在進行形で行(おこな)われているのだ。

 これらは歴史上、最も酷い虐殺とも言えただろう。

 しかし、誰も何も言えなかった。

 国内で文句を言う者はテロリストとして連行され、国外で何かを言っても無視されるだけであった。

 そうして、ついにその魔の手はヤクトに伸びたのだ。


 リベリス合衆国も決して完璧では無いが、多民族国家である彼(か)の国が世界の主導を握っている状況は、必然であり人類にとり幸運とも言えたのである。

 

 ヤクト教導隊の在(あ)りし霊峰フィシア山は、ラース-ベルゼの忌(い)まわしき砲弾と焼夷弾により、辱(はずかし)められた。

 ラース-ベルゼは世界遺産にも認定された神宿りし霊峰を徹底的に破壊して改造する構えを見せており、ヤクト人の精神的支柱を打ち砕く意志を示した。


 教官達として、誰よりも果敢に戦ったヤクト教導隊は儚(はかな)くも散っていった。

 しかし、かつてそこで学んだ教え子達は今も生き残っている。

 その一人ロータ・コーヨ大尉は恩師である教導隊の全滅を今は知らなかったが、それでも彼らの魂を継承した者として、最も優れた戦術家の一人として、決死の戦いに臨(のぞ)んでいた。


 風は南から北へと流れを変えるも、炎の波は南へ押し寄せんとしている。それに楔(くさび)を打てるのは今やロータ・コーヨとその部隊、彼らのみと言えた。


 ・・・・・・・・・・

 ロータ・コーヨを憎むラース-ベルゼ軍人ボルドは部下達の前で演説をしようと試みていた。

 元々、ヤクトで育った彼は部下達からあまり信用されておらず、演説をする事で求心力を得ようとしたのだ。

 さらに、ボルドは冗談が好きだったので、何か面白い事を言ってやらねば、と苦心していた。

ボルド「諸君!これより彼(か)の忌まわしきロータ・コーヨとそのヤクト人部隊を粉砕する事となる。しかし、だ。その前に俺は諸君等に謎かけをしたい。

    さて、その謎とはこうだ。

    すなわち、《ゴブリンとは何か》だ」

 これに、ラース軍人達は首を傾げた。

ボルド「たとえば、世界で最も売れている児童書ではゴブリンやインプとは銀行家だ。これは金貸しのユーシス人をモデルにしているのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だろう。

    そして、にっくきユーシス人を主人公達がやっつけて爽快感を得るのだ。

    なんと素晴らしい。このような作品こそ何千年にも亘(わた)り語り継がれる    べきである。

    だが、諸君、俺はゴブリンはユーシス人だとは思わない。

    俺はゴブリンとはヤクト人に他ならぬと思うのだ!

    奴らはこの狭っくるしい国土に密集して住む。

    おお、なんとおぞましい人口密度だ。

    まさに、洞窟に群生するゴブリンでは無いか。

    さぁ、諸君!これよりゴブリン退治と行こうでは無いか!楽しい事、この    上ないぞ!

    俺はかつてラース-ベルゼ発のオンライン・ゲーム、

    《ゴブリン・バスターズ》をプレイしたものだ。

    これがヤクトでスパイをしていた俺にとり、唯一の慰(なぐさ)めと言えた。    これをプレイしている間は、ラース-ベルゼを思い出す事が出来た。

    もっとも、あのクソ忌まわしきリベリス経済連携協定により、差別の助長    に繋がるとされて発禁されてしまったわけだが。クソッ、何が外国人投資    家の利益にも反するだ・・・・・・おっと話が逸れてしまったようだな」


 補足をするならば、リベリス経済連携協定とは、リベリスと

その同盟国全体(ニュクスを除く)で結ばれた条約である。

 この条約は大まかに言うならば各国間の経済にまつわる制度

や基準を統一化しようとするものだった。さらには関税なども

撤廃されて、より貿易が自由化される事となる。


 基準を制する者が世界を制する。

 リベリスは世界で最も進んだ国家であり、その最先端の基準

を各同盟国に押しつけたのだ。

 この条約を批准(ひじゅん)する事によって、一つの巨大な経済ブロック

が形成され、加盟する同盟国の経済的繁栄と政治的安定が図(はか)ら

れ、かつ社会主義国や独裁国家などのリベリスにとる仮想敵国

を締め出し、資本主義国家が長年に亘(わた)って築いてきた自由主義

社会の公正なルールを守り保つ事が可能となる。


 ただし、同盟各国で《なぁなぁ》で済まされてきた事柄が、

今まで通りには行えなくなってしまった。

 たとえば、ヤクトでは女子小学生がヒロインとなって主人公

の高校生とイチャイチャしたり、裸で一緒に風呂に入ろうとし

たり、性的な行為を連想させるような少年マンガやラノベがあ

った。

 これらは18禁か発禁にさせられた。

 その時のリベリスの主張はこうである。

《ヤクトがしている事は青少年にポルノや児童ポルノを売りつ

けて儲(もう)けているようなものだ。未成年に酒やタバコを売りつけ

ているようなものだ。これらの行為は、きちんと自主規制され

ているリベリス製のコミックや小説の売り上げを阻害するもの

であり、すなわち『外国人投資家の利益に反する』という条項

に符合する。条約は国内法に優先される。故に、これらの書物

に関して『表現の自由』は適用されず、これらの書物は販売禁

止されねばならない》


 回収に次ぐ回収。修正に次ぐ修正。

 総じて、ヤクトのマンガ・ラノベ業界は大打撃を受けた。

 それは経済戦争とも言えた。

 リベリスはエンターテイメントを主産業の一つとしていたの

で、ヤクトの娯楽文化を破壊するのは国策に叶っていたのだ。

 全ては狙って行(おこな)われていた。

 いずれにせよ条約は『対等』に結ばれ、資本主義の正統なる

青の波はヤクトを踏み倒した。

 関税撤廃でヤクトの農・畜産業は大打撃を受けた。

 ヤクトは島国で、かつ土地が狭く、国土の大半が山地の為、

農業に適した場所が非常に少ない上に、人件費が非常に高い。

 一方、リベリスはヤクトの何十倍もの農耕地を有しており、

しかも、農業の機械化が進んで効率のよい大規模農業が出来る

上に、不法就労移民が多い事から、低賃金労働者の確保が可能

であった。

 その為、条約締結前はヤクトは自国の農・畜産業を守る為に、

輸入品に高い関税を掛けていた。

 しかし、リベリス経済連携条約が締結され、関税は順次に撤

廃され、自由競争の名の下(もと)、リベリス産の安価な農・畜産物が

ヤクト国内市場を食い尽くした。


 また、多くの出版社が条約に適応できずに踏みつぶされて消

えて行ったが(それは大手出版社でもそうだった。何故なら、

今まで過剰に刷って書店に置いていた対象の本を全回収せねば

ならなくなったのだから)、麦が踏まれては-たくましく成長する

ように今まで以上の作品を生み出す出版社も現れた。

 ただし、関税撤廃の恩恵を受け、ヤクトの工業製品は海外で

売れに売れ、莫大な利益を叩き出した。元々、ヤクトは工業国

であり、国民総生産における農業などの割合は少なく、工業さ

え保たれていれば経済的には問題なかった。

 その為、国家的な収支においては黒字であったと言える。


 国土も狭く、資源に乏(とぼ)しいヤクトが全ての国民を食べさせる

ためには、外国から原料を輸入し、それを加工して、かつ高度

の付加価値を加えて製品化して、輸出して外貨を得るしか方法

がない。

 故に、関税撤廃はヤクトにとり、本当は有意義と言えたので

あるが、ヤクト国民はその事に気付かなかった。いや、気づか

ないような煽動が行われた。

 ただでさえ、ヤクトはラース-ベルゼの産業スパイから技術を

盗まれており、実質的に勝手に特許を使われており、付加価値

ある商品を真似されていて、膨大な損害をこうむっていた。

 それを防ぐための経済連携条約でもあるのだが、ヤクト国民

のほとんど誰もがそれに気づかない。

 スパイを捕まえる為の法もロクに存在しないスパイ天国、そ

れこそがヤクトなのだから。


 もっとも、経済連携条約のメリットに気付き、それを支持した人間も居たことは居た。


 とはいえ、国民は経済連携協定のマイナス面ばかりが目につ

き、反リベリスに傾き、結局の所、親ラース-ベルゼ政権が生ま

れてしまったわけである。それはラース-ベルゼの隠れた煽動に

よる結果でもあった。

 ラース-ベルゼは常に、ヤクトとリベリスを反目(はんもく)させ、ヤクト

国内の在ヤクト・リベリス基地の撤廃を目論見(もくろみ)、ヤクト国内の

友好分子を使って政治・情報操作工作を図(はか)っていた。

 これにヤクト国民は知らぬ内に、まんまと乗せられてしまっ

たのだ。


 一方、リベリス経済連携協定に入れないラース-ベルゼやニュ

クス国は、かつてない経済危機を迎え、それは国難とも言えた。

 ラース-ベルゼは名ばかりの知的財産保護法しか持たない知財

後進国であり、さらに共産主義の常である全体主義と統制経済

の為、自由主義社会におけるような独占禁止法などの経済立法

を有しないので、リベリスを始めとする資本主義社会における

自由主義経済が確立してきた公正明確な商取引のシステムに反

し、両者は相容れないのである。

 また、ラース-ベルゼは社会主義国である為、統制経済・計画

経済を旨(むね)としている。その為、資本主義国のような需要と供給

のバランスからなる市場の抑制力が働かず、膨大な過剰生産が生じてしまった。通常ならば、売れない商品はそれ以上、生産される事がないが、国家権力が販売すると決めてしまった場合、売れずとも無駄に作ってしまうのである。

 この供給過剰に伴い、驚異的な価格下落が生じた。

 さらにラース-ベルゼでは自国の国有企業に不公正な補助金を与え、ダンピング(不当廉売(れんばい))行為をする事によって国際競争力を強めた。

 その為、このような過剰生産による価格下落と、不公正な補助金やダンピングによる安価な製品の輸出により、ヤクトを含む多数の国々との貿易摩擦を引き起こし、多国の造船や鉄鋼などの分野に大きな打撃を与える事となった。

 故に、リベリスはこの条約を作り、ラース-ベルゼの横暴から同盟国と自国を守ろうとしたのである。


 一方、ニュクスにおいても、巨大複合企業が一種の国有企業と化し

ており、政府から莫大な補助金が巨大財閥に流れ、そうする事

で安価な製品を海外に輸出して国際競争力を得(え)、外貨の獲得を

図(はか)らんとしていた。これもリベリスの押し進める世界経済シス

テムと決して相容れないものだった。


 そして、リベリス経済連携条約が加盟国内で締結され、一大

経済ブロック圏が形成される事によって、国が崩壊するやも知

れない程の損失がラース-ベルゼとニュクスの両国で生まれた。

 それらを粉飾決算で誤魔化し、延命措置を計りながら、両国

は片方は軍事侵攻、もう片方は革命を図(はか)ったのである。

 全ては資本主義への恨みから・・・・・・。


 ちなみに、ゴブリン・バスターズに関しては次のような問題

が指摘され、罰金・発禁処分となった。

 

・発売前に超高性能PCによるプロモーション・ビデオを出し、

本来の標準PCでは生じるカクツキ・チラツキが無いように見

せかけた。すなわち、詐欺PVを販売直前まで出し続けた。

・ゲーム内の二次元絵はリベリスでは幼児にしか見えず、これ

らのキャラクターがゴブリンによりレイプ・暴行される描写、

もしくはレイプをほのめかすような描写が数多く行われた。

さらに、ゴブリンが何故、人間女性を襲わねばならないのか。

繁殖するならばゴブリン女性と子を成すべきではないのか。

それらの設定は本当に必要なのか。仮にゴブリンが人間女性を

通じてしか繁殖できないとするならば、人間女性を重宝するの

では無いのか。単に制作陣が陵辱ゲーム脳になっているだけで

は無いのか。

・有知性-生命体であるゴブリンの女子供まで殺す描写が存在し

た。これは民族虐殺・種の根絶を意味・示唆する。

そもそもゴブリンが人間の女性を襲い、人間を殺そうとも、

種を根絶される程の罪では無い。殺される数が違いすぎる。

まして、ヤクトやラース-ベルゼにはゴブリン種族は居ないが、

亜大陸ランドシンには存在するのである。

・作品のキャラクターが過剰に細すぎる。

リベリスではダイエットのし過ぎで死亡する女性も少なくな

い。これは細い体への歪(いびつ)な憧れであり、これを助長してはなら

ない。少なくとも子供もプレイするゲームとしては不適当であ

る。ただし、これに関しては回収・修正で許される。

・タバコを吸う描写が数多く存在する。

全年齢対象作品でこれは許されず、良識が疑われる。特に、

タバコの害が明らかになった現在に出された作品なのである。

・主人公の傭兵がゴブリン女性を抱きつき圧死させる描写があ

り、これは性的犯罪行為を連想・刺激させる。

近年、リベリスでは肥満者に対して侮蔑する事は許されない

が、それを逆手にとり、次のような性犯罪が横行している。

病気でも無いのに体重150kgを越える肥満者が、風俗嬢に対し、

のしかかり押し潰すプレイを無理強いし、風俗嬢の骨を折って

楽しむ事件が発生している。しかし、該当-肥満者は故意では無

いと主張し、無罪を勝ち取ったりして問題となっている。

 

 こうして、純粋にゲームをプレイしていたボルドは、哀れな

事に何(なん)にも犯罪的な行為をしてなかったのに、ゴブリン・バス

ターズを楽しむ事が出来なくなってしまったのだ。


ボルド「さて、諸君、その時、俺の階級は《ゴブリン殺し(キラー)》をも越え、《ゴブリン殲滅者(スレイヤー)》こそが俺の称号であった」

 これにはラース軍人達もどよめいた。それはゲーム内でも、

トップ・プレイヤーにのみ与えられる呼び名だったのである。

ボルド「さぁ、諸君。これより虐殺を始めよう。

    我々はこれよりヤクト人というゴブリンを狩る、

    真の《ゴブリン殲滅者(スレイヤー)》と化すのだ!」

 今、ラース軍人達は一様に歓声をあげた。

 これに気を良くしたボルドは両手を広げて、さらなる演説を行った。

ボルド「諸君ッ!我らラース-ベルゼこそ両世界の原点である!

    全ての文明は我らより発祥した。確かに屈辱の時代は存在した。魑魅(ちみ)    魍魎(もうりょう)の如きレシアナ人により、我らは山奥に追いやられ、果て    無き忍耐の時を過ごした。

    だが、それも中世にて終り、さらに苦渋の時を再び過ごす事になれども、    不死鳥のように蘇っていった。

    この古代より受け継がれし大英雄の血を我らは確かに継承しているのだ!

    そして、今を見よ!

    両世界の覇者への道は目に見えている。

    その足がかり、その第一歩がヤクトなのだ!

    さぁ、同志諸君等(ら)に問いかけよう!」

 そして、ボルドは畳みかけるように叫び問うた。これに兵士

達は呼応していく。

「戦いは誰が為に!?」

『我らが為に!』

「栄光は誰が手に!?」

『我らが手に!』

「ヤクトは誰がモノかッ!?」

『我らがモノでありますッッッ!』


 さらに、ラース軍人とボルドは次のように斉唱していった。

『勝つであろう。いや、勝つのだ!』 

『立ち上がれ、ラース-ベルゼ国民よ!』

『国境は話し合いでなく、侵略で決まる!』

『信ぜよ。戦い、そして服従させる事を!』


 今、一同は感激の涙をこぼしていた。

 そして、ボルドとラース軍人達は心身ともに一体となって、イアンナの進撃を開始したのだ。

 とはいえ、ボルドを補佐する副長(副官では無い)とも言える士官は少し疑問を覚えた。

《むしろ、大挙して押し寄せる俺達の方がゲームのゴブリンなんじゃないか?》と。

 しかし、そんな事は決してオクビにも出さず、彼はボルドに付き従うのだった。


 さて、物語はヤクトの民間人達の様子へと移る。

 そこにてラース-ベルゼの最も忌まわしき能力者が現れる。

 彼こそはイアンナの死闘における最悪の敵であり、それを語らずにイアンナを語るわけにはいかないのである。


 ・・・・・・・・・・


 リーラ・リーゼは駄目な女だった。彼女は小柄で若いヤクト人で、外見だけは子猫のように愛くるしいとも言えた。彼女は数年前に唯一の肉親である母親を失い、多額の遺産を相続したが、ロクに働こうともせず、親の遺産で食いつないでいた。

 それだけなら-まだよかったが、彼女は悪い男に引っかかり、

多くの金を騙し取られ、男全般(ぜんぱん)を憎むようになった。

それで悪女となる事を決意するも、あんまりもてなかった。

 なので、イケメン店長がいるコンビニで、一番安い10リルのガムを一つ万引き

してウサを晴(は)らすも、スペース・ヒーロー団という子供達に

見つかり、結局、警察に通報されて捕まったりした。

 そんな彼女が、どういう風の吹き回しか、足手まといにしか

ならない子供達と小型ロボットを連れて、港町カラビアを

ラース-ベルゼ兵から逃げていた。

 ちなみに、その子供達こそ、彼女をかつて通報した、正義の

子供達である。

リーラ「こら、クソガキ共(ども)!もっと早く、走りなッ!」

少年A「うっさい。そっちこそ、息切らしてるくせに!」

リーラ「クゥ、口の減らない・・・・・・」

 しかし、リーラは疲れていたし、緊迫した状況なので、しゃべるのを止めた。

リーラ(ああ、まったく、いったい、何でこんな事に、なっちまったんだい!)

 とリーラは心の中で一人、嘆くのであった。


 カラビアの人々は穏健(おんけん)な者ばかりだった。

そして、他人の善意を信じ、誰とでも、きちんと話せば分かり合えると信じていた。

 だから、カラビアの市長達はラース-ベルゼ軍が来ても、降伏・恭順の意を示した。彼等は逃げずでも、降伏すれば済(す)むと思っていたのだった。

 カラビアの民は農業に従事する者が多く、土地に強く執着する者が多数を占め、市長達の案も広く受け入れられていた。

 しかし、ラース-ベルゼの略奪と陵辱(りょうじょく)が始まると、カラビアの人々も、『どうも様子がおかしいぞ』、と思い出した。

 兵士達にとっては、その二つは勝者の当然の権利と思っていたのだが、どうも平和ボケしたカラビア市民には通用しなかったようだった。

もちろん、ラース-ベルゼの軍上層部は略奪と陵辱は控(ひか)えるように命じていたが、形式的なモノで黙認していた。

 もし、無理に禁じていれば、軍内部で暴動が起きていただろう。それが彼等の国民性なのだ。いや、ツヴァイの言葉ではないが、戦争が兵士達を狂わせるのだった。

 

そして、燦々(さんさん)たる状況の中、怒り狂ったヤクトの民間-能力者が反撃してしまった。

 それを受け、これ幸いとラース-ベルゼ軍はヤクト人に攻撃を仕掛(しか)けた。彼等は幼い頃からヤクト人を憎むように教育されており、ヤクト人を一種のモンスターと同様に見なしていた。

 もちろん、これも社会統一党が自分達に不満の矛先(ほこさき)が行かないように、ヤクトという仮想(かそう)敵(てき)を作ったのである。

 逆に言えば、ヤクトに憎しみを向けねば、暴動が起きる程、

ラース-ベルゼの経済・環境等(など)の状況は悪かったのだが、それは

後に語られる事となる。

 いずれにせよ、戦闘が始まってしまい、怒りの火の点(つ)いた

ラース兵士は、とどまる所を知らなかった。


リーラ(やばい、やばいよぅ。私みたいな美人は捕まったら、

    とんでもない目にあっちゃうよ!)

 と走りながら思った。

 すると、一人の兵士が角(かど)から出てきた。

リーラ「ゲッ」

兵士[止まれッ!]

 リーラは素直に手を上げ、降参の意を示した。

 リーラは能力者だったが、レベルは2でメチャクチャ弱かった。

 兵士は銃口をリーラ達に向け、品定めをした。

リーラ(ああ、やばい。犯される・・・・・・)

 しかし、兵士はスペース・ヒーロー団に所属する、目の

クリクリした愛らしい少女の方を見ていた。

リーラ「ロリコンかいッ!」

 とリーラは隙を見て兵士の股間(こかん)を蹴り飛ばした。

 兵士は突然の股間への衝撃に、声ならぬ-うめき声を絞った。

 すると、兵士の仲間が遅れながら、やってきた。

リーラ「や、やば・・・・・・」

 そして、リーラ達は一目散に逃げ出した。

 大量の銃弾がリーラ達の背後に降り注いでいった。

 しかし、不思議な事に、銃弾はリーラ達を避けるように、

あらぬ方向へ飛んでいった。

 

 そして、リーラ達は路地(ろじ)を走り続けた。

 気付けば、兵士達は居なかった。

リーラ「あれ?あっけない-もんだねぇ」

少女D「セイレイさん-が居ないよ」

リーラ「は?セイレイ?」

少年A「ほ、ほんとだ。ガーディアンが」

リーラ「ガーディアン?ああ、あのロボットかい。作業用の

機械人形だっけ?」

少年B「さっき、離れて行った気がする。必死に走ってたから

    ちゃんと見えなかったけど」

リーラ「ああ、機械がご主人を守る為(ため)に、身を呈(てい)してたって事

    かい。泣かせるねぇ」

少年A「ガーディアンと俺達は主従(しゅじゅう)の関係じゃないぞ」

少女D「セイレイさん-は仲間だもん」

リーラ「分かった。分かったから、ともかく、今は逃げないと」

少年B「でも、何処に?」

リーラ「何処って・・・・・・そりゃ、この街の外に」

少年B「でも、どうせ、ラース-ベルゼの軍が封鎖してるんじゃ

    ないの?」

リーラ「・・・・・・あー、うっさいねぇ。私はねぇ、アンタみたいな中途半端に賢いヤツが大っ嫌いなのさ。確かに、

アンタの言うとおりかもしれないさ。何やっても無駄

かもねぇ。だからって、何もしないのは、最悪さ。

人間はねぇ、抗(あらが)うから人間なんだよ」

少年B「うっさい、このバカ・・・・・・」

リーラ「バカで結構(けっこう)ですよーだ。ともかく、このまま、アンタ達、見捨てんのも寝覚めが悪いし、ついてきな。昔、

    悪(わる)だった頃に、この街を警官から逃げて、一晩中、

    走り続けた事があるからね」

少年A「そんな話どうでも、いいから」

リーラ「はいはい。じゃあ、行きますか。なるべく、音たてずに、ついてきな」

 そして、リーラ達は混乱の街を、忍び進むのであった。

 

 ロボットのガーディアンは次々とラース-ベルゼ兵を倒していた。

 しかし、その体は銃弾に傷つき、腕はもげていた。

ガーディアン『・・・・・・』

 ガーディアンは壊れかけた足を動かし、歩いて行こうとした。

 しかし、上手く進めず、壁によりかかり、停止した。

ガーディアン『子供達・・・・・・よ・・・・・・』

 次の瞬間、ガーディアンの体から信号が発された。

 すると、カラビアの街にある、全ての機械人形が起動した。それらは古代機械で今まで、誰にも操る事が出来なかった。

 そして、機械人形-達はラース-ベルゼ兵に襲いかかった。


 カラビアの共鳴-結界塔は既(すで)に廃棄(はいき)されていた。しかし、力を

失った巫女(みこ)が一人残っていた。

巫女「とうとう、この時が来たのですね・・・・・・」

 と巫女は塔の最上階で呟(つぶや)いた。


 機械人形-達は最初こそ奇襲でラース兵を困惑させたが、

すぐに、やられていった。

 そして、一体、また一体と、機械人形は光を失っていった。

 しかし、ラース兵は、いまだに混乱しており、カラビア市民が逃げる余裕が出来ていた。

 一方、リーラ達は丘の上の孤児院まで辿(たど)り着いていた。

リーラ「はぁ、はぁ、何とか、ここまで、来れたね」

 リーラは右腕を負傷していた。

少女D「うぅ、大丈夫?」

リーラ「あったり前よ!案外、あたしも、戦えるもんだね。

    ハハッ」

 と力なく笑った。

 そして、彼女達は児童-養護施設に入っていった。

 中では老婆(ろうば)の先生が慌(あわ)ただしく動いていた。

老婆「あんた達!」

少年A「先生!」

少女D「おばあちゃん先生」

 と言って、少女は老婆に抱きついた。

老婆「良かった。本当に、良かった。ごめんねぇ。もっと、

   早く避難しておくべきだったね」

 すると、職員の男が入って来た。

男「仕方ないですよ。うちらは、あくまで市の施設ですから。

  ともかく、車の準備が出来ました。山道なら多分、通行

  できますよ」

老婆「そうだね。よし、みんな、急いで出発だよ。荷物はいいから、急いだ、急いだ!」

 そして、全員がバスに乗り込んだ。

 すると、装甲車が向かってきた。

男「マズイッ!」

 しかし、砲弾が放たれ、衝撃が襲った。

 さらに、兵士達が降りてきて、銃を突きつけてきた。

男(どうする?突っ切るべきか?それとも・・・・・・)

兵士「大人しく、投降しろ。そうすれば、手荒な真似はしない」

 との声が響いた。

少女D「駄目ッ。そのヒト、嘘ついてる!」

 との少女の言葉を信じ、男は車を無理に出した。

 次の瞬間、銃弾が降り注ぎ、タイヤがパンクし、バスは木に激突した。

兵士[ガキに手は出すな。後は殺せッ!高く売れる!]

 との兵士の声が響いた。

男「くそッ・・・・・・奴ら・・・・・・」

 そして、男は短剣を取り出した。


 カーディアンは完全に沈黙していった。

兵士[このモノがッ!人間様に刃向かってるんじゃねぇぞッ!]

 と叫び、銃剣で何度も刺していった。


ガーディアン『・・・・・・・星の導きあれ・・・・・・』

 

巫女「星の導きあれ・・・・・・」

 そして、巫女は塔の最上階から身を投げ出した。

 次の瞬間、巫女の体はマナと化し、散っていった。

 さらに、全ての機械人形の周囲に魔方陣が展開していき、

大規模な魔法が発動していった。

ラース兵[な、何だ?]

 

 ガーディアンの体から、光が天へと一気に昇っていった。

 さらに、全ての機械人形からの光が、その光に向け、

集まっていった。


少女D「セイレイさん?」


 そして、それら-は降り注(そそ)いだ。流星の如(ごと)くに降り注いだ。

 光の束(たば)、光の矢、幻想的な光をたたえた、それらは、上空から降り注ぎ、ラース-ベルゼ兵の体を貫(つらぬ)いていった。

 空には巨大な狼(おおかみ)が居た。そして、狼は空を駆け、地を駆け、

敵を狩っていった。

 そして、彼は彼を待つ子供達の元へと向かった。

 

少女D「来る・・・・・・」

 そして、そのモノは来た。疾風(しっぷう)の如(ごと)く、迅雷(じんらい)の如(ごと)くに現れ、

兵士の首を引きちぎっていった。

 兵士達は半狂乱になりながら、銃を振り回すも、狼には、

かすりもしなかった。

少年A「す、すげー」

少女D「あれ、ガーディアンだよ。私達を助けに来てくれたんだよ」

少年B「ま、まさか・・・・・・。で、でも。ほ、ほんとだ。あの、

    マナ。ガーディアンの瞳の色だ。青い、青い、澄(す)んだ

    空のような色・・・・・・」

 と、少年は泣きそうに-なりながら、言った。

 すると、敵の増援部隊がきた。彼等(かれら)は高位の能力者であり、

いかな異能を持つ狼といえど、たやすく打ち倒せはしなかった。

 しかし、狼は、いや、ガーディアンは、全くひるむ事-無く、

敵に立ち向かっていった。子供達を守る為(ため)に。

リーラの瞳からは、いつしか涙がこぼれていた。

リーラ(ああ、何て事だろう。どうした事だろう。私は、あの

    方と会った事がある。遠い、遠い昔。どうして、忘れてしまっていたんだろう。こんなに大切な事を)

リーラ(そう。私は、あの方と旅をした事がある。あの方は

    しがない女盗賊である私を大切な旅に同行してくださった)


リーラ(偉大なる王である-あの方は私のような盗賊を卑下(ひげ)する事なく、対等に扱ってくださった。でも、当時の私は、その事が-どれほどの事か-気付いても居なくて)

リーラ(ああ、私と、あの方は旅をした。不可視と可視の狭間(はざま)の領域である黄昏(たそがれ)の地を。死者にあふれる恐ろしい魔窟(まくつ)を。そして、険(けわ)しい険(けわ)しい、山脈を越え、ついに黄砂(おうさ)の国へと辿(たど)りついたんだ・・・・・・)


 リーラの脳裏をフラッシュバックのように、一瞬で断片的な

イメージが蘇っていった。

リーラ(あの方の名は思い出せない・・・・・・でも、吟遊詩人は

    謳(うた)っただろう。

    『その者は気高く、その者は雄大(ゆうだい)で、その者は、

     さながらに、神話の主のようである』

・・・・・・と)

 と、リーラは目の前の死闘を見ながら、心の内で呟(つぶや)いた。

 

 ガーディアンは敵兵士の首を一つ、また一つと、ちぎっていった。ラース-ベルゼ兵士は恐れを成して、逃げだそうとしていく者も多かったが、何名かの騎士がガーディアンに戦いを挑んでいた。

騎士A[この化け物めッ!]

 次の瞬間、騎士はガーディアンの放った重力魔法で押しつぶされた。さらに、ガーディアンの体当たりで、全身の骨を砕かれ、絶命した。

騎士B[ひ、ひぃッッッ]

 そして、残った騎士も、さながら気弱な子供のように逃げ出した。

 その狼は夕陽に照らされ、黄金に輝いていた。

 すると、子供達とリーラは狼に駆け寄った。

少女D「セイレイさん。セイレイさん-なんでしょ!」

ガーディアン『ああ、そうだとも。リコよ。そして、子供達よ。

       よくぞ、ここまで、逃げたな』

 と、ガーディアンは優しく言った。

リーラ「あ、あの。貴方(あなた)は貴方様の名は」

ガーディアン『私の名は・・・・・・』

すると、女性の幽体が出現した。

少女D「このヒトもセイレイさん?」

女性『遅ればせ参上し、申し訳ありません、王よ』

ガーディアン『お前は・・・・・・。私を呼んだ巫女か?』

女性『はい、私の命を捧げ、あなた様の存在を、この世界に

正しく顕現(けんげん)させて頂きました』

ガーディアン『そうか、礼を言う。そなたの名は?』

女性『私の名はアステル。アステル・ナターシャにございます。

   神話の王よ。しかし、私の名は重要ではありません。

   あなた様の名、それこそが、まさしく、枢要(すうよう)なので

   ございます』

ガーディアン『俺の名?』

アステル『はい、貴方様の名。それはソルガルム。神獣の王、

     そして、空(くう)狼(ろう)王(おう)ソルガルムで、ございます』

 その名を聞き、ガーディアンは、いやソルガルムはうなずいた。

ソルガルム『そうだ。私の名はソルガルム、ソルガルムだ。礼を言う、アステルよ。私はようやく、自身を取り戻す事が出来た』

アステル『いえ、王の役に立て、何よりに-ございます』

老婆「ソルガルム・・・・・・王・・・・・・?ミズガルズの空(くう)狼(ろう)王(おう)の

向こうでの呼び名・・・・・・。まさかねぇ・・・・・・」

 と、呟(つぶや)いた。

リーラ「ソルガルム・・・・・・。ああ、そうだ。その名。その名に

    違いないよ。ああ、そうだった。これで、三度目なんだ。三度目なんだよ、ソルガルム。貴方と会うのは。

    貴方は再び盗賊に身をやつした私を優しく諭(さと)して下さった。ああ、そうだ。そうだったんだ・・・・・・」

リーラ「それなのに私は、再び、盗みを働いてしまい・・・・・・。

    申し訳ありません。申し訳ありません、王よ。誓います。誓って、もう二度と悪事に悪行に手を染める事はありません。どうか、どうか、お許しを」

ソルガルム『リーラよ。過ぎた事をとやかく言うつもりは無い。

      罰を受け、深く懺悔(ざんげ)しているならば、お前はもう

      許されているのだろう』

リーラ「ありがとうございます。ありがとうございます、王よ」

 と涙しながらリーラは頭を下げた。

 すると、男性の職員が近づいて来た。

男「あ、あの。今は早く、逃げた方がいいんじゃ・・・・・・」

アステル『それには及(およ)びません。この周囲の時の流れを極めて

     遅くしています。今は、その車を修理する事を優先

     して下さい』

男「は、はい」

 と答え、男は素直に指示に従った。


 ・・・・・・・・・

 港町カラビアに作られたラース-ベルゼの軍司令部に、白い

仮面を付けた男が居た。その顔は定かでは無いが、その妖艶(ようえん)な

雰囲気から絶世の美男子である事が容易に想像-出来た。

その者こそ、ラース-ベルゼのレベル7能力者でも、最も怖れられている男、モース・アポカリプスであった。

 彼はアポカリプスと呼ばれるより、アポリスと呼ばれる事を好んだ。

(能力者は呼び名を重視する。これは名前が自身を規定するからであり、能力を上下させるからとなる。特に高位の能力者はファミリー・ネームより個人名で呼ばれる事を好む。なので、軍隊によっては呼び名を選択できる。また、アポリスの場合はアポカリプスでは長いので短縮名アポリスを申請している)

 すると、彼の個室にノックの音が響いた。

アポリス「入ってくれ」

兵士「はっ。アポリス大佐。カラビアの暴徒鎮圧を完了いたしました」

アポリス「ああ、そうかい。すまないね、君に任せてしまい」

兵士「いえ。アポリス様の、お手をわずらわせるまでも、ございません」

アポリス「そうかい。で、被害は?」

兵士「そ、それは」

アポリス「どうしたんだい?怒らないから素直に言って-ご覧」

兵士「数百名が死亡、負傷者はそれを越えます」

アポリス「そうかい。まぁ、これで終わりだろうさ。兵士の

亡骸(なきがら)は焼いておくように。敵に利用されたら、面倒

だからね。それと・・・・・・」

兵士「はっ、敵の能力者の死体を低温保存してあります」

アポリス「ご苦労様。私はネクロマンサー。死体使いだからね。

     定期的に材料を補充しないと」

兵士「・・・・・・」

アポリス「どうしたんだい?ああ、嫌だろうね。私のような、

     能力は」

兵士「い、いえ・・・・・・」

アポリス「でもね、この世に神なんて居ないんだよ。だから、死んだら消えるの      さ。魂など存在しない。死は虚無だ。だから、死体は物なんだよ。       物・・・・・・。それ以上でも、それ以下でも無い。葬式など、残された者の     精神を安定させる為(ため)のモノでしかない。違うかな?」

兵士「いえ、その通りであります」

アポリス「モノは有効に使わないとね。死体には多くのマナが

     含有(がんゆう)しているわけだしね・・・・・・」

兵士「・・・・・・」

アポリス「まぁ、分かるよ。君の気持ちは。確かに、人は常識に縛られる。あまりに常識から外れた行動を取ると、心を狂わせる。私もね、実を言えば、死体をいじっていると、心がおかしくなりそうに-なるよ。でもね、それが私の力であり、義務だからね。仕方ない。仕方ないんだよ」

兵士「分かっております」

アポリス「ありがとう。ところで、君は、もう少し、指揮の腕を上げた方がいいね。せっかく、任せた結果がこれでは、ちょっとね・・・・・・」

兵士「も、申し訳ありません・・・・・・」

アポリス「ところで、緊急時には私を呼ぶように言ってあったはずだが」

兵士「も、申し訳ありません・・・・・・」

アポリス「まぁ、君に任せた私の責任でもある。そう、怖がらずに。大丈夫、少し、少し、君には協力してもらいたい事があるんだ。君の能力には興味が前々からあってね」

兵士「ヒッ・・・・・・」

 そして、兵士の体は闇に飲まれた。

 

 鐘が鳴った。

 その音を聞き、新たに魔術師の姿をした兵士が入って来た。

 彼はアポリスの腹心の部下、ラゼルであった。

ラゼル「また、派手にやりましたね」

 と、絶命している兵士を見て言った。

アポリス「彼は以前より問題があった。ただ、失脚させるべき、

     理由も無くてね。ちょうど、ミスをしてくれた」

ラゼル「しかし、戦闘中に、個室で研究してるのは、問題じゃ

    ないんですかね?党に追求されや-しませんかね?」

アポリス「戦闘ならね。あれは、あくまで暴動だよ、ラゼル」

ラゼル「なら、報告書には、そう記(しる)しておきましょう」

アポリス「で、何があったんだい?」

ラゼル「まぁ、それは直接、見てもらった方が早いですね」

アポリス「では見させてもらおうか」

 すると、アポリスの手から、細い触手のようなモノが出てきた。それはラゼルの耳に入り、脳に接続した。

 そして、アポリスにラゼルの記憶が流れ込んだ。

アポリス「なる程・・・・・・。なる程。これは興味深い」

 と、アポリスは触手をしまい言った。

ラゼル「でしょう。特に、あの光。狼(おおかみ)」

 すると、アポリスは邪悪な笑いをあげた。それと共に、黒い仮面が歪み、笑っているかの様(よう)に形を変えた。

アポリス「ソルガルム・・・・・・ソルガルム・・・・・・お前が目覚めたか。とうとう、この     世界に・・・・・・。待っていたぞ。

     この時を。待っていたぞ、この私は。この顔、顔の

     恨み、どうして忘れられようか」

 そして、アポリスは白い仮面を取った。

 そこには、ただ闇しか無かった。比喩(ひゆ)や形容では無く、まさしく闇しか存在してなかった。

 鼻も口も目も唇も無ければ皮膚も無い。何も無い。ただの

虚無。見るモノ全てを狂気と混沌に引きずり込むかのような

闇がそこにはあった。

アポリス「エデン司令部に連絡せよ。アポリスが出ると」

ラゼル「承知いたしました」

 そして、ラゼルは音も無く消えていった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、首都エデンでは人々が慌ただしく動いていた。

 ラース-ベルゼ国家主席エルダー・グールが来るのだった。

 彼は多くを軽く殺すため、人々は細心の注意を払って、歓迎の準備をした。しかし、その反動で夜になると、抑圧されていた欲望が噴(ふ)きだした。

 そして、そんな様子を裸で-のぞき見るのが、レベル7能力者であるレヴィア・イルクス大尉の趣味だった。

 彼女は広範囲に渡る探査-能力を持っており、それを悪用して

人々の姿を透視(とうし)していたのだった。

(ちなみに、彼女は無線封鎖下での管制塔の役目を果たすので、タワー・レヴィアとも呼ばれて居た)

 今、エデンは瘴気(しょうき)あふれる魔都と化していた。

レヴィア(さて、手始めに誰からにしましょうか?どなたが、

     今日も痴態(ちたい)を見せて下さるのかしら?フフフ)

 と歪んだ妄想をしつつ、レヴィアは薄笑いを見せた。



レヴィア(そうですね。手始めは奇をてらって、イザベル皇后(こうごう)様でも見ますか・・・・・・。さてさて、夫に放置されながら、熟(う)れた体をどう慰(なぐさ)めているのか)

 とレヴィアは少し興奮しながら偵察用-端子をイザベルの

部屋へと飛ばした。

 そこではイザベルとセレネが仲良く、転がっていた。

レヴィア(ああ、何だ。そうでしたね。確か、警備上の理由から二人一緒に監禁してたんでしたね。これは拍子抜けですね。別の所に・・・・・・ん?)

 すると、少し様子が変である事にレヴィアは気付いた。

 イザベルはセレネの耳を甘く噛(か)んでおり、何かを囁(ささや)いていた。さらに、イザベルの手がセレネの胸の部分へとソッと伸びていた。

レヴィア(あら、あら、あら、あら。これは何て事でしょう。

     何という事でしょう。まぁ、まぁ、まぁ、これは

     どうした事でしょう。本当に、本当に、何て面白い

     モノを見つけてしまったんでしょう、私は。フフ)

 と、レヴィアは脳に投影される映像に集中しながら思った。

 それは嘆美(たんび)な光景であった。

 薄く差し込む月明かりに照らされ、金と銀の髪の美女が互いの体を求めて、体をくねらせていた。

レヴィア(これは音声も拾うべきでしょう。ええ、そうですとも!)

 と思い、レヴィアは能力を強め、音声を拾おうとした。

 しかし、次の瞬間、彼女の脳裏には詩(うた)が響き出した。

レヴィア(なッ・・・・・・)

 詩が響き、レヴィアの頭に木霊(こだま)した。その波動をレヴィアは処理しきれなかった。

 レヴィアの視覚には二人の淫(みだ)らな交(まじ)わりが映るのだが、鳴り

しきる詩(うた)が、それに集中する事を阻害した。

 しかし、その詩(うた)が背景音となり、神秘的な雰囲気がさらに

引き立っていった。

レヴィア(こ、これは・・・・・・マズイ・・・・・・)

 と直感したがレヴィアは回線を切れずに居た。

 淫(いん)臭(しゅう)ただよう夜の小部屋では、四本の足が耐えきれないように蠢(うごめ)いていた。

レヴィア(痛い、痛い、いたい・・・・・・ツゥ・・・・・・)

 レヴィアは頭を抱え、それでも、成り行きを見守ろうとした。

 見れば、二人の交わりは絶頂を迎(むか)えており、互いの秘所を重ね、次には肉芽を舐(な)め合いと、最高潮を保ちながら体位を変えていった。

 そして、二人が真の絶頂に達した時、レヴィアの視界は白く染まった。

 それは星だった。存在する事が不可能となり、存在を再変換し、新たな星へと生まれ変わった星。

 しかし、その星も、また同じく滅びの運命を辿(たど)る。

 それでも人は足掻(あが)くのであった。

 滅びが避けられないとしても・・・・・・。


 そこで、レヴィアは本能的に回線を遮断(しゃだん)した。

レヴィア(はぁ、はぁ。い、今のは?・・・・・・クゥ、ひどい目に

     遭(あ)いましたね。最悪です・・・・・・。まぁ、でも、たまには女の子とヤルのもいいかもしれませんね。ただ、

     女同士だと挿入が無いから-つまんないんですよねぇ)

 と、レヴィアは汗まみれに-なりがら思った。

レヴィア(さて、次は何処にしましょうか・・・・・・。そうですね。

     しかし、なるべくなら、綺麗なモノが見たいですね。

     以前、興味本位でボルドのプライベートを見たら、

     目に毒でしたからね)

 ボルドとは元ヤクト人のラース-ベルゼ軍人で、変人だった。

 彼は中々のマッチョであるのだが、どうも、ナルシストらしく、自身の体にしか欲情しないのだった。

 つまり、鏡を見ながら、やってるのだった。

『フム、この完璧な肉体美、まさに至高(しこう)と言って差しつかえないだろうな。美の男神アプサルすら陵駕(りょうが)してると言っても、

過言ではなかろう。ヌッハッハッハッハッ!』

 と全裸で鏡の前で立ち尽くすボルドをレヴィアは、唖然(あぜん)としながら見たモノだった。


レヴィア(ああ、嫌なモノを思い出してしまいました。しかし、

     あれは勿体(もったい)ないですね。あれだけのモノを持ちながら。アレの大きさだけは認めざるを得ませんからね。

     ああ、でも、長すぎて、ヤルには不都合かもしれませんね・・・・・・)

 などと、妄想した。

レヴィア(ともかく気を取り直して。ああ、そう言えば、

     ニュクスに私好みの男が居ましたっけ。少し、探してみますか)

 そして、レヴィアは男を捜した。

 すると、男の魔力をつきとめた。

 しかし、部屋の中では既に男女がベッド-インしていた。

レヴィア(あら、中々、おさかんな事で)

女「あの皇子ッ、絶対に、絶対に許さないッ、呪われろ!呪われろッ!」

 と、突然わめきだした。

 見れば、女の右眼は眼帯が巻かれていた。

 彼女はクオンを上空から見張っていたが、霊体の心眼を攻撃され、右眼を失明したのだった。

 さらに、女は男に馬乗りになり、首を絞めだした。

 そして、そのまま腰を振った。

 しばらくして、女は絶頂を迎え、動きを止めた。

男「ゴホッ、ゴホッ・・・・・・」

女「ああ、ごめん。ごめんね。また、ひどい事しちゃった」

男「い、いや。いいよ・・・・・・」

 と言って、男は女の頭を優しく撫(な)でた。

レヴィア(こ、これは歪んだ愛かも知れませんね)

 と、面白そうに頷(うなず)いた。

 しばらく、レヴィアは二人の様子を見ていたが、特に進展が無かったため、別の部屋を探った。

 そこではニュクスの巨兵バルボス・ベアボーンが筋トレしていた。

レヴィア(ほう、これはニュクスのレベル7ですか)

 とレヴィアは感心して、その肉体美を見つめた。

レヴィア(まぁ、あまり好みでは無いですけど)

 と思いつつも、しばらく、レヴィアは様子をうかがい続けた。

 すると、バルボスは急にソワソワし出した。

 そして、おもむろに机の中から写真を取りだした。

レヴィア(こ、これはシャインの写真をオカズに?!)

 と思いきや、すぐにバルボスは何もせずに寝てしまった。

レヴィア(くぅ、シャインの隠れファンが多すぎますね。

     まぁ、確かに、胸はありますしね・・・・・・)

 と思い、レヴィアは自らの綺麗にまとまった胸を見て、少しションボリした。

レヴィア(何か、段々、飽(あ)きてきましたね・・・・・・。ああ、そうだ。ツヴァイでも見ますか。あいつ、シャインに斬られて、色々と無くなっちゃった-みたいですけど)

 そして、レヴィアはツヴァイの方へ意識を向けた。

 

 ツヴァイは治療を受けていた。シャインに斬られた腕は再生したものの、彼のキノコは再生する事は無かった。

ツヴァイ(チクショウ!あの野郎め!よくも、俺のアレを!

     クゥ、っっっっっぜってぇ、許さねぇ。だが、今は

     体力を回復させる方が先だ。ツヴァイ、耐えろ。今は耐えるんだ)

 と思いながら、ベッドをごろごろした。

 すると、何者かが扉を開けて、こっそり入って来た。

ツヴァイ(こ、これは、まさか、衛生兵の女の子が来たのか?

     不細工(ぶさいく)なら困るが。いや、そもそも今の俺は楽しみようも無いわけだが、困ったぜ)

 しかし、ツヴァイの目に映ったのは予想を超えていた。

ツヴァイ「あ、あああああ。え、エルダー・トリア和平統一

     委員長、閣下・・・・・・」

 ツヴァイは流れ出る冷や汗を止める事が出来なかった。

エルダー・トリアは男色家として知られて居た。

トリアの道化師の様な格好が、さらにツヴァイを混乱させていた。

ツヴァイ「な、何の御用でしょうか?元老院の重鎮(じゅうちん)様が・・・・・・」

トリア「ほっほっほ。貴方の様子を見に来たのですよ。

ツヴァイ」

 と言って、トリアはツヴァイの頬を触った。

ツヴァイ(ヒィィィィィッ)

 ツヴァイは己が運命を悟りだした。

 ツヴァイは必死に両手を動かそうとしたが、再生したばかりで、指先しか動かなかった。

 一方、エルダー・トリアは自らのズボンを脱ぎだしていた。

ツヴァイ「ちょ、んな、何を!」

トリア「まぁまぁ、君も言ってたでしょうに。穴があれば、入(い)れたくなると」

ツヴァイ「ひいッ」

 ツヴァイは何とか逃げだそうとしたモノの、トリアの魔法で、

体が自由に動かせなくなっていた。

ツヴァイ「誰かッ!助けてッ!火事、火事だッッッ!」

 と、叫んだ。こうでも言わないと、ラース-ベルゼでは誰も

助けに来てくれないのだった。

トリア「無駄ですよ。この部屋は防音対策は万全ですから」

 さらに、ナース・コールをトリアは取り上げた。

トリア「まぁまぁ、リラックス、リラックスですよ。ツヴァイ。

    フッフッフッ。シャインには感謝しないといけませんねぇ。このような機    会を得れたんですから」

ツヴァイ「ヒッィ!!!!」

トリア「トリア、いっきまーす」

 と言って、トリアはツヴァイのズボンを降ろし、一気に挿入した。

ツヴァイ「がッ。あああああああ!やめろッ!まじ、やめて下さい。ごめんなさい、ごめんなさい。もう、悪い事しませんから。神様―――――ッ!」

トリア「神なんて、ふっ、居ませんよッ!フンッ!」

ツヴァイ「がーーーーーーーーッ!」

 そして、ツヴァイは絶叫をあげた。

 そんな様子をレヴィアは笑い転げながら眺めていた。

レヴィア(ツヴァイ。ご愁傷(しゅうしょう)さまです)

 一方、トリアの動きは激しさを増していた。

ツヴァイ「チクショウ!シャイン、シャイン。シルヴィス・

シャイン!絶対、許さねぇ!シャイン、シャインーーーーーッ!」

トリア「む、私達の愛の時間に、他の女の名を叫ぶなんて、

ゆるっっっっっせませんね!ふんッ!」

 と言って、トリアは、より深く入れた。

ツヴァイ「グアアアアアアアアアッッッッッ!」

 との絶叫が部屋に響いた。

 流石に可哀想になり、レヴィアは見るのを止めた。

レヴィア(ふぅ、今日は想像以上の出来事が起きてますね。

     ビックリです。ふむ、そうだ。そのシャインの様子でも覗(のぞ)いてみま     すか。いかな彼女でも人の子。エロイ事の一つや二つ、当然するでしょ     う。うん、見てみましょう。そうしましょう)

 そして、レヴィアは牢屋の方へと意識を向けた。

 そこでは騎士バーサレオスが眠っていた。

バレオス[うう・・・・・・。イザベル様、イザベル様。ああ、貴方は、どうして、そん     なに美しいのでしょうか、

     ムニャムニャ・・・・・・]

 と寝言を言っていた。

レヴィア(そのイザベル様は姫と乳繰(ちちく)りあってますよ。しかし、相変わら      ず、この男はポエムですねぇ。カイザーといい、裏切り者のフェイレン     と言い、このポエム三兄弟は何とかして欲しいモノですねぇ)

 と内心-思うのだった。

レヴィア(さて、本日のメイン・ディッシュと行きますか。

さぁ、シャイン。シャイン。貴方(あなた)は、この瘴気(しょうき)あふれる魔都の波動を受け、どんな痴態(ちたい)を見せて下さるのかしら?フフ、ニュクスの国民が憧れる貴方の

本性は-どのようなモノかしら?その醜態を私にさらけ出して下さいな)

 そして、レヴィアはシャインの独房を覗(のぞ)いた。

 そこでは、シャインが目をつぶっていた。

シャイン「・・・・・・誰だ?」

 すると、シャインは目を開け、レヴィアの方を確かに見た。

 そして、シャインが手を振るうと、レヴィアの偵察用-端子は砕けていった。

 激痛がレヴィアの脳に生じた。

レヴィア「ああッ!あああああッ!クソッ、チクショウ!

あいつ、信じられない。端子を媒介(ばいかい)に私にダメージを与えてきやがった。クソッ!ああああああッ!」

 とレヴィアは狂ったように叫んだ。

 それは普段、冷静沈着(ちんちゃく)な彼女からは覗(うかが)えない側面だった。

 さらに、レヴィアは発狂して叫び続けた。

 すると、一人の男が部屋に入ってきた。

男「大丈夫?レヴィア義母さん?」

 と男はレヴィアに言った。

レヴィア「カミル。カミル。ああ、何でも無いの。何でも無いから・・・・・・」

 と、レヴィアは義理の息子の名を呟(つぶや)きながら、裸のまま抱きついた。

男「か、義母さん・・・・・・」

 そして、血の繋がらぬ二人は、それを免罪符のように情事にふけった。

 しばらくして、二人の交わりは落ち着きを見せた。

 カミルは疲れ果て、返事が出来ない程だった。

それ程、レヴィアの性欲は凄(すさ)まじかった。

 すると、レヴィアは、おもむろに、上半身を起こした。

カミル「義母さん?」

レヴィア(見られてる!そこだッ!)

 すると、そこにはレヴィアの使っていた端子が存在した。

レヴィア「これは・・・・・・私の?何で・・・・・・」

 その端子を逆探知すると、牢屋の映像が出てきた。

 そこではシャインがジッと見ていた。

レヴィア「馬鹿なッ!お、お前、私の能力を逆に利用して。

     そんな、み、見てたというの?私の情事(じょうじ)を」

シャイン『のぞき魔が覗(のぞ)かれる。当然ね』

レヴィア「貴様ッ、貴様、貴様ッッッ!絶対に、許さない!

     殺してやる、殺してやるぞッ!」

シャイン『じゃあ、殺される前に、バーサレオスにでも、教えてあげよう。じゃあね』

 そして、シャインは回線を完全に遮断(しゃだん)した。

レヴィア「あああああああッッッ!ああああああああああッッッ!」

カミル「義母さん、落ち着いて。落ち着いて」

レヴィア「黙りなさい!」

 そして、レヴィアは薄着を着て、牢屋へと駆けて行った。

看守「これは、レヴィア様。ただいまの時間は、面会が許されておりませんが」

レヴィア「いいから、どけッ!緊急事態だ!」

 そして、入っていった。

 牢屋にはシャインが堂々と座っていた。

シャイン「やぁ」

レヴィア「お、お前」

シャイン「一つ言おう。お前のそれは愛では無く、肉欲だよ。愚かだな」

レヴィア「黙れーーーーーーーッッッ!」

 そして、レヴィアは鉄格子に掴(つか)みかかった。

看守「レヴィア様。どうか、お止め下さい。この者に対する

審判はまだ、下されておりません」

 すると、バーサレオスが起きだした。

バレオス「何だ?」

レヴィア「お前は黙っていろ!」

バレオス「あ、はい・・・・・・・」

 と、バレオスは素直に従った。

シャイン「まぁまぁ、私は平和主義者だから、あんまし事を荒(あら)げたくないのよ。でも、死刑前にね。まぁ、何か言い残す事があるか、と言われたら」

レヴィア「ふざけるなッ!わ、私を脅すつもりか!」

看守「レヴィア様。そう興奮なさらずに」

レヴィア「お前は、あっちへ行ってろ!後で、金をたんまり

     やるから!今、見た事を口にするなよ」

看守「承知しました。ただ、囚人に危害は加えないでください」

レヴィア「分かっているわ。私にも立場があるわけで。鍵を」

看守「はっはい」

 そして、看守はレヴィアに鍵を渡し去って行った。

レヴィア「殺しはしないわ。シャイン。ただ、何もしゃべりたくないようにしてやる。痛めつけ、再生させ-を繰り返してやるわ。まずは鼻でも、削(そ)いでやろうかしら」

 と、牢の中に入り言った。

シャイン「どうぞ。私は痛覚を遮断(しゃだん)できるから」

レヴィア「あああッッッ!黙ってろ、このメス豚がッッッ!」

シャイン「下らない。それは、お前だろう?冷静になりなさい。

     私は、お前の敵ではない。私に協力する限りは」

レヴィア「協力!何が協力だッ!こっちは、殺意を抑えるのに必死だというのに」

シャイン「お前は人の弱みを多く握っている。それを利用して、

     私をここから出しなさい。そうすれば、私は-お前の

     秘密を漏(も)らしたりはしないわ」

レヴィア「な。お、お前、自分が生きて-ここを出れると本気で

     思っているの」

シャイン「私はまだ、死ぬ運命じゃないわ」

レヴィア「あきれた。とんだ、狂言者ね・・・・・・」

シャイン「さぁ、どうするのかしら?私はお前の隠された経歴を知っている。ウイルダの生まれで、故郷で浮気がばれて、故郷を追われ、そして、ラース-ベルゼの軍人として生きる事となった。だけど、公(おおやけ)に義理でも近親が-ばれれば、お前の立場は無いでしょうね。

     相手の義理の息子さんもヤバイんじゃないの?」

レヴィア「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!誰が、お前の言う事なんか信じるか。死刑囚の戯言(たわごと)を・・・・・・」

シャイン「そうかしら。私の最期の言葉よ。それは恐らく、

ニュクスにも伝わるでしょう」

レヴィア「ッ・・・・・・。や、止めなさい。そんな事、許されると

     思ってるの?」

シャイン「どうせ死ぬ身よ。構わないわ」

レヴィア「・・・・・・何て、意地(いじ)汚(きたな)いヤツなの、お前は」

シャイン「まぁまぁ、仲良くしましょうよ。貴方の気持ちも少しは分かるわ。ウイルダでは自由な恋愛結婚がほとんど無いわけで、しかも、情報によれば、貴方の夫は暴力をよくふるったみたいだし。まぁ、浮気がしたくなる気持ちは分かるわね。あんまし、褒(ほ)められた事じゃないけど。

ただ、浮気の相手が内縁の妻の子供、つまり、義理の子ってのは道徳的にも宗教的にも法律的にも駄目でしょうね」

レヴィア「あ、あんた。ケンカ売ってんの?」

シャイン「まぁまぁ、そう怒らずに。ともかく、仲良くしましょうよ。ね」

レヴィア「・・・・・・・・・・・・。分かったわよ・・・・・・。で、私は何を

     すればいいの?」

シャイン「さぁ。ともかく、お偉いさん方に情状(じょうじょう)酌量(しゃくりょう)をはかってよ。ね」

レヴィア「・・・・・・分かったわ」

 すると、レヴィアはシャインの頭に手を当てた。

 次の瞬間、レヴィアの波動がシャインに流れ込んだ。

シャイン「ッ!」

レヴィア「アハハッ。無駄よッ!私の能力で貴方の記憶を操作

     するわッ!このクズッ!見た事、聞いた事、全て

     忘れなさいッ!そっちで、聞き耳たててるバーサレオス、お前も-すぐに記憶を消してやるから待っていろ」

 と、レヴィアは叫んだ。

バレオス「シャ、シャイン殿ッ!シャイン殿ッ!」

レヴィア「無駄よッ!さぁ、消え失せろッ!このクズがッ!」

 そして、レヴィアはシャインの記憶(きおく)野(や)に干渉(かんしょう)していった。

 次の瞬間、詩が響いた。

レヴィア(なっ、また・・・・・・詩(うた)?)

 レヴィアの意識は霞(かす)んでいった。

 そこには少女が居た。

『人間など、滅びればいいのよ。ねぇ、貴方にも分かるでしょう?強い使命を帯(お)びた貴方なら』

 との声が響いた。

 それに対し少女は、きっぱりと答えた。

『私は、人間を信じたい。私は汚い存在なの。でも、あの人は

 そんな私を認めてくれた。汚(けが)れた私を認めてくれた。そんな

 人も居るんだよ。この世界には。だから、私は信じてる。

 私達は分かり合えるって』


レヴィア(痛い・・・・・・痛い・・・・・・痛いッッッ!)

 月の無い夜空には、星が煌(きら)めいていた。それを少女と少年が見上げていた。そして、少年は照れるように少女の手に触れ、それを少女は握りかえした。

降りしきる流星の中、二人は手を繋ぎ続けていた。

そんな情景(じょうけい)。


レヴィア「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

 レヴィアはようやく、意識を現実に取り戻した。

シャイン「・・・・・・無駄だ。私の方が高位(こうい)だからな」

レヴィア「クゥ、何なんだッ!お前は何なんだッ!殺してやれるのに、あと少しで殺してやれるのに、殺せない。

     ふざけるなッ!何なんだ。何なんだよ、お前はッ!」

シャイン「私は・・・・・・ただのヒトだよ。汚いヒトさ。まっとうな存在では決して無い。それでも、戦わなければいけないんだ」

 そして、シャインはレヴィアに目を合わせた。

 レヴィアはシャインの黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚(さっかく)を覚え、

とっさに目をそらした。

レヴィア「いいわ。分かった、分かったわよ。今回は私がひくわ。今回だけは」

 そして、レヴィアは鍵を閉め、去って行った。


 ・・・・・・・・・・

 ロータ・コーヨ大尉は橋の爆破を済ませ、河の傍(そば)でラース-ベルゼ軍を待ち伏せていた。

 ロータと彼の部隊は塹壕(ざんごう)にひそんでいた。

 すると少年の姿をした能力者ホシヤミが尋(たず)ねた。

ホシヤミ「でも、ロータさん。何で、河の傍(そば)で待(ま)ち伏(ぶ)せなんですか?普通、川岸から結構、離れた所で、待ち伏せるんじゃないですか?」

ロータ「まぁ、普通の防御ではね。通常は川岸で防御する直接配備-方式より、川岸から少し下がった所で防御する、後退配備-方式が採用されるね。川岸の近くだと、

向こう岸からの火力攻撃をモロに喰らうからね」

ホシヤミ「で、ですよね。僕、怖いんですけど」

ロータ「まぁ、君は堅いから大丈夫なんじゃ無いかな?」

ホシヤミ「えーそんなぁ」

ロータ「まぁ、それで、川から離れて防御する後退配備-方式は

    敵が川を渡って来た所を、こちらの火力で攻撃する事になるんだよ。つまり、敵の上陸を許しちゃうって事

    だね」

ホシヤミ「駄目なんですか?」

ロータ「そうなったら、戦力に乏(とぼ)しい-こちらの陣地は、すぐに

    突破されちゃうだろうね。あくまで今、私達が成すべき-は遅滞行動だ。敵の行動を遅らせる事だ。だから、

    こちらに犠牲が出るにしても、なるべく敵の行動を

    遅らせる必要があるんだよ」

ロータ「その点、直接配備-方式だと、河の傍(そば)にこっちが居るから、敵はバンバン砲弾を撃ってくるわけで、その間、

    敵はこちらに上陸してこないだろう?」

ホシヤミ「うわぁ、すっごい、嫌な作戦ですね」

ロータ「嫌な指揮官で悪かったね」

ホシヤミ「いえいえ。でも、民間人が大勢-死んじゃう方が嫌ですから」

ロータ「はは、そうだね・・・・・・」

 と、しんみり答えた。

ロータ「ともかく、敵は-この河を渡る必要がある。つまり、

渡河(とか)行動をするわけだ。そして、渡河は基本、夜に行(おこな)われる。まぁ、例外は多いが。ともかく、闇夜にまぎれ、反撃を受けずに渡りたいわけだ。敵さんからすると。つまり、そろそろって事さ。注意しておけよ」

ホシヤミ「はーい」

 と答え、ホシヤミは去って行った。

 ロータは静けさの中に居た。厳密には虫の鳴き声が微(かす)かに響いていたが、兵士達は皆、憔悴(しょうすい)しきっており、黙り込んでいた。

 すると、一人の小柄な男カポがやって来た。

カポ「ロータ隊長。大丈夫ですか?あんま、寝てないんじゃ?」

ロータ「ん?ああ。まぁね。でも、仕方ないさ」

カポ「オイラが見張ってますから、少し、寝てて下さいよ」

ロータ「ああ、頼む」

カポ「いえいえ。あっ」

 すると、カポは飛ぶ虫を捕まえ、ムシャムシャ食べ出した。

ロータ「よく喰(く)うなぁ」

 とロータは、微笑(ほほえ)み-ながら言った。

カポ「え?おいしいですよぅ」

 と首を傾(かし)げた。

確かに、虫は戦場で手に入る貴重な食料の一つだった。

 すると、カポは急に動きを止めた。

カポ「む、む、ムムム」

 そして、突然、地面に倒れ込み、耳を地につけた。

ロータ「・・・・・・・。何か、聞こえたか?」

カポ「ロータ隊長。車みたいな音です。凄い早い」

ロータ「総員、戦闘態勢に入れ」

 との伝令が次々と伝わっていった。


 ・・・・・・・・・・

 ラース-ベルゼの変人ボルドはロータを追っていた。

 そして、決断を迫られていた。

 それは渡河の経路だった。

 このライル川の流れは激しく、幅もそれなりにあるので、

渡河-出来る場所は限られていた。

(通常、川の流れの勢いと幅は反比例する。すなわち、幅が広ければ流れは緩やかになり、幅が狭ければ勢いは急になる。

もちろん例外はいくらでもあるが、大まかな傾向はそれである。

ただし、ヤクトの河川は流れが比較的に強い傾向にある)


 さて、渡河に関して主に四通りのルート(それぞれA、B、C、Dルートとする)

があり、ボルドは少し迷った。

 ボルドからすれば、ロータが居るであろう場所を渡りたかったが、まずは安全に渡る事を優先する必要があった。

 故(ゆえ)に、なるべく素早く渡る事が出来、かつ、ロータが居ない

であろうルートが好まれた。

 Dルートは最も遠回りなルートであり、そこにロータが居る可能性は低かったが、そこを通れば大幅な時間の無駄が生じた。

 Aルートは最も近道なルートであり、逆にロータが待ち伏せ

している可能性が高かった。

 結局、ボルドはBかCのどちらか悩んだあげく、自らの勘で

Cルートにした。

 Bルートは進む先に林があり、ロータの立場からすれば、戦いやすかった。何故なら、ボルドの部隊が火力攻撃をしても、

いざとなれば、撤退して、林の中に逃げれるからだった。

 逆にCルートは進む先が平野で、ロータ側からすると、いざ

逃げる時に、逃げづらい場所だった。

 故に、ボルドは直感として、Bルートにロータがひそむと

確信していた。

 そして、闇夜に乗じて、一気に渡河作戦に入ろうと考えた。

 近代の戦いでは、渡河作戦では基本、浮き橋を繋げて、橋を作る。

 ただし、リベリス軍では折りたたんだ橋を載せた車を使う事で、数十メートルくらいの川幅なら、五分とかからずに架橋(かきょう)する事が出来た。

 一方、ラース-ベルゼには、そんな技術は無く、5メートル程の浮き橋をいくつも繋げ、橋を完成させるので、この程度の川の場合、数十分は最低でもかかった。

 ただし、川の流れが激しいので、橋を渡すのには相当な困難

が予想された。

ボルド「渡河作戦、開始」

 と、ボルドは低く告げた。

 そして、作戦が始まった。

 急に辺りは慌(あわ)ただしくなり、淡い照明が点けられた。

 ボルドの部隊は全員が暗視装置を持っていたが、使っていく内に、かなりが壊れてしまっており、夜間は照明が無いとよく

見えないのだった。

 

もっとも、作業員の分の暗視装置くらいは有ったが、ボルドには油断があり、灯(あかり)を点(つ)けてしまったのだった。

 そして、架橋(かきょう)作業が急ピッチで行われた。

 しかし、突如、銃声が響いた。そして、作業員達は次々と

倒れ、川に落ちていった。

ボルド「なっ、ぬぁにぃッ!」

とボルドは思わず声をあげた。

ボルド「ええいッ!何をしている!進めッ!川を渡り、敵を

排除しろッ!」

 と叫んだ。

 そして、中位の能力者達が川に流されつつある浮き橋を蹴って対岸へと着地した。

 しかし、次の瞬間、十字砲火が吹き荒れた。

 ラース兵の能力者は、まさに十字の交差点に入ってしまったのだった。

ボルド「ええいッ!砲撃を浴びせろ!雨あられの様にッ!」

 そして、ラース兵の砲撃が始まった。

 それに対し、ヤクト兵の砲撃が帰って来た。

 ヤクトの砲撃に関する技術は特筆するモノが有り、すぐさま

ラース兵の砲兵達は吹き飛んで行った。

 ここに居るヤクトの砲兵達があくまで普通科であり、特別に

選ばれた者達では無かった。それ程までに、ヤクトの砲兵の

練度は素晴らしかった。

 その技術には合同演習の際、リベリスの将校達も驚きを禁じ得なかったという。その時のヤクトの砲兵も通常編成であったのだが、リベリスの将校は、それを専用の特殊部隊と勘違いした程だった。

 さらに、多国が介入したソルハイン戦の生き残りのリベリス将校は、『彼等が戦っていてくれたなら、あの戦争にあれだけの犠牲者が出る事は無かっただろう』と嘆(なげ)いたと言う。

 過剰な平和主義により、不当に抑圧されて来たヤクト兵の力が今、解き放たれたのだった。


ボルド(何だ・・・・・・これは。これ程までだったのか、ヤクトの

    軍は。甘かった。認識が甘かったぞ、これは。敵は

    リベリスのみと-ばかり思っていた。かつて、ヤクト軍に所属しておきながら、俺の目は曇(くも)っていたという事か・・・・・・)

 と、ボルドは冷静に判断した。

 想定外の事態に冷静に対処できるのが、ボルドの強みだった。

ボルド「自走(じそう)浮橋(ふきょう)を出せッ」

 との命(めい)に、浮き橋を上に載せた車が次々と川に入っていった。

 これは非分離式-浮き橋で、車ごと橋にしてしまうモノだった。

 今回の自走浮橋はニュクス製で、かなり高価であり、もし

失えば責任問題となるため、ボルドとしては極力、使いたくなかったのだが、やむを得なかった。


 そして、曳光(えいこう)弾の光が空に映し出される中、次々と水面で、車が連結していった。


 その様子をロータは、うかがっていた。

ロータ「カポ少尉(しょうい)。私はこれから、分隊規模を連れて、出る。

    後の指揮を頼んだ」

カポ「了!」

 とカポは敬礼した。

ロータ(まぁ、小部隊の場合、指揮官が前線に出ないと、士気

    が上がらないしね。ただでさえ、脱走したくなる戦いだしな)

 と思い、ため息をついて、突撃準備に取りかかった。


 浮橋の上でラース兵は必死に作業をしていた。しかし、突然の来訪者に彼等は斬り刻まれていった。

 仮面を付けた者達が突如(とつじょ)、現れたのだった。

ボルド「あぁ、あれはロータ!にっくきロータでは無いか!」

 ボルドは離れた位置から、ロータのマナを見つけて叫んだ。

ボルド(クゥ、今すぐ出て、ヤツをぶち殺したい!だが、我慢だ。我慢だぞ、ボルドよ。まぁ、戦えばヤツを瞬殺できるにせよ、あの毒は、あまり喰らいたくないからな)

 と思い頷(うなず)いた。

ボルド「何をしている!敵は少数だ。囲め、囲め。中距離から、

    銃を乱射してやれ!」

 と、ボルドは叫んだ。

 そして、次々とラース兵がロータに襲いかかった。

 ロータは一人、あえて敵の中へ行き、敵の混乱を誘った。

 ラース兵は同士討ちを怖れ、ロータに攻撃できなかった。

 一方、ヤクトのゴツイ女性兵士が、川岸に付けられた-橋の固定部分を斧で何度も打ち付け、破壊した。

 さらに、ホシヤミの水魔法で川の流れが急に増し、自走浮橋は、あっけなく流されていった。

ボルド「ああっ、虎の子の自走浮橋がぁッ!許さんッ!許さんぞうッ!ロータ・コーヨ!」

 と怒りの頂点に達したボルドは叫び、雄叫びを上げながら、

大剣と盾をかかげロータに向かって行った。

兵士「ボルド隊長に続けッッッ!」

 とさらにラース兵達もやる気を見せて、ロータ達に襲いかかった。

 あまりの混戦に銃は使えなかったため、ラース兵は銃剣の剣で戦った。

ボルド『ヌオオオオオオッ』

ロータ『ッ』

 ボルドの剣撃をロータは必死に受け流していた。

ボルド『ひぃさすぃぃぃなぁ、ロータ・コーヨォォォ』

ロータ『ボルド・・・・・・』

 ロータは剣でボルドを刺突しようとするも、ボルドは全ての

攻撃を盾などで防いでいた。

ボルド『許さん、許さんぞぅ!この日をどれ程、待ち望んだかぁぁぁッ!』

 そして、ボルドの怒れる波動が周囲を襲った。ちなみに、

ラース兵も波動に巻き込まれ、吹き飛んで行った。

ロータ『クッ』

 ロータは結界で波動を防ぐも、衝撃を抑えきれなかった。

ボルド『フウウウウウンッ』

 そして、強烈な一撃がロータを襲った。

 しかし、次の瞬間、ロータはボルドの腕に軽く、傷をつけた。

 ロータの愛刀である、神(かみ)宿(やど)る地の魔刃の効果により、これで

ボルドの傷はそう簡単に塞がらなくなった。

 さらに、毒がボルドの体内を回り出した。

ボルド『効かんわぁッ!』

 ボルドは傷口を噛み千切(ちぎ)り、肉片をはき出した。

 そして、ボルドは、さらに猛烈な攻撃を加えた。

 すると、ボルドの体が急に動かなくなった。

 それはホシヤミの能力で、対象の影を媒介に相手の動きを

止めるのだった。

 その隙にロータはボルドの首に刃を叩き込んだ。

 しかし、ボルドは、とっさに全身の魔力を首に集中させ、刃を防いだ。

 しかし、頸(けい)動脈(どうみゃく)は切れ、血が噴き出した。

ボルド『オオオオオオッ』

 すると、ボルドの魔力が吹き荒れ、ホシヤミの能力を打ち消した。

ホシヤミ『わああッッッ!』

ロータ『撤退ッ!』

 とロータは念話で命じた。

 そして、ロータ達は閃光弾を残し、去って行った。

 ラース兵が強烈な光から立ち直った頃には、ロータ達は姿を消していた。

 さらに、上空から、ヤクト砲兵による赤リン発煙弾が降り注ぎ、辺りを煙が充満した。

 その隙にロータ達は完全に撤退していた。

ボルド「がああああッ!追えッ、追うんだッ!」

 とボルドは血を吐きながら叫んだ。

副長「無茶です。今は、一時、撤退を」

ボルド「ふざけるなッ!」

副長「ごめん!」

 そして、副長はボルドに当て身を喰らわせ、気絶させた。

副長「退けッ、退くんだッ!」

 との副長の命令に、ラース兵は素直に従った。

 そして、ライル川での死闘に一時、終止(しゅうし)符(ふ)が打たれた。

 

・・・・・・・・・・

 ロータ達は後方の予備陣地へと難なく辿(たど)り着いていた。

 しかし、今回の被害は決して軽いモノでは無く、多くの死者、

重傷者が出た。

 そして、ロータは非情に徹し、彼等を置いていった。

 さらに、軽傷者もモルヒネで痛みを抑えさせて、無理に撤退させた。(ここで言う重傷者とは、きちんとした病院施設が無い限り、まず助からないような怪我人の事である。すなわち、連れて行ったとしても、死は時間の問題であるような・・・・・・)

 敵の追撃の可能性がある中、《足手まとい》とも言える彼らを運ぶだけの-ゆとりがなかったのだ。

ロータ「被害は?」

カポ「まだ、完全に確認は取れてないですけど、30人程、やられました。兵達に不満も出てます。戦友の死体を回収させて欲しいと」

ロータ「明日になったら、偵察隊を出す。そう言って-あるはずだが」

カポ「それに、重傷者を置き去りにしたのも、やはり、不満が」

ロータ「仕方ないだろう。敵に追撃されていたら危険だった。

    私が敵の指揮官なら無理にでも追撃した。いや、今だって向かってきているかもしれない。それに可能な限り連れて行ったはずだ」

カポ「それは、分かるんですが・・・・・・。隊長・・・・・・。オイラは

   隊長と、ずっと一緒に戦って、隊長の事、尊敬してますし、信頼してますけど、ここの多くの人は違うんですよ。

   どうしたって、不満は出ちゃいますよ」

ロータ「なら、俺にどうしろって言うんだ!」

 とロータは怒鳴(どな)った。

カポ「す、すいません・・・・・・」

ロータ「すまない、気が立ってしまった」

カポ「いえ・・・・・・。隊長、それで提案があるんですけど」

ロータ「何だ?」

カポ「敵の追撃もなさそうですし、偵察に行っていいですか?

   分隊規模を連れて・・・・・・。お願いしますよ」

ロータ「・・・・・・好きにしろ。ここの指揮は俺が執(と)っておくから」

カポ「だ、駄目ですよ。休んで下さい。タラン中尉に、ここは

   任せて」

ロータ「分かった・・・・・・。少し、休む・・・・・・」

 そして、ロータは引き継ぎをして、茂(しげ)みのごとく偽装されたテントの中に入っていった。

 中には誰もおらず、ロータは一人きりだった。

ロータ「クソッ、俺だって、俺だって、見捨てたくなかったさ。

    なら、どうすれば、いい。どうすれば、よかったんだ。

    ・・・・・・すまない、すまない」

 と声を殺しながら、男泣きに泣いた。

 そして、夜は一層、深まっていった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、リーラ達と子供達とソルガルムは車を乗り捨て、山道を駆けていた。

 夜中に山道を駆けるなど、自殺行為であったが、何かが近づいて来ていたのだった。

 それは能力者でない子供達ですら感じられる程の、邪悪な

波動であった。

リーラ(何だい、これ。何なんだい、これは。怖い、怖いよ。

    大人の女性の私ですら、冷や汗が止まらない。足を

    動かさずには居られない。何かが這(は)うように近づいてくる。それは、きっと闇だ。邪悪な何かだ。捕まったら、きっと死より恐ろしい目にあう。怖い、怖い)

 と、リーラは震えながら思った。

 一方、子供達も、泣きそうになるのを、こらえて走っていた。

ソルガルム『子供達よ。そして、皆よ。案ずるな。私が居る。

      私が、お前達を守ろう。だから、急ぎすぎるな。

      急ぎ、足を滑(すべ)らしては、意味が無い』

 との言葉に、皆が少し落ち着きを取り戻した。

 すると、霊体の女性アステルが出現した。

アステル『王よ。もはや、逃げられません。敵の魔術師は、

     完全に私達を捕らえました』

ソルガルム『そうか、なら戦うしかあるまい』

アステル『結界を張ります。皆さん。決して、そこから出ないで下さい。敵は幻術を使ってくるやも、しれません。

     結界の方で極力、術を弾きますが、完全には弾ききれないやも、しれません。ですから、決して、外に

     出ないように。王、貴方(あなた)を除き』

 そして、アステルは急ぎ、結界を張った。

 人々は身を縮こまらせて、息を殺した。

 その外でソルガルムは堂々と、これから来る何かに向かい、立ちはだかっていた。

 草木が揺れる音がした。

 そして、それは現れた。

 黒いドロドロとした何か。それは大きさ自体は、それ程に

大きくないものの、異常な瘴気(しょうき)をまき散らし、辺りの木々を

腐らせていった。

ソルガルム『何者だ』

 すると、闇は人型と化した。

 それは、ラース-ベルゼのレベル7能力者のネクロマンサー、アポリスであった。

アポリス『久しいですね、ソルガルム・・・・・・』

ソルガルム『お前は・・・・・・確か・・・・・・』

アポリス『今の私の名はアポリス。黙示録(もくしろく)を導く者・・・・・・』

ソルガルム『アポリス・・・・・・』

 そして、ソルガルムに-かつての記憶が断片的に戻った。

すると、リーラは吐き気をもよおした。

リーラ「ごほっごほっ」

 リーラは吐きこそ-しなかったが、異常な気分の悪さを覚えた。

アステル『あれを直視してはいけません。目を閉じて』

 とのアステルの言葉に、皆、素直に従った。

アポリス『ほう、これは、巫女では無いですか。久しいですね。

     貴方の肉体は是非、手に入れたいモノです』

アステル『私の肉体は、もう、この世界には存在しません』

アポリス『なる程、随分、高度な死に方をなさる。流石(さすが)ですよ』

ソルガルム『アポリスよ。何をしにきた』

アポリス『決まっているじゃないですか。復讐ですよ。私にも、

     こんな人間的な感情が残っているのも不思議ですがね。まぁ、それすら失わない内に、貴方を私のモノにしたいのですよ、ソルガルム』

ソルガルム『俺は誰のモノでも無い。いや、誰しも、誰のモノ

      では無いのだ、アポリスよ』

アポリス『正論、正論ですね。しかし、貴方は、また、邪魔に

     しかならない、一般人を助けようとなさる。しかし、

     それも失敗ですね。貴方が居るからこそ、私はここに来た。フフ、彼等が死ぬのは、貴方のせいですよ。

     ソルガルム』

ソルガルム『守ってみせる』

アポリス『貴方は、それでいいでしょうがね。どうです、民間人の皆さん。ああ、こうしましょうか?ソルガルムを皆さんが殺せば、皆さんは生かしましょう。今、

     この狼は皆さんに召喚されている状態です。皆さんが強く、彼を否定すれば、召喚は消え、彼は消滅します。どうです。私は約束を守りますよ。悪魔が

     契約を遵守(じゅんしゅ)するように』

 すると、職員の若い女が反応した。

女「ほ、本当なの?助けてくれるの?」

アポリス『ええ、誓って。さ、あ。つよく、つよく、否定なさい、つよく、つよく』

リーラ「ふざけんじゃないよ!」

 とのリーラの言葉が響いた。リーラはアポリスを直視して、にらんだ。

リーラ「あんたは、悪魔以下だ!最悪だ。そうやって、人をまどわそうとする。ふざけんじゃないよ!ソルガルムは

    この方は、イイ方(かた)なんだ。絶対に、失わせちゃいけないんだ!」

 すると、子供達も目を開けて、叫んだ。少女リコは高らかに言った。

リコ「そうだよ!セイレイさん、いいヒトだもん。あなた-みたいに怖くないもん。セイレイさんが居ると、周りは温かくなるんだもん。あなたの周りは冷たく、暗いよ」

 そして、団長の少年カロルは言った。

カロル「そうだ!スペース・ヒーロー団は正義の味方なんだ。

    仲間を見捨てるような真似は絶対にしないぞ」

子供達「そうだ、そうだ」

 すると、老婆マリーヌは続けて言った。

マリーヌ「ソルガルムさん。あたし達は、少なくとも、あたしは、あんたに感謝こそすれ、恨んだりはしないよ。

     どんな結末が訪れても。だから、思う存分、やっちゃってやんな!」

 その言葉に、職員の女性も反省したようだった。

ソルガルム『ありがとう、皆。さぁ、アポリス。お前の企(たくら)みは無駄に終わったぞ。どうする』

アポリス『ああ、隠しきれない程に、怒りが沸(わ)き上がる。

     ソルガルム、ソルガルム。私は貴方のそういう所が、

     そして、貴方の周りに集(つど)う人間のそういう所が、

     果てなく腹がたつのですよ。全てを殺し、壊し、

     そして、メチャクチャにしたくなる』

ソルガルム『変わったな、アポリスよ。以前のお前なら、もう

      少し、自らの感情を抑えていたというのに』

アポリス『ハハッ、自分に素直に成っただけですよ。さぁ、死んで下さい。ご安心を。その魂達は、私がきちんと

     回収して管理しますから』

 そして、アポリスの体は歪み、霧(きり)となり、周囲を包んだ。

アステル『皆さん、絶対に目を開けないで!』

 との言葉に皆は目をギュッと、つぶった。

 そして、周囲の空間は歪み、亜空間にソルガルム達は閉じ込められた。

 あふれる混沌たる闇の中、ソルガルムは動じずに、立ちはだかった。

アポリス『では、参りましょう・・・・・・』

 次の瞬間、ソルガルム目がけて、より濃い闇が襲いかかった。

 ソルガルムは、その闇を避け、時に食い千切(ちぎ)り、対処していった。

 すると、アポリスの分身の闇が次々と影のように現れた。

 ソルガルムは次々と、その分身を破壊して行くも、笑い声が

残るだけで、手応えが無かった。

『どうした、どうしたのです、ソルガルムよ。神獣の王よ!

 貴方の力は、この程度ではないはずだ!』

とのアポリスの声が、どこからともなく響いてきた。

 さしものソルガルムと言えども、霞(かすみ)が如(ごと)き敵には対処しようがなかった。

 しかし、逆に霞(かすみ)が人を傷つけられぬように、アポリスもまた

ソルガルムに傷を与える事が出来なかった。

アポリス『なる程、ならば、弱き場から狙いましょうか』

 すると、結界の周囲に闇が渦巻いた。

 結界で守られてはいたが、その内側に微量な闇の波動が浸透していった。

 彼等は目をつぶっていたが、おぞましい波動を肌で感じ取った。

アステル『皆さん、絶対に目を開けないでッ!』

 との言葉も次第に、闇に飲まれていった。

 リーラ達は叫びだし、目を開きたくなる衝動を必死に-こらえていた。

 おぞましい死者達の思念が彼等の魂を引きずり込もうと-するのが、肌で感じ取れた。

 そして、どれ程の時が流れただろうか、いや実際には数分と

たっていないのだが、女性の職員が耐えきれず、目を開け、

半狂乱になりながら、飛び出して行こうとした。

 死霊達は、これ幸いと彼女の目や口から入り込み、彼女の体を支配していった。

 そして、女性は力任せに結界を叩いた。リーラ達は女性を押さえようとするも、女性は怖ろしい力で-はねのけて狂乱を続けた。

 女性は手の骨が出るまで殴り、とうとう結界にヒビが入った。

 一方、女性は耐えきれずに、気絶した。

すると、とうとう本体である闇が徐々に進入してきた。

アステル『クゥッ』

 アステルは新たな結界を展開するも、強烈な波動に吹き飛ばされかけた。

 この頃になると、何人かは薄目を開けてしまい、死霊の念を

喰らっていたが、自我は保っていた。

 さらに、闇の塊がリーラ目がけて飛んできた。

リーラ(ヒッ)

 リーラは、それを眺めるしかなかった。

 すると、老婆のマリーヌが背でリーラをかばった。

 マリーヌの背に闇が直撃し、マリーヌは崩れた。

 それを見て、リーラは、ついに覚醒した。

 必死に魔力を振り絞り、弱いながら、短剣に魔力を込め、

死霊達を斬りつけた。

リーラ『ああああああッッッ!』

 すると、死霊達がひるむのが分かった。

リコ「おばあちゃん先生!」

カロル「この野郎!」

 そして、カロルはコショウ爆弾を投げつけた。

 コショウ爆弾は破裂し、周囲に猛烈なコショウの臭いが充満した。

 しかし、人間以上に、死霊達にコショウの臭いは効いたようで、死霊達は結界から逃げ出していった。このコショウは古来より魔除けにも使われていたタイプのものだった。

リーラ「ごほ、ごほ、ナイスだよ」

 と、リーラは涙目で答えた。

カロル「それより、おばあちゃん先生は?」

マリーヌ「大丈夫さ。ざま、ないね・・・・・・。腰を強く打っちまっただけさ・・・・・・」

リーラ「ああ・・・・・・。私をかばったせいで・・・・・・」

リコ「う、うう。あーん」

 とリコは泣き出した。それにつられ他の子供達も何人か泣き出した。

リーラ「何だ。何なんだよ。この子達が何したっていうんだよ。

    あたし達が何したっていうんだよ。助けて、誰か、

    助けて・・・・・・」

 と、リーラは呟(つぶや)いた。

 すると、リーラ達の周囲に光り輝く魔方陣が展開されていった。

リコ「何?」

アステル『これは、トランス-センド(超越)・・・・・・。皆さん、波動を重ねて下さい。思いを重ねて下さい。強く、思い描いて下さい。その者を、神獣ソルガルムの真の姿を。今の皆さんなら出来るはずです!』

リーラ「真の姿?」

 すると、リーラ達の脳裏に、その者の姿が鮮明に映し出された。白銀の鎧をまとった、その者の姿が。

 いつしか、リーラ達は手を繋いでいた。

 そして、魔方陣の光は強まり、一気に周囲を照らした。

 光が世界に満ち、闇は一時、かき消された。

 そして、再び暗闇が戻るも、そこには神話の騎士王が居た。

 狼を模(も)した兜(かぶと)と鎧を身につけたソルガルムがそこに。

 その尊顔は兜で隠されていたが、気高く美しいオーラが内から-あふれていた

アポリス『馬鹿な、ただの市民ごときが、その形態を召喚する

     など』

ソルガルム『アポリスよ。それが人だ、人なのだ。そして、絆なのだッ!』

 そして、ソルガルムは大剣を召喚し、アポリスへと向かった。

アポリス『オオオオオッ!』

 とアポリスは全力で魔力を振りしぼり、闇の魔弾を放った。

 しかし、それはソルガルムの大剣のもと、一刀両断された。

 さらに、ソルガルムの連撃で、アポリスの影のごとき体は、

十字に切断された、その時空ごとに。

 亜空間が壊れ、光があふれた。

アポリス『ソルガルムッ!ソルガルムよッ!いいでしょう。私も霊体でなく、今度は本体で貴方の前に姿を見せましょう!そして、その時こそ、死をッ!』

 とまで言い捨てるや否や、アポリスの体から光が放たれ、

消えていった。

ソルガルム『・・・・・・終わったか・・・・・・』

 とソルガルムは大剣を幻界に還(かえ)し、呟(つぶや)いた。

 辺りは穏やかな闇夜に戻っていた。

 虫の音が-かすかに響き、木々の隙間(すきま)から-わずかに星々が顔を

覗(のぞ)かせていた。

 すると、いつの間にか子供達はソルガルムに抱きついていた。

 それをまんざらでも無い風に、ソルガルムは頷(うなず)いた。

 リーラにはソルガルムが微笑んでいるように、感じ取れたのだった。

 リーラの頬(ほお)を気付けば涙が伝っていた。それは安堵(あんど)や悲しみ

の涙では無く、大いなる者に対する感嘆の涙だった。

リーラ「あれ、変だね。コショウのせいかな?涙が止まらないよ」

 とリーラは目を拭(ぬぐ)いながら言った。

 それに頷(うなず)き、ソルガルムは苦しげなマリーヌに近づいていった。 

 さらに、背中の部分を軽く見ると、治癒魔法を施(ほどこ)していった。

マリーヌ「ありがとう、随分(ずいぶん)、楽になったよ。ソルガルムさん」

ソルガルム『いや、少し治癒魔法を思い出すのに手間取った。

      すまない』

マリーヌ「それより、あの娘(こ)を。根は-いい子なんだよ」

ソルガルム『分かっている』

 そして、ソルガルムは治癒魔法を気絶している職員の女性にも施した。

ソルガルム『こんなモノか・・・・・・』

アステル『王よ。治癒魔法は後(のち)ほどに施(ほどこ)すとして、今は-もう

     少し移動した方がよろしいかと。夜が明ける前に、

     なるべく移動せねば。昼間の移動は見つかりやすい故(ゆえ)に』

ソルガルム『ああ、では、皆よ。行(ゆ)こう。大丈夫だ。私が側(そば)にいる。共に行こう』

 とのソルガルムの頼もしい言葉に、皆、うなずき-従うのだった。


 ・・・・・・・・・・

 ニュクスの皇女(こうじょ)セレネは夢を見ていた。

そこは見知らぬ廃墟だった。人が誰も居ない中、クオンと

セレネは-そこに居た。

 そして、セレネとクオンの二人は対峙(たいじ)し、互いに、剣を抜いた。空中には次々と両者の魔方陣が展開されていった。

 セレネとクオンは、まさに死闘を繰り広げた。

 そして、互いの魔力が共鳴し、帝都を穿(うが)った。


 そこでセレネは目を覚ました。

 セレネの隣ではイザベルが薄衣(うすごろも)、一枚で眠っていた。

セレネ(私、何で、こんな事に。クオン皇子殿下・・・・・・。

    私は、きっともう、あの方と同じ道を歩む事は無い。

    でも、何て生々しい夢。恐ろしい。現実に私と

    クオン皇子殿下が殺し合うみたいで・・・・・・)

 そして、セレネはベッドから起き上がり、窓から月を見上げた。月明かりに照らされるセレネの姿は、まさに絵画の如(ごと)くに芸術的であった。

 しかし、そんな不安とは裏腹にセレネの胸は奇妙に高まった。

セレネ(私は望んでいるの?破滅的な未来を。血の未来を?

    私は・・・・・・それを導いてしまうの?)

 と、セレネは赤く明滅する瞳で、感じた。

 しかし、セレネは、自らの瞳の異様(いよう)さに気付いてはいなかった。


 彼女の予感は、ある意味で的中(てきちゅう)すると言えた。

 彼女とクオンは、いずれ死闘を繰り広げる事となる。

 そして、その一度目の戦いこそ、此度(こたび)の戦(いくさ)の命運を分かつ事

となるのであった。

 その日は遠いようで近い。


 ・・・・・・・・・・

 ロータが目を覚ますと、昼頃だった。

 テントから急いで抜け出ると、外では観測班が小型の気球で

風速を計っていた。ただし、敵に見つかる可能性があるので、

あまり上空にやれなかったので、誤差は大きくなる事が予測された。

ロータ「おはよう」

兵士「これは、おはようございます、大尉殿」

 と兵士は敬礼し、答えた。

ロータ「どうだ?」

兵士「風は、それ程、強くないですね。雲の状況や湿度から、

   恐らく今日も、曇りですが、雨は無いかと。あと、先程、計(はか)った時には魔導ジャマーの濃度は低く、無線も500

メートル程なら通じるモノと思われます。それと、雲の

高さが低く、しかも濃いため、ヤクト空軍による支援は

難しいのでは-ないでしょうか?」

ロータ「了解した。ご苦労。作業を続けてくれ」

 と言い、ロータは、その場を去って行った。

ロータ(晴れていた所で、空軍の支援が-あるかどうかは怪しい

    モノだけどな。私達は見捨てられた存在だ。自分達で

    何とかするしかない。しかし、この数日、曇り続きで、

    しかも、気温が低い。運が無いな・・・・・・。私の命運も

    ここで尽きるのか?)

 と、思うも、ロータは首を振り、意識を切り替え、作戦本部のテントへと入っていった。

カポ「ロータ隊長。起きられたんですね。さ、さ、水をどうぞ。

   あ、塩も入れときますね」

 とカポは水を渡した。

ロータ「ああ、ありがとう。・・・・・・で、状況は」

カポ「あ、はい。重傷者を数名、回収しました。他はもう」

ロータ「そうか。追撃は無かったんだな」

カポ「は、はい・・・・・・」

ロータ「判断ミスだったか・・・・・・重傷者を置いていくべきでは

    なかった」

カポ「そ、そんな事ないですよ」

 すると、ロータ腹心の部下タランが口を開いた。

 彼は寡黙(かもく)で大柄な男で、どこか敬虔(けいけん)な所があった。

タラン「ロータ隊長。隊長の判断は間違って居なかったと自分も感じます。あの場においては、あれが最善であったと。昨日は文句を付けていた兵達も、一晩、休んで、

落ち着きを戻しております」

ロータ「そうか。昨日は私も感情的になっていた。すまなかったな、カポ」

カポ「いえいえ」

 すると、ロータの元部下では無い、生き残りの兵士ドリスが手を上げた。

ロータ「どうした、ドリス軍曹」

ドリス「死者の取り扱いは、どうなさいます?」

ロータ「・・・・・・IDタグ(識別票)だけ回収してくれ。敵の斥候(せっこう)が、うろついてるかも-しれない」

ドリス「・・・・・・ふぅ、分かりました」

ロータ「問題があるか?」

ドリス「いえ、頭では分かっちゃいるんですがね。戦友の遺体が野犬に喰われるかと思うと、やるせないですね」

ロータ「それが実戦だろう・・・・・・」

 とロータは、ため息まじりに答えた。

ドリス「分かってます。タグの回収を許して頂いただけでも、

    感謝します」

ロータ「いや、すまない・・・・・・」

ドリス「よして下さい。謝るなんて、大尉らしくない」

ロータ「はは、そうかもな。流石に少し疲れたよ」

タラン「しかし、この様子では敵も、しばらく動きがないやも

    しれませんね」

ロータ「だといいが・・・・・・」

カポ「偵察を含め、タグ集めに行ってきます」

ロータ「お前、疲れてないのか?」

カポ「へへ。体力だけが、オイラの取り柄ですから」

ロータ「そうか」

カポ「では、では」

 そして、カポが退出しようとした。

 すると、ロータはカポを呼び止めた。

ロータ「カポ、お前の明るさには助かっているよ。俺、一人じゃ、部隊はバラバラだろうからな」

カポ「へへ、隊長。お世辞(せじ)でも褒(ほ)められると嬉しいなぁ」

ロータ「私は世辞は言わないさ。気をつけてな」

カポ「はい」

 そして、カポは敬礼して去って行った。

ドリス「うらやましい限りです。ウチの中隊長は厳しいだけの人でしたから。今頃は南に居るんでしょうが・・・・・・」

ロータ「はは、助かってるよ、お前達にも。ありがとう」

ドリス「い、いえ」

タラン「私も隊長の下で働けて、光栄です」

ロータ「さて、今後の予定をゆっくり立てようか」

 とのロータの言葉に二人は頷(うなず)いた。

 ロータは携帯糧食(りょうしょく)を食べながら、二人の報告を聞いた。

ロータ(なる程な。敵は本当に退(しりぞ)いたわけか。しかし、となるとボルドは指揮が執れない状況に有ると見て間違いないな。あいつなら、多少、無茶でも突撃してくるからな。まぁ、あえて、動きが読めない行動をしている-

    可能性もあるが、それは低いだろう)

ロータ(となると、今、敵は副長が指揮しているという事か。

    いや、まぁ、ボルドが指揮官と決まったわけじゃ無いが、まぁ、情報を統合するに間違いないだろうし・・・・・・)

ロータ(さて、となると、これから、どうするかだが、選択肢は二つあるわけで。一つはこのまま、この付近で新たな陣地を築き、さらに後方に予備陣地を築くか。それとも、もう一度、敵の渡河を阻止するか・・・・・・)

ロータ(だが、私の直感的には渡河の阻止は危険だと告げている。一度、行(おこな)った作戦は、奇襲効果も薄れ、対処されやすい。昨日、上手く行ったのだって、あくまで、敵

    さんが混乱してくれたから-であって、数に物言わせ、

    犠牲など気にせず突撃してきたら危なかった)

ロータ(まぁ、ラース-ベルゼ人は良くも悪くもセルフィッシュだから、極力、突撃なんてしたくないんだろうな。

    もっとも、命令が来れば、やるしか無いだろうが。

    向こうじゃ、命令違反は確実に銃殺刑だからなぁ)

ロータ(ともかく、兵士達も疲労困(こん)黴(ばい)している。今は休ませた

    方がいいかもな。しかし、随分、丸くなったな、私も。

    昔なら、絶対に後者の渡河阻止を選んだろうな。いや、違うか、私は恐れ    ているのか?

    だが・・・・・・これが戦争か。心が削られそうになる。

    いかん、心がぐらついている。このような時は無理に

    判断を下さない方がいいな。もう少し考えよう。だが、時間は無い。ジレ    ンマだな。とはいえ、敵もジレンマに陥っているのかも知れない。

    敵と味方とは時として不思議な同調を示す時がある。

    そうだ、敵も辛いのだ。辛いから攻めて来ないのだ。

    何か見えて来た気がする。私は重傷者を一度は見捨てた。もしかしたら、    彼らに恥じぬ戦いを示す必要があるのではないか?)

 と内心、思うロータであった。


 ・・・・・・・・・・

 ヤクト軍の最高位であるレオ・レグルス統幕議長は、臨時に

設置された国会に足を運んだ。彼は大任を得た事で、より一層、

その精悍(せいかん)さに磨(みが)きがかかっていた。

 しかし、そこには、議員はほとんどおらず、閑散(かんさん)たる状況だった。

 今、国会は歪んだ状況だった。貴族院は全滅。

 下院である衆議院の議員は、ほどほどに生き残っていたが、

最大与党である社国党の議員がほとんど死亡し、少数与党と

なっていた。

 ただ、社国党の総裁である総理大臣は生き残っており、

その意味で、社国党は与党なのだった。

 今、議員数で言えば自由党は過半数を超えており、内閣不信任案をだせば、社国党を政権から引きずり降ろす事は可能だった。

 しかし、社国党は、そうなれば議会自体を解散すると明言しており、となると、選挙が始まり、国会は解散する事となるのだった。

 現状において、国会が無くなり、選挙する事は不可能に近かった。少なくとも自由党には、その元気は無かった。

 本来、国難において、一つの議院が解散しても、もう一つの

議院が存在するため、政治には、それ程、支障は出ない。

だが、衆議院-解散中に有事などが起きて、立法活動が必要な場合、貴族院が緊急集会され、議決が行われるはずなのに、、上院である貴族院が消えてしまった今、下院である衆議院まで解散してしまえば、とんでもない事になる事が予想された。

 

 ちなみに、無理に選挙を行えば、選挙が機能しない地域が存在し、一票の格差が生じ、違憲状態となるであろうが、恐らく、政治的理由が優先され、違憲状態だが実質的に有効と見なされるだろう。

 ただし、何度も言うが、議員達は疲れ切っており、現状を大きく変える行動を取る元気が無かったのだ。彼等の多くは家族を失っており、絶望していた。

 もちろん、怒りに燃える議員も居たが、彼等は短絡的にラース-ベルゼを攻撃する事を主張しており、選挙などという手続き

は許せなかった。

 これは、ひとえに有事を想定していない不完全な憲法のせいであった。


 不完全な憲法、それは不完全でしか無い。

 現行のヤクト憲法では、戦争放棄している為、《戦争の為の》軍隊を持つことが出来なかった。

 なので、ヤクト軍は必要最小限の軍備しか持てなかった。

 さらには、憲法上は敵が攻撃したら反撃できるのだが、社国党が与党となってしまったせいで、そのわずかな軍備すら縮小されてしまっていた。

 そのため今日のような有事において、迅速かつ効果的な対応をする事が出来ず、他国の侵略に対して自国の領土の占領を許してしまった。加えて、自国民の大量虐殺も許してしまった。

 基本的人権の尊重を保障したヤクト憲法であるはずなのに、かような事態を生じてしまった事は、まさにヤクト憲法の戦争放棄条項はヤクト国民の基本的人権の侵害であり、それ自体が憲法違反と言える。自国を守る軍隊を否定する事は憲法が保障した生存権を否定する事となるのだ。

 これを放置すれば、今後ともヤクト軍は満足に動く事が出来なくなり、国土の奪還など夢のまた夢となる。

 議会の選挙も大事だが、憲法改正もまた現段階において、最も必要な処置と言えた。


 もっとも、平和主義の社国党が両院で多数を握ってしまった段階で、憲法改正には多くの時間がかかったであろうわけだが。

 何故なら、ヤクトの憲法では憲法改正には上院、下院共に

三分の二以上の賛成が必要であったからだ。その後に国民投票

で国民の半分以上の賛成が必要であった。

 そして、現実に改正をする場合、まず、衆議院の選挙で社国党を倒す必要がある。衆議院はいつでも解散しうるので、これは上手くすれば、早く行えるかもしれない。

 さらに、国民投票も国民の支持さえあれば、問題ないわけであった。

 ただし、残りの貴族院での三分の二-以上の賛成というのが、

大きな問題であった。

 ここで言う貴族院とは王族・貴族・高額納税者に被選挙権が与えられるため、実質-金持ち達から選ばれる議会であり、きちんと選挙は行われている。ある意味、他国の上院に相当すると言えた。

 さて、話を戻すと、衆議院では任期は4年、貴族院では任期は6年であり、そもそも貴族院の方が任期が長い。

 さらに、衆議院は任期の途中でも解散しうるが、貴族院は

解散が無く、選挙は規則正しい時期に行われる。

 ここでミソなのが、貴族院の選挙は半分ずつしか、行われないという事だ。

 つまり、議員の半分が3年ごとに、選挙で交代していくという形だ。

 これにはメリットが二つあり、一つは有事に対処出来るようにするためである。つまり、両院が同時選挙に入った時でも、

半分残っていれば、議会を開けるからだ。

 もう一つは民意の反映であり、6年間もの長期間、民意が反映されないのは、やはり、おかしいわけだ。

 さて。で、もし、今回の騒動が何も起きなかったと仮定して、実際に憲法改正を試みるとして、まず、3年間近く、貴族院での選挙を待つ必要がある。

 ただ、ここで仮に自由党が大勝しても、貴族院の残り半分の多くを社国党が議席を得ている為、自由党は過半数は取れても、三分の二-以上を取るのは実質的に不可能であろう。

 つまり、三分の二、という制約が付いている限り、狂った

政党が与党に立つと、憲法改正に6年かかるという事だった。

 もちろん憲法とは、そうやすやすと変えてはならないモノで、

憲法改正には多少の制約は必要であろうが、貴族院での条件は三分の二では無く、二分の一以上とすべきだった。

 いくら安易な改正を防ぐための硬性憲法でも、これでは国民の生命・身体(しんたい)・財産を守る事が出来なくなってしまう。

 さらに、貴族院の任期の6年は長すぎる為、4年などと短くすべきであっただろう。

 もしくは、外国に侵略された時の非常事態に対処するための、

いわゆる国家緊急権を立法化しておくべきであった。

いや、国家緊急権はあまりにも権限が強すぎるので、法律では無く、憲法上に国家的緊急事態の為の緊急事態条項を創設して、それは災害だけでなく内乱や他国の軍隊からの侵略戦争にも対応できるモノにしておくべきであった。

 しかし、悔やんでも全ては遅く、想定外と言う名の-目を背けて来た事態が、起きてしまったのだ。

 もっとも、その事態があまりにも例外的すぎて、貴族院自体が消滅してしまったので、この問題は今回においては無いわけではあるが・・・・・・。


 そして、ここで、さらなる歪みが生じる。

 レオ・レグルスは総理大臣に向かい足を進めた。

総理「な、何だね。それに、何だ、その兵士達は。神聖な国会に銃を持ち込むとは」

レグルス「アサルト・ライフルすら持ってなかったため、大勢の議員が亡くなられたのでは?」

総理「だ、黙れ」

レグルス「総理、お願いがあります。政権を自由党に譲っていただけませんかね?」

総理「何を言っているのだね、君は。軍人が政治に口を出すな」

レグルス「そうですか、おい」

 すると、兵士が総理を拘束した。

総理「な、何をする!このッ、放せッ、放せッッッッッ!」

 しかし、老いた細腕では、屈強な兵士達による拘束を破る事は、かけらも出来なかった。

レグルス「オルカ・ハーチス。貴様を国家反逆罪で逮捕する」

 とレグルスは目の前の哀れな老人に冷たく告げた。

オルカ「馬鹿な・・・・・・、貴様に何の権限があっての事だというのか」

レグルス「現行犯だ。連れて行け」

兵士達「ハッ」

 そして、無慈悲にも元総理は悲痛な声をあげながら、連れ去られていった。

 すると、自由党総裁のトッドが、少し怯えながら近寄ってきた。

トッド「レ、レグルス君。あまり、手荒な事は・・・・・・。君が今

    しようとしているのは、まさかと思うけど、いや、まさかクーデターでもしようとしてるんじゃ・・・・・・」

レグルス「黙れ。貴様等も同罪だ。私は、いや、国民の全てが

     今の政治に絶望している。もはや、貴様等には政治は任せられるモノ      か。私は国家存亡の危機に瀕した今ここに、国民全ての生命と身体と財     産を守る為、新政権の樹立を宣言する。私、レオ・レグルスを元首とし     た政権を。真に国を憂う者達による政治を行う事をここに約束しよう」

 とのレオ・レグルスの宣言に議員達は顔を引きつらせた。

 しかし、国会には、いつの間にか、武装したヤクト兵士達が

集まっており、拍手をしていた。

 兵士達は叫んだ。

「レオ・レグルス国家元首、万歳ッ!」

「ヤクト万歳ッ!」

 と目尻に涙を浮かべ、声を震わせながら叫んだ。

 新たなる時代の幕開けであると。

 そんな彼等に議員達は成す術(すべ)が無かった。


 レオ・レグルスは議会に軍隊による圧力を掛け、全権委任法を制定させた。

 すなわち、レオ・レグルスを総統(そうとう)として、緊急事態において議会の承認なしで緊急命令を出せる特別権限を認めたのである。

 これによって、レオ・レグルスは議会の解散なしに、自由に緊急命令を発する事が可能となり、ヤクト憲法は停止状態に追(お)い込(こ)まれた。


 さらに、レオ・レグルスは革命の定石として、情報統制に乗り出した。マス・メディアを支配する為に、軍隊をテレビ局・ラジオ局・新聞社などに送り込み占拠させた。

 レオ・レグルスはヤクト国内のインターネットに検索規制を掛けるなどして、サイバー空間も掌握せんとした。


 そして、ヤクトに半世紀を超え、再び軍事政権が樹立したのであった。

 だが、この歪みは後に、ヤクトに大いなる災(わざわ)いを呼ぶ事になるのであった。その事を彼等はまだ、誰も気付いて居なかった。


 ・・・・・・・・・・

 テレビにはレオ・レグルスの姿が映し出されていた。

『これはあくまで、暫定的な政権である。我々は一時的に、

 国家運営を行うモノであり、戦乱が真に収まった時、政権を

 返上し、再び民主制に移行する事を約束しよう』

 と、レオ・レグルスは高らかに述べていた。

 字幕付きのそれを、リベリス合衆国の最重鎮(じゅうちん)達は黙って眺めていた。

 一応は軍政から民政移管を保障しているが、そんなもの後から何とでも時期を遅らせる事は出来た。

 むしろ、このまま軍事独裁政権が続き、《極右全体主義(ファシズム)》化

する事が懸念された。


 映像が尽きても、誰もしばらく何も言えなかった。

首席-補佐官「以上が、ヤクトにて現地時間にして、午後3時に行われた武力革命の演説です」

 と説明した。

国防長官「全く、急な話だ。やるなら、一言、事前に言ってくれてもよかったモノ     を」

国務長官「彼の経歴は?」

首席-補佐官「これを」

 と言って、首席-補佐官は書類を全員に回し、説明し出した。

首席-補佐官「さらに、以上のように彼は、潜在的に強く-リベリスに憧れを抱(いだ)いている事が、予想されます」

副-大統領「だが、やっている事はメチャクチャだな」

国防長官「だが、気持ちは分からんでも無いぞ。今のヤクトは

     まさにメチャクチャだからな。ただし、法を犯していい道理はない」

 すると、大統領が手を軽く掲(かか)げた。

 それに対し、皆が息を飲んだ。

大統領「彼は・・・・・・正しい。ただし、これが百年前の世ならばだ。しかし、今は現    代だ。彼の行為は民主的にも許されるモノではない」

 との、若く壮麗とも言える彼の-言葉に、皆が集中した。

大統領「しかし、真に許されざるのはラース-ベルゼだ。あれは

    もはや国家ではない。愚かな人民の塊(かたまり)だ。さて、

    我々、合衆国は近年、少し理想に走りすぎた感がある。

    しかし、相手が狂っているとしても、妥協するという

    事を覚えねばならない。主義主張のお仕(し)着(き)せは、反目(はんもく)に    繋(つな)がる」

大統領「目的は何だ?我々の成すべき目的は。それは民主主義、

    資本主義の繁栄だ。その為には多少の融通(ゆうずう)は-きかせねばならな    い。違うか?」

 誰もが首を縦に振り、賛同の意を示した。

大統領「レオ・レグルスに支持すると伝えよ。ただし、あくまで、戦乱が収まるまでの間であると」

国務長官「承知いたしました」

大統領「それと、支持と軍事支援は別だとも、明言しておくようにな。さて、準備に取りかかってくれ。慎重にな」

国務長官「ハッ」

 今、ヤクトとリベリスに新たな動きが起きようとしていた。


 ・・・・・・・・・・

 大統領ルシウス・F・シンズは一人、レオ・レグルスの経歴を

眺めていた。

ルシウス(22で士官学校をトップで卒業。専攻は軍事OR論。

     しかし、軍事研究では無く、実地勤務を希望。そして、第31歩兵連隊に配属。2年後、レンジャー課程を修了。その後、外務省、リベリス留学を経て、

     齢40にして、少将の位を得る。この時、既に、上位-人工能力者としての才能に覚醒しており、実質的なレベル7能力者と周囲より認められる)

ルシウス(ただし、ヤクトの能力基準からは外れており、公式のレベルは5。ヤクト3強の呼称(こしょう)を得るも、将軍と

     いう立場から、その武力は使われる事は無かった)

ルシウス(もっとも、平和主義のヤクトでは、関係ない話か。

     しかし、今後の戦争にレベル7級の力が使われないのは、もったいないが、それも仕方ない事か)

ルシウス(さて、と。指揮・統率(とうそつ)能力は非情に高く、政治的な

     見地からも、その優秀さは覗(うかが)える。これは、外務省

     での下積み時代に、鍛えられたモノと推定される)

ルシウス(なる程、頭は良いようだな。ただし、軍人に時折

     見られる短絡思考が覗(うかが)えるな。政治とは十年、二十  年とかけて行うべきモノであると-いうのに。彼は

     今しか見えていない)

ルシウス(まぁ、いい。しかし、ヤクト3強か・・・・・・。使徒の

     サムエルといい、あの女といい、中々に、くせ者

     ぞろいだな。しかし、実質的には、現在、ヤクトに

3強は存在してないという事か)

ルシウス(ラース-ベルゼのように、すぐにレベル7の称号を与えるのも-どうかと思うが、ヤクトのように選考基準が厳しすぎるのも、良くないな。人はシンボルを欲する。レベル7の称号は、ある程度、必要だ)

ルシウス(3強を除いて今のヤクトにはレベル7が・・・・・・2名か。少なすぎる。実際、レベル7に近い人間は多いだろうに。いや、まさか、そうやって、周辺国を油断させているのか?だとしたら、あなどれないな。まぁ、恐らくは天然で、やってるのだろうが)

ルシウス(いずれにせよ、今は様子見だな。私は時間をかけよう。彼やラース-ベルゼと違い・・・・・・)

 そして、ルシウスは憂(うれ)いながら目を閉じた。


 ・・・・・・・・・・

 一方、レオ・レグルス総統は執務室で、緊張感をただよわせながら、物思いにふけっていた。

 この時、レオ・レグルスは内閣を完全に牛耳(ぎゅうじ)っており、議会の解散や選挙なしに、自らの内閣を構成した、

 彼は文民統制を排除し、なおかつ、ヤクトの内閣法で定められている《大臣の構成要員は過半数以上が民選の国会議員で無くてはならない》という条項も無視し、各省大臣に軍人も任命した。

 いや、大臣のほぼ全てが軍人であった。

 さらに、新たに陸軍省、海軍省、空軍省の三軍省を独立して設立し、19名の内閣閣僚(かくりょう)に陸相・海相・空相の3名を加え、22名とした。

 これにより軍は大幅に権限を増大させた。

 また、レグルスは総統として、警察機構を掌握し、特別警察を設置して、在ヤクト・ラース-ベルゼ人など反体制分子の監視をさせ、さらに場合によっては逮捕・勾留までし、隔離政策まで検討していた。

 そして、レオ・レグルスは行政・立法のみならず、最高裁判所裁判官の任命権まで有する事となった為、司法まで支配する事となり、強大な権限を有する事実上の独裁者と化した。


レグルス(とうとう、ここまで来てしまったか・・・・・・。ヤクトの民は、きっと分      かってくれるはずだ。しかし、問題は諸国の反応だ。ロカやルブラムや     聖エヴァグは置いておくとして、やはり、リベリスだ。

     リベリスこそが、最大の軍事大国にして経済大国であり、両世界の要(か     なめ)であり、鍵だ)

レグルス(しかし、皮肉なモノだ。今回の騒動は恐らく、はからずもラース-ベルゼ     を滅ぼす方向へ向かっている。

     とはいえ、そのとばっちりをヤクトも喰らうのは

     迷惑どころでは無い話しだ)

レグルス(もっとも、自業自得ではある。愚かな国民は共産-

     主義政党である社国党に投票し、さらに、ヤクトの

     軍備を弱体化させていった。その結果がこれだ。

     まさに、愚かの極みと言える。いっそ、本当に

     リベリスの属国と化せば良いくらいだ)

レグルス(だが、悲しいかな。それでも私は虚(むな)しい程(ほど)にヤクト人なの      だ。どれ程、愚かであろうとヤクトを愛さずにはいられないの         だ・・・・・・)

 すると、彼の腹心の部下、ビッグスが入って来た。

ビッグス「閣下、リベリスの国務省より連絡が」

レグルス「来たか」

ビッグス「はい。ヘンリー・ウォード国務長官がテレビ会談を

     行いたいと」

レグルス「了解した。ヘンリー国務長官は他に何か?」

ビッグス「リベリス留学-経験者であるレオ・レグルス殿と話せる事を期待している     と」

レグルス「なる程・・・・・・。これはリベリス語で会談せねばな」

ビッグス「ですね」

 しかし、これは誤(あやま)ちであった。

 いくらレオ・レグルスがリベリス語が得意と言っても、

ネイティブには敵わないわけで、リベリス語の微妙な

ニュアンスを見落とす可能性があった。

 さらに、ヤクト人は発音が下手な者が多く、しかも、使い方

を誤る事も多いので、よほど注意する必要があった。

 故(ゆえ)に、外交など重要な会談においては、どれだけ語学に長(た)けていると自信があっても、通訳を付ける必要があった。

 無理に外国語を使えば、母国語を疎(おろそ)かにしているとさえ、

思われかねなかった。

(ただ、通訳を置かずに直接-話す姿を他人にひけらかす事に、自己満足的な優越感を得るのが、ヤクト人の性(さが)であった)

 しかし、これこそが、レグルスのコンプレックスであり、

悲しいかな、矛盾(むじゅん)なのであった。

レグルス「しかし、国務長官か・・・・・・。大統領や副大統領では

     無く」

ビッグス「それは仕方ありませんよ。大統領は多忙でしょうし、

     リベリスにおいては、副大統領は-お飾りですから。

     国務長官で妥当では無いでしょうか?」

レグルス「まぁ、文句も言ってられんしな」

 ここでのビッグスの見解は明らかに間違っていた。

 間違いは二つあった。

 一つはリベリスは完全にレオ・レグルス政権を見下している

という事。これを理解していないと、相手の皮肉が理解できなかったりするだろう。

 もう一つは、副大統領の立場である。確かに、リベリスの

副大統領は大戦後、『世界で最も不用な職』と揶揄(やゆ)される程、

権限を有さなかったが、次第に大統領の権限の一部を有する

ようになっていた。

 これは大統領の責務があまりに過多なため、あまり必要でない部分は副大統領に回すという目論見(もくろみ)によるものだった。

 特に、ルシウス政権では、合理化を重視し、大統領の仕事を

極力、他の官職に回すようにしていた。

 そうする事で、ルシウスは本当に必要な事をする-ゆとりを

得たのだった。

 それは勉学であり、裏の根回しであり、そして、秘匿(ひとく)に行わねばならない仕事だった。

 ともかく、ルシウス大統領の時代からは副大統領の権限は

大幅に強められていたのであり、これは外交官なら常識といっても良い程だった。

 しかし、残念ながら武官の彼等には、この常識を持ち合わせていなかった。

 レオ・レグルスはヤクト軍を信用しきり、ヤクトの官僚達を

毛嫌いしていた。

 確かに、官僚達は薄汚い所もあるが、それでも、ヤクトの

官僚は非情に優秀であり、国を支えていると言っても過言では

なかった。

 それを軽視し、自分達で全てを-まかなえると勘違いした

結果がこれだった。

レグルスが真に政権を盤石(ばんじゃく)にしたいなら、官僚達と上手く付き合っていく必要があったのだ。

 まだレグルス政権は始まったばかりで、綻(ほころ)びも小さいが、

滅びの鐘は段々と強く鳴り響いていた。

 

 レグルスはテレビの前に座った。

 そして、画面にはヘンリー国務大臣が映し出された。

レグルス[これは国務長官]

ヘンリー[レオ・レグルス殿。これは、どうも。さて、さっそくですが、本題に入     らせて頂きます。最近、財政が厳しいモノで、通話代も馬鹿になりませ     んので]

レグルス[それは、お気の毒に・・・・・・]

 レグルスはヘンリーに馬鹿にされている事に、全く気付いて

いなかった。

 ちなみに、ヘンリーは比較的、親ラース-ベルゼであり、社会統一党とも和解したりした経歴があった。

ヘンリー[こほん。さて、我等が合衆国はレオ・レグルス政権をあくまで暫定的(ざんていてき)に認める事となるでしょう]

レグルス[それは真(まこと)ですか?]

ヘンリー[ええ。二言はありません。ただ、貴方達のやり方には賛同しかねます。法治国家の観点からして]

レグルス[これは申し訳ありません。しかし、今回の件はあくまで革命権の行使で     あり、これは国際法でも認められていて・・・・・・]

ヘンリー[ああ、別にそれは-どうでもいいのです。ともかく、

     一応はリベリスは貴方の独裁政権を認める形になるでしょう]

 ちなみに、ここでレグルスは一つミスをしていた。

 それは、謝(あやま)ってしまった事だった。

 ヤクト語では、謝罪の言葉は軽いモノであるが、リベリスや

多くの外国ではそうではない。公に近い場での謝罪をしてしまえば、それは言質(げんち)を取られたようなものなのだ。

 特に今回は-リベリス語を使っている為(ため)、なおさら-まずかった。

 公の場ではsorryでは無く、regret(遺憾)を使うべである。(もっとも、リベリス語でのsorryは《お気の毒に》との意味が多いわけだが)

 そもそも、外交においては、無礼にならない程度に尊大で

行くべきであり、不必要にへりくだると-なめられるだけだった。

 しかし、レグルスは結局の所、己(おのれ)に自信を持てないのだった。そして、それが裏目に出てしまったのだった。

たとえ、自信が持てなくても、指揮官は強気に振る舞わなくてはならないが、政治での戦争に慣れていないレグルスは、

そんな単純な事さえ忘れていた。


 そして、二人は数分間の会話を交わし、会談を終えようとしていた。

レグルス[では、ヘンリー国務長官]

ヘンリー[ええ。ああ、そうだ。大切な事を忘れていました。

     我等リベリスは貴方の政権を一応、支持しますが、

     軍事支援を行うか-どうかは別問題ですので]

レグルス[待って下さい!それはヤクトを見殺しにすると

     いう事ですか!]

ヘンリー[そうは言っていません。ただ、大国間の戦争と

     いうのは、そう簡単に始められるモノでは無い。

     我々は文官で、戦争屋では無いのです]

 ここまで来て、レグルスは自分が-いかに見下されているかを

悟り、顔を歪ませた。

レグルス[では、何の為の軍事同盟か!]

ヘンリー[落ち着いて下さい、レグルス殿。まぁ、色々と情報

     を集める必要もあるでしょう。それに、国際世論の

     様子を伺(うかが)う必要があります。行動を起こすなら]

レグルス[それじゃ、遅すぎる!いいですか、この瞬間にも

     ヤクト人は殺されているのですよ!]

ヘンリー[じきに国連の査察団(ささつだん)が派遣されるでしょう。そこで

     真実が明らかにされるはずです]

レグルス[査察団?いつになったら、結果が分かると言うのですか]

ヘンリー[査察団の日程くらい、ご自分で-お調べなさい。では]

 そして、通信は切れた。

レグルス「・・・・・・クソッ!」

 そして、レグルスは感情的にテレビを叩き割った。


 ・・・・・・・・・・

ビッグス「困った事になりましたね」

レグルス「・・・・・・査察団の日程はいつだ」

ビッグス「今、調べさせています」

 すると、ビッグスの部下のウェッジがやってきた。

レグルス「で、どうだ」

ウェッジ「あ、はい。今回の査察団は国連安保(あんぽ)理(り)に採択された

     国連-監視検証-委員会によって行(おこな)われるモノのようです。査察は     一次段階として、二週間に及ぶモノで、旧首都エデンの状況を調べると     の事です。これに対し、ラース-ベルゼ側(がわ)は査察団の受け入れを表     明しており、専用の宿舎を王宮内に用意している模様です」

ウェッジ「ただ、日程の調整が難航して未定だったのですが、

     ラース-ベルゼは委員会と関係無く、一方的に日程の時期を表明しまし      た。

     それは一週間後の4月5日でして、国連の委員会も

     不満は-あるようですが、それで決定する方針で

     固めつつ-あるようです」

レグルス「馬鹿な・・・・・・何故、私の耳に入っていない」

ウェッジ「ラース-ベルゼの表明は一時間前、つまり、テレビ

     会談の30分前に行われました。それも、大々(だいだい)的(てき)

     では無く、ごく一部の在外ラース-ベルゼ大使館を

     通じてのみに・・・・・・」

レグルス「だとしても、ヤクトの情報部は何をしている」

 ちなみに、これは、ラース-ベルゼはレオ・レグルスの軍事

政権-樹立を大々(だいだい)的(てき)に批判しており、査察団への表明は、それ

よりも劣(れつ)後(ご)としたから-であった。

 つまり、査察団の表明ばかりが広まり、軍事政権への批判が

疎(おろそ)かにならないようにとの、ラース-ベルゼの配慮だった。

そのため、わざと査察団への表明を、こっそりと行(おこな)ったのだ。

また、国連の委員会の中で表明しなかったのは、単純に、

主導権を握りたかったから-であった。


すると、士官が入って来た。

士官「報告です。外務省よりの情報です」

ビッグス「ラース-ベルゼの査察団への声明か?」

士官「はっはい・・・・・・」

ビッグス「下がってくれ」

士官「はっはい。失礼いたしました」

 そして、逃げるように士官は去って行った。

ウェッジ「これは一体・・・・・・」

ビッグス「外務省め・・・・・・わざと、情報を遅く渡してきたな」

レグルス「奴らにはテレビ会談の情報は与えていない。

     単なる嫌がらせか・・・・・・」

ビッグス「しかし、これでリベリスの私どもへの評価は下がる

     事となったやも-しれません」

レグルス「どういう事だ?」

ビッグス「つまり、今回の会談は我々を試していたんですよ。

     何分で我々が、その情報に気付くか。リベリスは

     その情報をとっくに得た上で、眺めてたんです」

レグルス「結果、我々は会談が終わるまで気付けなかったと」

ビッグス「無念です・・・・・・」

レグルス「外務省に厳命しておけ。今後、入った情報はすぐに

     回すようにと。もし、故意に情報を遅らせた場合に

     は国家反逆罪で逮捕すると」

ビッグス「ハッ」

レグルス(リベリス・・・・・・リベリス・・・・・・。このような辱(はずかし)めを与えるか。何故、何故だ。私は、お前達を尊敬し、慕(した)っていたというのに)

 とレグルスは心の内で嘆くのだった。

 

 ・・・・・・・・・・

ビッグス(しかし、困った。これは困ったぞ)

 とビッグスは感じていた。

 彼は外務省へ脅し文句を直接、突きつけ、公用車で戻る所だった。

ビッグス(そもそも、タイム・リミットは後13日だというのに)


 そして、ビッグスは昨日を思い出した。

 地下に設置された総司令部には軍の最高幹部が集っていた。

 陸、海、空の幕僚(ばくりょう)達が集う中、レオ・レグルスとビッグスは

今後の展開を説明する事となった。

ビッグス「現在、軍の再編は8割方、完了しております」

海軍大将「陸軍の再編・・・・・・だろう」

ビッグス「それは・・・・・・その通りです」

 ビッグスはこの時、陸軍大将に就任しており、かつ、レオ・レグルスの副長的な立場であり、有る意味、他の大将達よりも

立場は上であった。

 そして、だからこそ余計に、他の大将達をいらだたせた。

 これが、堂々としていれば、大将達も思うところはあるだろうが、従っただろう。しかし、自分を信じる事が出来ていない者に、どうして喜んで命を預ける事が出来るだろうか。

空軍大将「で、再編に、あと、どれ程、かかるのかね」

ビッグス「3日は、かかるかと」

海軍大将「遅すぎる!国民の命を考えれば、一刻たりとも無駄に出来ぬのだぞ!」

ビッグス「ですが、お言葉ですが、陸軍の再編とは予備官を含めたモノです。さら     に、予備官だけで無く、民間能力者も大勢、志願してきております。そ     れ故、コア化部隊の数が足りないわけでして・・・・・・」

 ヤクト軍では、普段は軍に勤務していないが、有事には招集を受ける、予備官が多く居た。

 彼等は、一年で一定の日数の訓練を受ける制約はあるが、

普段は一般人と同じように普通の仕事をして暮らしていた。

 そして、有事には彼等を軍に組み入れる必要があったが、

通常の兵士に比べ、予備官はどうしても能力に劣るため、単純に軍に補充していけばよい-わけでは無かった。

 なので、部隊の中核となる士官など-のみを残した部隊が用意

されており、予備官はそこに補充されていく形となるのだった。

 ちなみに、この中核となる兵士のみで構成された部隊を

コア化部隊と呼ぶのだった。

 彼等は本当に最小限の人数しか居ないので、そのままでは

ロクに作戦を運用できなかった。なので、普段は新兵や予備官に教育を施す、教育隊の役目を担っていた。

 さて、ヤクト軍は予算を減らされ、人員も減らされていたので、作戦を運用する最小単位とも言える中隊を構成するに必要な人員を、確保できなくなる隊が続出し、やむなく普通の中隊をコア化部隊にして人数を減らし、余った人員を他の部隊に回すという苦肉の策をとった。

 この為、ヤクト軍ではコア化部隊が多くあったのだが、民間

能力者の志願兵があまりに多かったため、足りなくなってしまったのだった。

海軍大将「だが、海、空、共に、準備不足であり、ロクな指揮系統も無い中、大きな戦果をあげたぞ」

ビッグス「それはそうですが、陸戦は空戦、海戦とは-おもむき

     が異なるわけでして。確かに、ラース-ベルゼ陸軍に

     比べて、我が陸軍は練度は高いわけですが・・・・・・。

     ですが、たとえ、敵と味方の戦力に差がある-

     非対称戦であっても、陸戦だけは、そう簡単に勝敗が決まるモノでは無     いわけでして・・・・・・」

空軍大将「ビッグス大将。私が言いたいのは-そう言う問題では

     無いのだよ。私は我がヤクト軍は陸、海、空に関わらず、勇士である      と、誇っている。だから、市民を国を守る為、命を惜しむ者は居ないだ     ろう。だが、今の軍は何だ?戦争が起きている。虐殺が起きている。そ     れなのに何故、陸軍は手をこまねいて、黙って見ているだけなのか」

空軍大将「私は悔しい。戦った上で負けるなら、まだ納得が行く。だが、何故、戦     う事すら許されないのか・・・・・・。

     何故、政府は我等に戦いを許さぬのか・・・・・・」

 すると、レオ・レグルスが口を開いた。

レグルス「気持ちは痛い程に分かる。だが、私がもし、もし

     私が、政権を担っていたとしても、攻撃命令は出せん」

空軍大将「レグルス閣下?」

レグルス「リベリスとの折衝(せっしょう)が終わっていない。やはり、彼等の力は必要であろう。真にラース-ベルゼを滅ぼすならば」

海軍大将「リベリス・・・・・・。同盟国が笑わせる・・・・・・」

レグルス「ともかくだ、私の方からもリベリスと交渉を試みてみる。2週間だ。2週     間-以内にリベリスとの約束を取り付けてみせよう」

空軍大将「2週間・・・・・・随分と長いですな・・・・・・。それは置いて

     おいたとしても、万一にリベリスが傍観を決め込んだ場合には、どうな     さる-おつもりか?」

レグルス「戦うまでだ。ヤクトのみで。政府が何を言おうとな」

 との言葉に幕僚達は顔を見合わせ、頷(うなず)いた。


 そして、ビッグスは回想を止めた。

ビッグス(そして、レグルス閣下は一種のクーデターを起こし、

     政権を握られた。しかし、リベリスは軍事支援を

     行わないという。2週間と言ってしまった手前、この

     期限を撤回は出来ない。いや、そもそも、この期限

     すら長すぎるという声が多い。あと、13日・・・・・・。

     最悪、ヤクトの国政をリベリスに譲る事で、

     軍事支援を頼み込む事になるかもしれない)


ビッグス(そうでなくとも、リベリスは有利な条約をヤクトと

     結ぶ事を条件に、軍事支援を約束してくるだろう。

     甘かった。それが外交なのだろう。今日、ようやく、

     外交の本質が分かった気がする・・・・・・)


ビッグス(恐らく、選択肢は二つ。一つはヤクト軍のみで、

     13日後に戦う道・・・・・・)


ビッグス(もう一つはリベリスにヤクトの権益を差し出す事で、

     軍事支援を取り付ける道・・・・・・。いずれにせよ、

     苦難の道だ。何とか・・・・・・何とか、第3の道を探り

     あてねば。いや、それを見つけるのが俺の役目なの

     やもしれない。そうだ。ここまでコケにされたんだ。

     見ていろ。ヘンリーめ。外交で、お前を上回って

     やる、必ず!)

 とビッグスは心に固く誓った。

ビッグス「そうと決まれば・・・・・・」

 そして、ビッグスは携帯で旧友に連絡した。

男『もしもし』

ビッグス「俺だ。力を貸して欲しい・・・・・・」

男『どういう風の吹き回しだ。お前が俺にした事を覚えているのか?』

ビッグス「分かってる。反省している」

男『どうせ、口だけだろう?』

ビッグス「いや、土下座だってしてみせる」

男『・・・・・・。フン、いいだろう。俺もヤクト人だ。話だけなら

  聞いてやるよ。お前の土下座にも興味があるしな』

ビッグス「ありがとう。恩に着る」

男『フン。今夜9時、空いているか?』

ビッグス「空けて見せる」

男『随分と殊勝(しゅしょう)な事だ。9時に俺の家に来い』

ビッグス「家?本当にいいのか?」

男『いいも何もあるか。ホテルや高級料亭だって、今や盗聴器 

  の危険がある。かといって、お前が有利になる防衛関係の

  施設に俺は行く気は無い。それに、リベリスでは、ホーム  に客人を呼ぶのが通例だ。

だから、向こうでは社会的に成功したければ結婚するしかない。同性愛者でもな。覚えておけ』

ビッグス「あ、ああ・・・・・・。じゃあ、9時に家に、お邪魔させて

     もらうよ・・・・・・・」

男『フン・・・・・・』

 そして、男は電話を切ったようで、ツーツーと切断音が響いた。

ビッグス「よし」

 そして、ビッグスは手で自分の両頬(りょうほほ)を叩き、気合いを入れた。


 ・・・・・・・・・

 ヤクトでは、陽(ひ)が完全に沈んでいた。

 そして、昨日、川をはさんでの激戦が繰り広げられてた-

イアンナ盆地は妙に静まりかえっていた。

 この盆地は水田や果樹園が存在しており、一方、栽培は高度に効率化されているため、少人数での管理が行われており、

元々、民家は少なかった。

 逆に首都エデンなどは、人口過多になっていたわけであるが、

ともかく、現在、イアンナには兵士達のみが存在した。

 ラース-ベルゼ軍は現在まで、渡河を果たせていなかった。

 これは副長であるクラウニー上級大尉の判断であった。

 クラウ(クラウニー)は消極的な性格であり、いかに損害を減らせるかを考えていた。彼にとって、今回の戦いは、あまり犠牲を出すわけには-いかなかった。

 何故なら、党の方針として、今回の戦争で戦死者を抑える

必要があったからだ。戦争とは勝てばいいというモノではない。

 たとえ、勝利の美酒を軍人が味わおうと、あまりに犠牲が

多ければ、遺族達は泣きわめき、世論は反戦へと向かって行く。

 故に、社会統一党としては、時間を掛けてでも、損害を少なくしたかったのだ。

 そして、クラウは-それに忠実に従ったのだ。

 ただし、結局は、その恐れが-さらなる犠牲を引き寄せる事も

あり得るわけであるが。

 その意味で指揮官のボルドは一見、メチャクチャに見えるが、

その実、敵に回すと厄介な人物であった。

 何故なら、損害を怖れずに突撃してくる兵士達ほど怖ろしい

モノも無いからだ。

 一方、クラウは、このままヤクト軍が南へと逃げていってくれる事を期待していたのだが、ロータ率いるヤクト兵達は依然(いぜん)

隠れて、留(とど)まっていた。

 これにはいくつか理由があるが、その最も大きなモノとして、

もはや逃げ場が無いのだった。

 イアンナの南は大森林となっており、そこを通っていくのは

相当に骨が折れた。

 他に南下するには海岸線を沿(そ)うルートがあったが、ここは

ラース-ベルゼに押さえられていた。

 その情報をロータは有していなかったが、敵の侵攻状況から、

当然、押さえられているだろうと予測していた。

 もはや、ロータ達は半ば、南へ戻る事を諦めていた。

 なら、何故、ロータ達が戦うか。

 それはイアンナが占領されるのを一刻でも遅らせるため。

 さらに、ロータ達が居るヤクトの西側から南へ逃げれずとも、

東側からは比較的、逃走がはかれるので、東に住む民間人が

一人でも多く、逃げれるように、敵の注意を引きつけているのだった。

 現に、ロータ達の戦いが無ければ、ボルドの大隊の一部は

東へ配備されていた可能性すらある。強力な能力者は輸送機で

様々な戦場へと送られるモノであった。

 さらに、ロータの思惑と異なり、イアンナ近郊の民間人も

しぶとく大森林を越え、南へと逃げおおせたりしていた。

 ただし、その事を知らないロータ達の士気は下がりつつあった。


ロータ(本当に私のしている事は正しいのか?戦わずに、ただ

    逃げ出しても構わないのではないのか?これだけ戦えば十分なんじゃないのか?)

 とロータは思い悩んでいた。

ロータ(今日も何人か脱走者が出た。気持ちは分かる。指揮官の私すら迷ってるんだからな。もう、十分なんじゃないのか?ここで、これ以上、頑張っても仕方ないんじゃないのか?どうせ誰も評価してくれないんだ。部下も上司も、どうせ・・・・・・)

ロータ(でも、心に何かが告げているんだ。ここを退(ひ)いては

いけないと。奴らを通せば、大変な事となると)

ロータ(だが、何故だ。何故、私は、そう思う?整理してみよう。とどまるメリットは何だ?敵の侵攻を遅らせられる。それに何の意味がある?いったん退いて、体勢を

    立て直してから、一気に攻めればいいじゃないか)

ロータ(待てよ・・・・・・。ああ、そうか。それは後(ご)の先(せん)だ。

    そう、ヤクト軍の士官が好む戦術だ。でも、それは

    違う。戦は、基本、いつだって先(せん)の先(せん)こそ、有利だ。

    機先を制した者こそ、戦場を制す。そう。戦わねば

    ならないんだ。敵の嫌がる事をしろ。敵の予想を超えた戦いをしろ。そし    て、敵に恐怖と畏怖(いふ)を与えろ。

    そう、そうだ。それこそが、私だ。狂戦士と呼ばれた者の狂った生き方な    のだ・・・・・・)

 そして、ロータはニヤリと笑った。

ロータ(覚悟は決まった。逃げるのは、いつだって出来る。今までヤクト軍は、い    や、ヤクトは逃げ続けた。なら、私は、私だけは、せめて、逃げまい。最    期まで戦おう。

    たとえ、誰からも理解されず、孤独に死すとしても)

 そして、ロータは立ち上がった。

 ロータはカポに人を総員を集めるよう、告げた。


 兵士達は何事かと、ロータを凝視した。

ロータ「これから、私達は死線に入る。そう、我々は死ぬのだ」

 との宣言に兵士達は動揺した。

 一方、元よりのロータの部下達は嬉しそうに唇の端(はし)を上げるのだった。

ロータ「だが、それを私は諸君(しょくん)等(ら)に強要しない。故に、今回に

    限り、離脱を許そう。元々、私は-指揮するに値しない

    階級だしな」

 その言葉を聞き、兵士達は-さらに動揺した。

ロータ「勘違いするな。戦う意思のない足手まといに居られても邪魔だと言うだけだ。さぁ、どうした。逃げたい奴は逃げていい。銃殺などしない。本当に」

 すると、ドリス軍曹が手をあげ、発言した。

ドリス「我々は兵士です。戦えと言えば、戦います。ただ、何の為(ため)の戦いなのでしょうか?我々は何の為に、命を捨てるのでしょうか?それに明確な理由さえ付けて下されば、我々は喜んで命を差し出します」

 とのドリスの言葉に多くが頷(うなず)いた。

ロータ「戦う理由か。それは、戦う必要があるからだ。戦う

    為に戦うんだ。今、この瞬間、軍上層部は何をしている?必死に戦わなく    ていい理由を探してるんじゃないのか?リベリスの支援が無い。準備が整    わない。

    北を渡して、ラース-ベルゼと和睦した方が得なんじゃ

    ないか、とか。無理に戦って南を失うくらいなら、

    現状で手を打っておいた方がいいんじゃないか、とか」

ロータ「そんな下らない言い訳ばかり、つくろって、南で

    ノホホンと過ごしているんじゃないのかッ」

 とのロータの抑えられた叫びに皆、黙った。

ロータ「別に私は戦争なんか好きじゃ無いさ。戦争狂とは違う。

    頭がおかしいのは認めるが。だが、私は守り戦う為に、

    軍人となったつもりだ。今戦わずして、いつ戦うんだ?

    誰か。答えれる者が居たら、答えて見ろッ」

ドリス「離脱行動も立派な戦いの一つと言えるのでは?古来より、兵法でも『三十六計(けい)-逃げるに如(し)かず』と言いますし。もう、十分に戦ったという考えもあるかと」

ロータ「そうだな、その通りかもしれない。じゃあ、率直(そっちょく)に

    言おうか。私は逃げるのが嫌だ。背を向けて撃たれる

    など耐えがたい。分かるか?これは意地(いじ)だ。今、

    ヤクトは敵に完全に舐(な)められてるぞ。増長した敵は

    一層、ヤクトの侵略を進めるだろう。いいのか、それで?奴らに痛みを     与える必要があるんじゃないのか?

    そうする事で、今後、どの国にも、ヤクトは一筋縄でいかないぞと、思わ    せる事が出来るんじゃないのか?」

ロータ「今、妥協をすれば、現状は乗り切れても、いずれ、

    同じような事が起きていく。いずれ、ヤクトの領土は

    失われるだろう。それで-いいのか?今のヤクトは棘(とげ)を

    失ったハリネズミのようなモノだ。そりゃ、肉食動物

    も喰いついて来るさ。なら、私達は棘(とげ)になろう。

    そして、毒になろう。それこそが、私達の役目じゃないのか?」

ロータ「確かに、ここで私達が必死に戦っても後世の人々からは笑われるだけかも    しれない。無駄死にだってな。

    だが、私は信じてる。信念の伴(ともな)った死は、必ず、受け継がれていく    と。私達の想いを受け取ってくれる者が

    必ず現れると。さぁ、決めろ。私の勘を信じて、共に

    死ぬか。それとも、常識を信じ、安穏とした、生きた

    まま死した日々をおくるか。選べッ」

 とのロータの言葉に兵士達は固く口を結んだ。

 すると、ドリスが一歩、前に出た。大きな一歩を、確かに。

ドリス「ロータ大尉、申し訳ありません。私が間違っていました。そこまで、お考えの事とは。私は本心はロータ

大尉に付き従うつもりでした」

ドリス「ただ、ああ申したのは、あくまで、ここに居る多くの

    兵達の本心を代弁したモノです。もっとも、私の心の

    隅(すみ)に、追いやられていた考えでもあります。しかし、

    大尉の-お言葉を聞き、納得しました。この戦いは命を

    賭(と)すだけの価値があると。軍上層部に見せつけてやりましょう。お前達    が日和(ひよ)ってる中、前線では、これ程までに兵士達は戦っているのだ     と。もし、その想いが届かずとも、いつか、いつの日か、次代の者達に伝    わりましょう」

 そして、ドリスは最敬礼を行った。

 それにならい、他の兵士達も一歩、前に進み、ロータに対し、

最敬礼を行った。

 今、彼等は一体となっていた。

 死を覚悟した死兵達。それでいて、その瞳は確かに、輝いていた。輝いていたのだった。

 そして、ロータ・コーヨの真の戦いが始まろうとしていた。

 それは後に、ヤクト連合国の海兵隊・特殊作戦群の長として、

大統領に最も信頼されたとされるロータ・コーヨ大佐の伝説の

幕開けだった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、ロータの宿敵とも言えたボルドは毒と首の治療を受けていた。

 すると、副長のクラウがボルドのテントに入って来た。

クラウ「お加減は、いかがですか?」

ボルド「・・・・・・貴様・・・・・・。神である-この俺に腹パンした事、

    許しはせんからな」

クラウ「す、すみませんでした・・・・・・」

 と、クラウは何度も聞かされている台詞に対し、同じように

謝った。

ボルド「さて、そろそろ進撃を開始するか」

クラウ「お、お待ち下さい。味方の増援を待ってからでも」

ボルド「うるさいわッ!貴様の話だと、第4連隊が来るとの事だが、それも数日はかかるだろう。いや、普通に考えれば、一週間はかかるぞ!そんなの待っていられるか!」

クラウ「で、ですが・・・・・・。敵は思ったよりも手強く、それに、

    第4連隊はイアンナ盆地の南より攻める事になりますから、結果的に敵を挟み撃ち出来るわけでして」

ボルド「ふざけんなッ、このアホがァァァァァァァ!」

 と、ボルドは激昂(げっこう)した。

 すると、それに合わせて、ボルドの首から血が噴き出した。

ボルド「おおおおおおおぅ・・・・・・・」

 そして、ボルドは力なく、うなだれた。

 そばに居た衛生兵は急いで、ボルドの血止めに入った。

 それをクラウは、ただ眺めているしかなかった。

ボルド「・・・・・・。ともかく、俺が復活するまでに、渡河だけは

    終えておけよ、いいな」

クラウ「はい・・・・・・」

 とクラウは答えた。

クラウ(仕方ない。橋を架(か)けよう。ただ、前回の教訓を踏まえて、二カ所から同時に、架橋作業に入ろう。敵は少人数だ。こちらの兵力も分散するが、問題ないだろう)

 そして、クラウは作戦を具体的に立案し出した。


 ・・・・・・・・・・

 今、ラース-ベルゼ兵士は決死の偵察に入ろうとしていた。

 選ばれた彼等、第122分隊、第一班の十名は対岸に敵兵が

居ないか、偵察に出される事となったのだ。

 彼等は裸で、拳銃一つ持って、川を渡り、敵を探るのだった。

 そして、3月の寒い川を彼等は必死に渡った。彼等は弱能力者ではあったが、ここ数日の戦闘で多くの魔力を消費しており、

体温調節に魔力は割(さ)けなかった。

 その為、震えながら、辺りを散策した。

 周囲を探るも、ヤクト兵は見当たらなかった。

 命令では可能な限り、偵察せよ、との事だったが、彼等は

暗闇の恐怖に負け、ものの数十分で戻ってきた。

クラウ「で、対岸の状況は?」

班長「ハッ!敵は見当たりませんでした。塹壕(ざんごう)も無し。完全に

   敵は付近の対岸に対する防備を怠(おこた)っております」

クラウ「ご苦労、下がっていてくれ。よくぞ、大任を果たしてくれた」

班長「ハッ」

 そして、班長は少し、物足りなさそうに、去って行こうとした。

クラウ「ああ、そうだ。食料を好きなだけ、取るといい」

班長「はいッ!」

 と班長は目を輝かせて答えた。

 ラース-ベルゼは今回の戦争で、百万人の兵士を動員していた。

 その多くは弱能力者というより、通常者であり、能力が

ほとんど使えない者達だった。

 彼等の進軍スピードは遅く、未だ、ヤクト北部の中央に到達した所だった。

 ラース-ベルゼは現在、軍事侵攻を止めているが、実は、これは通常者-部隊を待っているからであった。

 なので、彼等が北部と南部の境界線に辿り着けば、再び、

戦争は始まるのだった。

 しかし、ヤクトやリベリスは通常者-部隊を補給・兵站(へいたん)部隊と

勘違いして、まさか前線に投入しようとは思っていなかった。

 能力者の前では通常者は赤子同然で、いくら数を揃えようと、

あまり意味を成さなかったからだ。


 ただし、通常者でも、補給や兵站(雑用)や軍楽(音楽)

等は出来たので、その意味では重宝(ちょうほう)した。

 ちなみに、兵站とは雑用とは言っても、軍の中継点の維持

を意味するので、非情に重要な役割だった。

(ただし、それは狭義(きょうぎ)の意味で、実際には補給線の維持も意味する)

 話を戻すと、ラース-ベルゼは、ともかく数さえ揃(そろ)えれば、

勝ちだという発想にあった。

 いわゆる、人海戦術である。

 しかし、この戦略が大きく間違っている事を、後に彼等は

思い知らされる事となる。

 とはいえ、たまったモノでないのがヤクトである。

 この大軍を維持する為の食料をラース-ベルゼの社会統一党は用意していなかった。故に、現地で略奪する事で飢(う)えをしのいでいるのであった。

 ちなみに、これは能力の無い世界における中世での戦い方

だった。中世という時代においては、補給・兵站の技術も拙(つたな)く、

軍隊は進軍し略奪する事によって、何とか飢えをしのぐモノだった。なので、状況によっては戦略的に移動する必要がないのに、食料調達の為、移動する事が-ままあった。

 さて、今、ラース-ベルゼの軍は、現代という時代で、それと同じ事をしているのだった。

さながらイナゴのような軍隊が徐々に南下しているのだった。

 これは、補給・兵站を甘く見た社会統一党の幹部に責任があるが、問題なのは、飢えた軍隊を止める術(すべ)を彼等は持たないだろうという事だった。

 つまり、境界線に辿(たど)り着いたら、当然、そのイナゴ達は南へと向かおうとするだろう、という事だった。

 しかし、その事に、ラース-ベルゼ、リベリス、ヤクトを含めた三国は気付いていなかった。

 故(ゆえ)に、ロータが-ここでラース-ベルゼ軍の足を止めようとしているのは結果的に正しかった。

 何故なら、もし、ここでロータがボルド隊を叩いておかねば、

ボルドは多くの通常者-軍団と共に、攻めてきただろうからで

あった。

 しかし、ここでボルドを叩いておけば、ラース-ベルゼ軍団の

突貫力(とっかんりょく)は大きく削(そ)がれ、ヤクトにとって戦況は大きく有利に

働くのだった。

 さらに、イアンナ周辺の陣地の構築がきちんと出来ていないので、ラース-ベルゼは-さらに補給・兵站が困難となるのだった。

 話を大きく戻すと、ラース-ベルゼ軍では全体的に食料不足であり、勲章よりも食料をもらう方が嬉しいのだった。

もちろん、そんな状況にクラウは頭を痛めていた。


クラウ(まぁ、考えて見れば、この戦争は時間をかけない方が

    いいのかもしれない・・・・・・。あまり考えたくないが、

    本格的な食糧不足が訪れるやもしれない。仕方ない。

    不本意であるが、渡河作戦を始めるか。命令だしな)

 とクラウは思い直した。

 そして、渡河作戦が始まろうとしていた。


 ・・・・・・・・・・

 ロータの部下ホシヤミは宙を浮きながら、ロータの元にやって来た。

ホシヤミ「ロータさん。さっき、敵の偵察部隊が来てました。

     えっと、場所はここです」

 と言って、ホシヤミは地図で一点を示した。

ホシヤミ「命令通り、見てるだけで手は出しませんでしたよ」

ロータ「よし、よくやった。総員、これより戦闘体勢に入る。急げ。敵が河を渡ろうとしているぞ」

 とロータは幹部達に言った。

 そして、辺りは慌ただしくなった。

タラン「しかし、厳しい戦いになりそうですね。ここは周囲に塹壕(ざんごう)が築けていません」

ロータ「そのくらいの方が敵を騙せていい。行くぞ」

 そして、ロータ達は出発した。


 ・・・・・・・・・・

クラウ「渡河作戦、開始」

 とクラウが告げるや、作戦は2方向から始まった。

 そして、5分後、少し離れた二つの場で、同時に渡河が

始まった。

 ちなみに、これはクラウのミスであった。

 ここでミスは二つある。一つは、ほとんど離れて居ない位置を二つ選んでしまった事。

 渡河作戦においては、橋を渡す事こそが第一義であり、いかに兵力が分散しようと、まずは橋を架(か)ける必要があったのだ。

 結局、クラウは圧倒的に有利に関わらず、名前ばかりの

2方向作戦を展開してしまったのだった。

 さらに、もう一つのミスは最初から手の内を見せてしまった事である。二カ所で橋を架けようとしている事をロータが知れば、ロータはそれなりの対応をするだろう。

 しかし、仮に、まず一つの箇所(かしょ)で架橋(かきょう)を始め、その後、少しの間を入れてから、別の箇所で架橋を始めれば、相手の意表を突けるうえ、対処され辛(づら)いのだった。

 何故なら、ロータの立場からすると、何処(どこ)からでも渡河されていいように、なるべく広範囲に兵を分散させておくだろう。

 それから渡河されかかってる場所に兵力を集中させるわけだ。

 しかし、最初から二カ所で攻められたら、ロータもまた兵力を素早く、二カ所に割り当てるのが可能だった。

 

一方、最初に一カ所から渡河すると見せかけ、少しの時間差で二カ所から攻める場合、ロータは一カ所目に戦力を集中しているので、二カ所目に兵力を送りづらくなるのだった。

 さらに、ロータが複数箇所からの時間差での渡河を予想していたとしても、一カ所目から見て、上か下か、どちらから

二カ所目が来るか分からないので、対処に困るのであった。

 

ともかく、クラウの戦術にロータは簡単に対処した。

 一カ所で戦闘が始まり、二カ所目にも人員が送られた。

 ラース-ベルゼの架橋-作業員に次々と砲弾が降り注いだ。

クラウ「対岸に橋頭堡(きょうとうほ)を確保しろ。急げッ!」

 と命じた。

 そして、水陸両用車の中と上に大勢の兵士が乗り、河を越えていった。この間に多くが凶弾に倒れた。

 そして、生き残って川を越えた兵士達は河岸(かわぎし)に伏せた。銃弾が、そこかしこを飛び交(か)っていた。

 すると、ラース兵の前方に薄く光る何かが見えた。

班長(これは結界か?高さ数メートルほどの結界が長く長く、

   張られている。これを破壊せねば。しかし、砲兵は何をしている。何で、破   壊できない)

 すると、砲弾が結界の一部を破壊した。しかし、十秒ほどで、

結界は再生してしまっていた。

班長(最悪だ。よほど、優秀な術者が向こうに居るのだろう。

   ともかく、爆破し、そして、中に入らねば。そうせねば、

   高位の能力者が投入される。今、彼等を失うわけには

   いかん)

 しかし、班長は勘違いをしていた。結界術はヤクトにおいて、防御の基本であり、この程度の結界はヤクトでは-どの小隊でも張る事が出来た。

班長「突撃番号1!突撃ッ!」

 しかし、番号をふられていた兵士は動こうとしなかった。

兵士「死んでます」

班長「2番!行けッ!」

 しかし、2番の兵士は震えていた。

班長「どうした、行け。お前は生きているだろうが」

兵士「ひ、ヒィィィィイ」

 そして、2番の兵士は川に逃げ出した。

班長「馬鹿者がッ!」

 そして、班長は2番の兵士を撃ち殺した。

班長「さぁ、どうした。ラース-ベルゼに栄光あれッ!3番ッ!」

3番「あ、あああああああああああッ」

 と叫びながら、爆弾を抱え、走っていった。

 しかし、途中で撃ち殺された。

 すると、班の付近に砲弾が落ち、班長達は吹き飛んだ。

班長(クゥ・・・・・・。運が無い・・・・・・。いや、まさか、狙ったのか?)

 すると、他の班が同じように突撃を繰り返していた。

 ちなみに、突撃をするなら、一人づつでは無く、ある程度の

人数で行うべきであった。

 そうする事で、勇気の足りない者もつられて突撃するし、

相手からの狙撃を分散させられた。ただし、これを行うと、

死ぬ時は大勢-死ぬので、指揮官に余程の覚悟が無ければ、

出来ない方法だった。

 そして、大勢が死ぬ中、とうとう、捨て身の爆破で、結界は

砕かれた。

 結界が再生する前にラース兵達は駆け、中に入っていった。

 しかし、次の瞬間、彼等の首は切断された。

ロータ『閉じろッ』

 と、ロータは部下に命じた。

そして、結界は再び、閉じられた。

 長い、長い、攻防が始まったのだった。


 ・・・・・・・・・・

 一方、もう片方での渡河は比較的スムーズに行われていた。

 これはロータ達が、こちらでのラース軍の偵察部隊に気づけていなかったからだった。

ただし、ロータの警戒部隊が、こちらでのラース軍の渡河に気付いて、すぐにロータに報告していた。

なので、現在、カポ率いる小隊が必死に駆けている所だった。しかし、彼等が着くには、あと10分はかかった。

 カポ達-歩兵の移動だけなら、すぐに済んだが、砲兵の移動には手間がかかった。

 浮遊魔法で機材を浮かし、カポ達は必死に運んでいたのだった。装甲車は高低差の多い、この土地では上手く使えなかった。

 この彼我の戦力差では砲弾が無ければ、勝てなかった。

 幸いな事に、大隊が撤退する時に、多くの砲弾を置いていってくれたので、砲弾には困らなかった。

 一方、ラース-ベルゼ軍は、こちら側の架橋(かきょう)を完了させた。

小隊長「よし、渡せ」

 そして、戦車が橋を渡っていった。さらに、間髪入れずに、

魔導アルマが後ろに続いた。その前後を歩兵が守った。

 すると、嫌な音が響いた。

 そして、橋は崩れ、戦車と魔導アルマと兵士達は川に落ちていった。流石のラース-ベルゼの技術であった。

小隊長は流れ出る冷や汗を止められなかった。

部下「て、敵の攻撃は受けてませんよね?」

小隊長「言うな・・・・・・。攻撃を受けた事にしよう。俺達の首が

    危ない」

部下「・・・・・・了解・・・・・・」

 そして、架橋作業を再開し出した所で、カポ達の攻撃が本当に始まった。

 今、二カ所で壮絶(そうぜつ)な死闘が始まったのだった。


 ・・・・・・・・・・

 そんなイアンナの喧噪(けんそう)が嘘のように、南の臨時-首都アークでは、人々は穏やかに過ごしていた。

 しかし、そんな中、ビッグスは外交という戦争に従事しようとしていた。

ビッグス(約束の9時、ぎりぎりになってしまった。ともかく、

     チャイムを)

 そして、ビッグスはチャイムを鳴らした。

『はい』

 との女性の声が聞こえてきた。

ビッグス(女性?しかも、若い。誰だ?)

 と、ビッグスは一瞬で思考した。

ビッグス「あの、私、カーンさんの旧友のビッグスと申しますが」

『ああ、ビッグスさんですね。今、開けますから』

 すると、門が自動で開いた。

 そして、ビッグスは門をくぐり、玄関の扉を開いた。

 そこにはメガネをかけた女性が迎(むか)えていた。

ビッグス「ええと、お姉様ですか?」

女性「あら、やだ。違いますよ」

ビッグス「じゃあ、お、奥様ですか」

女性「あらあら」

 すると、カーンが走ってやって来た。

カーン「何やってんだ、母(かあ)さん!」

ビッグス「か、母さん。実の?」

カーン「ああ、そうだ。そうだよ。間違っても、さっきみたいな発言はするんじゃない。いいな」

ビッグス「いや、でも本当にお若いですね。カーンの彼女さん

     かと思いましたよ」

母「あらあら」

カーン「だから、それを止めろって言ってるんだ!」

ビッグス「なぁ、カーン。お前、彼女居ないのか?」

カーン「・・・・・・」

ビッグス「ま、まぁ、俺も居ないしさ」

カーン「・・・・・・。別に居ないとは言ってない」

ビッグス「そ、そうか」

カーン「付いてこい・・・・・・」

 そして、カーンは自室に連れてきた。

カーン「本当は居間で話そうかと思ったが、母さんがうるさそうだからな、ここでいい」

ビッグス「そ、そうか・・・・・・」

カーン「うるさい、分かってるさ。リベリスでは結婚してない

    奴は、信用されない。向こうでは家族ぐるみの付き合いが重要だからな。リベリスで成功したきゃ、一度は

    結婚してなきゃいけないのさ。まぁ、だから、同性愛者が偽装結婚したりするんだけどな」

ビッグス「そ、そうか。お前も大変だな。でも、ここはヤクトだし」

カーン「止めろッ。哀れむなッ!」

ビッグス「い、いや、別に哀れんでなんか」

カーン「お前の方はどうなんだ」

ビッグス「いや、今はフリーだけど。気楽でいいさ」

カーン「よくそれで、大佐に成れたな。軍人もそのレベルに

    なると、上司に結婚を勧められるだろ」

ビッグス「まぁな。まぁ、俺にも思うところがあるんだよ」

カーン「まぁ、いい。それより、本題だ」

ビッグス「あ、ああ。そうなんだ。助けてくれ。この通りだ」

 と言って、ビッグスは土下座をした。

カーン「俺はお前のせいで、外務省の出世コースから外れた。そして、今や、無職さ。一方、お前は随分、出世したな。今の身分は何だ?」

ビッグス「・・・・・・官房長官をやってる」

カーン「官房長官ッ?ヤクトも終わったな。人材不足にも程が

    あるぞ。ギャグだな」

ビッグス「それでも、この国を回してかなきゃいけないんだ」

カーン「なら、官僚にでも任せとけ。全部やってくれるさ」

ビッグス「閣下がそれを望んでいない」

カーン「閣下。ははッ。知ってるか。俺達が生まれてから、

    二度、官僚を排除しようとした政権が誕生した。

    政権というか与党か。一つは十年前の民政党。そして、

    二度目が一年半前の社国党。どちらも。親ラース-ベルゼの共産主義政党     だ。この両者は官僚を排除して、自分達で政治を主導しようとした。その    結果、どうなったと思う?」

ビッグス「さ、さぁ・・・・・・」

カーン「かつてない程、強力な財務官僚-体制が生まれたのさ」

ビッグス「どうしてだ?」

カーン「政治家は、勉強すれば法案は自力で作れるかも知れない。それも怪しいモ    ノだが。しかし、絶対に自力で作れないモノがある。それが何か分かる     か?」

ビッグス「いや・・・・・・」

カーン「予算だ。予算のノウハウは政治家には無い。そして、

    予算を取り仕切るのが財務省だ。分かるか?笑わせる事に、官僚を排除し    た結果、予算だけはどうしようも

    ないから、財務官僚だけが残った。そして、財務官僚はしたたかに、自分    達の権力を増やしていったのさ。

    それまでは経産省や総務省とかが、財務省の横暴を

    最低限、抑えていたわけだが、その官僚達が外されて

    しまったからな。財務省の一強となったわけだ」

ビッグス「だが、与党も財務官僚の力を削ごうとしたんじゃ

     ないのか?」

カーン「いや、無理だ。無理だったんだよ。もし、そんな事をすれば、『予算案を    作りませんよ』、という事になる。

    結果、どうだ。13年前の民政党において、消費税増税

    が叫ばれただろう。あれこそ、財務省の入れ知恵さ。

    予算が増える方が、財務省の権益は拡大するからな」

ビッグス「そんな裏事情が・・・・・・」

カーン「ただ、今回は財務省も言う事を聞くかもな・・・・・・。

    下手に逆らうと殺されるかも知れないしな。もっとも、俺が財務官僚な     ら、退職するかな。目を付けられて、逮捕されたくないし」

ビッグス「・・・・・・」

カーン「ともかくだ。官僚を敵に回してもロクな事にならんぞ。

    この助言が土下座分だ」

ビッグス「あ、ああ。それで、今、レオ・レグルス政権は人材が不足してるんだ。お前、外務省のキャリアだったろう。頼む。力を貸してくれ。外務大臣にだって、

     してやれると思う」

カーン「ふざけんなッ!」

 とカーンは叫んだ。

カーン「俺が、俺が・・・・・・。そんな、おこぼれをもらう真似をすると思うのか?     なぁ、どうだ?そんな事も分からないのか?そんな事も分からずに、政治    の世界を生きて行こうというのか?」

ビッグス「悪かった。本当に、すまなかった」

カーン「いい・・・・・・、そう謝るな。いくら謝られても許す気は

    ない。それに、俺も命は惜しいんでな」

ビッグス「どういう事だ?」

カーン「いずれ、レオ・レグルス政権は崩壊する。これは確実だ。その時、多くが逮捕されるだろう。これは必然だ。

    軍事政権の末路はいつだって悲惨だ。お前がどれ程に

    理想を叫ぼうとな」

ビッグス「・・・・・・」

カーン「ともかく、大体、官房長官が-こんな所で何やってるんだ。SPもロクに付けずに」

ビッグス「ああ・・・・・・。あまり、動きを人に知られたくなくて」

カーン「まぁ、いいさ。能力者だったな、お前も」

ビッグス「それ程、強くないさ。高位の能力者は現場に送られるから」

カーン「しかし、うらやましいぜ。俺の母さんも、能力者さ。

    そのせいか、全然、老けねぇんだよ。嫌だよな。いつか、俺の方が老けて見える事になるのかも-と思うとよ」

ビッグス「別に、能力があるからって、いいわけじゃ。それに、そもそも能力者が老けにくいってわけでもないし」

カーン「うるせぇッ。俺は、俺は能力が欲しかった。だが、

    父親の血を濃く継いだせいか、俺は能力に目覚めなかった。母さんを捨てた、あんな親父の血が入ってるかと思うと、ぞっとするぜ」

ビッグス「母さんを大切にしてるんだな」

カーン「うるせぇッ。それじゃ、マザコン、みてぇじゃねぇか。

    大体、母さんも、うっさいだけで・・・・・・。まぁいい。話がこんがらがって来た。もう、帰れよ」

ビッグス「嫌だ。頼む。お前の力が必要なんだ」

カーン「帰れよ。いいから」

ビッグス「嫌だ」

カーン「帰れっつってんだよ」

ビッグス「嫌だと言ってる」

カーン「クソッ、警察を呼ぶぞ!いや、駄目か。警察もお前の

    支配下にあるわけか。逆に俺が逮捕されかねないな。

    ハハッ。大体、何なんだよ。何でそこまで、俺を頼る。

    何で、レオ・レグルスの言うとおりにしない?そうまでして、お前は何を    得る?」

ビッグス「ヤクトを救いたい」

カーン「ハッ。きれい事だな。そういうタイプの人間だったか。

    まぁ、軍人はそういう単純馬鹿が多いか」

ビッグス「違う・・・・・・。それだけじゃない」

カーン「じゃあ、どれだけなんだ?」

ビッグス「俺は・・・・・・倒したい奴が居るんだ」

カーン「倒したい奴?」

ビッグス「ヘンリー・ウォード国務長官だ」

カーン「その名・・・・・・、その名か・・・・・・。いいぜ、話だけは

    聞いてやる」

ビッグス「本当か?」

カーン「ああ、俺も奴とは浅からぬ因縁があるからな・・・・・・」

 と、カーンは暗く答えた。

 そして、ビッグスは事情を説明した。


 ・・・・・・・・・・

 この頃になると、ロータが指揮する第一エリアと、カポの

指揮する第二エリアでは、両地区とも戦闘はさらなる激しさを

増していた。

 ただし、第二エリアでは、本陣から迂回(うかい)して移動していた

装甲車がようやく到着し、カポ達は少し優勢となった。

 しかし、カポ達の張った結界は次々と破られており、魔力の

無駄となるため、そのままの状態で戦闘を続けた。

 カポは装甲車を盾にして、時折、顔を出し、銃を撃った。

 辺りは銃弾と砲弾が行き交(か)い、ヤクト、ラース-ベルゼ、両軍

に戦死者が続々と出ていた。

 ラース兵は数にモノをいわせて、側面に回りこもうとして来た。

 それを防ごうと、ヤクト兵は先に、さらに回り込んで、ラース兵を撃ち殺して行くも、移動時にヤクト兵は何人も撃たれていた。

 この時代、ヤクトでは炭素繊維による軽量化された盾が採用

されていた。移動時に射線を防ぐように構え、銃弾を防ぐのだった。そして、いざ射撃位置に着いたら、盾の覗き穴から、

銃口を出し、銃を撃つのだった。

 なので、盾を全く使わないラース兵に比べ、ヤクト兵は

圧倒的に死にづらかった。

 ただし、ラース兵は盾を使わないのでは無く、使えないのであった。何故なら、炭素繊維の技術はラース-ベルゼには存在せず、通常の盾だと重く成りすぎて、使い物にならないのだった。

 実際、ラース兵の部隊では鎧をまとうモノもあったが、機動性に欠け、あまりに弱かった。

 ちなみに、中位-以上の能力者は、強度な結界で身を守れるので、あえて盾を使うモノも少なかった。

 

 一方、全般の戦況には変化が訪れていた。

 戦域が拡大し、第一エリアと第二エリアの間の第一側に新たな戦域、第三エリアが生まれていた。

 そこを必死に渡河し続け、第一エリアへと回り込もうとするラース兵を、タラン率(ひき)いる第2、第3歩兵小隊と第2砲兵小隊は迎え撃っていた。通常、砲兵は中隊以上で運用されるが、

人員不足の状況では、そうも言ってられなかった。

 しかし、はからずも、それが小回りの効く砲兵の運用に繋がっていたのだった。

タラン『死守しろッッッ!ここを抜かれたら、終わりだぞッ!』

ヤクト兵『了ッ!』

 そして、タラン達は鬼神の如き、働きを示した。

タラン『ハッ!』

 そして、タランの中規模-魔法が発動し、上空から、緑の光が

降り注ぎ、ラース兵を焼き尽くした。

 

 一方、ボルドの副長クラウは背筋が凍っていた。

クラウ(今、何人、死んだ?次々と、部下達が命を散らし、

    マナが大気を舞っている。止めるべきなのか?いや、

    駄目だ。ここまで来ては退けん)

クラウ「仕方ない・・・・・・。対戦車ヘリを出せ」

 と、クラウは命じた。

 しかし、これは明らかな失策だった。

 攻撃ヘリコプターは一見、強力に見えるが、その実、

地対空ミサイルに弱く、歩兵の撃つ対空ミサイルであっけない

程に落とされるのだった。

 故に、攻撃ヘリは基本、地形を利用して隠れながら進み、

敵を発見したら一気に出て、攻撃し、すぐに障害物を利用しながら隠れるように離脱するのだった。

 さらに、戦闘機に見つかれば、ヘリは即座に撃破された。

なので、制空権を取られている現状において、ヘリを出すのはヘリの無駄使いと言えた。

 しかし、現状の打破の為、クラウはヘリ部隊を投入した。


タラン(馬鹿な、ヘリだとッ!)

 と、タランは迫る轟音(ごうおん)に気づき、上を見上げた。

 タランは敵の攻撃ヘリが高高度から、こちらを狙っているのを感じた。

 彼は盲目であったが、人一倍、聴覚と嗅覚と魔力探知に優れ、並の能力者以上に周囲の状況を理解できた。

タラン『ロケット・ランチャー、用意ッ。対象、敵ヘリ部隊。

    撃てッ!』

 そして、ロケット・ランチャーが放たれたが、いかんせん、

敵ヘリの高度が高いため、外れていった。

タラン『第2特科(砲兵)小隊!敵ヘリ部隊を狙えるかッ?』

小隊長『命令とあらばッ』

タラン『最優先で落とせッ!』

小隊長『了解』

 そして、砲兵達による迫撃砲が放たれた。

 弧を描くように榴弾(りゅうだん)は飛んでゆき、次々とヘリに命中していった。ヤクトの技術の高さゆえ-だった。

観測員『着弾、確認!』

 しかし、煙が晴れると、ヘリ部隊は、まだ残っていた。

 一機、火を噴きながら落ちていったが、残りの3機は依然、

上空に留(とど)まっていた。

 そして、ヘリによる、ガトリング斉射が行われ、ヤクト兵の

血しぶきが上がった。

 タランは魔力を集中して、ヘリに放つも、へりに覆われた

結界に弾かれた。

タラン(高位の能力者かッ!しまった!あの高度では・・・・・・。

    マニマニのレーザー攻撃を要請するか?だが、

マニマニは怪我をしている上、我々の離脱の切り札だ。

    どうする)

 すると、ホシヤミがタランの隣にやって来た。

ホシヤミ『大丈夫ですよ。僕がやりますから。タランさんは、

     地上の敵に集中して下さい。ね』

タラン「まッて・・・・・・・」

 しかし、ホシヤミは夜空を飛び、ヘリに向かって行った。

 ヘリはホシヤミの存在に気付き、豪雨のような銃弾を降らせていった。

 しかし、ホシヤミは-ひるむ事無く、結界で身を守り、高度を

上げていった。

 結界にはヒビが入り、結界の破片がホシヤミの腕や頬(ほお)を切った。

 そして、ホシヤミはヘリを射程圏内に入れた。

 次の瞬間、中規模-魔法の《グラビティ改》が展開し、強大な重力場が発生し、一点に向かいヘリは吸い込まれていった。今、ヘリとヘリはぶつかり、爆発していった。

 しかし、次の瞬間、ミサイルがホシヤミに突き刺さっていった。残った一機の隊長機からの攻撃だった。

 ホシヤミの結界は完全に砕けていった。

ヘリ隊長[死ねッッッ!]

 部下を殺された隊長は怒りのままに、APFSDS(貫通-

徹工弾)の発射スイッチを押した。

 次の瞬間、正確な魔導制御による精密射撃により、ホシヤミの体は貫かれた。

 さらに、だめ押しと-ばかりに機銃が放たれ、ホシヤミの体は

弾け散っていった。

 

首だけとなったホシヤミは暗くなりつつある意識の中、思うだのだった。

ホシヤミ(姉さん・・・・・・。会いたかったな・・・・・・もう一度)

 そして、ホシヤミの肉片は地に降り注いだ。

タラン『ホシヤミ君ッ!あああああああああああッッッッッ!』

 とタランは半狂乱になりながら、魔力を右腕に集中させた。

 そして、緑の光がヘリを襲った。

ヘリ隊長[届くかッッッ!]

 そして、結界が緑の光を弾いていった。しかし、プロペラに被弾し、ヘリは墜落していった。

 すると、ヘリは姿を変え、飛翔艇と変形していった。

 それは隊長の能力だった。

ヘリ隊長[皆殺しだッ!俺の魔力が尽きるまでなッッッ!]

 そして、飛翔艇と化したヘリから、魔弾が放たれていった。

 その内の一つがタランに直撃した。

ヤクト兵「隊長ッッッ!」

 

 一方、ロータは第三エリアでの異変に気付きだした。

ロータ『マニッ!行ってくれ!』

マニマニ『マニッ!』

 そして、マニマニは巨大化し、敵の飛翔艇に向かって、黒い

レーザーを放っていった。

 しかし、敵の飛翔艇は、それを弾き、逆にミサイルを撃ってきた。マニマニは元々、弱っていたため耐えきれず、落ちていった。

ロータ『マニマニッッッ!』

 

 その様子をクラウは監視していた。

クラウ(いける、いけるぞッッッ)

クラウ『突撃ッ、突撃せよッ!敵は怯(ひる)んでるぞッ!ラース-ベルゼの恐ろしさを奴らに刻んでやれッ!』

 とのクラウの言葉に、ラース兵は士気を高め、死を怖れずに

川を渡っていった。

ロータ『このッッッ!』

 ロータは侵入してくる敵兵を次々と凶刃で切り落としていった。

ドリス『ロータ・コーヨ大尉ッ!もう、持ちません!転進をッ!』

ロータ『クッ、だが、今、退けば-それこそ全滅だぞッ』

ドリス『私と分隊が時間を稼ぎます。その隙に』

ロータ『だがッッッ』

 すると、敵の切り札である飛翔艇にミサイルが突き刺さり、爆発した。

 そして、飛翔艇は森へ落ちていった。

ロータ『何だ?』

ドリス『あ、あれは・・・・・・』

 すると、高速でヤクトの戦闘機が一瞬で通り過ぎていった。

ロータ「ヤクトの空軍・・・・・・。来てくれたのか・・・・・・」


クラウ「馬鹿なッ。ヤクトの空軍だとッ。何故ッ!」

 と、クラウは叫んだ。

 それは全くの偶然だった。ヤクト空軍の偵察機がイアンナ-

上空を飛んでおり、たまたま、戦闘を発見したのだった。

 そして、急ぎ電信を送り(魔導ジャマー下でも、単調な音で

ある電信は比較的、届きやすかった。特に、上空では)、戦闘機の支援を求めたのであった。

 ヤクト空軍の動きは素早く、即座に、マルチ・ロール(多機能)戦闘機を送った。

 そして、何とか、危機的状況に間に合ったのだった。

 ただし、何故、偵察機がイアンナ上空に居たかというと、

それはヤクト空軍は、ロータ達が戦っている事を信じていたからでもあった。

 その意味では必然とも言えた。

とはいえ、雲の濃度が低く-なっていたのは全くの偶然で

あり、これはロータ達の悪運の強さを物語(ものがた)っていた。

隊長機『アロー2、アロー3、アロー4。これより、敵陣の爆撃に入る。高度を下げるが、あまり下げすぎるな』

アロー各機『了解』

 そして、4機の戦闘機により、旧式の誘導爆弾が落とされていった。

 ヤクト空軍は対地ミサイルを保有して居なかった。これは、

過度な平和主義によるモノで、敵地の地上部隊を攻撃する事を

想定して居ないという事で、対地ミサイルを自主的に破棄する事となったからだ。

 とはいえ、軍部の必死の働きかけで、ミサイルと呼べない

手動の誘導爆弾については残される事となっていた。

 だが、それでも誘導爆弾の威力は高く、ラース兵達は次々と

吹き飛んで行った。

 これにラース兵は混乱し、一方、ヤクト兵は勢いを盛り返した。

 しかし、クラウは退くに退けなかった。

クラウ『進めッ!ひるむなッ!戦闘機は、すぐに居なくなる!

    進めッ!勇敢なるラース-ベルゼの兵士よッ!銃殺刑にあいたいのかッ』

 とのクラウの悲痛な叫びに、仕方なしに、ラース兵は突撃を再開した。

 しかし、動きに-ためらいのある兵士は、いい的(まと)だった。

 すると、ヤクトの戦闘機-達は反転し、機銃を斉射(せいしゃ)していった。

 高速かつ中高度にも関わらず、その射撃は正確で、ラース兵を肉(にく)塊(かい)に変えていった。

 しかし、ステルス用に作られた戦闘機では、装備が少なく、

これ以上の支援は不可能だった。

 そして、戦闘機は名残惜(なごりお)しそうに去って行った。

 勝敗は決していた。しかし、ロータの決断は早かった。

ロータ『総員、予備陣地へ転進ッ!』

 そして、ロータ達は一気に、後退していった。

 この時、今度は極力、重傷者を抱えて撤退するのだった。


伝令員『敵は後退を開始した模様!追撃しますか?』

クラウ『いや、いい・・・・・・。あくまで、橋頭堡、確保に努(つと)めてくれ・・・・・・』

 とクラウは命じた。

 しかし、クラウはここで追撃をすべきだった。

 もし、ここで攻撃を続けていれば、ロータ部隊を壊滅させられたかもしれなかった。とはいえ、多くの部下が死に、戦意も喪失する中で、人は勇敢さを保てないものであろう。

 そして、死闘に終止符が打たれたのであった。

 

・・・・・・・・・・

 一方、臨時首都アークでは、ビッグスは事情をカーンに説明

し終わっていた。

カーン「なる程、あいつらしい-やり口だな」

ビッグス「それで、現状を打破したいんだ。何か手は無いか」

カーン「フム・・・・・・。こればっかりは、何とも言えないなぁ。

    合衆国にもラース-ベルゼ人は大勢住んでるし、しかも、

    社会統一党は彼等をテロリストに仕立て上げる気、満々だしな」

ビッグス「そ、そうなのか?」

カーン「そうだよ。だから、危険なんだよ、あの国は」

ビッグス「だとしても、リベリスもいつかは軍事侵攻するつもりなんだろ?今は様子見なだけで」

カーン「そりゃそうさ。国際世論が許さないだろう。待てよ。

    そうか・・・・・・。そうだな・・・・・・」

ビッグス「ん?どうした?」

カーン「いや、かつての大戦でも、リベリスは中々、大戦に

介入しようとしなかった。

でも、エスタ国のユーシス人-大虐殺が公(おおやけ)になって、

エスタ国と、同盟のヤクトに対し、宣戦布告したわけだ」

ビッグス「つまり?」

カーン「国際世論を味方に付ければ、リベリスも動かざるを得ない。何か無いのか?虐殺とか、何か?」

ビッグス「虐殺は恐らく、起きていると思う。ただ、証拠が無い。虐殺というからには、十人や二十人じゃ、駄目なんだろ?」

カーン「そりゃそうだ。最低でも千人は死なないと」

ビッグス「千人・・・・・・」

カーン「だって、そりゃそうだろ。今度、リベリスが参戦したら、それこそ世界大戦だ。下手したら、何万という

    リベリス兵士が死ぬ事となる。だから、参戦にはそれなりの理由がいるんだよ」

ビッグス「帝都から脱出した者の情報だと、敵の火炎系-能力者

     により、大勢の、それこそ何万のヤクト人が犠牲になった可能性があるとの事だ」

カーン「うーん、それは微妙だな。まぁ、公(おおやけ)に情報として出した方がいいだろうが、ただの炎と誤魔化される可能性がある。偶然の事故だったと」

ビッグス「馬鹿なッ!」

カーン「そんな事、言われても、外交なんて-そんなもんだ。

    俺がラース-ベルゼのお偉いさんだったら、白々しく

『追悼(ついとう)の意を表します。不幸な事故でした』とか、

言うだろうね。それで、救助活動を必死に行(おこな)ってる

ラース兵士の画像を世界に発信するとか」

ビッグス「本当に、奴等ならやりそうだな・・・・・・」


カーン「ともかく、もっと明確に殺そうとした証拠が必要なんだよ。かつて、エス    タ国が毒ガスでユーシス人を虐殺したみたいにさ」

ビッグス「うーん、でも、まだ戦争は始まったばっかで、

     そんな明確な証拠なんて・・・・・・」

カーン「それもそうだな。うーん、じゃあ、別のアプローチを

    考えるか・・・・・・。ともかく、何か、外国人の心に火を

    点(つ)けるような、何かがあれば-いいんだ」

ビッグス「うーん・・・・・・」

 そして、二人は悩み考え出した。


 ・・・・・・・・・・

 夜の森を、そのラース-ベルゼの偵察部隊は駆けていた。

 偵察部隊とは名ばかりで、彼等の本質は暗殺などの汚れ仕事だった。

彼等の目標は先日、港町カラビアに現れた、能力を有する狼

であった。

 話は少し遡(さかのぼ)る。

 カラビア地区を担当するアポリスの元に、総司令部から、

命令が下された。

 イアンナ盆地で戦闘中のボルド大隊に至急、援軍を送れ、と。

 これに対し、アポリスは主力の三千の兵で、イアンナへ向かう事を決定した。

 司令部では作戦会議が行われていた。

 司会-進行役は、アポリスの副官であるラゼルが行っていた。

ラゼル「さて、大まかな説明は以上です。繰り返す事になりますが、我々はこれより、主力部隊をイアンナに向かわせ、残りをカラビアの防備に置いておく事となります」

ラゼル「さて、ここで重要なのが、我々は元よりイアンナ方面への進軍を、軍上層部に申請していました。その結果、

    我々がイアンナにて成すべき事は、三つ出来てしまったと思われます」

アポリス「続けてくれ」

ラゼル「一つは、これは上からの命(めい)である、ボルド隊への援護

    です。これは絶対ですね。

    さて、二つ目はイアンナ近郊の山岳地帯に存在すると

    思われる、敵ゲリラ部隊の撃破。まぁ、これは後回しでも、いいでしょ     う。

    三つ目は、イアンナ方面へ向かったとされる、敵能力者の追跡、排除で     す」

ラゼル「もちろん、上からの命令に-ただ従っていれば、基本、

    よいのですが、何せ魔導ジャーマーの支配下ですからね。無線もロクに使    えません。伝令もきちんと行って帰ってくるかどうかも分かりません。な    ので、一応、独立で色々とやらねばいけないでしょう。

    実戦ですしね」

アポリス「その通りだ。上からの命令に、ただ付き従っている

     だけでは、大した功績も挙(あ)げられない。もっとも、

     これは上からの命を無視しろという事ではない。

     重要なのはだ。上からの任務をきちんと遂行した

うえで、いかに付加価値をつけられるかだ」

アポリス「さて、ただし、目的が多いと、いざという時、

     どちらの方向へ-むかえばよいか、分からなくなって

     しまう。だから、シンプルに行こう。今回は、あくまでボルド隊の支援だ。他の二つの目的はオマケだ。

     いいな」

士官達「了解!」

アポリス「さて、ボルド隊が戦闘している、敵-歩兵部隊は人数

     からすると、取るに足らない存在だ。しかし、彼等

     が抵抗組織のヤクト自由解放-戦線と合流したら、

     中々に厄介だ。敵-指揮官であるロータという男も

     はなはだ曲者(くせもの)と言うしね」

アポリス「まぁ、ただ-ここからイアンナへ向かうには早くても三日、慎重に行けば一週間は-かかるかな。敵の爆撃機が飛んでる中、昼間の進軍は控えたいしね。

     とはいえ、夜は敵ゲリラの起き出す時間だ。まぁ、

     仕方ない事ではあるがね」

アポリス「まぁ、焦(あせ)らず、それでいて迅速(じんそく)に行くとしよう。

     一応、四日を目標としよう。そう、先方(せんぽう)に伝えておいてくれ」

ラゼル「承知しました」

アポリス「さて、では、進軍ルートだが」

ラゼル「今回の作戦では、進軍ルートは次のように-なります」

 そして、ラゼルは板上に地図を示した。

ラゼル「カラビアとイアンナの間は山地となっており、一直線には進めません。故    に、下に迂回(うかい)して、イアンナへと向かう事になります。途中の国道    の多くは敵に爆破されて寸断されて居るでしょうから、多少は進軍にも影    響は出るでしょう。しかし、工兵も十分に用意されているため、そこまで    の悪影響はないと思われます」

アポリス「ヤクトは山が多く、平野が少ない。だから、中々に、

     ラース-ベルゼと同じように装甲車や戦車の運用は

     出来ない。まぁ、最近の戦車は質がいいから、多少の段差や、水田も踏     破できてしまうわけだけど。

     それでも、平地を進むのに比べたら、相当に、時間を費やしてしまう。     まぁ、ここらへんは、やってみなければ、分からないさ。ともかく、四     日後を目指していこう」

ラゼル(絶対、この人、三日くらいで、到着させる気だな。絶対、そうだ)

 とラゼルは確信していた。

 

 何故、アポリスが少し遅めの時間を言ったかというと、それは軍上層部やボルド隊に過度の期待を与えない為(ため)だった。

 進軍には危険が付きものである。なので、仮にアポリス隊が

大(おお)いに遅れたとしても問題ないように、少し遅めの時間を言っておいたのだった。

 さらに、味方にもスパイが居るかもしれないので、こう言った時間を、微妙に-ずらしておくのは有効と言えた。

 ただし、ラゼルの予感は外れる事となる。

 この後、アポリス大隊は二日間で、イアンナに到着する事となるのだった。


 すると、一人の士官が手を上げた。

士官「質問、よろしいでしょうか?」

ラゼル「どうぞ」

士官「情報によりますと、カラビアで目撃された、敵-能力者は

   イアンナとカラビアの間に位置するアイク山岳地帯に

   逃げ込んだとの事ですが、これでは、我々の進軍ルート

   と外れており、敵を捕捉(ほそく)できないのでは?」

アポリス「全く、その通りだ。しかしだね、テヴェン上級大尉、

     今回の進軍ルートは山岳地帯の下を弧(こ)で覆うような

     形となっている。そして、このルートは補給線として、カラビアと本隊を結ぶ事になる。さて、一方、敵が山岳地帯を脱出して南へ逃げようモノなら、この補給線を通らねばならない」

アポリス「私は、今回、補給部隊を少し、多めに用意している。

     これは補給路の確保の為(ため)である。そして、補給路の

     各点に、常駐の分隊を置こうと思っている。まぁ、

     この程度の戦力では、敵を止められないと思うかもしれないが、敵も魔力を相当に消耗しているはずだ。

     しかも、山では気も心も安まらない。これで、十分な-はずだよ」

士官「理解いたしました」

アポリス「よろしい。まぁ、気持ちは分かる。我等が同志を、

     奴は、あの狼は殺してくれたわけだ。それを許す気は私には無い。必ず捕らえ、殺して見せよう。

     それが、死した兵士達への-せめてもの弔(とむら)いだと、私は思う」

 とのアポリスの胡散(うさん)臭(くさ)い言葉に、士官達は大きく頷(うなず)き、涙まで浮かべる者まで居た。

 一方、ラゼルは-それを冷ややかに眺めていた。

アポリス「しかし、しかしだ。今回の我等の任は、あくまで

     ボルド隊の援護だ。それを忘れてはいけないよ」

士官「ハッ」

 そ、士官は敬礼した。

アポリス「とはいえ、だ。とはいえ、あの能力者を、というか、

     あの狼を逃がすと厄介な事に成りそうでもある。

     私の心が、そう強く警鐘(けいしょう)している。故(ゆえ)にだ。

     小規模ながら、追跡部隊を送るとしよう。さて、

     誰か、我こそは-という者が居ないかな?」

 とのアポリスの言葉に一人の軍人が真っ先に手を挙(あ)げた。

アポリス「アーナード軍曹、君か。いいだろう。君達、第三

     偵察分隊なら、申し分ない」

ラゼル(全く、とんだ茶番だよ。何で、第三偵察の隊長が呼ばれて居るのかと思ったら)

アーナード「アーナード軍曹、任を承(うけたまわ)りました」

 

そして、現在、第三偵察隊の三十名は夜の山を必死に駆けているのだった。

アーナ(近い、近いぞ。クックック)

 とアーナ軍曹は蛇のように舌なめずりをしながら、思った。

 彼等は人殺しを楽しむ殺人鬼の集まりであった。

 そんな彼等にアポリスは最高の娯楽場(エンターテイメント)を提供し続けて来たのだった。

アーナ(しかし、まだだ、まだ、距離が少しある。とはいえ、

    捕らえたな。よし、明日、明日だ。明日に、追い込みをかけよう)

 とアーナは思い、部下達に小休止を命じた。


 ・・・・・・・・・・

 ニュクスの士官であり、(自称)シャインのライバルである-

ノワールはシャインの荷物をあさっていた。

ノワール(はぁ、何で私がこんな事・・・・・・。ん?あ。あった。

     このお札(ふだ)ね。仕方ない。しまっときますか)

 そして、ノワールは持参してきた袋にしまった。

 その瞬間、ノワールの指先から全身に-雷の如(ごと)き何かが通ったような錯覚に、彼女は陥(おちい)った。

ノワール(・・・・・・。あんまし粗末(そまつ)に扱わないようにしましょ)

 と思い、ノワールは去って行った。


 ちなみに、後に多くのニュクス・社会統一党員は処刑される事となる。

そんな中、彼女は特に何の咎(とが)めもなく、その後も悠々(ゆうゆう)自適に生活を送るのだが、それも、この時の功徳と言えたやもしれない。


 ・・・・・・・・・・

 ヤクト国皇子のクオンは現在、仲間達と共に、ヤクト自由-

解放戦線の森林パルチザンと行動を共にし、ラース-ベルゼ兵と

戦っていた。(結局、市街のゲットーに行こうとするもラース兵に見つかり、森林に逃げ込み、そこでパルチザンと出会った)

 

 ちなみに、都市部では市街レジスタンスが活動をしていた。

 この二つは活動を大きく異なっており、森林パルチザンでは

ラース兵にゲリラ的に攻撃を積極的に仕掛けており、小規模な

戦争と言えた。

 一方、市街レジスタンスは武器調達や、暗殺や、破壊工作と

いった秘密裏の行動を主とした。

 クオンは高位の能力者であるため、森林パルチザンにて、

活動を行っていたのだった。

 基本、活動は夜であり、ラース兵に奇襲をかけるのだった。

 ただし、魔力を使いすぎないように、当番の日が決められており、この日、クオンとアグリオは休みだった。

クオン「しかし、思ったより-ひどいな。全然、見方の軍事侵攻 

    が始まらない。これじゃ、じり貧だ」

アグリオ「ですね。フゥ。しかし、クオン。最近、当番以外の日も軍事関係などの勉強ばかりで、ほとんど寝てないのでは?」

クオン「もっと平時から勉強しておけばよかったと反省してるよ」

アグリオ「仕方ないですよ。それに、今からでも全然、間に合いますよ。クオン、貴方には軍事的なセンスが有りますから。むしろ、私の方ですね。本当に、勉強しておかねばならないのは」

クオン「そうか?アグリオは十分、すごいと思うけどな」

アグリオ「最低限の戦術は大学で勉強してましたが、ゲリラ戦や市街戦と言った、特殊な状況下での対応に関しては、習得してませんから」

クオン「うーん、でも、それ、本職でも厳しくないか」

アグリオ「まぁ、幸い、ネットは使えますから。必要な知識をそのつど勉強してますけど」

クオン「偉いな、アグリオは」

アグリオ「いえいえ。しかし、相手がラース-ベルゼでよかったですよ。相手がリベリスだったらネットも、おいそれと使えませんからね」

クオン「ん?どうしてだ?」

アグリオ「リベリスの国家-安全保全-省(DNS)では、全世界のネット回線を盗聴してますからね。特定ワードを

     検索するだけで、監視対象として引っかかる恐れが

     あります。悪口なんて絶対に書けませんね」

クオン「嘘みたいな話だな」

アグリオ「味方としては頼もしい限りですよ。特に今回は」

クオン「それもそうだな」

アグリオ「それでですね。たまには、少しはリラックス出来る

     話をしませんか?」

クオン「リラックス・・・・・・か。何か、どうでもいい話題って

あるかな?」

アグリオ「・・・・・・そうですね。恋話(こいばな)とか、どうです?」

クオン「こいばな-かぁ。その手の話、ファスとか好きそうだな」

アグリオ「まさしく。で、どうなんです。気になる娘とか居ませんか?」

クオン「え?俺?俺としては、むしろアグリオの好みを聞きたいんだけど」

アグリオ「うーん、私は今は特に居ませんねぇ」

クオン「そっか。じゃあ、俺もそういう事で」

アグリオ「クオン。『そういう事』と言うからには、誰か気に

なる人が居るんですね。誰です。誰ですか」

クオン「って、そんなに詰め寄らないでくれよ」

アグリオ「いえ、世継ぎを残すのも皇族の務めですから。それをサポートするのも私の重要な役割です」

クオン「単に俺の好みを聞きたいだけじゃ無いのか?」

アグリオ「そりゃもう。全ヤクト女性が気になっている所ですよ。全男性も」

クオン「はぁ、分かったよ」

アグリオ「おお、クオン。ついに、決心したのですね」

クオン「・・・・・・やっぱ、恥ずかしいから-いいや」

アグリオ「クオン。こ、ここまで来て、それは無いでしょう。ほら、ここは私の顔を立てると思って」

クオン「意味が分からないんだけど・・・・・・」

アグリオ「ともかく、頼みますよ。ロリコン以外なら受け入れる広い心の持ち主ですよ、私は」

クオン「・・・・・・やっぱり、恥ずかしいんだけど」

アグリオ「じゃあ、こうしましょう。私が質問しますから、

     『はい』か『いいえ』で答えて下さい」

クオン「・・・・・・分かったよ。質問は20回だけだぞ」

アグリオ「その人はヤクト人ですか?」

クオン「いいえ」

アグリオ「その人は皇族ですか?」

クオン「・・・・・・いいえ」

アグリオ「ふむ・・・・・・。その人は軍人ですか?」

クオン「・・・・・・はい」

アグリオ「・・・・・・そ、その人はシャ、シャインさんですか?」

クオン「・・・・・・うう、はい」

アグリオ「クオンッ、クオンッ、マジですか。オオオオオオ。

     びっくりしましたね、これは。とうとう、この

クオンを落とす女性が現れるとは。いやぁ、いやぁ、

これは凄(すご)い事ですよ。やはり、顔ですか?顔?」

クオン「いや、素顔とか見た事ないから。仮面から少し、見えるだけで」

アグリオ「それもそうですね。ネットには、いくつか画像が落ちてますが、偽物(にせもの)が多すぎて、どれが本物が峻別(しゅんべつ)が

     つきませんしね」

クオン「まぁ、そうなんだよ」

アグリオ「コホン、脱線しました。いや、しかし、全く気付きませんでしたよ」

クオン「そりゃ、気付かれないように-してたから」

アグリオ「・・・・・・しかし、水を差すようで悪いのですが、状況によっては彼女とも戦う事に・・・・・・」

クオン「ああ、分かってる。覚悟はしてるよ。今頃、何してるんだろ。シャインさん」

アグリオ「噂だと、ラース兵士に傷害を負わせ投獄されてるとか・・・・・・」

クオン「本当なのかな。レイプしたラース兵を斬って回ったって」

アグリオ「まぁ、あながち本当かもしれませんね。流石(さすが)に、

     完全な嘘なら、こうも出回らないでしょうし」

クオン「そっか、やっぱ、いいよなぁ」

アグリオ「クオン。何か、ドMな発言は止めて欲しいんですけど」

クオン「え?いや、俺だって、斬られるのは嫌なんだけど」

アグリオ「それは良かった。しかし、シャインさんは、腹心の

部下のジュノと、そういう仲という噂が・・・・・・」

クオン「うう、やっぱ、そうなのかな」

アグリオ「しかし、付き合いそうで-付き合ってないという噂も」

クオン「そ、そうかな。まだ付き合ってないかな」

アグリオ「クオン・・・・・・・本当に、クオンは面白いですね」

クオン「いやいや、俺も、彼氏-居る人と付き合おうなんて思わないから」

アグリオ「はは、クオンには、もう少し積極的になって欲しい

     モノですがね」

クオン「そんな事、言われても」

アグリオ「それで、何がきっかけだったんですか?」

 とのアグリオの言葉に、クオンはパーティでの出会いを話した。

クオン「それからはパーティがある度(たび)に、チラチラ、さりげなく-シャインさんを探したりしてたんだ」

アグリオ「なる程、道理で上(うわ)の空の時が多かったと」

クオン「え?そうだったかな。でも、結局、あの後、一回も

    会えなかったんだよぁ。覚えてる限り」

アグリオ「まぁ、あの人はパーティ嫌(ぎら)いですから」

クオン「俺も嫌いなんだけどなぁ」

アグリオ「はは。でも、パーティしてた時のが幸せでしょう?」

クオン「そうだな。いつか、またシャインさんとパーティで会いたいな。そしてら、絶対、告白するんだ。生きてる内(うち)に」

アグリオ「はは・・・・・・。まぁ、陰(かげ)ながら応援してますよ」

クオン「はぁ、無理にでも、シャインさんの事、色んな人に聞いとくんだったな。恥ずかしくて、ロクに何も聞けなかったけど」

アグリオ「・・・・・・。クオン、いや、いいです。今は何も言いますまい。全て分かっての事でしょうから。ただ、重ねて言いますが、覚悟だけはしておいて下さいね」

クオン「ああ、分かってるよ。分かってる・・・・・・」

アグリオ「しかし、クオンとシャインのカップルですか。中々、

     面白いかもしれませんね」

クオン「だ、だろ?」

アグリオ「ですが、私としては-もう少し大人(おとな)しめな女性と交際

     してもらいたいモノですね」

クオン「はは、そうだよな。王妃になる人だもんな」

アグリオ「クオン、そう悲しげな顔をしないで下さい。私は、

     いえ私達は、いつだって、貴方の幸せを願ってるんですよ。クオンの好きに生きたらいいと思います。

     この戦争さえ終わったなら」

クオン「ありがとう、アグリオ。ありがとうな。あんまし、

    突っ込まないでくれて」

アグリオ「いえ・・・・・・まぁ、この話はファス達には黙っておきましょう。色々と繊細(せんさい)な問題ですし」

クオン「ああ、ありがとな、アグリオ」

アグリオ「いえ、私に出来る事なら、何でも言って下さい。

     命に代えても、クオンをサポートしますから」

クオン「その言葉だけで十分だよ。さて、じゃあ、見回りでも

    してこようか。少し、外の空気を吸いたくなったよ」

アグリオ「ですね。気を引き締めるためにも」

 すると、一人のパルチザンのメンバーの男が早歩きでやって来た。

男「大変です。アグリオさん、あっ、そ、それにクオン皇子-

殿下」

クオン「クオンでいいよ。それより、何かあったのか?」

男「はっはい。市街部の人間からの情報で、どうもイアンナで

  戦闘が起きてるらしいです」

アグリオ「戦闘?」

男「は、はい。それがヤクト正規軍が戦ってるようでして」

アグリオ「馬鹿な・・・・・・。まだ、戦ってる部隊が有ったのか」

クオン「助けに行こう」

アグリオ「ですがクオン、そう安易に決めては。それで、敵の

     規模は?」

男「分かりません。ただ、相当な数としか」

アグリオ「・・・・・・ともかく、リグナとファスを呼び戻しま

しょう」

クオン「ああ。だけど、俺は一人でも行くよ。目の前で戦ってる人達が居る。その人達を見捨てたくないんだ。本当にどうしようも無い状況を除いて」

アグリオ「はぁ、分かりました。ともかく、まずは二人に連絡を」

男「は、はい。それと、この文書を」

 そして、男は文書を渡して、去って行った。

 クオンとアグリオは内容を確認して、決意を新たに強くした。

クオン「行こう、イアンナへ」

アグリオ「・・・・・・ええ」


 ・・・・・・・・・・

 ロータは予備陣地へ着くなり、倒れ込んでいた。

 そして、目を覚ますなり、起き上がった。

ドリス「ロータ・コーヨ大尉。お目覚めでしたか」

 とドリスはテントに入って来て、言った。

ロータ「状況は」

ドリス「戦闘は小休止ですね。死者は23と思われます。重傷者が5名-居ますから、さらに増えるかと・・・・・・」

ロータ「そうか・・・・・・・。ホシヤミは?」

ドリス「いえ・・・・・・」

ロータ「そうか・・・・・・。しかし、何故かな。こんな絶望的な

状況なのに、どうしてか心が騒ぐんだ」

ドリス「と言いますと」

ロータ「何か夢を見た気がする。遠い、遠い夢。人々が集まるんだ、このイアンナ    に。そして、新たな運命が開ける。

    そんな夢みたいな夢さ」

ドリス「そうですか。実は私も予感がしているのです。何かが

    起ころうとしていると。そんな予感でもなきゃ、この

    状況下で、これ程、まともに働けませんよ」

ロータ「今は待とう、機会を。いずれ訪れるであろう機会を。

    焦らずに。このイアンナで」

ドリス「ええ・・・・・・イアンナで」


 ・・・・・・・・・・

 ソルガルムと子供達と大人達は夜にも関わらず、進んでいた。

 不思議と彼等(かれら)に疲れは無かった。それはソルガルムの力であると彼等(かれら)は本能的に気付いていた。

 とはいえ、体力も無限では無いので、彼等(かれら)も小休止に入った。

 一般的な陸軍でも進軍中は一時間に十分は休憩を取るモノだった。無理に進めば、疲れが残るばかりか集中力も下がり、逆に効率が悪くなるからだ。特に夜間はそうだった。

リーラ「しっかし、どうするんだい?南へ抜けなきゃいけないけど、大森林が邪魔してる」

ソルガルム「フム、しかし、止まっているわけにも行くまい。

      友軍と合流-出来るといいのだが・・・・・・」

 すると、霊体の女性アステルが、無から現れた。

ソルガルム「アステルか、どうした?敵か?」

アステル「いえ、王よ。神託を受けました。北、北東へ向かえと。今、イアンナで大きく運命が変革しようとして

     います。三つの運命が重なろうとしている。そして、

     その時こそ、新たな運命が我等(われら)を導く事でしょう。

     王よ、どうか、私の言葉をお信じ下さい」

ソルガルム「分かった。アステル、お前の言葉を信じよう。

      向かおう、イアンナへ」

リーラ「イアンナへ・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・

 クオン達は支度を終えていた。

クオン「行こう、イアンナへ」

 その言葉に皆は静かに頷(うなず)いた。

クオン(シャインさん、シャインさん。俺は戦います。たとえ、

貴方(あなた)と戦う事となっても。きっと、貴方(あなた)もそれを許してくれますよね?ねぇ、シャインさん・・・・・・)

 と、クオンは誰にも知られる事なく、心の内で呟(つぶや)くのだった。


 ・・・・・・・・・・

 牢でシャインは目を瞑(つむ)りながら、物思いにふけっていた。

シャイン(人は・・・・・・あまりに無力だ。結局、神々の手のひらの上で踊らされているのかもしれない。でも、それでも、それでも、私はあらがい続けよう。最期の瞬間まで。ああ、そうだ。私は・・・・・・この世界を、この世界を愛したいんだ。どれ程(ほど)までに狂っていようとも、私は)

『愛して、愛して、愛して・・・・・・ねぇ、愛して』

 との異邦(いほう)の女神の声が響いた。

シャイン「黙れよ・・・・・・。お前もいつか殺してやるから」

『怖い、怖い。でも、人が神に敵(かな)うとでも?』

シャイン「条件しだい-ではね」

『フフ、フフフフフ。面白い、面白いわ、貴方(あなた)。全然、私達が

 望む方向と違う方向に行(ゆ)くのね。すごく、すごく、気になるわ。貴方がこれからどうなるか。主役となるか、ヒロインと

 なるか?それでも、この世界の滅びは確定してるのだけどね』

シャイン「運命は・・・・・・確定なんかしていない」

『そうかしら?まぁ、いいわ。貴方は大河(たいが)で哀(あわ)れにもピチピチ と飛び跳(は)ねて、川の流れを変えようとしている魚のような

モノ。結局は流れに流されるのみなのよ』

シャイン「それでも、私は私の道を行(ゆ)くだけよ」

『そうかしら?貴方は、王になるのよ。コロニーを導く王に。

 そして、夫として貴方の腹心の部下-ジュノが選ばれているの。それが運命(さだめ)。よかったじゃない、その時には子供も出来るのよ。オーファンとの契約の対価として失った子宮が戻ってきてね。フフッ』

シャイン「・・・・・・そう」

『あら、あらがわないの?』

シャイン「私は私の道を行くだけ。自らの意思で選んだ道なら

     後悔はしない。反省はするかもしれないけどね」

『ふふッ、それも賢明かもしれないわね。運命とは泥のような

 モノ。もがけば、もがく程、あらがえば、あらがう程に、

 より深み-へと沈み行く。フフッ、でも結末は同じよ』

シャイン「そう、なら、それでいいわよ」

 すると、シャインの胸がトクンと打たれた。

 イメージがいくつも打ち出された。

 そして、クオンの顔が思い浮かんだ。

『馬鹿な・・・・・・。そっち、そっちに行くというの?運命は?

 そんな、そんなの私達の予定には無い。嘘、嘘だ。そんな』

 と女神はうろたえた。

 次の瞬間、シャインは手刀で女神の霊体を切り裂いた。

『しま・・・・・・油断し・・・・・・』

 そして、女神の気配は消えていった。

シャイン「私は・・・・・・。どうしたんだろう。胸が高まって仕方ない。私はクオン皇子の事を?そんな・・・・・・。私は

     ジュノの事は嫌いじゃ無い。でも、ジュノは私にとり弟のような存在でしかなく。私は・・・・・・皇子を」

 とシャインは珍しく、無垢(むく)な少女のように-うろたえていた。

シャイン「考えても仕方ない・・・・・・か。それに、どうせ関係ない。国籍も身分も違う。クオン皇子と会う機会も、もう無いでしょうし。

     そもそも、ここを生きて出られるかさえ・・・・・・。

でも。会いたい?会いたいの?私は?あの人に、

もう一度、会いたいの?これは私の気持ち?

それとも神々に操られての事なの?私は・・・・・・」

 と、シャインは呟(つぶや)いた。


 

数奇(すうき)なるかな。運命は二人を結びつける事となる。

 数奇なるかな。運命は二人を切りはなす事となる。

 彼等の-その先は恐らく、神すらも予測する事は出来ないで-

あろう。

 

不確定世界の不確定存在である二人、量子の領域すらも-

無意識の内(うち)に操る二人の前では、未来予知など、本来は意味を

成(な)さないのであった。


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アーカーシャ・ミソロジー3 キール・アーカーシャ @keel-a

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