【終章 陥穽法理 要約】

(第237話~第300話まで)


 いつの間にか、なんとなく。

 何か少し食み出したような者達の陣営が、Xを中心に出来上がっていた。


 もともとは不法就労していた癖に、今は日本人との家庭を持つ、中国人女性。

 その女性を適法在留に導いた、日本人の旦那さん。

 そんな旦那さんについている顧問弁護士。

 Xの強制退去直前に、そのXとの偽装結婚などをやらかした、M氏。

 そして、

 不法滞在で強制送還されながら、偽名で不法入国した、上海人のX。

 それを幇助した、不埒者ふらちものの、T。

 そんなXとTに手を貸す、R行政書士。


 Xの昔の同僚達はといえば、もともとろくでもない者達のはずだった。

 今も日本に在留する、そんな者達の多くは、今は適法に在留して暮らしていた。

 そんなXの昔の仲間達からも、「XとM氏の婚姻無効確認」の証言を得られることになった。


 こういう不逞ふていやからには、利害関係は有っても仲間意識など無い。

 通常、怪しい外国人は、怪しい外国人と接触しない。

 危険だからだ。

 それが、Xを中心に、何となく寄り集まっていた。

 ただ、XとTの子の、Zの身分を護るために。


 XとTが、入国管理局に自主出頭してから、3年が経とうとしていた。

 入国管理局からは、頻りにイエローアラームが発せられている。

 Xは入国管理局に定期出頭する度に、女性職員から心配そうに訊かれていた。


 「まだ、入籍できないの?」


 「 うん、出来ないよ 」


 「早く裁判しなきゃ。アンタが入籍する

  それだけで、直ぐにビザは出るよ」


 Tには、そんな会話がこう聞こえる。


 「未だ入籍も出来ないようであれば

  もう、Xの処分も決定しなければならない」


 それは、入国管理局も3年は待てないだろう。 今、この状態で退去強制手続きが進行したら、Xは退去強制処分一直線。

 Zも、もう、すぐに小学3年生になってしまう。

 第一、当のXが、これ以上もう精神的に保たない。


 もう時間は無い。

 棄却されて、上告しているような、悠長な余裕はもう無い。


 絶対に、裁判所を逃がしてはならない。

 一気に徹底的に、追い詰めなければならない。

 如何にして、裁判所を追い込めばいいのか?


 破綻した論理 ─ 行政判断。


 法律上はZは嫡出子となるのに、法解釈のミスで、Zは非嫡出子とされ日本国籍を失う。


 技術者の思考回路 ─ 分析せよ、隙は必ず有る。


 そのミスの有る法解釈を頭から信じ込んでいる裁判所には、隙が有る。

 その隙を、タイミングよく突けば罠となる。


 犯罪者の法理 ─ 法律に情は無い。


 法律は裁判所にとっても、諸刃もろはの剣だ。

 畏れるな、法律に逆らえない裁判所は、弱い。

 法律にも行政判断にも逆らえない裁判所は、弱いのだ。

 ならば裁判所を、法律と行政判断で、板挟みにしてやればいいのだ。


 追い詰めろ。

 娘が法的に父の子ではないとして、娘が国外追放となるような状況に。

 そんな状況に、娘を追い込もうとする、司法の連中を。

 裁判も無しに娘の身分を剥ぎ取り、戸籍から消し去ろうとした、行政の連中を。

 追い詰めろ、そんな連中は、自らの論理のパラドックスに。


  叩き落してやれば、よいのだ


 犯罪者の法理、技術者の思考回路、科学と裁判に、善と悪の概念は無い。


 R行政書士と、Tは、裁判所に「戸籍訂正許可の申請」を申し立てた。

 重婚による婚姻無効の事は、とぼけて裁判所を騙くらかすようにして、受理をさせた。


 戸籍裁判の期日の1回目。

 戸籍訂正許可事件の事情聴取。

 事情聴取には、書記官が当たるはずだった。

 だが、出てきたのは、何故か参与官と称するオヤジだった。


 「弁護士を立てて、出直して来い」


 裁判所は、初手からいきなり、XとTを追い返しにかかった。

 食い下がるTに、参与官は怒鳴り飛ばした。


 「あのなあ、中国法では重婚は婚姻無効だよ

  あんたら、重婚だろ、婚姻無効だから、子は非嫡出子だよ」


 「婚姻無効なんだから、しょうがないだろ

  子は、非嫡出子で、中国国籍、日本国籍じゃ無いんだから

  どうあってもだ

  中国法じゃ重婚は婚姻無効なんだから」


 顔を妙に引きらせ、

 Tは自分でも知らないうちに、笑い始めていた。


 もう一度、家捜しをして、証拠を追加提出。

 その後、もう1回、期日を設ける。

 そういう事で、話しは決まった。


 偽名結婚当時の、レシート、メモ書き、証明書類のコピー。

 そんなものに、証拠能力は無い。Tはそんな燃えるゴミを掻き集めた。


 裁判所の受付で、書記官に燃えるゴミを手渡した。

 ゴミに紛らせた、1本のレポート。

 書記官は、受領した。


 その後、もう一度、期日が設けられる筈だった。

 だが結局、期日が設けられることは、もう無かった。

 3ヵ月後、審判は下された。


 「散々ウチの娘を、やれ子じゃないだ、

  日本人じゃないだ、不法在留の中国人だと、

  好き放題を抜かしおって、この莫迦垂れどもめが」



  司法の判断は、─



 翌春、Xには在留特別許可が付与され、在留カードが手渡された。

 在留カードをXに手渡し、入国管理局の警備官は言った。


  「 よかったですね 」


 まさか、入国管理局から、そんな言葉が出るとは。

 さらに、その翌春。


 Wが上海から、Xの許へと訪れてきた。

 かつてXには、上海での結婚歴も有り、娘もあった。

 XがそれをTに打ちあけたのは、入国管理局に自主出頭する直前だ。


 怪しからぬことに、Xにはその上海の初婚、M氏との偽装結婚、そしてTとの婚姻の3回の結婚歴が有ることになる。

 その初婚の娘が、Wで、今年でもう22歳になる。

 このは、Xがこんな状況だったから、日本に渡りに逢いたいのを、ずっと待っていた。


 不埒者のXとTの夫婦。

 子の、Z。

 生粋の上海人のWもまた、そんな家族の、一家人イーチャーレンとなった。


 そしてた。

 法律には一文字も語られることのなかった、“家族” の真の相。



     ─   継  承   ─



 家族は、歴史の最小構成単位でもある。

 それはたとえ、国が滅び国がきようとも、途切れる事無く纏綿てんめんと続く。

 家族の寿命は、国家の寿命よりも永い。


 たかが国家の法律の如きに、家族が裁けようはずもない。

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