神王VS戦神④
幾重にも螺旋を描いて接敵した蛇蝎の剣閃は、今まで無敵だった魔神の瞼を切り裂くに至った。今まで如何なる斬撃も雷撃も無力化してきたあの無敵の体に刃が食い込んだことで、スカハサは敵が身に纏っている法則を看破する。
ならばと追撃を仕掛けようとしたその次の瞬間。
僅かな間を置き、スカハサの手から光の輝剣が零れ落ちた。
「っ………!?」
スカハサは驚愕して大きく息を呑む。拾おうとして自身の右手に力を込めるが、右腕が動く気配は無い。いやそれ何処か、痛覚を含めたあらゆる感覚器官が二の腕から切断されている。全ての筋繊維から解き放たれた右腕は重い枷のようだ。
困惑するスカハサを尻目に、一つ目の魔神は静かに告げる。
「………呵々カカ。刹那の時とはいえ、儂に死眼を使わせるとは。唯の祖霊に過ぎぬ身で此処まで儂を追い込んだのは貴様だけよ。見事だと言わせてもらうぞ、名も知れぬ戦士」
瞼から流れる血を拭い、瞳を閉ざしたまま仮面を拾い上げる。
死の瞳を持つ魔神は先ほどまでの愉快そうな雰囲気を一転させ、闘志漲る佇まいでスカハサの前に立つ。
「蛇蝎の光剣とはよく喩えたものよな。輝剣クラウソラスを模した業だと見受けたが………湾曲し、螺旋を描くその一撃は正に蠍の尾、もしくは大蛇の牙。その領域に至るまで如何なる修練があったのかを思うと、敬意を払わずにはおれんよ」
「………そう。随分とおべっかがお上手ね。魔王バロールといえば、女性の扱いが酷い魔王と聞き及んでいたのだけど?」
スカハサは初めて敵対する魔神―――魔王バロールの名を口にする。
応じられて気を良くしたバロールは、獰猛な笑みを口元に作って槍を肩に担いだ。
「酷い偏見じゃなあ。男と女なんぞ、種を蒔く側と蒔かれる側でしかあるまい。所詮は血の繋がらぬ他人、それ以上の価値を求めるほうが間違っとる。それに言っておくが、儂は芽吹いた芽は溺愛したぞ。その証に、愛娘より可愛い娘はおらんと断言できる! 塔に幽閉したのもそれが理由じゃからな!」
呵々と上機嫌で哄笑を上げる魔神バロール。
コンコン、と割れた一つ目の仮面を叩くと、仮面はたちまち元の状態に修繕されていく。
「じゃが、そんな男女の性を超えて至る敬意もこの世には存在する。貴様がいま見せたその蛇蝎の剣技こそ正にそれよ。アレこそは死眼の正しい攻略法。敵の五感を奪い、死の恐怖を克服し、死線を見極めた上での視覚外からの近接攻撃。鬼神に至る修練が無ければ不可能な武技。惜しむらくは半歩分、或いは手首一ひねり分くらいの勢いが足らなかったくらいか。………全く、クサレ孫に見せてやりたいくらいじゃな」
呵々と笑いながら、闘気を充溢させる魔神バロール。彼はスカハサの戦闘技術を絶賛したが、むしろ彼の名を知りながら挑もうとした勇気こそ称えるべきだろう。
古代ケルト神群に記された『視た対象に死を与える権能』を持つ大魔王。死を与える死神は数いるが、バロールの其れは他の追随を許さない。何故ならそれらの多くは人や生物、どれだけ強大であっても大地を対象にしたもので描かれる。
だが魔神バロールの其れは文字通り桁が違う。
彼の死眼は、視ただけで神々の軍隊を薙ぎ払う。
如何な神々の箱庭とはいえこの権能を所有する者は他に居ない。
神霊でありながら〝神殺し〟であり、人類の幻獣である巨人族であり、箱庭の世界を荒らして廻る魔王。
故に、彼は畏怖と畏敬を込めてこう呼ばれた。
〝死眼の魔王―――魔神バロール〟と。
「故に惜しい。儂の死眼に映った以上、その右腕は二度と動かん。義手に変えたとて、今までの様に美麗な業を振るうことは二度と出来まい。だが無為に失うには惜しすぎる」
「………どういう意味かしら?」
「投降し、我が新しい
求婚ではなく、命令口調で告げる魔神。まさかそう来るとは考えていなかったのだろう。バロールは一足飛びで近づくと、そのまま腕を掴み上げスカハサを組み伏せ、蔦を魔術で操り縛り上げた。スカハサは一瞬だけ抵抗しようとしたが、其れで時間が稼げるならばと歯を食いしばる。
衣服を破り、白い柔肌が晒されたその時―――
―――遥か上空。箱庭の天幕を揺るがすほどの、雷鳴が轟いた。
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