神王VS戦神①

 灰燼―――そう喩えるに相応しい光景だった。

 戦車を直撃した槍は稲妻を迸らせて地平までを照らし、着弾点から周囲数百mに窪みを作り出している。

 地を焦がし燃え盛る平野は先ほどまでの平穏な空気を一変させていた。

 土煙の立ち込める爆撃の中心地。

 だが其処に投擲されたはずの槍は存在しない。

 代わりに薄っすらと見えるのは二つの人影。煮滾る大地の上に立つ神王インドラは、衣服の埃を払い、蟀谷に青筋を立てて隣の人物に話しかけた。

「………酷い洗礼もあったもんだ。呼び出してきていきなり襲撃とはな。大丈夫か、アイラ」

「へいへい、大丈夫ですとも。陛下こそお怪我は?」

「ない。それより、使われた得物は?」

 土煙が晴れてくる。すると神王の隣に奇妙な帽子を被った少年が姿を見せた。

 歳は若く、成人して間もないものと推測できる。

 帽子にはまるで象の鼻の様に長く伸びた極太の紐が付随されており、その極太の紐を器用に操って槍を受け止めたらしい。だが槍は極太の紐に絡めとられるや否や、まるで実態など無かったかのように雲散霧消した。

 アイラと呼ばれた少年は極太の紐をヒラヒラと振って肩をすくめる。

「残念ながら鼻で掴んだ瞬間、爆散しました。稲妻の槍のような形状だったのは確認しましたよん」

「………そうか。稲妻の槍、か」

 神王は苦々しい表情で己の言葉を噛みしめる。

 ケルト神群の太陽神であるルーは、天空神としての属性も色濃い。つまり稲妻の槍とは主神であるルーの槍である可能性が高いのだ。今の投擲がルーの槍であったのなら、神王を呼び出したあの手紙も罠であるとみるのが自然だろう。

 厳しい表情を見せる神王。

 だがそんな彼とは裏腹に、アイラは帽子の極太の紐を振って見せる。

「へいへい、陛下。黄昏てるところ悪いんだけどね。さっきから、何処か遠くで戦ってる音が聞こえない?」

「何?」

 怪訝そうに問う神王。

 アイラは帽子を象の耳の様に大きく広げて周囲を窺う。

 バサバサと帽子の耳を羽ばたかせると、アイラは槍が飛んできた方向を指さす。

「南南西に距離、六〇㎞ぐらいかな? 先ほどと同じような雷鳴も聞こえます。人の気配はそんなに数が無いようですけど………かなり大規模な戦闘が繰り広げられてますね」

「………どういうことだ? 誰が何と戦ってる?」

「わかりません。槍使いの女性が戦ってるようですけど―――」

 言いかけて、アイラの声が止まった。

 徐々に緊迫した表情に変わった彼は、大きく息を呑んで告げる。

「………陛下。非常事態です」

「どうした?」

「一方のコミュニティが、自軍の他に〝鳥籠〟の旗印を掲げています」

 飄々とした態度を消したアイラの言葉に、神王もすぐに事態を悟った。

〝鳥籠〟の旗印―――正確な名称こそ知られていないが、その旗印を掲げるコミュニティは今や箱庭に一つしかない。

 遥か遠方を見た神王は舌打ちをしてアイラの首根っこを掴んだ。

「しまった………!! 先回りされたのか!? 敵は誰だ!?」

「わかりません! ですが極めて高い神性を秘めています!! 間違いなく生来の神霊―――最強種です!!」

 アイラの報告に、神王は意表を突かれたような表情になった。

 〝鳥籠〟の旗印を掲げているコミュニティは〝神殺し〟と呼ばれる組織のはずだ。その彼らの旗本に神霊が居るというのは、本来なら考えられない。

 何故なら、〝神殺し〟は二種類しかおらず、必ず大前提がある。


 一つ目はに則った〝神殺し〟。

 此れは人類の動向に関わらず〝世界を終わらせる要因の半星霊化・擬人化〟である。多くは星の大動脈―――例えばカルデラ級活火山が人類史の途上で破裂した場合に魔王として現れるこの〝神殺し〟は、強大である反面、神霊による長期封印が可能な〝神殺し〟だ。分類的に〝神殺し〟と呼ばれているものの、現状、彼らは神霊よりも人類をより多く殺す怪物である。しかしその反面、彼らの目的に人類の絶滅が含まれていた例は一度もない。或いは視野にすら入っていないのだろう。但し目覚めただけで人類存続を危ぶませる彼らと神霊が馴れ合う理由は、まず皆無とみていい。


 二つ目がに則った〝神殺し〟。

 此れは正真正銘、紛う事なき最強の魔王―――〝人類最終試練〟《ラストエンブリオ》である。

 この〝神殺し〟は『人類が歴史を重ねた末に、人類の滅びが確定的である』場合にのみ現れる。この条件に符合する魔王は極めて少ない。現状では僅か三体だ。

 前者と違い、彼らは人類と神霊を撃滅しにかかってる。己か敵の何れかが滅ぶまで戦い続けるという意識が彼らにはある。

 人類を滅ぼし、神霊を殺し、現状の箱庭の世界を滅ぼす力を持った魔王。

 其れが〝鳥籠〟の旗印を掲げる組織―――魔王〝閉鎖世界〟である。

 彼らを倒す方法は明確にわかっていない。仮定を立てるに至っている神霊はこの神王と一握りの主神たちだけだろう。

 取り分け神霊に対しては一片の慈悲無く〝神殺し〟の力を振るうこの大魔王に、天敵である神霊が旗を並べる理由があるはずもない。


(どういうことだ………〝閉鎖世界〟は〝人類最終試練〟とは違う存在なのか………!?)

〝神殺し〟と神群が肩を並べる理由。

 今の神王には理解できない要因がある。

 だがそれを解明できれば、打倒魔王に大きく近づけるかもしれない。 

「あー、クソ!! いよいよ以って、虎穴だな………!!」

「どうします!? 救援に行きますか!」

「是非もない! 変幻しろ、象王アイラーヴァタ!!」

 神王の命令を受け、アイラーヴァタはその姿を雷雲に変えた。

 神々の戦車を牽く神獣―――象王の名を持つ彼は、主神と同じく天空の神格を持つ神獣である。

 その背に乗れば稲妻の如き早駆けを可能とし、足場の無い海を容易く走破する。

 人から雷雲に、雷雲から神象に姿を変えたアイラーヴァタは、神王に手綱の代わりの長鼻を垂らして告げる。

『全力で飛ばします! 陛下、しっかり掴まってください!!』

 雷雲で形作られた巨象が天を駆ける。

 遠方での戦場もまた、激しい閃光を放ち始めていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

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