第5話 仏の顔も背中まで

 今となっては昔のことだが、歌舞伎町の小さなハコでディーラーをしていた時、サクラの一人がケツ持ちのヤクザの組員だった。既に暴対法はあったけど、20年も経った今では状況がかなり違うと思うのでその辺は含めて読んで欲しい。


 その人はいかにもヤンキー上がりの見た目だった。彼らはビジネスとしてナメられるとまずいので怖い風貌をしているが味方に対しては普通に優しくていい人が多い。よく言われることではあるが、街でメンチ切ったりしてるのはチンピラだけで、まともなヤクザなら素人と関わろうとしない。小さいハコで客が来ないで待機してることも多く、仲良くなったのでいろいろ話してくれた。


 前はゲーム喫茶に関わっていたらしいのだが、やはり遠隔操作はあるそうだ。まあポーカーの遠隔操作の話はカウンター越しボタン押してるのが見えたとか腐るほど聞くので、そっち側で遊んでる人はみんな知ってることだろう。ヤクザの世界って進んでるなあと思ったのは、その時サービスが始まったばかりだったPHSをゲーム機の中に仕込んで、外から電話をかけて遠隔でロイヤルやフォーカード出せるようになってたらしい。今考えれば金の成る木なんだからいろんな人が参画してるのは当たり前だよなとは思うけど、当時はヤクザが最先端の電子機器使ってることにギャップがあって印象的だった。


 拳銃やドスの話も聞いてみた。「あるところにはあるけど、絶対に普段は持ち歩かない」って言ってた。風貌のせいで歌舞伎町を普通に歩いてるだけで警察に職務質問されるので、普段は絶対に持ち歩かないそうだ。


 いつもウィンドブレーカーを着ているんだけど、急な呼び出しでもすぐに動けるようにウィンブレで寝てるらしい。あれ?最近ウィンブレって言わなくない?パンチパーマをかけてる理由も同じで、寝ぐせがつかないから髪型セットする必要がなくていいらしい。小指がない人の話も聞いたし見たこともあるけど、人によっては「小指落とす奴はヘマをしたアホだ」って見下してる人もいた。落とすと組抜けて普通の企業に入りづらいし今ではあんまりやらないだろうな。


 別に俺が根掘り葉掘り興味本位で聞いてたわけではなくて(聞いてたけど)、同僚のディーラーKがアホで、配慮にかけることもいろいろ聞くから一緒に聞いてた。Kは一見ハーフのような顔立ちで、男前というより可愛い感じで人懐っこい性格だったので人に嫌われたことがあまり無いんだろう。どれくらいアホかっていうと、ある時珍しくすごい真顔で落ち込んでいたのでどうしたのか聞いたら「チンコが痛いから病院言ったんだけどクラミジアだった。セフレが15人くらいいるんだけどみんなに伝染しちゃったかも、どうしよう」って言ってたくらいだ。


 店の受付やってたおっさんに金を貸してたんだけど、それを見てたKが自分にも金を貸してくれという。用途がよくわからない金は貸したくなかったんだけど10万貸した。ある日「俺ってホント馬鹿だなあ」ってニコニコしながら話していた。まあ馬鹿なのは知ってるんだけど一応聞いてみたら「今日店来る前にヘルス3件ハシゴして来ちゃった」という。絶句してたら「どうしようtenちゃんに呆れられちゃった」と言ってたんだけど、今さらお前が絶倫でも驚きゃしないが、人に10万金借りた状態で風俗に3万も4万も使う神経が全く信じられないんだよ!もちろん即効返してもらった。彼は不満そうだった。きっと借りた時には「10万儲け!」って思ってたに違いない。


 別のサクラのおっさん(50代)がある時「よく風俗雑誌とかでヘルスでも1割くらいは本番出来るとかいうけど、そんなこと全くないよなあ」と話題を振ってきた。俺は性風俗に行ったことが無いので知らんがなって感じだったんだけど、Kは「はあ、まあ、そっすねえ」となんか気まずそうな顔をしていた。そのおっさんがトイレに行った隙に「俺ヘルス行ったら半分は本番出来るけどなあ、6割超えてるかも」って。それを言えなくて微妙な顔をしてたのね。いいとこあるじゃない(どうでもいい)。こんな奴でも年上の割と綺麗な女ディーラーから「私とも遊んでよ♥」って迫られてたので世の中は不公平だと思った。


 受付のおっさんのSさんは月1(一ヶ月で10%の利率、担保なしの歌舞伎町価格)で100万円の借金をしていた。年利で言えば120%なのでもちろん闇金、でも歌舞伎町では珍しくない。金貸しで一財産作った奴の話も聞いて、俺もちょっと儲けたいなあと欲を出してSさんに月5分で100万貸した。毎月5万円の利子を受け取る。KはSさんに貸した100万はとりっぱぐれるだろうし俺にもくれ、と思って「金貸して」と言ってきたんだろう。クズだ。Sさんは「追加で金を借りたい」と言ってきたので追加で100万貸した。そのうち俺がカジノを辞めてしまって、歌舞伎町コマ劇場裏(あ、もうコマ劇がなかった)にある喫茶店アマンドに月に一度金を受け取りに行った。毎月必ず来て10万円を封筒から取り出してカウントして「確かに」って言ってる若造、怪しかっただろうなあ。最初から元金が帰ってくる気配はなかったけど、その内「もう50万貸してくれ」「もう20万」などと始まった。Sさんは悪気はなかったみたいで全く逃げようとはせず、むしろ「今住んでる家を追い出されるからtenちゃんとこに住まわせて」と言ってきた。Sさんにビラ配りのバイトでもさせて日当から毎日返してもらうのも考えたけど、当時四畳半のマンションに住んでたのでさすがにおっさんと暮らすのは嫌で断った。ここから連絡がなくなってしまった。トータルで借用書の金額は450万。利子で返済してもらった分が200万ちょっと。痛い授業料だった。


 Sさんには無尽にも誘われた。無尽はそこで初めて聞いたので「むじん?無人???」ってなってたけどルールはこんな感じ。まず10人集めて、毎月それぞれ10万ずつ出す。合計100万。それをいくらで落札するかそれぞれオファーを出す。安い人が落札できる。例えば90万で落札するっていう人がいると、差額の10万は次の月に持ち越される。一人が落札できるのは一回だけで、その後は毎月10万払い続けないといけない。金に困ってる人は多少割が悪くても今90万借りたい、困ってない人は10ヶ月後まで耐えれば溜まった差額で儲かる仕組み。だけど初期に落札した人はモチベ下がるし、もともと金に困ってるような人だから飛ぶ可能性が高いというとてもリスキーな賭け。沖縄では模合(もあい)とも言って割とメジャーらしい。らららむじんくん、ここから来てたんだな。


 カジノとは全然関係ないんだけど、スカイダイビングをやってた時に、帰りに家の近くまで送ってくれたおっさんがいたんだが、とてもヤクザっぽかった。すごくいい人だった。ヤクザは嫌いだって言ってたけど、その言い方がすごく実感こもっててヤクザと付き合いがあるんだなって感じだったし、最近刑務所出たばかりと言っていた。不義理を働いた奴がいたので殴ったら暴行罪になったらしい、その言い方がもうアレ。何度目か顔を合わせた時に飲みに連れて行ってもらった。銀座のクラブ(といってもほとんど新橋なんだけど、大人の世界では新橋のスナックは「銀座のクラブ」と言うことになっているんだよ)に行った後はフィリピンパブだった。どっちも楽しかった。酒を飲んだので若いのに送らせるから、といってわざわざ車を出してくれた。その若いのっていうのもヤンキーみたいな見た目で、当時の俺よりは10歳くらい年上に見えた。「すみませんわざわざ有り難うございます、そこまでして頂かなくて大丈夫ですよ」って言ったら「とんでもございません、客人のためならなんでもしますよ」ってすごい笑顔でドアまで開けてくれて「いやいやヤクザだろ・・・」ってなった。お礼を言って別れを告げる時も90度のお辞儀して「それでは失礼します!」って。後日おっさんから「若いモンの対応どうでした?」みたいな電話があった。仮になんか一つでも不満でも言ったら相当教育的指導されるんだろうなあ。


 カジノよりも前、蒲田のショーパブで働いてた頃、店に客としてヤクザが来ていろいろ話を聞かせてもらったりしたことはあった。ちなみに客は女性がメインで男性が接客するショーパブで、客の女の子に気に入られても店長から「あの女はヤクザのコレ(小指を立てる、もう平成だったけど)だから絶対に手を出すなよ」と言われたりもした。そんくらいかなあ、ヤクザの思い出話は。


 で、次回は別の世界のグレーなお話。

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