一学期「全くこれだから幼馴染ってのは最高だぜ!」

 僕は仲間達と一致団結、寸分も乱れぬ美しきチームワークによって、世界の諸悪の根源たる魔王によってたかって攻撃を加えました。


 そうです、僕は勇者として残虐なる魔王に仲間と挑み勝利するのです、そして愛しのエリーネとらぶらぶちゅっちゅな素晴らしき平和な生活、やはり王様は仕事が大変そうだから、一生遊んで暮らせるくらいの財産を貰って都会に住み、中の上流な暮らしで、暇つぶし程度に働いて、息子一人、娘二人を作って、ウルトラハッピーな余生を過ごすのです、だから死ね、死ねっ、魔王!


 と、僕の会心の一撃が心の無い孤独な魔王を仕留めました、やった、りました、僕は勇者としてその恐ろしく重い責務を果たしたのです、仲間達も魔王の屍を確認し諸手を上げて喜びます、イヤァッホー、ざまあ魔王、どうだ見たか、ってもう死んじまったから見れるわけないか、ワッハッハハ!


 そして晴々しい人類の喜びの中、僕の愛しのエリーネが情熱的な抱擁をして、熱いベーゼを――


 ――目を覚ましました。


 お約束とばかりスズメのさえずりが聞こえます。夢です。夢です。がっかりです。この世界に僕を愛してくれるエリーネなど存在しません。ありえません。馬鹿ですか?


 そして今日ものっそりと一日が始まるのでした。



   ✚



 僕は空を飛べるはずでした。あの素晴らしく美しい青空を。

 しかし現実は違います。

 ただいま僕は意地汚い地べたを歩いております。一ミリたりとも宙に浮いていません。学校に続く道をとぼとぼと歩いております。


 単調なアスファルトを見るのを止め、僕はうつむいていた顔を上げました。虚しいかな、そこに広がっていたのは羽虫のようにざわめき列をなす人の群れでした。学生、サラリーマン、さて、後は何がいるのでしょう。わかりませんがとにかく駅前には人が溢れかえらんばかりに歩いており、もちろん僕もその中に含まれています。つまり僕も、僕はごみ。


 学校に到着。席に座り時間を確認すると、もうすぐ始業時間でした。だから僕は羽虫の喧騒の中、何をせずただ座っていることにしました。

 羽虫的な彼等が羨ましくないと言えばそれは嘘になります。何故なら羽虫は僅かなりとも宙空を飛んでいるのですから。一方の僕は相変わらず地べたに張りついたままです。嗚呼、嗚呼、嗚呼。


「うーし、席に座れー」


 間もなくして、物理兼担任の先生が教室に来ましたので、その言葉を合図にして皆自分の巣に戻ります。そしていつもどおりに先生は授業を始めました、


「あー、今日は授業の前に連絡事項が一つある」


 と思ったら違いました。いつもどおりではなかった。僕は、というかクラスメイト全員が、大なり小なり好奇心を持って担任に注目しました。


「転校生を紹介する」


 歓声が湧きます。僕も歓声を上げます。だって高校三年生で、しかも六月の終わりに転校生なんて普通では考えられません。まるで漫画か小説のよう。日常に刺激があるのは良いことです、恐らく。


 担任が扉の向こうで待っていたのであろう転校生に「入って来なさい」と呼びかけると、僕達とは違う制服を着た女の子が、教室の扉を開けました。

 彼女の容姿は十人並みでしたが、頭に着けた赤いカチューシャが今時珍しく、どことなく愛嬌を感じさせます。


 担任は自己紹介をするよう促しましたが、教壇にいる彼女は落ち着きなく視線を下にさまよわせており、明らかに緊張した様子でした。それでもやがて黒板に綺麗な字で「柴田奈々子」と書くと、


「柴田奈々子と言います。えと、これから卒業までよろしくお願いします」


 そう丁寧にお辞儀しました。


 僕達はなかなか盛大な拍手を送りました。通過儀礼ってやつですね。

 そして拍手が終わり、柴田さんは改めてクラスのメンバーを見渡し、そして何故か僕の方を見ると「あっ」と声を上げました。どうやら驚いているようです。ですがあいにく僕に心当たりはありません。いや、何かあったかしら――、と悩んでいると、


「もしかして……けーくん?」


 柴田さんはそんな呟きを漏らしました。


 アレ、おかしいな? 僕の名前は山口卓やまぐちすぐるです。どこにも「け」の要素はありません。


 そう僕が内心で首を傾げていると、二つの前の男子である南条(圭一)君が、柴田さんに向かって手を振り、


「やっと気づいたかー。よーっす、なっちゃん久しぶりー」


 親しげに話しかけました。


 すると柴田さんは南条君を見て嬉しそうに、手を振り返しましたので、なるほどどうやら二人は知り合いだったようです。つまり勘違いだったんですね、ハイ、自意識過剰。やっぱり僕にロマンティックファンタジーはありませんよね。出会い、フラグ、逢瀬、イベント、呼び名はなんでもいいですが、そのような桃色文化は僕には存在しないのでしょう、悲しむべきことに。


 柴田さんは乙女チックに口元を手で覆います。


「気づかなかった……」

「なんだ。俺はすぐ気づいたのに」


 二人の遣り取りにクラス中の耳目が二人に集まります。もちろん多少凹へこみ気味の僕の目と耳も。


「いやさ、ガキの頃家が近くてさ、それで小学校卒業してオレが引っ越すまで、それなりに仲良かったんだよ」


 桃色南条君は誰にともなく昔語りの説明をします。


「わぁー、運命的ー!」

「ロマンティックだよねー」

「幼馴染! 幼馴染! 幼馴染! Ohー,yeahー!」

「南条に春が来たー!」

「南条に夏が来たー!」

「日本万歳! 日本万歳! 日本万歳!」

「それなんてエロゲ」


 クラス中、大興奮。大学受験という艱難かんなんを前に気晴らしが欲しいものですから、皆ハイエナのようにはやしたてます。


 担任もそれに便乗して「じゃあ、柴田の席は南条の隣で。わからないことがあったら適宜てきぎ、南条に訊け」なんて言いました。そのせいで僕の左隣の列の人は、一つずつ後ろにずれることとなったのです。やったね、これで授業が潰れるよ。ささやかな喜びを抱いて僕は民族小移動を傍観しました。


 こうして僕の隣は小管君から猫山田さんに代わりました。が、何故か彼女は僕のことを一瞥してから「フッ」と鼻で笑うのです。

 いや、なんで?



   ✚



 授業がありました。終わりました。

 HRがありました。終わりました。


 さて、放課後ですが、僕はいつものようにすぐ帰らずにまだ羽虫のざわめきが残る教室に居ました。

 そうです、僕だって柴田さんが気になるのですよ。だから僕は可能な限りだらだらと帰宅の準備を整えておりました。


 ちらりと柴田さんの方を窺うと、彼女と南条君を中心にクラスの騒ぎ役と女子が集まっておりますが、もちろん僕はその輪に加わることはしません。

 だって……ねえ? なんか、がっついているみたいでね、ちょっと、それに女子が多いのも気が引けると言うか、ええ、大丈夫です、わかってます。ダッツ自意識過剰、ハイ。


 それから僕は彼等の笑い声を尻目に教室を立ち去りました。昇降口で猫山田さんに会いましたが、だからなんだというのでしょうか。お互い普通に無視して帰りました。正直、隣は小菅君の方が良かったです。


 空を見上げます。青空です。文句無しの青空でした。ところでどうして空は青いのでしょうか? いえ、光だとか空気だとか反射だとかではなくて。



 それから日々は平淡に過ぎ去って行き、夏休みになりました。

 その間、南条君と柴田さんは結局付き合うことになったりだとか、小管君が医学部志望だと判明したりしましたが、まあ、他人事です。

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