売れない僕の需要無き作品

時羽

第1話





真っ白なスクリーンが、目に痛かった。


本当に真っ白、初雪も粉雪も、雪国の景色でさえも白旗を挙げて降参するぐらいに真っ白なパソコンのスクリーン。


控えめな機械音を囁きながら、僕の行動を待っているそのパソコンを睨もうともせず、僕は頭を抱えていた。


ああ、勘違いされないように先に言っておくけど、今の「頭を抱えている」という表現は、

ネットでたまに見る意味がわかれば怖い話、で出てくる、人の生首を抱えている状況を指しているわけではないからね。


え?そんなこと分かってるよって?


……ごめん、この文章を誰が読んでいるか分からないし、普段日常的にこういう怖い事を考えているから、どうも不安でさ。


話を脱線させてすまない。まずは、自己紹介から始めようか。


僕は……まあ、名前はいいか。ネットに本名を堂々と晒すなんて、怖くて眠れなくなるからね。

職業だけは教えておく。小説家だ。売れない、そう、売れない小説家。

ジャンルはホラー。日常に潜む恐怖を綴るのが僕のお仕事ってわけさ。


けどね、暴露しよう。ホラー小説家だからと言って、僕は別に霊能力者じゃないんだ。

幽霊なんて生まれてこの方見たことも感じたこともないし、呪われたことさえない。


なら、なんでこんな仕事してるんだって話だけど、答えは単純明解だ。好きだからさ。

けれど、ホラー小説なんて、万人受けするジャンルじゃない。一般人が好むのは、視覚という最高の味方を取り入れた映像の世界でのホラーだろう。


文章で恐怖を表現するのは、僕個人で言わせてもらうけどとても難しい。


なんでって、そりゃあ、恋愛とか冒険物語と違って恐怖は、冒険も出来ないし、遊べないからね。

恐怖を抱く対象は、イケメンや禁断の相手じゃないし、設定は現実場馴れしたファンタジー世界や、科学が進んだ近未来でもない。

幽霊、呪い、ストーカー…ざっとこんなんもんさ。

それ以外は現実味がなくて読者受けしないし、担当が真顔でボツを言い渡してくる。


小説家、と言えば聞こえはいいし、普通の人なら感嘆の息と尊敬の視線を向けてくれるが、そんなものは売れている作家に向けるものだ。


考えてもみてくれ。本屋に行けば本なんて腐るほど売ってある。君は大きな本屋の片隅、存在感すら失笑ものな本の著者を凄いと言えるかい?


初めて賞を取って、担当がついて、所謂仕事部屋を与えられた時は、期待と希望で胸が膨らんださ。

あ、僕は男だから本当に膨らんだわけじゃないよ。


奮発して当時一番新しかったパソコンを買ってさ、無駄に仕事の環境を良くしてお金も景気良く使って。今じゃそのお金の一枚がとても貴重で使いたくても足りないってのに。


出した本は三冊。

処女作品は、あまり売れなかった。まあ、初めてだし、仕方無いなって思ったんだけど、もう三冊目で悟った。


ああ、面白くないから売れないんだなって。


可笑しいよね。僕自身はこの作品はヒットだ!傑作だ売れるぞ!って思って書いているのに、

いざ印刷されて出版されて数字を見ると、そんな自信は風船から空気を抜いたみたいに萎んでいく。


なぜ売れない?……面白くないから。

簡単すぎて欠伸が出る。なのにその事実で僕は涙を流す。

一度本屋へ行き、売れているホラー小説を読んでみた。参考というか、違いを見付けるために。そして僕は憤慨した。


なにに憤慨したって、そりゃ中身さ。内容さ!


だって、王道だったんだ!ワケあり物件に引っ越して独り暮らしをする男性、次々と起こる怪奇現象、暴かれる家の過去、真実!

よく使われるテンプレートな作品が売れてるなんて、僕は信じられなかった。


なんで読者は、こんな他の作品と類似点が圧倒的に多いこんな本を買うんだ?どうせなら、読んだこともない斬新な設定のホラーがいいだろうに!

どこにでもあるようなホラーにお金を出すなんて、頭がイカれてるって、僕は正直そう思った。


でも、それが現実だった。

読者は斬新さより、王道が欲しかったんだ。


なら、望み通り王道を書いてやる。僕はそう思ってパソコンにかじりついて、ひたすらキーボードを叩いた。


耳に届く小気味良いカタカタという音に、満足感を得ながら、自分じゃ全然満足できない王道作品を打ってみる。


暑さに顔をしかめた担当が僕の部屋を訪れ、原稿見たときは熱い麦茶を一気飲みした見たいな顔になって「ボツだよ!ふざけないでちゃんとやってくれ!君の持ち味をなくすな!」って怒られたけど。


僕の些細な読者への媚売りは呆気なく終わり、また自分だけが面白いと感じる作品に時間を削っていった。

だが、今は……うん。うんうん。


ところで君は小説を書いたことがあるかな?それとも、ただの読者なのかな?

もし前者だとしたら、きっと僕の苦しみを解ってくれると思う。


僕は作家の敵である、もっとも堪えがたい苦痛、スランプを味わっている。だからスクリーンが見事なくぐらい真っ白なんだよ。はぁ。


文章も、展開すら浮かばない。

新作を書かねばならないのに、ネタ張にはもう使えそうなものはないし、担当からの催促のメールの通知が煩くて仕方がない。もし君がただの読者なら、僕は君にただ「幸福者だね」としか言えない。

この苦痛を知らないなんて、本当に羨ましい。


そしてもし小説を書いたことがあり、でもまだスランプを味わっていない君にはこう言いたい。「こんな苦痛を味わう前に辞めろ」 と。


ずっと書き続けていれば、必ずぶち当たる壁。もしそのまま書いていれば、君は少なからずスランプを味わうだろう。


そしてスランプを経験したことがある作家さん、今僕は猛烈に君とハグしたい。性別なんか関係なく、ね。


スランプを味わったら、そのまま辞めるか乗りきるか、のどちからだ。


この世には今、ケータイ小説やらウェブ小説とかが日常的になっていて、素人でも小説家気分を味わえる。


ストーリーを考え、練って、文章でそれを描く。──────うん、いいんじゃないかな。


けどね、それはまだ趣味の領域だ。辞めようと思えば辞めれるし、未完のまま放置してもいい。面白くないと評されても「タダの小説に文句を言うな!」 と言えるかもしれない。


僕に言わせればケータイ小説家なんて、しかるべきコンテストで賞を受賞し、書籍化されるまで一人前と言えない。


締め切りも印税も売れる作品を書かなければいけない重圧も知らない素人が、自慢げに「自分は小説家だ!」なんて、お金を貰って書いている小説家が聞いたら鼻で笑われるだろう。


そんなものは、ゲーセンのカーレースで遊んでいる人が「俺、運転のプロだぜ!」と、二種免許を持っている人に言っているようなもんだ。


ああ、また話が脱線してしまった。すまない。


取り合えず今はお手頃に小説家気分を味わえる。そんな人達でもスランプを味わう。

でもね、批判される覚悟で言わせてもらうよ。君たちがスランプを味わったところで、それは本当の小説家の比じゃない!


何故なら、こっちは書けなくなったら稼げない、お金がない、ご飯が食べれない、生活できない!君たちが「スランプだぁああ」 と叫んだところで、ちゃんと生活出きるだろう。趣味と仕事じゃそれだけの差が出る。


さあ、これで今の僕の状況がどれだけ絶望的か君にも理解できただろう。


ただでさえ売れない僕がこの上スランプに陥って書けなかったら、それこそ餓死してしまう。レストランで言えば、料理も出せない状態。潰れてしまう。



僕は胃痛を覚えながら深い溜め息を溢す。

新作……売れる物語……あぁあああ、もう最悪だ。


最近愛用している胃痛薬をペットボトルの水と共に胃へ流し込み、長い長い吐息を溢す。

眼鏡を外した瞳。視力と引き換えにしても、何億もの文字を打ち続け。その代償に裸眼の世界は酷く滲んでいる。歪んで、朧気な世界を見つめ、僕はまた溜め息をつく。


空腹は、覚えない。覚えたところで、冷蔵庫にろくな食い物はない。

小説家になって、印税で稼いで。それで、一生食っていけるって思ってた。


だが、現実は苦瓜よりも苦く、そしてただひたすらに厳しかった。


昔から、物語を考えるのが好きだった。小学校、低学年の時から友達を喜ばせるために、即興で作った怖い話を語っては、遊んだ。怖い映画を観れば興奮したし、本だって読みふけった。


中学校の七不思議だって、文芸部員だった僕が部誌に載せたやつが、そのまま七不思議になったんだ。


文才、文章力、構成力。僕は、優れていた。

井の中の蛙大海を知らず。まさに僕のことだった。

子供の活字離れが深刻化している中、本よりもっと面白いことが増えた現在で、ライバルが圧倒的に少ない僕は、自分は天才だと思い込んでいた。


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