2-5

 わたしはこんなだから、よくからかいの対象にもされたものだった。

 それを、当の本人であるわたしよりも先に、ブチ切れて大喧嘩をしたのが遙香だった。わたしはとにかくスタートが遅い。出遅れてしまって、あの時もオタオタするばかりだった。


「ふざけんじゃないわよ!」

 甲高い小学生の頃の女の子の声は、廊下にまでよく響く。

 わたしは移動教室でも後れを取って、一番最後に教室へ入ろうとしていた。

 確か、保健の授業で、男子は体育だった。

 合同教室というヤツで、女子は隣のクラスで授業を受けて、男子たちは校庭に移動するのだ。クラス対抗戦みたいな事をしたと思う。そうして男子の方が先に教室に戻っていた。なにごとかと思って慌てて教室に入ると、黒板の前に仁王立ちした遙香が目に映ったのだ。


 あれは、衝撃だった。

 わたしの席は教壇のすぐ前で、一番真ん中の目立つ場所だ。

 机の上に山盛りになった雑巾を見て、なにが起きたのかを悟った。


「誰なのよ!? こんな事したの、出てきなさいよ!!」

 目に涙を浮かべている遙香の姿を見て、ようやくわたしは自分の立場を理解した。酷い事をされたのだと、その瞬間にはまだ理解出来ていなかった。

 ただ、親友がわたしの為に涙を見せた事が悲しくなって泣いた。


 男子にしたら、たあいないイタズラのつもりだったのだ。

 女子でやられたのはわたしだけだったから、それはまぁ、ちょっとはショックだったけど。後にも先にもそれっきりで済んだから、別にイジメというわけでもなかったと思っている。遙香の剣幕にクラス中が恐れをなしたって事かも知れない。

 この時も、どういう結末を迎えたのかは覚えていない。

 あまりに衝撃的な想い出で、残念なことにこのワンシーンしか記憶に残ってはいない。激怒した遙香の姿をこんなにもはっきりと覚えているくらいには、わたしは彼女を信頼していたという事だ。


 女同士に友情は成立しないとかいう説を聞いたことがある。

 男を間に挟んでしまうと、途端に壊れてしまう脆いものなのかも知れない。


 祐介を会わせなければ良かった。

 あと何度、こんな風に後悔の念が押し寄せてくるんだろう。

 会わせさえしなければ、失うことも無かったのかも知れないのに。


 何度でも戻ってくる痛みだ。

 遙香の気持ちが解からなくて苦しい。

 どうして、祐介だったの?


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