第21話 転職と天職

             転職と天職


 「お~い。どうした?滝くん。庭の遠くの方を見つめているな。

・・・

 あっ。この庭はそんなに広くないから遠くは無いな。アハハハ。

何か、妄想している?コーヒーが冷めるぞ。交換しようか?アイス

コーヒーの方がよかったか?おいっ、どうした?」

 「あっ・・・ニシさんおはようございます。お久しぶりです。」

 「あのな。それ、さっき言っていただろ。何か変なヤツだな。」

 「アハ。そうでした。ここに居た2年間を思い出していたんです。

懐かしくて、いろいろあって勉強させていただきました。毎月なに

かしらのイベントがあって充実した学生生活でしたが、この家やス

タッフには沢山お世話になりました。何かあるとここを思い出して

いました。今日もフラっと来てしまいましたが、やっぱりいいです

ね、ここは。」

 「そっか。外は暑くなってきたから、アイスコーヒーでも飲むか

?まだ、お客さんは来ないし俺も付き合うよ。」

 「はい。ありがとうございます。」


 「私も付き合うよ。へへへ。」

 「俺もね。」

 「私も同じく。」

 「あっ。マキさん、ユミさん、それにアキちゃんも。おはよう。

あれ?ショウさんはどうかしたのですか?」

 「ショウちゃんは里帰り中だよ。お父さんの具合がちょっと悪く

てね。まっ。里と言ってもすぐ隣の町だけれどね。」

 「そうなんですか・・・。」

 「滝くんは、希望した会社に就職できたんだよね。頑張っている

?」

 「はい。マキさん。一応は頑張っているのですが、一緒に入った

カツが北海道へ転勤したから・・・あっ、カツのこと、覚えていま

すか?たまに、ここへ来ていたヤツですが・・・。」

 「あ~、あの軽い人ね。動きは超早いけどね。アハ。」

 「やっぱりそうですよね。あいつ本当に軽いからみんなより目立

つんですよね。だから、ちょっとしたミスも大きく見られる。」

 「それで、あの人は北海道に飛ばされたんだね。」

 「アハ。確かに飛ばされたのかもね。でもね、それだけで会社は

簡単には転勤させませんよ。

 カツは北海道出身なんですよ。それで北海道に人員の空きが出て、

1人補充する話になった時、あいつ、ミスもやったし、名前があが

ったんです。そんな遠くには誰も行きたがらないのに、カツは手を

上げてしまったんです。そして、あいつに決まったのですが・・・。

逆に喜んでいました。まったく、楽天家というのか、先のことを考

えないヤツですね。」

 「で。滝くんは寂しくって落ち込んでいるのか?」

 「いえ。まさかそんなことで落ち込みませんよ。ニシさん、俺そ

んなに弱くないですよ。ここで鍛えられましたから。へへへ。」

 「・・・・・。」

 「あっ。そうそう。滝くんが卒業してから、オーナーがすごく気

にしていたよ。あいつは上手くやれているのかなぁってね。

 それに、大きな会社や組織では彼は伸びないぞ。とも言っていた

ね。」

 「えっ。ユミさん、それ本当ですか?」

 「そそ。私もそれ聞いたよ。珍しくオーナーが愚痴っぽく話して

いた。確か、ニシさんとも話していたよね。」

 「うん。マキちゃんの言う通り。俺にも同じようなことを言って

いたな。あんなオーナーは珍しいな。」

 

 『確かに、私も聞きました。どういう意味で言っていたのかわか

りませんが、オーナーは滝くんのことを高く評価していたように思

えますよ。私も含めて“霊”や“魂”たちも滝くんがここを去って

いくのがとても寂しかったし、残念でした。

 特にあの石の男女は、なんとか引き留めようとしたくらいです。

滝くんはいつもあの大小の石を洗っていたのですね。誰も知らなか

ったようです。多分、それをオーナーが見ていたのでしょうね。

 そんな滝くんは大器になると言っていましたよ。私もそう思いま

す。』


 「そうなんですか。・・・嬉しいです。

でも、ここは変わらないですね。温かくて、やさしくって、そして

楽しい空間と時間を過ごせます。ホッとします。・・・

 あっ。この7月7日もまた、七夕祭りをするのですか?あの訳の

分からない短冊をいっぱい吊るして・・・。」

 「コラ!あれはみんなの願いをちょっとだけ形にしたのよ。材料

もそれぞれ別に用意して、紙で統一しなかっただけよ。

 確かに、おにぎりを吊り下げていた人もいたけれどね。アハハハ。

 今年ももちろんやるわよ。滝くんも参加しろよ。元気になるよ。」

 「うん。ユミさん・・・。」

 「こりゃ、相当重症だな。まっ。ゆっくり気が済むまでここに居

ろよ。今日は会社が休みだろ?」

 「はい。ニシさんありがとう。」


 相変わらずみんな優しいなぁ~。随分前にニシさんが言っていた

けれど、ここが、この“白い家”と“白いカフェ”が俺の小さな故

郷だって・・・俺もそう思えてきた。久しぶりにここに来るとほっ

とするし、家族と再会したような気になるね。

 この壁や床、天井、そして小物たちに庭や犬、猫たちもみんな家

族って感じがする。何か、自然体で居ることができる。余計な力が

抜けていくのがわかる。今まで来店されたお客様もこんな気持ちに

なったのだろうね。今になってよくわかる。

 人は心の豊かさが一番大切だってオーナーが言っていたけれど、

その通りだ。俺もそれを聞いてどんなことがあっても心の豊かさを

大切にしようと思っていたけれどなぁ~。

 今は、心が迷っている。・・・アハ。


 「滝くん。どうこのファッション?」

 「えっ。あ~、なんですかそれ?全身がレース柄で透けて見える

じゃないですか。ブラやショーツが丸見えですよ。」

 「うん。ワザと見せているのよ。一応スタイルにはまだ自信はあ

るからね。それに、下着は見せてもいいデザイン性の高いものを着

けているから・・・うふ。」

 「いや~、それはまずいでしょ。少なくとも胸からお尻までは隠

した方がいいですよ。お客様にとって、下着は下着ですからね。自

分は良くても、お客様が目のやり場所に困るでしょ。

 オーナーも言っていたじゃないですか。頑張らなくてもいいお客

様を大切にしてねって。マキさんらしいけれど、それ却下です。」

 「え~、そうかな。これから夏になるから清々しくっていいと思

うけどね。滝くんが言うのならやめておこう。もうちょっとアレン

ジしてみるね・・・。うふ。」


 『マキちゃんらしいわね。滝くんが落ち込んでいるようだから、

元気づけようとちょっと無理しちゃったかもね。

 マキちゃんもやさしくって思いやりのある大人になりましたね。

うふふ。』


 「滝さん。元気ないですね。」

 「あっ。アキちゃん。少し見ない間に大人っぽくなったね。ニシ

さん、心配事が増えたね。とっても綺麗だよ。お母さんにそっくり

だね。へへへ。」

 「うふ。ありがとう。私、学校と仕事は両立できると思っていた

けれど、結構しんどいね。滝さんはよく2年近くもやっていたのね。

私、もう1年ちょっとになるけど限界かも。何かいいアイデアない

かな?」

 「ん~。もう1人学生を入れたらいいのにね。それだったら俺が

居た時と同じで半分ずつになるから少し楽になるかも。俺が居た部

屋も空いていると思うし。

 でも、俺が辞めてから半年もたっていないじゃないか。もう少し

頑張って。半年間はしんどかったかな。」

 「うん。しんどい。疲れた。アハハハ。」

 「そういえば、マキさんの友人が日本に来ているって言っていま

したね。マキさん、その人は・・・」

 「アハ。あいつは今、一時帰国しているよ。両親が帰国しちゃっ

たからね。アハ。でも、もうそろそろ来そうだけど。ここでは働か

せません、絶対にね。アハハハ。」

 「・・・。」


 『あらま。アキちゃんも気をつかったね。それに、滝くんに戻っ

て来てほしいんじゃないかな。どうやら、アキちゃんは滝くんのこ

とが好きなようですね。ニシさんが怒りそうですよ。バレないよう

にね。うふ。』


 「お~い。滝くん。何か食べるか?モーニングの準備ができたか

ら何でも言ってよ。」

 「は~い。ありがとうございます。ちょっと考えます。」

 

 「おはよう。」

 「いらっしゃいませ。おはようございます。どうぞ。」

 「あっ。隅っこの席は埋まっているね。・・・えっ。滝くんなの

?座っているのは。久しぶりね~。元気にしていた?」

 「あ~、かおりさん。お久しぶりです。随分早いですね。お店は

遅くまでやっていたんじゃないですか?」

 「そうよ。結構、うちのニューハーフのお店は人気が安定して来

て、いつも満員なの。この“白い家”のおかげとニシちゃんのアド

バイスのおかげよね。

 でも、ちょっと悩み事があって眠れないからモーニングを食べに

来ちゃった。滝くんと久しぶりに会ったから元気が出てきちゃった。

うふ。」

 「アハ。それは良かったですね。おひとりですか?じゃ、この席、

一緒にどうですか?」

 「えっ。いいの?ありがとう。」

 「いらっしゃい。かおりさん。何にしますか?」

 「ホワイトスープに特性パン。それに、紅茶を下さい。」

 「はい。滝くんは何にする?決めた?」

 「俺。このホワイトパンにスパイシースープを下さい。・・・

あっ。今、かおりさんが言っていた特性パンって何?」

 「オーケー。ホワイトスープに特性パン。それに、ホワイトパン

にスパイシースープですね。しばらくお待ちください。・・・それ

から、特性パンは特性です。お楽しみにね。アハハハ。」

 「なんじゃそれ。アハハハ。楽しみます。」

 「かおりさん、悩みごとって何ですか?聞かせてください。」

 「うん。実はね、うちのお店、人気が出たものだから、スポンサ

ーが沢山ついたのはいいけれど、2号店を出すことになったのよ。

でもね、メンバー同士がどちらに行くかちょっと揉めているのよね。

新しいお店の方が設備は良いし綺麗だけれどね。誰も行きたがらな

いの。何で。」

 「そうなんだ。みんな、今のお店から離れると見放されたような

気がするんじゃないですか。特にママであるかおりさんから離れる

となると余計に寂しいというか、不安になるんですよ。」

 「そうかなぁ~。いいお店ができるんだけれどね。りょうもそっ

ちへ行く予定だから安心だと思うけどね。」

 「へぇ~、りょうさんは2号店に行くのですか。それだったらか

おりさんが寂しくなるんじゃないですか?」

 「いえ。私は大丈夫よ。りょうとは一体ですから。アハハハ。」

 

 一体という意味がよくわからない。確かに苦労を共にしてきたの

は、かおりさんとりょうさんだもんね。気持ちは通じ合っているか

も・・・。


 「それに、お店を変わると言っても、転職じゃないのに、みんな

深刻に考えこんじゃってね・・・。」

 「じゃ。かおりさんが常に両方のお店に出入りしたらいいじゃな

いですか。ちょっとしんどいですが。しばらくやっているとみんな

も慣れてくるでしょうし、かおりさんが常に出入りしていたら、常

連さんも気分が良いでしょう。他のお客様や従業員も嬉しいし安心

すると思います。

 それに、2つのお店のショーも違うモノにして、どちらも観たい

と思っていただいたら、よりいいじゃないですか。同じショーの内

容だったらお客様も偏ってしまうでしょう。

 ただ、衣装や振り付けなどの練習に時間がかかってしまいますね。

誰かが休めば替えがきかないし。それに、かおりさんが一番疲れる

だろうね。

 でも、お店を出入りすることで気分転換だと思えばいいでしょ。

それに、衣装も変えればまた、楽しいでしょう。へへへ。」

 「ワァ~。滝くん、いいこと言うね。すごく成長したのね。その

アイデア、いただきます。それ考えて見る。ありがとう。」

 「お待たせいたしました。ごゆっくり。」

 「滝くん。そんなセンス持っているんだから、今のバカでかい会

社に埋もれているのはもったいないよ。小さくてもいいから動きや

すい会社に転職したらどうなの?」

 「そう思います?俺も何となくそんな気がしているのですが。・

・・

 どうも最近やる気が出ないんですよね。自分自身が会社の1つの

歯車にすぎないようで・・・会社ってそんなものだとは思うのです

が。・・・

 ただ、大きな会社だから、いろんな情報が座っていても入ります

から、刺激にはなっているのですが、どうもね、息苦しいというの

かな、退屈なんですよ。・・・ちょっと贅沢かな。」

 「うんうん。そんなものよ、会社は。私も一応サラリーマンをや

っていたのよ。これでもね。へへへ。上場している会社で商社マン

をやっていたから。

 でも、おかまだとわかっちゃって、ちょっと、居心地が悪くなっ

て転職しちゃった。アハハハ。」

 「そっか。かおりさんは苦労されたんですね。俺、もう一度自分

の人生を考えてみます。本当にこれでいいのか。どうしたいのか考

えてみます。」

 「だね。人は考える生き物だからね。しっかり悩みなさい。ちな

みに、私は思い切って転職したけれど、そのおかげで今の職にたど

り着きました。これは、私の天職だと思っているの。うふふ。」

 「アハ。ありがとう。やっぱり、今、悩む時期なのかなぁ~。」

 「じゃ。私、帰って寝るね。へへへ。」


 『滝くん。そうだったのですか。かなり悩んでいるようですね。

でも、今しっかりと悩んでいないと、後で後悔しますよ。ニシさん

のようにね。アハハハ。』


 「ん?誰か、何か言った?嫌な気分だな。」

 「ニシちゃん、ごちそうさま。ニシちゃんが思っている通り、滝

くんは転職を考えているようよ。ニシちゃんから連絡をもらってき

たけれど、滝くんはかなり考え込んでいるようね。

 はい。これ伝票ね。ごちそうさま。うふ。」

 「そっか。やっぱり。これはチャンスだな・・・。」

 「ん?何がチャンスなの?ニシさん。かおりさんはさっさと帰っ

ちゃったけど、早かったね。・・・さては、何か仕掛けたな。」

 「ドキ!・・・マキちゃん、なんもなかよ。ほんまに。エヘ。」

 「ダメ!付き合いは長いから、すぐにわかります。言葉も変だっ

たしね。滝くんを再びこの店に入れようと思っているでしょ。」

 「マキちゃん、鋭いね。でも、俺の考えだけじゃないよ。さっき、

オーナーと話したけれど、滝くんをうちに転職させるとまでは聞い

ていないし、それは、滝くん自信が考えることであり決めることだ

ね。ただ、オーナーは滝くんの将来を考えると沢山の選択枠がある

方がいいのだって言っていたね。

 うちに来たとしても比較的自由にさせるつもりのようだね。俺も

賛成だな。へへへ。」

 「ふ~ん。何故かなぁ~。どうも、この“白い家”自身にも関係

がありそうだね。そんな気がしてきました。うむ。」

 「お~い。マキちゃん。また、探偵のようになっているぞ。アハ

ハハ。」

 「アハ。」


 『えっ。私が何かしましたか?滝くんは好きですが、転職させよ

うとまでは考えていません。あっ、でも、それいいかもね。うふ。

 そういえば、私の本当の名は“白龍神”ですが、ちょっと書き換

えれば“白竜神”です。確かに、滝くんの“竜”という文字は、私

の中にありますよ。でも、それはオーナーしかわからないでしょ。

ニシさんたちは私の名前も、存在も知らないはずです。・・・

 いや、ニシさんは、この家を建てているころから居ますから、オ

ーナーから少し聞いているかもわかりませんね。名前はちょっと偶

然のように思いますが、滝くんが再びここに来るのは大賛成です。

ウエルカムよ~。アハハハ。』


 「でも、これで滝くんが迷っているのがわかったから、アプロー

チは簡単だな。一言で終わるぞ。アハ。」

 「何。一言って?」

 

 「お~い。滝くん。食べ終わったかな。」

 「はい。変わらず美味しかったです。ごちそうさまでした。じゃ、

俺、そろそろ帰ります。また、来ます。」

 「そっか。じゃ、またな。元気で頑張れよ。オーナーも応援して

いるって、さっき、電話で言っていたぞ。」

 「えっ。オーナーが・・・」

 「あっ。それから、オーナーからの伝言でね、こう言っていたな。

 “転職”は自分の“天職”を見つけ出すようなものだから、じっ

くり考えなさい。ってね。アハハハ。」

 「あっ。・・・」

 「俺。また来ます。すぐ来ます。ありがとうみんな。」


 「うむ。上手くいったな。これで、晶子も少し楽になるし、この

“白い家と白いカフェ”も一層楽しくなるぞ。きっとな。アハハハ。


 『アハハハ。楽しみです。でも、滝くんはアルバイトとしてくる

のでしょうか?オーナーは、そうは考えていないようですね。どう

するのでしょうか。・・・うふふ。

 あっ。マキちゃんの悪友という子がフロリダからまた来るようで

すね。今度は、長く居そうです。ちょっと不安な“霊”でした。

 じゃ、皆様またお会いしましょう。・・・キャッ!誰?私を噛ん

だのは・・・。』


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