第6話 幽霊とお化け

       幽霊とお化け


 「う~。なんか蒸し暑くなってきたね。この季節が来るのが嫌い!

化粧はとれるし汗も出てベトベト、ジメジメする。外には出たくな

くなるね。どう滝くんは?今の季節は好き?嫌い?」


 アハ。マキさん、せっかくの化粧がとれかかっている。ちょっと

怖いかも。美人なんだからそんなに化粧をしなくてもいいと思うけ

どね・・・。


 「俺はこの季節が結構好きですよ。ガーって汗かいてシャワーを

浴びてスッキリするし、その時だけですが気持ちいいですよ。

 まっ、夜中はちょっと寝苦しいですが・・・。」

 「ふ~ん。そうなんだ。何?そんなに顔を見つめないで!化粧が

落ちかけているんだから。あっちを向いて話して~。」

 「え~。それじゃ誰に向かって話をしているのかわからないじゃ

ないですか。透明人間に話している訳じゃないし・・・。」

 「いや~やめて!透明人間ってお化けみたいじゃない。そんな話

は嫌い!」

 「お化けって。お化けは透明というか、透き通っていたかな?古

い漫画本でお化けのQ太郎ってあったけれど、身体は透き通ってい

なかったと思うのですが。マキさん、それって、お化けじゃなくて

幽霊でしょ。お化けは透き通ってないですよ。」

 「あ~ん。もういいからそんな話はやめて!その話はユミさんと

やってよ。あの人は幽霊とかお化け、妖怪って大好きだから。物に

は全て魂があるって言っているよ。」

 「うんうん、そうよ、マキちゃん、滝くん。物にもこの家にも木

や石にも魂があるのよ。何か感じない?」


 『ドキ!私のことかしら。確かに姿はハッキリしないわね。でも

思考能力はあるわよ・・・ってそういうことじゃなかったのね。ア

ハハハ。

 そう言えば、この“白い家”にも怖い場所があるのです。そう、

庭の奥の方が少し暗くなっているでしょ。何かが居るように感じま

せんか?軒と軒の重なった、その隅がどうも昼間も暗くてね。でも、

あの場所があってこそ遠近感がより強調されて奥行きが出ているの

ですが・・・。

 そう、あなたの家にもそんな場所があるんじゃないですか・・・。

 私は幽霊でもお化けでもありません。幽霊もお化けも私としては

同じようなモノですが。私は“霊”です。この家を代表する“精霊”

です。人によっては“神”とも言われます。妖怪でもありません。

 あっ。この“白い家”を造るのにいろんな所から材料を集めたか

ら、その中にはちょっと怖いモノも居ましたね。そう、恐ろしいこ

ともありました。

 また機会がありましたら、お話いたしますね。うふ。』


 「何も感じないよね、滝くん。」

 「はい。何も感じませんが・・・。」

 「ダメね~、滝くん。そういうモノも感じるようにならなきゃ一

人前のクリエーターにはなれないわよ。アハハハ。

それは冗談だけど。

 でもね、いろいろなモノやコト、そして、ヒトからも何かを感じ

取るほど洞察力や感性を高めないと人々が感動するものが生まれな

いと思うの。そこには幽霊とかお化けというものじゃなくても何か

メッセージが感じとれるんじゃないの。そう、幽霊もお化けも何か

を伝えたい、メッセージを残したいという気がそういうかたちで現

れるんじゃないかな。俺はそう思いたい。だから物に対しては真剣

に感性を研ぎ澄まして向き合っているのよ。

 う~、またのめり込みそう。」


 何それ。自分で言って、自分で納得しているみたい。ユミさんが

言っていることはわからなくはないけれど、やっぱりわからない。

・・・

 そういう“霊”的なものってあるのかなぁ~。幽霊もお化けも同

じだと思うけれど、実態は無いよね。そんなの本当にあったら怖い

よ。


 『まっ!失礼しちゃうわね。滝くん、ちゃんとここに居ます。実

態は無いというか、明かすことはできませんが、この“白い家”そ

のものが私であって、“霊”の集合体であり気の集まりでもあるの

です。特にオーナーとこれに関わった職人たち。そして木や石や苔

などのモノたちの気です。

 滝くんはまだ建築を勉強中だけど、建物やインテリア、庭は全て

様々なモノの集まりであってそのコラボレーションと気の共有で出

来ていることを感じ取ってほしいのです。

 ちょっと、お説教になっちゃったみたいだけど、もっと多くのこ

とを学んでね。』


 「滝くん。ユミさんの言っていることは、人でも物でもそれに向

き合っていれば何かが感じ取れるし、それを理解できるってことじ

ゃないの。逃げていてはいつまでもその“霊”というのか“亡霊”

に追いかけられているような気になっちゃうしね。」

 「うん。確かにマキさんの言う通りかもわかりませんね。この家

の庭やインテリアを初めて見た時はすごくいい気分で居心地が良く

落ち着いた気がした。すなおにこの“白い家”と向きあったからこ

そそう感じたんだよね。」

 「それに俺の料理とマキちゃんの接客もあってね。へへへ。」

 「うん。ニシさんの言う通り。全ての要素というか、素材がうま

くコラボレーションしているからこの空間、空気、時間が生まれて

いるんだと思う。そして、この空間こそ私の幽霊でありお化けでも

ある“霊”なのかも。

 アハ、ちょっと言い過ぎちゃったかも。でも、そんな空間だから

こそ気を感じるのかもわからないね。」

 「マキさん、あんなに幽霊やお化けを怖がっていたのに良いこと

言いますね。でもなんとなくわかるような気がします。俺はまだま

だ勉強しないとね。この“白い家”から学ぶことが沢山ありそうで

す。」

 「あっ。ところでみんな。このカフェには時々夜中に幽霊が出る

のを知っていたか?」

 「え~、マジですか。俺、知らない。結構長く働いていますが初

めて聞きました。おい、マキちゃんやショウちゃんは知っていたの

?滝くんはまだ日が浅いから知らなくても当然だよね。」

 「私たちも知らなかったです。ね、ショウさん。」

 「うん。」


 オイオイやめてよ。残業が出来ないでしょ。ニシさんそれ以上話

さないで。やめてください・・・って、椅子に座っちゃったよ。


 「よし。今暇だし、じゃ、少しだけ話そうか。昼間だから怖くな

いよな。」

 「私はいや!聞かないからね。」

 「アハ、マキちゃんはこんな話は嫌いだったね。へへへ。でも、

はじまり~。」


 『アハ~。何で“霊”の話からこんな方に行っちゃうのかな。ニ

シさんあまり怖く話さないでね。噂になると困るし、みんな眠れな

くなって仕事に影響しちゃうでしょ。私も怖いし。うふ。

 でも、ニシさんのお話は本当です。私はたびたび見かけています。

あぁ~コワイ!』


 「それは、この白い家と白いカフェがほぼ完成した時のことです。

この家に様々なモノを集めて、少しずつ完成させていたのですが、

ある所からちょっと大きめの石をオーナーが見つけて来てそれを置

いたのですが・・・」

 「ニシさん、何で敬語ですか?普段と同じように話して下さいよ。

敬語、怖い。」

 「ショウちゃん。いい所に気が付いたね。こういう話をする時は

静かにそして、明瞭に語らないと臨場感というか、リアルさが出な

いでしょ。アハハハ。」


 うっ、ニシさんの演出か。似合わない。


 「あれ?どこまで話したかな?アハ。

 そうそう、その石をオーナーが見つけて来て設置をしたのだけれ

ど、翌朝見ると向きが変わっていたのです。オーナーはすごく怒っ

て元に戻させたのですが、こんな重い1トンもある石を誰が動かせ

るもんですか。みんな不思議に思っていました。が、一人の職人が

変なモノを見つけてしまいました。それは、石に刻印のようなマー

クの彫り物です。誰も全く読めないし理解できません。

 で。その翌朝になると、また、向きが変わっているのです。昨日

とまったく同じ方角をその刻印が向いているのです。みんな気味悪

がってオーナーに元ある場所に戻すように言ったのですが、聞き入

れてもらえません。元に合った所に何かがあるのだろうと、職人た

ちが言うので、俺が確認に行ったのであります。」

 「ニシさん、そこで変な言い回しはやめてください。しらけます。

 「あっ。ゴメン、ゴメン。」

 「で、その石があった所へ行くと、もうひとつ一回り小さな石が

あったのです。ちょっと不格好な石だった為か、オーナーは持って

帰らなかったそうです。確かにすぐ横にはあの石を取り除いた跡が

ハッキリとあり、良く見るとこの小さな石にもあの似たような刻印

が彫られていました。そう、同じものなのでしょう。そして、その

刻印が向いているのが、なんと、あの大きめの石があった方角です。

 何か寂しそうに感じました。

 そうか!あの石もこの小さめの石の方を向こうとしていたんだ。

きっと、そうなんだろう。これは何かあるんじゃないかなと思い、

私はその地元のお寺に行き、詳しく住職にたずねてみたところ、す

ごい話を聞かされました。」

 「ね~、ニシさん。バカ丁寧な言葉になってきているのですが、

そう少しサラッと話してよ。」

 「ユミちゃん、一つ一つ注文をつけるなって。こっちは乗ってき

ているんだから。」

 「は~い。だって、ちょっと怖くなってきたし・・・。」

 「で。その話というのは、あの2つの大小の石というのは男と女

で、大昔にこの村で暮らしていた2人で親から結婚を反対され心中

したそうです。その時にお互いを刺した小刀に付いた血が2つの石

にそれぞれ吸い込まれたそうです。大きな石は男で、小さな石が女

だそうで、村の人々はあまりにも痛々しく、かわいそうに思い、そ

の2人の印を石に彫って今の場所に安置したそうです。

 そして、その刻印を向い合せにしたそうです。だが、時が過ぎる

とみんなは忘れてしまい、あの石は放置されてしまったとのことで

す。

 住職さんは言っていました。人は二度死ぬと・・・・・。

一度目は、肉体が死を迎え荼毘にふされた時で二度目は、人々の記

憶から消えて忘れ去られた時だそうです。悲しいですね。

 この話をオーナーにすると、突然涙を流し、すぐに2つの石を一

緒にさせるよう私や職人に伝えました。

 そして今、あの場所にそっと置かれています。何故この白い家に

置いて元の所に戻さなかったのかわかりませんが、多分、元あった

所はすごく寂しそうな所だったので、オーナーは少しでもにぎやか

で、誰かが覚えている所を選んだのでしょうね。少なくとも俺とオ

ーナーはあの2人を忘れないだろうしね。

 そして、この話はこれで終わりではありません。

 実は、この2つの石は、その男女の“霊”らしきものが宿ってい

て夜中に話をしているところをオーナーはたびたび見かけたそうで

す。でも、何か厄があるのではなく、怨みがあるわけでも無く、そ

の男女の石は、オーナーにお礼を言っているように感じたそうです。

それ以来、この白い家の建築は非常に順調に進み、思った以上に早

く、美しく完成したのです。事故などの問題も無く完成したそうで

す。オーナーはまだまだこれからだと言っていましたが・・・。」

 「ア~ン。」

 「どうした?マキちゃん。聞いていなかったんじゃなかったの?

泣いているのか?」

 「うん。これから毎日、あの石たちに手を合わせます。」

 「うんうん。」

 「ね~、一度でいいからその2人に会ってみたいね。一度だけで

十分だから・・・。」

 「おっ。滝くん、言うね。そんな根性というか、勇気があるのか。

よし、今夜みんなで見よう。いや、会おうよ。俺も会ったこと無い

しね。」

 

 えっ。ニシさんは会ったことが、見たことが無いんだ。アハハハ。


 「明日は、このカフェは休みだし、今夜12時に集合ということ

で、いいね?」

 「は~い。」

 「私はイヤ!やっぱり怖い。」

 「マキちゃんは無理しなくていいよ。何か感じやすいようだから

ね。」


 『アハ。ニシさん、話してしまったのね。本当は夜中に自分だけ

が残業しているのが怖かったのでしょ。うふ。

私はたびたび見かけているし、お話もさせていただいているので、

今回は参加いたしません。みんなそっと見てあげてね。よろしく。』


 「よし。みんな集まったな。うんうん。えっ、何でマキちゃんが

来ているの?大丈夫なのか?」

 「はい。挑戦します。」

 「それに、我が娘、晶子と・・・あらま、こんな時間にミーちゃ

んも来ちゃったのね。オーナー以外全員集合か。アハハハ。」

 「ミーちゃん、おしっこに行けなくなっちゃうよ。大丈夫なの?」

 「滝くん、大丈夫よ。美羽はもう行けなくなっているわ。私が全

部話したらビビってしまって。それで、見届けるって。アハハハ。」


 うっ、恐ろしい親だ。自分ひとりじゃ怖いから娘を道連れにした

のか・・・。


 「今、12時30分です!」

 「ニシさん、何時に現れるのか知っているんでしょ?」

 「アハ、全然知らない。オーナーに聞くのを忘れていた。アハハ

ハ。」

 「なんじゃそれ!じゃ、いつまでこうやってんのよ。」

 「ショウちゃん、ゴメン。まっ、丑三つ時の2時までにしよう。

それまでに現れなかったら、またの機会にということに・・・。」

 「オヤジのバ~カ!」

 

 そして、真夜中の2時ごろになると、石のあたりがボーっと白く

明るくなっている。いよいよ始まるのかな。ドキドキワクワクして

きた。


 「コラー!美羽。何やってんの。バカ!」

 

 えっ。ミーちゃんが小さな懐中電灯で横から石を照らしていたん

だ。やっぱり、小悪魔だな、この子は。


 「アハ。びっくりした?みんな。もう現れないようだから帰ろう

よ。」

 「このバカ娘が!すみません、みんな。」

 「たくさんいるから恥ずかしいんだよ。それに時間が不確かなん

だから改めて出直そうよ。」

 「確かに、マキちゃんの言う通りかも。」

 「もう。オヤジはいい加減なんだから。今度はしっかりとオーナ

ーにたずねておけよ。」

 「は~い。じゃ2時になったので解散ということにします。また

のお楽しみに。」

 「さぁ、帰ろう、寝よう。」


 みんなが自分たちの部屋や家に戻ろうとした時、ジーっと何かが

見つめているようで、少しだけれど大小の石が明るくなったような、

そんな気がした。俺だけが感じたのかと思ったけれど、マキさんも

背中に何か感じたようで、いきなり振り返っていたね。

 本当に居るのかどうかわからないけれど、気持ちの悪いものでも、

怖いものでも無く、何やらあたたかいものを感じました。やっぱり、

いろいろなモノに対して素直に向き合うことは本当に大切なことだ

ね。


 『アラ。会えなかったのね。うふふ。あの石のおふたりさんはあ

なたたちを見ながら笑っていましたよ。本当に仲の良い人たちだな

ぁ~って言っていました。

 人も物もどこで生まれて、どこで消えて行くのか、それぞれです

が縁あって出会ったら互いを理解し大切にしてほしいですね。次の

機会には2人に会えると思いますが、日々来られるお客様も大切に

して下さい。そして、いつまでもあの2人の石の物語を忘れないよ

うにお願いします。』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る