本編-003 初めての「進化」
【2日目】
固有技能。
知性ある生物が迷宮核に触れ、迷宮領主が誕生する時に得る技能である――【迷宮領主】にとってのメジャーな獲得方法としては。
実際には他の「職業」の生物達もまた、往々にしてこれを得ることがあるようだが、条件はよくわからない。こういうのもまた【
ま、どのような能力が現れるかは予測不能だが、その迷宮の性格を決めるような技能であることも少なくない。
例えば俺の【蟲?使い】場合。
「情報閲覧:対象ラルヴァ」
【基本情報】
名称:
種族:蟲?
位階:1
HP:5/5
MP:1/1
戦力評価:I
【コスト】
・生成魔素:40
・生成命素:40
【スキル】
・進化:
・進化:
・進化:???(条件を満たしていません)
「……なるほどな」
ラルヴァは進化させることが前提。
本当にただの"幼虫"に過ぎない存在なのだ。
三番目の『進化先』とやらが少し気になるが、こいつは後で試してみよう。
まぁ素直に考えれば、ラルヴァに複数の進化先がある以上、さらに進化先があったりすると思うがな。
そして俺はそいつらを直接産み出すことはできそうにない。
ラルヴァだって実際は卵からだったわけだし。
ふーむ。
ここから予測できることとして、俺の
で、いろいろな役割を持つ眷属にラルヴァ達を進化させて、適宜適材適所で運用する。
というのはどうだろう?
……うん。
迷宮核の知識と照らしても、かなり特異な
確かに"眷属"――迷宮領主が生み出す迷宮を守る魔物――には「進化」という概念はあるようだけどさ、俺の『蟲』達のそれは、なーんか違う予感がするんだよねぇ。
どうしてこうなった。
ま、気を取り直して、とりあえず今進化できる二種について考える。
一つ目、「奴隷」というからには労働とか雑用させる用っぽい。
二つ目は、なんだか運動が得意そうだから偵察役かなんか、といったところか。
俺は迷宮核から得た知識を改めて
どうやら俺は人界・魔界・天界に分かれたこの世界ともさらに異なる、本当の意味での"異世界"から迷い込んだ存在らしい。
称号の『客人(まろうど)』がその証だ。
だからこの世界の概念とか言葉とかが、俺自身の知識に最適化されて、ある種の"翻訳"がなされている――つまり俺の知ってる言葉から、そいつの本質を表すのに一番近い言葉が選ばれた結果、例えば「走狗蟲」と書いて「ランナー」と読ませているわけだ。
てことで、進化を試してみますかね。
俺はラルヴァに、スキル【進化:
するとラルヴァが黒い体をぶるっと震わせる。
次に芋虫は口から銀糸を吐き始め、くねくねと身をよじりながら、いそいそと繭を作り始めたのだ。
んむ、なんていじらしい動きだろうね。
人間大の赤ん坊がそれをやっているという事実はSANチェックものだが……悲しいことか喜ばしいことか、今の俺は【強靭なる精神】という名のグロ耐性が上昇しているおかげで、影響がほとんど無い。
ラルヴァの動きを眺めながら俺は【体内時計】を意識的に発動する。
全身を覆うのには、あと10分くらいかな?
じゃ、待ってる間にもう一匹作っとくか。
俺の魔素と命素も6分に1つまり1時間で10のペースで回復している。
無心になり、時間をそれなりにかければ、ラルヴァなぞ無限に量産できる。
3時間に1体、1日8体、365日で2,920体! ってわけだ。
やるかボケ。
ところでこいつら"眷属"だが、迷宮内では食事の必要が無いらしい。
迷宮核とは別に、それぞれが周囲の命素を自動的に吸収していて、それが食事代わりになる。
俺自身の保有分は、あくまで迷宮核としての保有分であるようだ。
だから魔素・命素の薄い外へ遠征させる時には、命素代わりに食料を与える必要が出てくる。
そうすると魔法的な力である魔素に対して、命素はタンパク質とか栄養とかそっち系なんだろうかいな……わからん。
俺の食事?
繰り返すが、さっきまで半日以上も無心に卵を孵化させる作業をしていたが、ほとんど腹は減ってないんだよ。
迷宮核と一体化したことと、種族技能【魔素吸収】の影響で、魔素・命素の濃い空間では、俺自身の必要な食事量が減る。
だが不要ってわけではないから、食料確保も直近の課題の一つではあるか。
あれこれ考えている間に、新しい卵が完成する。
魔素・命素の扱いにもだいぶ慣れたもんだ。
考え事しながらでもこの通り。
【魔素操作】【命素操作】のスキルレベルが上がったわけではないから、純粋に俺自身の慣れだろうな。
そうするとスキルレベルの上昇は何に影響するんだろう。
効果の強さとか範囲とかかな。
後は……時間短縮されるとすごく助かるのだが。
今回も、卵ができるまできっかり10分だったし。
まぁそれも考えるのは後で良い。
俺はこの卵にも【情報閲覧】をかけてみた。
【基本情報】
名称:ラルヴァ・エッグ
種族:蟲?
位階:1
HP:1/1
MP:1/1
【コスト】
・生成魔素:10
・生成命素:30
(孵化まであと10時間)
「あ?」
魔素・命素のコストが思いっきり書いてあるじゃねーか。
俺の苦労はなんだったのか。
いや、ペース配分にコツが必要だったんだから、俺の半日の努力は無駄じゃなかったはずだ……と思いたい。
最終的にラルヴァ1体にかかるコストは魔素40命素40で変わらない。
だが、手動で苦労して魔素・命素を注がなくとも、放置していれば勝手に孵化はできるらしい。
そうすると放置を選んだ場合、卵に必要な「魔素30命素10」だけでラルヴァを生産できることになるわけだ――10時間もかかるようだが。
てか、なんだこのカッコ表示。
固有技能【体内時計】の効果か何かかね。
ふうむ。
俺が直接魔素・命素を注入して早く作るか、卵だけ並べておいて放置しておくか。
将来的には放置したほうが効率が良いはずだろうけど。
どう生産するのが最適か、ああでもないこうでもない、と計算しているうちに、最初のラルヴァはすっかり繭になっていた。
【基本情報】
名称:スレイブ・コクーン
種族:蟲?
位階:2
HP:32/32
MP:10/10
【コスト】
・生成魔素:20
・生成命素:40
(進化完了まであと8時間)
「8時間もちょっと長いなぁ!」
迷わずサナギへ命素を注入し始める。
破裂させるわけにはいかないので、さっき卵にやったのよりも慎重なペースで。
すると【体内時計】の効果か、残り時間が減少していって2時間になった。
うん、このペースなら大丈夫そうだな。
2時間で消費は魔素20命素40、回復は魔素20命素20。
俺の保有分については差し引きで命素が-20となるか。
……というか、卵の孵化でペース配分何回も失敗したのって、この残り時間だか生成魔素・命素を参考にしてたら防げたんじゃないだろうな?
生成コスト以上を一度にぶち込みすぎると破裂するとか。
一定時間あたりの注入量が多すぎると破裂するとか。
やっぱり俺の苦労は無駄だったのかもしれない。がっくし。
初動で時間もコストも無駄にしてしまったわけか。
まぁ、あんまうるさいこと言って効率厨化することもないだろうけど。
ただ、今の俺にとって時間は何より貴重なのだとは反省している。
なぜなら。
「一番の問題は……【魔王】に派遣されてくる、ていう魔人族だよなぁ」
現実的な話、自分の能力把握だって始めたばかりだ。
【幼蟲の創成】ばかり熱中して半日以上が経ってしまったが、まだ他の固有技能の検証も控えている。
あまり悠長にはできない。
迷宮核の知識を信じるならば――神託とやらにより、【魔王】は新しく生まれた迷宮を誰よりも早く察知できる。
魔界が戦国時代である今、自らの息のかかった部下を新しい迷宮領主にして、少しでも勢力を回復したいはずだ。
1日後か、それとも1ヶ月後かはわからないが、来ない方に賭ける気はない。
そいつでなくとも、野生動物やら魔物やらよくわからん敵対生物が入ってくる可能性はあるわけだし。
で、その魔王の部下から見れば、俺は迷宮核を奪った存在だろ?
まーぁ、まず友好的じゃないだろうし、生まれたての俺がどれだけ抗えるかねぇ。
希望が無いわけでもない。
魔王は勢力が弱まっているせいで、上級の迷宮領主達がほとんど配下に無いらしい。
そこにつけこめるかどうかだから、やはり時間を無駄にしないよう行動はしていきたいな。
ところでステータスの「戦力評価」で俺はG+らしいが、これはゴブリンをタイマンで殴り殺せるレベルだという。
ん? つまり一般人? この世界のゴブリンがどれぐらいの強さかはまだよくわからないんだけどさ。
まぁ、魔王の部下がCだかBだかだとしても、数で囲めばなんとかなるかも? 楽観視しすぎるわけにもいかないか。
だから、引きこもって戦力を整えるのを優先すべきか。
それとも、外の情報を集めて対応の幅を広げることを優先すべきか。
非常に悩ましい選択だ。
融合型である俺ならば、一時的にどこかへ逃げて身を潜めるという選択もできる。
だが「裂け目」の外では魔素と命素が集まりにくいため、この洞窟の放棄は最後の手段にしたい。
放棄してしまえば、眷属達を養う「食料確保」の問題も生じるのだから。
外に、ここほどでなくても、そこそこ魔素・命素が集まる場所があれば良いんだが……それこそ探索しなければわからない。
なるほど、うまくできてるもんだな。
融合型の迷宮領主といえど、「裂け目」を軽々には放棄できない仕組みになっているわけだ。
まぁそうでもしないと「砦」の役割なんて果たせないわな。
それからいろいろと考えて、俺が得た結論はこうだ。
守るにせよ攻めるにせよ、手駒を最低限は用意すべきってのは変わらないってことだ。
つまり、最低限のお供兼いざという時の捨て駒を準備してから、周辺の探索。
これを次の行動にしようか。
ランナーの性能次第ではまた考えるけれど。
だがそうなると、先にスレイブへの進化を試したのは失敗だったかなぁ。
***
2時間後。
繭は……うん。
外側はラルヴァの時に吐いた銀糸なんだが、中身がちょっとね。
まさに「蠢く肉塊」。
はっきり言って芋虫の比にならないぐらい気持ち悪い。
なんかドクンドクンと鼓動してるし。異形感がやばい。
なんだろう、これ。
あれだ。
某エイリ◯ン映画に出てくる"卵"そのまんまだ。
うわぁ……なんておぞましく冒涜的。【強靭なる精神】が
『――思考の最適化を確認。以後、眷属の種族を【エイリアン】と呼称――』
「っておい!?」
システム音みたいな迷宮核からの報告。
嫌な予感がしてステータスを開いてみる。
俺の称号で、
【蟲?使い】が【エイリアン使い】になっていた。
まさかと思って例のサナギも見てみると、種族が――、
【蟲?】から【エイリアン】になっていた。
あー。
どうしようか、これ。
ファンタジー世界に「エイリアン」ねぇ。
直後に「べりぐちゃあ」とサナギが割れ、繭が破られる。
「ぬぢゃあ」とかいうねとねとしい音を立てながら【
ああ、うん。
もうこいつら「エイリアン」でいいや……。
気を取り直して【
たとえるなら肉食系昆虫の頭を取り付けたザリガニだ。
大型犬ぐらいの大きさで、結構でかい。
背中を中心に甲殻に囲まれていて、ラルヴァよりはずっと頑丈そうだ。
甲殻と胴体間から節のような肢が八本生えている。
色はラルヴァと同じく黒いが、甲殻の間の柔らかそうな部分は赤かった。
そして一番特徴的なのが、体長の3分の1はある長大なハサミだ。
殴るのにも潰すのにも使えそうだが、さらにハサミの間に、指みたいな突起が何本か生えていた。
試しにつまんで動かしてみる。
ギーギーと耳障りな鳴き声を発するが、無視。
突起の可動域は結構広く、ハサミと組み合わせることで、割と複雑な「掴む」動作も出来そうだとわかった。
試しに放置していた卵を持たせてみると、薄膜を傷つけないよう丁寧に運んでいた。
やりおるなこいつ。
よし。
これ以上の性能検証は後回しにして、ステータスを見てみよう。
【基本情報】
名称:
種族:エイリアン
位階:3
HP:45/45
MP:11/11
戦力評価:G
思ったよりも強い。
戦闘専門ではないようだが、Gてことはゴブリンぐらいとは殴り合える。
スレイブでこれなら、ランナーの方は多少期待できるんじゃないか?
【コスト】
・生成魔素:60
・生成命素:80
コストも、まぁラルヴァと比べるとこんなもんかってところ。
表示されてる数値はラルヴァから進化させた場合の累積値なので、そこだけ注意かな。
そしてスキル。
果たして考察通りの構成。
で、最初の予想通りに進化先が複数あったんだが……。
【スキル】
・掘削:弐(2)
・運搬:参(3)
・凝固液:壱(1)
・胞化:産卵臓
・胞化:抽出臓
・胞化:保存臓
・胞化:???(更なる因子の解析が必要です)
【因子の解析】ねぇ。
どう見ても俺の未検証の固有技能と関係がありそうだ。
あと、進化じゃなくて【胞化】か。
それと『蟲』じゃなくて『臓』という表現。
これは、俺の予想は半分外れってところだろうか……なんじゃこりゃ。
俺はラルヴァからいくつものタイプのモンスターが分岐する形で進化していく、と考えた。
某デ◯モンみたいにさ。
だがスレイブの系統は「臓」、つまり人間で言う臓器みたいなものになるという理解で良いのかな、これ。
「胞」は胞子だから……キノコ? 動物寄りじゃなくて植物寄り?
……ひょっとして一般的なダンジョンものゲームで言う「施設」に相当するんじゃないだろうな?
なんか『産卵臓』とか『抽出臓』とか『保存臓』とか、それっぽい名前だもんなぁ。
そう考えると【産卵臓】はとても魅力的だ。
【幼蟲の創成】の代替機能がある可能性が高い。
俺はスレイブに【胞化:産卵臓】の実行を念じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます