1.天上の星と地上の星-2

「おい、こいつらの上着、脱がすんだっけ?」

 斑目一族の凶賊ダリジィンたちを返り討ちにし、縛り上げている途中で、少年のひとりがルイフォンに向かって尋ねた。

「ああ、気休めみたいのものだが、それを着て潜入する」

 警備員のように制服であればよかったのだが、欲を言っても仕方ない。

 ルイフォンは、放り投げられた上着を受け取り、袖を通した。後ろに編んだ髪は上着の中に仕舞い、金の鈴を隠しておく。

 この鈴は、見た目は鈴だが音は鳴らない。もともと、母が肌身離さず身につけていたチョーカーの飾りだからだ。だが、夜闇では光を反射して無駄に目立ってしまう。それは避けるべきだった。

「さて――」

 同じく借り物の上着を羽織ったリュイセンと目配せをし、ルイフォンは捕らえた男たちの中で唯一、意識のある吊り目男を見下ろした。両手両足を縛られ、完全に身動きできない状態で草原に転がされている。彼は警戒もあらわに、ふたりを見上げていた。

「質問だ。あの別荘には何人いる?」

「質問には答える。答えるが、答えたら、俺は解放されるのか?」

 吊り目男の口元が、卑屈に歪んでいた。その目線の先には、リュイセンの双刀があった。

「ごちゃごちゃ言うなら何も言わなくていい。他の奴を呼ぶ。お前は用済みだ」

 まるで悪役みたいだな、と内心で苦笑しながら、ルイフォンは片膝を付いて、吊り目男の目前で携帯端末をちらつかせた。――ルイフォンのものではなく、上着に入っていた吊り目男のものである。

「え……?」

 吊り目男が声を漏らす。自分の端末なのに、見たことのない画面だった。ルイフォンが得意気に指を滑らせると、パスワードが表示され、ロック解除される。

「別荘の電話番号くらい登録してあるよな」

 目を丸くする男にそう言いながら、ルイフォンが勝手に操作していく。

「ま、待て! だいたい三十人だ」

「そのうち、夜の見回りの人数は?」

「十人ほどだ」

 ルイフォンは「ふむ」と相槌を打った。別荘の監視カメラは既に彼の手に落ちており、その画像から確認できる見回りの数と一致している。この男、どうやら嘘は言っていない。

 問題は待機している人数だ。凶賊ダリジィンたちが起居する部屋には監視カメラが設置されていなかったため、全体数が把握できなかったのだ。

 リュイセンが眉を寄せた。

「想定よりも多いな」

「ああ」

 ルイフォンも頷く。熟睡していればよいのだが、物音で目覚めたりすると厄介だった。

 監視カメラなら、録画した映像を繰り返し再生するよう、細工済みである。だが、人間の目は誤魔化せない。リュイセンがいる以上、簡単にやられることはないが、できるだけ敵に遭遇せずに秘密裏にことを済ませるほうが望ましい。

「俺が減らしてやろうか?」

 不意に、脳天気にも聞こえる、キンキンと甲高い声が響いた。そちらを見やれば、キンタンが得意気に笑っている。

「その携帯で、吊り目に仲間を呼ばせろよ。『仲間がやられた。助けてくれ』って。そしたら、俺らが鬼ごっこで遊んでやる」

「え……?」

 思いがけぬ申し出に、ルイフォンは一瞬、耳を疑った。呆けた表情になった彼を無視して、キンタンが「お前ら、いいよな?」と、後ろの少年たちを振り返る。

「当然じゃん!」

「任せろや」

 歓呼と喝采に混じり、「自分だけ、かっこつけんじゃねーよ!」と、キンタンに向かって野次が飛ぶ。

 ルイフォンが慌てて、キンタンの肩を掴んだ。

「お、おい、待てよ。相手は凶賊ダリジィンだぜ!? そんなの頼めねぇよ!」

「なんでだよ?」

「確かに、お前の案は魅力的だ。けど俺は、お前たちを危険な目に遭わせないと誓った。その条件で協力を頼んだ。だから駄目だ」

 その辺のチンピラ程度なら軽くあしらえるルイフォンでも、刀を持った相手に正面から挑みたくはない。負けが見えているからだ。

 凶賊ダリジィンと一般人は、まったく別次元の存在なのだ。

 だからこそ、ルイフォンとリュイセンは、キンタンたち普通の少年に紛れ、目立たぬようにここまで来た。そして情報を得るために、うるさく騒ぐ悪餓鬼の集団を装って、別荘にいる斑目一族の下っ端を油断させて誘い出したのだ。

 ――キンタンたちには、ここまで付き合ってもらっただけで充分だった。

「はぁ? 何、言ってんだよ? 俺らは、遊びに来たんだぜ? まだまだ騒ぎたんねぇよ。なぁ?」

 キンタンの耳に響く声が、わめき立て、少年たちが「おうよ!」と呼応する。

「だが……」と、言いかけたルイフォンをキンタンは遮った。

「俺も男だ。……それ以上の言葉は要らねぇだろ?」

 キンタンは、ルイフォンの肩を抱きながら耳元で囁く。

「それとも、俺らが信用できねぇ、ってか……?」

 高い声質なので、ちっとも迫力がないが、さり気なく首を絞めてくる腕の力は、痩せぎすのくせにたいしたものだった。情報屋である彼の父、トンツァイも、見た目に反して怪力だったことをルイフォンは思い出す。

「――分かった。任せた!」

 ルイフォンはキンタンの腕を振りほどき、力いっぱい彼の背中を叩いた。

「任せろ!」

 キンタンは、ぐっと親指を立てた。

 ひとしきり盛り上がると、今度は吊り目男に皆の目が集まった。無言の圧力が彼にし掛かる。

「……分かった。電話を掛けろ」

 両手を縛られている吊り目男は、首だけ上に曲げてルイフォンを睨みつけた。ルイフォンは携帯端末を操作し、「中の連中を上手くおびき出せよ」と、持ち主の口元に近づける。

 ――数コールで繋がった……と同時に、吊り目男が大きく息を吸い、いきなり叫んだ。

「た、大変だ! 鷹刀リュイセンが出た! 応援……! うわっ……」

 そこまで言うと、吊り目男は自分の頬で画面をタップして電話を切る。

「なっ……!?」

 絶句するルイフォンの目線の先で、吊り目男がへらへらと嗤っている。

 謀られた――!

「何故、リュイセンがいることをバラした!?」

 別荘が警戒態勢に入ってしまう。隣の敷地にいるのは、普通の少年たちだと思わせておく必要があったのに――。

 ルイフォンの瞳が、剣呑に光る。

「そう怒るなよ。これは、ウィン・ウィンの作戦だ」

 吊り目男が狡猾な狐のような顔を向け、ルイフォンを始めとした殺気立つ少年たちをなだめる。

「ただの餓鬼の集団に割ける人数なんざ、せいぜい三人だ。『仲間がやられた』なんて連絡したところで馬鹿にされるだけだ」

 そこで吊り目男は声を一段下げ、薄く嗤う。

「けど、『鷹刀リュイセン』が現れたとなれば、話は変わってくる。――相当数がやってくるぜ?」

「……確かに、それで、お前は応援を頼んでも面目を保てるし、大人数を呼び出したいという俺たちの希望も叶えてはいる」

 ルイフォンは、すっと目を細めた。彼の周りの空気が、鋭く尖る。

「――だが、これで俺たちの目的地の警備が厳しくなったはずだ」

貴族シャトーアの親父の部屋、か」

 吊り目男が、くく、と馬鹿にしたように喉を鳴らす。

「何が可笑しい……!?」

 ルイフォンの隣で、リュイセンの形の良い眉が跳ね上がった。涼やかな目元が怒りをたたえ、刀の柄に手が掛かる。

「待てよ。いい情報をやる」

 リュイセンが抜刀するよりも速く、吊り目男は声を割り込ませた。そして、勿体つけるように、ゆっくりとリュイセンに向かって言う。

「今、あの別荘のボスは、あんたに負けた『タオロン様』だ」

「……」

 ルイフォンとリュイセンは顔を見合わせた。

 監視カメラを支配下においたときに、彼らは別荘にタオロンと〈ムスカ〉がいることを知っている。だから、これは新しい情報ではなかった。

 驚いたのは、吊り目男が『密告』とも言える内容を話したことだ。

「何故、その情報を漏らす?」

 探るように、ルイフォンの目が、吊り目男の顔を舐める。

「俺は、あの正義漢ぶった坊っちゃんが嫌いだ」

 部下であるはずの吊り目男は、きっぱりと言い切り「あの別荘には、そういう奴が多い」と、続ける。

「こいつは、そうは見えなかったぞ?」

 リュイセンが、自分が一撃で倒した大男を身振りで示した。その男は間違いなく忠臣だった。

「そのデカブツは、数少ない坊っちゃんの『信者』だ。普通の奴は違う」

「つまり、何が言いたい?」

 苛立ちを含んだ声でリュイセンが詰問する。

「別荘には、あの坊っちゃんのために命がけで戦おうとする阿呆はいない、ってことだ。お前たちが強気に出れば、あっさりと白旗を掲げるだろう」

「なるほど。連携は取れていない、と。――タオロンも苦労しているな」

 ルイフォンが同情する。

 だが、敵の心配をしている場合ではなかった。別荘からの応援の凶賊ダリジィンが来る前に、行動しないといけない。ルイフォンは、やや口調を早めた。

「あの別荘に、〈ムスカ〉と呼ばれる男がいるのを、お前は知っているか?」

 敵対したとき、怖いのはタオロンよりも、むしろ〈ムスカ〉のほうだ。あの不気味な幽鬼の真意は計り知れない。

 ――そして奴は、ミンウェイの死んだはずの父親なのだ。

「知っている。〈七つの大罪〉だろ? 他に〈サーペンス〉って呼ばれている女がいる。俺たちには『ホンシュア』って名乗っていたが、まぁ、名前なんてどうでもいいよな。不気味な奴らだ」

「ふむ……」

『ホンシュア』といえば、メイシアに鷹刀一族の屋敷に行くよう唆した、偽の仕立て屋の名前だ。ここでホンシュアが出てくるのは予想外であったが、よく考えれば〈ムスカ〉と共に行動していても不思議ではなかった。

「〈ムスカ〉について、何か知っていることは?」

「ほとんどねぇ。何しろ、奴らがいる地下には近づくな、と言われている」

 人質が囚われているのは最上階、三階である。それは情報屋トンツァイの情報と、ルイフォンが支配下においたカメラの情報とで一致している。

「地下に警戒しつつ、あくまでも上を目指すだけ、だな」

 ルイフォンは癖のある前髪を掻き上げ、別荘の方角に向かって好戦的な眼差しを向けた。

 深い森を挟んだ向こう側は、ぼんやりと明るく見えた。別荘の明かりが漏れ出ているのだろう。紺碧の空の端にある星の輝きも、薄く擦り切れて見える。

「それじゃ、ともかく、作戦開始だ!」

「おい、俺は役に立ったろ?」

 吊り目男が、どこか自慢げに言った。確かに、彼はぺらぺらとよく喋った。それでいて別荘にはちゃっかりと『鷹刀リュイセンが出た』との情報を送っており、身の安全を保証している。

「ああ、そうだな」

 そう言って、ルイフォンは吊り目男の腹を、思い切り蹴りつけた。

 縄をほどいてくれるとでも期待していたのだろうか。「え?」と目を点にしたまま、男は気絶する。

 これで彼は疑われることなく、これからやってくる仲間の凶賊ダリジィンに介抱されるだろう。いけ好かない奴だったが、充分に役立ってくれた礼である。



「気をつけろよ!」

 キンタンの高い声が、星空に響いた。

 少年たちは凶賊ダリジィンたちとの鬼ごっこに備え、爆竹をポケットにしまい込み、オートバイにまたがる。付かず離れずの距離でからかいながら、夜のキャンプ場をツーリングと洒落込むのだ。

「適当なところで振り切って、お前たちは帰ってくれよ」

「ああ。俺らが人質にでもなったら馬鹿みたいだからな」

 打てば響く返事が頼もしい。

「頼んだぞ!」

 草原を渡る風がルイフォンのテノールを舞い上げ、星影の隙間に溶かしていく。

 こうしてルイフォンとリュイセンは、キンタンたちと別れた。

 ふたりは、こちらに向かってくる凶賊ダリジィンの援軍とかち合わないよう、遠回りの小道を使い、斑目一族への別荘へと闇夜の森を抜けていった……。

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