運び屋の観測

石杖アリカ

第一章 運び屋

僅かな光さえ遮る深く暗い森の中に、少女が一人 憂いの表情を浮かべ佇んでいた。


「・・・・」


瞠目し何かを考えていた少女は意を決し、腰に吊るされている一振りの剣を見事な装飾が施された鞘から抜き放つ。

次の瞬間、抜き放たれた剣は鮮烈な光を帯びて輝き周囲を眩しく照す。

そして剣の輝きと同調するように少女が纏っている白銀の鎧も輝き始め、暗闇に覆われたこの森全体をも明るく照らし出す。

自身が成したこの光景を満足気に見やりながらも少女は緩みかけた集中力を引き締め直し、荘厳な儀式でも執り行うかのように指笛を吹く。

するとその指笛の音色に呼応するかのように、少女の周囲の空間が鳴動し始める。

そしてその鳴動は時をおうごとにいよいよ大きくなりそれが森全体を揺さぶるほどに大きくなったその時ーー


少女の目の前に一頭の美しい白馬が姿を現していた。

ただその白馬の額からは一本の鋭い角が生えており、その事実が白馬の存在をより美しくかつより幻想的なモノにしていた。


「久方ぶりですねユニコーン。我が友よ」


少女は自らが召喚したユニコーンに愛おしく語りかける。

すると語りかけられたユニコーンも親愛の情を示すように自身の長い顔を少女の顔にそっと優しく接触させる。


「召喚に応じ我が下に馳せ参じてくれた事、感謝の念に堪えません友よ」


少女が少しすまなさそうな様子でそう言うと、ユニコーンは何の問題も無いと語りかけるように首を少しだけ横に振う。


「我が友よ、今一度 私と共に戦ってくれませんか?」


少女がおずおずとした様子でユニコーンにそう尋ねると、彼は少女の願いに同意しそっと首を縦に振る。


「ありがとう我が友。では早速 参りましょう!」


決然とそう宣言した少女は、手慣れた様子で友であるユニコーンに跨がる。

すると不思議な事に今まで存在しなかった鞍や鐙、手綱などの馬具がユニコーンの美しくも屈強な身体を包む。

しかし少女はその現象を全く不思議に思わず、ごく当たり前の事として受け入れていた。


「この世に暗闇と戦乱を招いた邪悪の化身 “魔王“ 今日こそ必ず貴様を討ち果たしてみせる!!」


少女は高らかにそう宣言する。


少女の名はシャルロットという。

しかしシャルロットは生まれ故郷を旅立ってより数々の困難、魔獣や大海魔や悪竜の討伐等の今までどこの国の軍隊や兵器を持ってしても成し遂げる事ができなかった偉業をたった一人で成し遂げた事によりいつしか世の人々から

“勇者“ と呼ばれ英雄視されるようになっていた。

そして彼女は今また新しい偉業を成そうとしていた。

それはこの惑星で最も邪悪な生命体である “魔族“ の頂点に立ち、幾世代に渡って人間社会を脅かし恐怖のどん底に貶めていた究極の悪性 “魔王“ の討伐。

コレを成し遂げてこそ人間に、人類社会に真の安寧と平穏は訪れないと、シャルロットもとい勇者はそう固く信じて疑わなかったーー


「いざ・・・・参るっ!」


勇者がそう力強く呟き手綱を握ると、その心意気を受け取ったとばかりにユニコーンはしなやかにかつ大胆に走り始めると、その疾走はみるみる加速してゆき数瞬後には音速に迫る勢いにまで達し、このまま自分達の前方数十キロメートル先を走る魔王を乗せて運んでいると思われる不恰好な鉄の車に余裕で追いつけると確信した矢先、ユニコーンが踏み込んだ地面が急に崩落し盛大な土煙を巻き上げながら、背に乗せた勇者共々 地中の暗闇に消えていった・・・・



「マジであんなちゃちな罠に引っかかるとは思わなかったっすよ」


先程まで勇者達が追いかけていた不恰好な鉄の車、俗に言うオフロードカーに分類される車のステアリングを握りバックミラーを見やりながら運転手の若者がそう呟く。


『今代の勇者は武芸や魔術、肉体的な強さなどは歴代の勇者達に比べてずば抜けて高い。が反面 少々 考え無しの嫌いがある』


若者の呟きに車に取り付けられたスピーカーから零れた声がそう答える。


「だからあんな単純な罠にも引っかかるって事ですかダツさん?」


若者からダツと呼ばれた車のスピーカー、正確には言うならば車それ自体が疑問に答える。


『単純だからこそ引っかかったと言えるな。もっと仰々しい・・・・例えば強固な城壁だの魔術の結界だのを幾重にも張り巡らしたモノだったら、あの勇者はその超人的な力量でもって真正面からブチ抜いて俺達を叩き潰していただろうな』


ダツからそんな仮定を聞かされた若者は背筋が冷たくなるのを自覚する。


「そんなにハイスペックなら、落とし穴なんてすぐに脱出しちまうんじゃないんですか?なら今のうちに少し速度を上げて距離を離しておきます?」


『アズマ、その必要は無い。落とし穴の底には少々細工を施してあるからあの勇者でも脱出するのに最低でも半日は掛かるだろう。それよりも “連合軍“ の巡回や検問の方がはるかに厄介だ、この辺りは街道から外れているとは言え下手に速度を上げて爆走すれば軍の連中の注意を引きかねない・・・・』


ダツはステアリングを握っている若者、アズマにそう説明する。


「了解。ではいつも通り痕跡を消しつつ移動、必要があれば時間が許す限り隠れて機会を待って次の行動に移る・・って事でいいですか?」


『ああ、それで構わない。俺達 運び屋にとって一番 大切な事は運んでいる “ブツ“ を安全にかつ確実に届ける事だ』


「その為に必要なのは適度な臆病さと慎重さであって無意味な勇気や見栄は不要・・・・その訓示、耳にタコが出来るくらい聞きましたよ」


ダツの説法を聞いたアズマはうんざりした様子で答える。


『何度だって言うさ。アズマおまえは確かに “何かを運転・操縦する技術“ には長けているが性格にムラッ気がある・・ふとした事で大ポカをやらかす危険があるからな』


(このクソオヤジ・・・・)


自分でも気付いている短所をズバリ指摘されたアズマは心の中で毒づく。

だが全くもってその通りなので何も言い返せないアズマはちょっとした憂さ晴らしの為に少し強くアクセルペダルを踏み込もうという危うい衝動に駆られるが、そんな真似をすればまたぞろダツに説教されるか知れたものでは無いので、大人しく慎重かつ丁寧な運転を続ける。


天才的とも言える運転技量と若者らしい大胆な判断力を有するアズマ。


慎重で老練、長い長い実務経験に裏打ちされた確かな実力を有するダツ。


一見すると性格も考え方も違うデコボコのコンビではあるが、それゆえに上手くいくのか解らないが二人はコンビを組んで以来、幾つもの大仕事を為し遂げ運び屋 “三千回向・サンゼンエコウ“ の名は表にも、そして裏の世界にも知られ近頃はかなり大口の仕事も回ってくる様になっていた。


(大きな仕事が増えて報酬と収入が増えたのはいいが・・・・今回の仕事は流石にヤバ過ぎるだろっ!)


アズマはそう考え緊張し汗ばんだ手でステアリングを握りながら、ルームミラーを見やり今回運んでいるブツ。

より正確に言うなら後部座席に鎮座する “存在“ を恐る恐る観察する。


黒山羊の頭蓋骨を彷彿とさせる異様かつ不気味な頭部に、底無しの闇の様な虚ろな眼窩。

何千何万という人間の血を啜ったと思われる赤黒い法衣を纏い、その袖からは猛禽類を思わせる鋭い爪が生えた枯れ木の様な腕が出ており、更にその掌に握られている頭頂に三角錐と何がしかの眼球を象った装飾を施された錫杖が、鎮座する “存在“ の異様さと不気味さに拍車をかけていた。

そしてその “存在“ こそ、先程 勇者が述べていた “魔王“ そのモノであった。



今より遥か千五百年程前から、この惑星の北極付近に存在し過酷な自然環境と強力な結界に覆われ人類の力では決して辿り着く事が出来なかった島。

通称 “暗黒島“ その島に住まうこの世界で最も邪悪で奇怪で醜く、かつ残忍な性質を持つ生物 “魔族“ その魔族達を率いて人間達の国に侵攻し略奪と破壊、陵辱と虐殺等の冷酷で無慈悲な行為を繰り返したとされる “魔王“


魔王と魔族の軍勢の侵攻は百数年のスパンを挟んで幾度となく繰り返され来たが、その度に人間達はそれまでの人類同士の争いやしがらみを一旦放置し、お互い協力し共通の敵である魔族達と戦いその脅威を退ける事に成功していたがーー


「このまま魔族の侵攻に対して受け身で居続けてばかりでは、その度に甚大な被害を被り続ける。ならば逆にこちらから総力戦を仕掛けて魔族共を殲滅すべきである!」


そう言った強硬論が人類側で出始める。

しかし魔族達の本拠地である暗黒島とその周辺の海域は年中通して凍てついており、また巨大な氷山等の危険な漂流物が幾多も存在する過酷な自然環境が生み出した天然の要害である事。


また暗黒島全体に強力な、防衛・迎撃に特化した魔術結界が隙間なく幾重にも張り巡らされている事。


更に暗黒島周辺の空域には、マンティコアやワイバーン。

海域にはクラーケンやシーサーペントといった獰猛かつ凶悪な魔獣や魔竜が常に遊弋しており、島に近付こうとする人間達の船舶を襲撃し徹底的に破壊、多くの船とその乗員達を水底に沈めていった事ーー


これらの諸事情により人類側は暗黒島攻略という強硬論を取り下げ魔族殲滅を諦め続けていた・・・・


「って言う話だったですよねダツさん」


アズマは後部座席に聞こえないように声を小さくして相棒にそう尋ねる。


『一応、魔族と人間の関係に対する基礎知識は頭に入ってるみたいだな。なら何で今 俺達がその魔族の長である “魔王様“ の隠匿と逃亡を手伝っているのか? また何故、魔王様が難攻不落であるはずの暗黒島の外でこんな逃亡劇を演じているのかも説明出来るよな?』


「・・・・」


『おいっアズマ! こいつは近代史の中では最も有名な事件なんだぞっ!』


「俺、セージとか難しい事って苦手なんすよね。まあはっきり言って興味無いし」


『ハア~~』


ダツは相棒の発言に深い溜め息をつく。

アズマは自身の興味や関心のある事柄には非常に勉強熱心でソレに関連する書籍や新聞、果ては広告誌の隅々まで読破して貪欲に情報や知識を収集するが、興味の無い事柄については全く無関心な今時の若者なのである・・・・


(そいつをすっかり失念していた。そこん所もこれから教え込んでいかんとな・・・・)


ダツは心の中でそう決意しつつ、アズマに自分達の現状と世界情勢を簡単に説明し始める。


『確かに先程おまえが言った通り “暗黒島“は難攻不落の魔境で人類は近付く事さえ敵わなかった・・・・つい三十年程前まではな』


「へぇ~三十年前ぐらいから急に近付けるようになったんすか。でもなんで?」


『人類の技術、主に科学や魔導等の地道なしかし確実な進歩とここ百年間の産業技術の急速な発達が主な要因だろう。これによって武器や兵器、医療器具や魔導器具等の性能がそれ以前に比べて段違いに向上した事と、またその副次効果により魔族達と最前線で戦闘を行う兵士や騎士や魔術師達の生存率と生還率が大幅に向上した事も関係していると言える』


「つまり技術が向上したから高い性能を持つ軍艦やら砕氷船が建造出来るようになったり “暗黒島“ 周辺の氷で覆われた海面やでかい氷山がゴロゴロしている海域でも、難なく航行できるようになったり、島の周りにウヨウヨいる魔獣や魔竜共を以前に比べて比較的楽に撃退できるようになったり、島を守っている魔術結界とかも中和や無力化、あるいは強引に突破できるようになったって事なんすか?」


『・・・・まあ乱暴に要約するとそうなるな』


ダツはアズマのやや強引な解釈ではあるが、事の本質を直ぐに理解した事に内心舌を巻く。

がーー


「でもなんでその事が今回の仕事と関係あるんっすか? 訳わかんね~」


ーーこれである。

アズマは一つ一つの事柄の本質を見抜く事には長けているが、それらを関連付けて考える事は苦手・・と言うより面倒臭いから始めから考えない悪癖がある。


『・・・・まあその辺りの事は私が言って聞かせた所で無駄なんだろうがな』


「えっ!何か言いましたダツさん?」


『いや何でも無い。ただの独り言だ・・・・それより先程の話の続きだ。オマエはまだピンと来ていないかもしれないが、今回の仕事とは重要な関連性がある」


ダツはそこで物憂げに一息つくと、改めてアズマに話を始める。


『さっきオマエが言った通り人類側の進歩、特に武力・軍事面での人類と魔族の力の差は殆ど無くなった事が切っ掛けなり、それまで人類側で鳴りを潜めていた “強硬論“ とそれを支持する一派が台頭し彼等の勢いと論調に押される形でこの世界でも屈指の力を持つ国々、 主にこの東側大陸の “カの国“ と “マの国“ そして海を挟んで西方にある西側大陸の “アの国“ と “オの国“ この四ヶ国が主導する形で、北極と南極を除くこの星に存在する二つの巨大大陸に存在する大小様々な国家郡に働きかけて創設された国際組織がいわゆる “人類国家連合“ で通称 “連合“ でその連合の下部組織として創設されたのが “人類国家連合軍“ 略して連合軍だ。連合と連合軍の事はオマエでも知っているだろ?』


「ええ、何となくだけですけど・・」


アズマはダツにそう答え連合と連合軍についての乏しい知識を巡らせる。


「確か今まで魔族が侵攻する度に結ばれていたにわか同盟とは一線を画するとか何とか・・」


『かなり大雑把な説明だが、まあその通りだ。魔族が初めて人類に対して戦争を仕掛けて以来、人類は魔族という “共通の敵“ を撃退する為に一時的に手を組む事はあっても、魔族が撃退され目的が達成されると同盟を簡単に破棄し昨日まで共に魔族と戦っていた者同士で戦争を始めるなんて事は日常茶飯だったからな・・』


ダツは苦々しくそうに解説する。


「昔っからその辺の事はよく聞きますけど、俺には今一つ解らないんっすよね~。なんで折角 共通の敵を撃退して平和になったていうのに、わざわざ人間同士で戦争をおっ始めるんすかね?」


アズマは心底 不思議そうにダツに尋ねる。


『それはだな・・・・』


「それは人間とって我々 “魔族“ との戦争は殆んど得るモノが無いからですよ」


ーー不意に後部座席から、そんな声が響いた。





























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