かんじさせて
藤村 綾
かんじさせて
《暑くなって来ましたね。元気?》
と、打ったメールは、本当に咄嗟的で、送信したあと、至極後悔した。
我慢が、出来なかった。前回あってから、約2週間がたとうとしていた、白昼。お昼休みに打ったメール。彼にあいたくって、抑制がきかず、指が勝手に動いていた。
けれど、結局返信はなく、落ち込み方が尋常ではなかったので、もう、メールは打たないし、もし電話がかかってきたとしても(かかってこない方の割合のほうが高い)出るのはやめよう。と、心に決めていた。自分の確固たる意思を持つことにより、あたしはかろうじてブレーキをかけていた。
あいたい。あってどうしたいの? そう問われたら、なんだろう。ただ、あって顔が見たいではだめなのだろうか。欲をいえば、抱きしめて欲しいとか。それは、欲張り過ぎなのだろうか。あたし生活の中で、彼の存在を消すことが出来ない。たとえば、彼と同じ匂いのする車の芳香剤の匂いや、彼が監修した現場の建物。
彼はいないのだけれど、彼の存在はあたしの中をひどく支配している。
彼に前回あってからの温もりの貯金が底をついたらしい。心も身体も彼を欲していた。あたしは、見えない涙を流す。毎日、毎日、流している。電話を待つだけ。苦しい呪縛から逃れたいのに。忘れたいのに、あたしは、それすら出来ずに見えない涙を流すほかない。
他の男とセックスをした。彼ではない人。さみしさは埋まるどころか、余計虚しくなり、あたしは、その夜、ぐちゃぐちゃに枕を濡らした。
好きでもない男とのセックスなど、オナニーと同じ。快楽すら得られない、自虐行為に過ぎない。
先にも進めない。彼との曖昧な関係はあたしにとっては、アリジゴクなのだ。
あえないことがストレスとなり、上手く眠ることが出来なくなっていた。
2週間と5日目。もう、限界だった。あたしは、鳴らない電話を握りしめ、コンビニで買い物をしていた。
【ブブブ】
スマホが鳴った。
え? あたしはの指は震えていた。彼からの電話だった。
『……、あ。はい……』
そうっと、電話に出る。声は顕著に震えている。
『あ、俺。今、大丈夫?』
『うん……』
なんて都合よいタイミングで電話をしてくるのだろうと思った。あいたくて、あいたくて、死にそうになっていた矢先。まるであたしの意思を見透かしたようなタイミング。
『今、まつのさんと、駅前で仕事の打ち合わせなんだよ』
『うん……』
『多分すぐ終わるけれど』
『うん……』
彼は一句、一句、確かめるように言葉を切り、あたしもまた、一句、一句言葉を切る。
あたしから、あいたいの。とゆう台詞を待っているかのよう感じた。
もどかしかった。
『あいたい、あいたい、あえるの』
語尾上がり質問口調さながら素直にゆった。意地などはっている場合ではない。心とは裏腹に口が勝手に動き出す。
『うん、じゃあ、終わったら電話する。迎え来れる?』
『うん、絶対に、絶対に行くから、絶対に電話してね』
ああ、彼は、短くそれだけをいい、通話を終了させた。
絶対に。を、何度もゆってしまった。絶対に電話が来る保証がないから、確認の為、執拗に食い下がった形になった。
暗黙の霧が晴れ、あたしのテンションは急にあがり、鼻歌なんかを歌ってしまい、彼からの電話を待った。
一喜一憂する自分が嫌いだ。けれど、一喜一憂させる彼をどうしても嫌いになれない。むしろ、以前よりも、もっと好きになっている。好きに。好き。なんだか、滑稽で小さなことなのだけれど、今のあたしには、彼を好きでいることが、全てのような気がしてならない。
思考のある人間はめんどくさい。彼もよくぞんざいにゆう。めんどくさいことから目を逸らす。あたしと彼。いや、今は彼の方がかなり目を逸らしている。
ほどなくして、定刻の時間に電話があり、駅前に迎えにいった。
彼は座っていた。車のライトが彼の顔を照らす。ほんのり顔が紅潮していた。
「あ、悪いね〜」
彼が後部座席に乗り込みながら、悪いね〜、などとあまり悪びれていない口調でゆった。
後ろを振り返り、彼を確認する。
ああ、秀ちゃんだ。
感極まって言葉を失った。なにを話せばいいのか言葉に窮した。なので、
「ああ、いいよ。送るよ」
普通な感じで軽く流し、また、後ろを振り返った。
じっと、見つめる秀ちゃん。濃い夜に遮られ、表情がうまく把握出来かねたけれど、酔っていた。目がすわっている。案の定、
「俺、酔ってるわ。やべ」
正直に認めた。うん、酔ってるね。やっぱり、送るね。素直に演じる。
「はぁ?帰るのか?」
秀ちゃんからまさかの言葉に困惑するも、いつのまにか、秀ちゃんはあたしの後ろにいて、腕をあたしの胸に手をまわし、撫ぜはじめた。
「もう、やだぁ」
手を払いのける。秀ちゃんの手はやけに熱かった。
ちっともいやではないのに、いやを装う。
ふっ、鼻白んだ秀ちゃんが、いやじゃないくせに。と、意地悪く付け足した。
「てゆうか、別にしなくてもいいんだよね。お、れはさ」
お、れ、を強く強調し、あたしの言葉を待つ。
あたしは、首を横にふりながら、やっぱり、帰したくないよ。秀ちゃん。
蚊の鳴くような声音で囁いた。
だって、今度、いつあえるかわからないじゃん。と、続ける。
「仕事がさ、本当に忙しくって」
メールの返事、何で出来なかったの。訊いてみた。本音はどうだかわからないけれど、いつもの返事が返ってきた。
「今度、スタバやるから、また図面かかんといかん」
「え? スタバ? すごいね」
図面欲しい。ダメ。でも、ほしい。んー。まだ、詳細きてないし。考えておくわ。 普通のやりとりになり、なんとなく、柔和な流れになった。
スタバや、コメダ珈琲や、葬儀場や、塾。そこらにある、コンビニ。(主にファミリーマート)秀ちゃんの仕事に魅力を感じ、あたしは、忙しい秀ちゃんが大好きなのかもしれない。現場監督の秀ちゃんが。
あたしがもし、男で人生をやり直すとしたら、絶対に、1級建築士と、施工管理技士の資格をとってゼネコンに入り現場監督なりたかった。
けれど、女だったから秀ちゃんを好きになったし、好きな意味を教えてくれた。
好きって2文字は短いのに、なんて重たいのだろう。
週末なので、どこのホテルも【満】の文字で埋めつくされていた。
「待つかぁ」
顔を赤らめ、疲弊の顔を滲ませた秀ちゃんが、
フロントに電話をしたら、10分ほどであきますので、待合室1番でお待ちください、と、秀ちゃんのとなりにいるあたしの耳にまで届くような金切声でやけに早口で、業務的な口調でゆった。
秀ちゃんは電話を耳から少し離しながら、あたしをちらりと一瞥し、うるさい、と、口だけ動かした。あたしも首をおり、頷く。
「待合室あ、あっちだわ」
入って右側を指差した。
フロントから少し奥ばったところにあるno.1と書かれた待合室。小さなソファーと、小さなテーブル。小さなテレビと、電話がある簡易的な部屋に肩を並べ腰をおろした。
「あー、酔った。飲んだわー」
「そんなに、飲んだ?」
秀ちゃんは飲んでも、口調があまり変わらないし、お酒の匂いもあまりしないので、怪訝な面持ちで訊いてみた。
あ! 声をあげそうになるも、口を噤み、秀ちゃんの言葉を待った。
「うん。空きっ腹だったし。つい。まつのさんなんかさ、1ヶ月ぶりにあったし」
「え! 1ヶ月ぶり⁉︎ 」
誇張さながらのリアクションは、秀ちゃんはまつのさんを使っている身なのに、1ヶ月もあっていなかったことにもひどく驚いたけれど、それよりも、声をあげそうなほど、驚いたのは、彼はあたしのあげたボールペンを使ってくれていたことだ。すぐなくすからね。なんて、ゆっていた割には、あたしのあげたボールペンは、秀ちゃんの胸ポケットに律義におさまっていた。
うらやましく思う。
あたしはあげたボールペンに嫉妬した。けれど、嬉しかった。秀ちゃんは、まつのさんにまつわる話を淡々としていたけれど、あたしの視線は胸ポケットのボールペン一点に注がれていた。
狭い待合室。部屋の空きを待っているいるのに、隣には秀ちゃんがいるかと思うだけで、このうえなく、すでに満足だった。
どんだけ好きなんだろう。高揚しているあたし。
【リーン】
待合室の電話がなり、401にお入り下さい、電話口に告げられ、あたしと秀ちゃんは、腰を上げ、エレベーターに乗った。
秀ちゃんは部屋に入ってすぐシャワーを浴びにいった。
時間があまりない。
あたしも続いてシャワーを浴びた。
「わー、ここのお風呂マジックミラーになってるんだね」
部屋を暗くしたら、シャワールームが透けて見えた。
「あ、やだ。見た? 」
苦笑まじりに、秀ちゃんに訊く。
「アホ、」
ちょうどマッサージチェアーがおいてあり、そこで喋っていたものだから、そこで、始まってしまった。
股をひらかされ、あたしの割れ目を秀ちゃんの舌が容赦なくなぞってきた。
ああ、あたしは、いや、いや、と、何度も否定の言葉を述べた。
恥ずかしい格好。カエルみたいな痴態。見られたくない。
好きだから、余計にだ。好きな人に抱かれることが、一番なはずなのに、好きな人に恥ずかしい姿を見られるのが、一番いやなことだなんて。セックスってとても不思議なことだな。と、秀ちゃんに抱かれるたびに思う。
ベッドに倒され、あたしの上に乗ってきた。
何度も唇を重ね、何度も舌を絡ませる。
秀ちゃんの首に腕を回し、そうっと、目をあけた。
輪郭しか把握できない、秀ちゃんだけれど、伝わる体温が即物的で、胸から熱いものがこみ上げてきた。
「ねぇ、す、好きなの、好き」
胸に秘めた重い台詞が喉を通過し欲望のまま吐き出てしまった。
「ね、んん! 」
秀ちゃんが、あたしの口を手で押さえた。
もう、それ以上、いうな。ゆわんばかりに、おもいきり、口を押さえてきた。
呼吸がうまくできなくで、あたしは、足をばたつかせた。秀ちゃんの手をどかそうと、自分の手で払いのけようとしても、男性の力には叶うことは憚れ、いつまでも、口は押さえたれたままだった。
また、ゆってくれなかった。
後ろ向きにされ、秀ちゃんが背中を噛んだ。首を絞め、腰をおもいきり動かし、パチン、パチン、と跳躍音のする中、秀ちゃんはなにも声をださず、あたしの中でひっそりと、液体を注いだ。
あたしと秀ちゃんはセックスのあとは、互いに死んだようになる。しばらく動けずにいる。
必死にあたしを抱く。
あたしもまた必死にしがみつく。秀ちゃんの体液を注ぎ込むために。
「酔いさめたの?」
帰りの車の中で訊いてみた。
「うん。すっかり。大丈夫」
「そう」
秀ちゃんの家に向かっている。あと、少ししたら、また離れ離れになる。
「ねえ」
「ん?」
信号待ち。後ろを一瞥し、あたしは、しつこいけれど、また同じ質問をした。
「秀ちゃんはどうしてすきってゆってくれないの」
また、それか? な、形相をしているに違いない秀ちゃんを見ずに、言葉を待った。
「だから、そうじゃあ、なかったら、あわないし、抱かない。以上」
あたしは、押し黙る。
確かにそうだし、いちいち、何度も別れた女にあうなんてことなどはしないだろう。リスクが高すぎる。けれどね、けれど。
言葉がほしい……。
「あ、もう、着いちゃった」
秀ちゃんの家から3分のコンビニで降ろす。
「いくわ」
あ、待って。あたしは、後ろをふりかえり、秀ちゃんをギュッと抱きしめた。
今度はいつ会えるの?
またこうやって抱きしめてくれるの?声には出さない。心で叫んだ。
あたしと秀ちゃんは先の約束などはない。
互いのあいたいタイミングであうしかない。
一ヶ月先かもしれないし、わからない。わかならいから、また、涙を流す日も増えてゆく。
いけない。あっては。忘れなくては。先に進めないし、あたしの思考がもたない。けれど、好きで、こんなにも愛おしくて。
狂おしいほどな思いにあたしは、どうしていいのかわからずに、コンビニで缶コーヒーを買い、天を見上げながら一気に飲み干した。
冷たいコーヒーが、食道を落ちてゆき、胃にたまるのがわかる。
あたしは、生きている。この夜空の下。
秀ちゃんの姿はもうなかった。
かんじさせて 藤村 綾 @aya1228
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます