機械仕掛けのスノードーム

綿星シグレ

プロローグ 「修理屋にて」

 真っ白と茶色が混ざり合う世界。年中雪が降りやまず、歯車が忙しなくまわる、機械都市。今は歯車の音だけが響くこの街で、唯一まだ明かりが煌々とついている店があった。

「もう遅いから今日こそ泊まっていきなさいな、ニクスくん」

「お誘いいただき嬉しいですが、家も近いので大丈夫ですよ」

 店内は外と同じく機械だらけで、ロボットなども並んでいた。客は一人。頭にキャスケットを被り、コートマフラー手袋を身に付けた防寒対策ばっちりな青年だ。

「ニクスもう帰っちゃうの?また明日も来てくれる?」

「ああ、また来るよ。小母さんのご飯もまた良かったら食べたいですし」

「あら嬉しいこと言ってくれるじゃないの。明日もご飯用意しておくわね」

「ありがとうございます」

 ニクスと呼ばれたその青年は、礼儀正しく一礼した。

 ニクスに駆け寄り寂しそうに見上げる幼い少女。ふくよかで優しそうな中年の女性。そしてニクスと同じくらいの歳の少女が、店の入り口で見送りをしているところだった。

 まるで永遠の別れを惜しむかのようなこの会話は、しかし毎日のように行われている。

「お母さん、私途中までニクスを送っていくから。アーシェは早く寝なさいね」

「はーい。じゃあニクス、また明日ね!絶対ね!」

「うん、絶対来るよ。それじゃ、お邪魔しました」

 二人が店を出ても、幼い少女は手を振り続けていた。


  ***


 しんと静まり返った街に、二人の足音だけが響く。

「どう?自作の時計は完成しそうなの?」

「ああ……どうかな、まだ半分くらいしかできてないから」

「私の腕にかかれば時計くらいすぐできちゃうわよ」

「それは自慢か……?リリーの腕前は十分知ってるから。今回は僕一人で作ってみたいんだ」

 リリーは修理屋の、先程の中年女性の娘だ。その腕は確かで、なんでも修理、一から作ってしまう才能はニクスも羨んでやまない。店内に並ぶロボットもほとんどリリーが作ったものだ。

「リリーみたいにさ、なんかすごいもの作ってみたいんだ。何もできない僕でも、何かできるようになりたくってさ。その第一歩だから」

「第一歩が時計なんて難易度が高いんじゃないの?すぐできるって言ったけど、ちょっと盛ったわ。一から作るなんて難しいと思うけど」

「まあ、失敗したらそれはそれで。とりあえずなんでもいいから形にしたいんだ」

「ふーん。まあ、アドバイスならいつでもしてあげるから、遠慮なく頼りなさい」

「はは、上から目線だなあ」

 リリーはわざとらしく得意げに腰に手を当てて見せる。

「言われなくても、頼りにしてるよ」

 笑みに笑みを返し二人で笑いあう。この何気ない会話が、ニクスは好きだ。大げさかもしれないが、信頼できる友人がいるというのは良いものだと思う。

「それじゃここらへんで、また明日ね」

「うん、また明日」

 会話のきりも良いところで、ニクスとリリーも別れる。

 来た道を戻っていくリリーを見えなくなるまで目で追い、ニクスも歩き出した。

 しばらくして、建物の明かりが全て消えた。

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