第11話 ✝✝夢幻の聖戦✝✝

 時はヴィシソワーズ暦三千年――永きに渡る闘いの末、《教団》に敗北した王国は、希望の光を失っていた。《教団》は王国に留まらず、世界の総てを手中に収めようとしていた――真理(コトワリ)を拓く神の魔石セレスタストーンの力によって――。


 血の様に紅い月が、宵闇を薄明るく照らしている。その光は、皇帝一族が暮らす豪奢な古城の輪郭を浮かび上がらせていた。古城の頂点にあたる、最も高い塔の最上階の部屋から、物憂げに今宵の月を見上げる星皇女の姿があった。


「嗚呼――神は何故、わたくしにこのような《力》を授けたのかしら――」


 左右非対象な髪型の、ミルクティーのような金髪に、見つめる者の心を見透かすような褐色の瞳を持つ、孤高の星皇女ルメルシエ。彼女が持つ《力》は、世界中の人々の希望でもあり、破滅をもたらす恐るべき魔物でもあった。それ故に星皇女ルメルシエは《教団》に狙われており、擁護の為という名目でこの塔に幽閉されているのだ。


 城下では、まして全世界の国々では、《教団》の活動が激化していると云うではないか。今もこの世界のどこかで、噎せ返るような黄金ノ供物(コーンポタージュ)の激臭に苦しんでいる人々がいるのだ。そう想うとルメルシエの心は《教団》への憎悪で支配され、気が狂ってしまいそうになる。


「この《力》を死ぬまで持て余し、教団から隠れて生きろというのかッ?!」


 天蓋の付いた寝台に転がる枕を、怒りに任せて引き裂くルメルシエ。彼女の精神はもう、限界に近づいていた――。


 その時だった。


「皇女様、皇女様ッ!!!」


声の掠れた従者が、扉を激しく叩く。扉を開くと、そこには変わり果てた姿の執事、イバラッギーノが膝をついていた。その姿にルメルシエは目を見開く。いつも白い顔をさらに蒼白にした彼の全身に、毒を塗り込まれた鋭いカード――《教団》の飛び道具――が突き刺さっているではないか。


「しっかりしなさい! 一体何があったと云うの?!」

「《教団》が城を襲っています――多数の騎士と従者が犠牲にッ・・・もうこの城は奴らに――・・・皇女様ッ――お逃げ下さい――!! そして――貴女様の《力》で――世界を救うのです――」


 ルメルシエにそう告げると、イバラッギーノは崩れ墜ちた。


「イバラッギーノォオオーー!!!!!」


 ルメルシエの叫びも虚しく、イバラッギーノの意識が戻ることは無かった。《教団》に従者を奪われたルメルシエの憎しみは限界に達する。彼女の褐色の瞳は、薔薇のように鮮烈な真紅に染まっていく――。


 ルメルシエは部屋の一角に置かれた、幾重にも巻かれた鎖と南京錠で固定されたチェストに向かって手を翳し、封印を解く呪文を詠唱する。鎖を弾き飛ばし、解き放たれた其れは、《力》を持つものにしか使いこなすことがてきない強靱な魔力を持った武器ーー糸切りバサミ《シュヴァルツシザー》だった――。


 黄金に輝く巨大な鋏を手に取ると、深紅のドレスを翻し、ルメルシエは塔の石段を駆け降りる。屍と化した同胞を踏みつけながら、ルメルシエは敵を倒すために進み続けた。


 かつては夜な夜な舞踏会が行われていた、豪奢なホールにたどり着くと、そこでは《教団》と王国直属の騎士たちが戦闘を繰り広げていた。敵も仲間も折り重なるようにして倒れている中で、それぞれが生き残りをかけて闘っている。《教団》の手下共は、兎の覆面を被り、黒いマントを羽織った道化た装いをしているが、その戦闘レベルは並外れていた。


 罵声と血飛沫と黄金ノ供物が飛び交う渦中に、血相を変えた星皇女ルメルシエが突っ込んでいく。《力》を持つルメルシエが現れたことに気づいた手下達は、一斉に彼女に飛びかかる。しかし、孤高の星皇女は《シュヴァルツシザー》を振りかざし、《教団》の手下の首を次々と跳ね飛ばしていった。


「ルメルシエッ! 何故此処にいる?!!」


 振り返ると、二丁拳銃で敵に応戦するルメルシエの兄――ドリオがいた。二人は背中合わせの体制になり、互いを援護する。


「おまえが“魔物”を解放したとなると――闘いはこれから激化していくぞ!!」

「兄上・・・こうなった以上、わたくしは一歩も引かないわ!! 世界の為なら命だって惜しくない!!」


 銃声、血飛沫、断末魔、宙を飛び交う熱々の黄金ノ供物・・・これを地獄絵図と呼ばずになんと呼べるのか――。倒しても倒しても、焦点の合わない瞳を持つ兎たちが蛆のように湧いて出てくる。


「解ってたさ・・・お前はこういう運命(サダメ)の元に産み落とされた者だってな・・・どうして俺じゃないんだ!お前を苦しませる《力》を与えた神が憎いッ――!」

「兄上ッ・・・!!」


 星皇女ルメルシエは、兄ドリオの想いに胸を締め付けられた。しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。動揺を敵に悟られれば、死が待つのみでる。


「クソッ、弾切れだ・・・!」


 丸腰となったドリオは、すぐさま《教団》の手下に捕らえられる。ルメルシエは自分に襲いかかる兎を斬るのに手一杯である。ぐつぐつと煮えたぎる黄金ノ供物が入った大鍋に、今にもぶち込まれそうなドリオがルメルシエの視界に映ったその時だった――。


「殺るな。生け捕りにしろ」


 どこからともなく響いたその声に、手下たちの動きが止まる。ルメルシエは《シュヴァルツシザー》を抱え、周囲を警戒する。


「これはこれは星皇女様・・・お初にお目にかかりますな。私が《教祖》だ。以後お見知り置きを」


 手下の群れが左右に別れて開いた道を、カツン、カツンと高らかな足音を響かせながら、其の男が歩く。音はルメルシエに近づいてくるが・・・その姿は視えない・・・そう、その透明人間こそが、《教団》を統括する《教祖》だった。


 かつん、と、ルメルシエの前で足音が止む。


「否、“生きるセレスタストーン探知機”とお呼びしようか?」

「貴様ッ・・・!!」


 憎しみに燃える星皇女の紅い瞳が、その色を深めていく。姿の見えざる《教祖》は、クツクツと喉を鳴らして嘲笑った。


「何をそんなに苛立っているんだ?皇女サマ。我々教団は世界の総てを手に入れようとしている・・・もう殆ど手に入れたと云っても過言では無い。然し、我々には足りないモノが在る。そう――真理(コトワリ)を拓く神の魔石――《セレスタストーン》がな・・・そして皇女サマ、貴女にはソレを手に入れる《力》が或るだろう? この城も墜ちたも同然・・・我々と供に世界を手にしようではないか」

「黙れッ!!!貴様はッ・・・あの魔石の真の力を解っていない――!!」

「皇女サマ、我々も手荒な真似はしたくないのだよ。大人しく服従すると云うなら、あの雑魚を開放してやらんことも無い」

「駄目だッ!ルメルシエ!そいつの言葉に耳を貸すなッ!!」


 手下に取り押さえられたドリオが、怒鳴るようにしてルメルシエに言い放つ。しかし、城の騎士達が倒れ伏し、完全に不利なこの状況の中で、《教団》に抗うのは致命的ではないだろうか――ルメルシエはそう逡巡し、《教祖》の出方を窺っていた。


 すると、追い詰められたルメルシエの頭の中に、直接何者かが語りかけてきた。


(星皇女ルメルシエ――貴様の闘う姿、なかなか気に入った。特別に手を貸してやろう、ありがたく思え)

(誰・・・?貴方は何者なの?!)

(お喋りをしている暇は無さそうだな――ルメルシエ、シャンデリアの下から離れろ、今すぐだ)

(何を云って・・・ッ?!!!)


 ルメルシエが頭上を仰ぎ見ると、其処には――空中に飛び上がり、シャンデリアを吊るす縄を長剣で切り落とそうとしている――銀髪の騎士の姿があった――――。


 ルメルシエは大理石の床を勢い良く蹴り、手下を突き飛ばして兄の手を引き、シャンデリアの下から遠ざかる。その間、僅か数秒。《教団》が2人を取り押さえようとする間も無く、燦然と輝くシャンデリアが、激しい崩壊の音を立てて落下した。


 ルメルシエは訳がわからないまま辺りを見回すと、手下はシャンデリアに潰されて全滅したようだった。そして、舞い上がる粉塵の奥から、1人の男が姿を現した――。


 流れるような長い銀髪、冷酷な光を宿した碧眼に、白いロングコートを纏った長身の男。その手には、身の丈を超える長剣が握られている。その男の姿は――この王国に広がっている伝説の騎士の姿と瓜二つであった――。


「――貴方はッ、まさか――光と闇の術の双方を手にしているという――《闇巫ノ騎士ローレン》――」

「どうやら俺はそう呼ばれているらしいな・・・。まあいいさ、好きに呼んでくれ」

「フッ・・・ついに姿を現したか・・・《闇巫ノ騎士ローレン》――我々の組織では、貴様は《反逆ノ偶像》と呼ばれているが、な・・・!!」

「兄上ッ?!!」


 手下は全滅したようだったが、《教祖》はそうそう上手く倒せなかったようだ。姿の見えない《教祖》は衰弱したドリオを羽交い絞めにし、卑下た笑い声を上げている。


「久方振りだな、《教祖》。いつまで世界征服ごっこに興じているつもりだ。下らない真似はやめろ。何れお前も身を亡ぼすことになるだろう」

「フン、貴様こそ何の心算だ《反逆ノ偶像》。皇女サマを助けて英雄気取りか?」


 《教祖》はどこからともなく白い布を取り出し、ドリオの鼻と口を押さえつけた。ドリオは目を見開き、激しく抵抗したが、がっくりと意識を失ってしまった。


「貴様!兄上に何をした?!」

「貴女達王族が受け継いできた体質遺伝があるだろう?ほんの少しソレを刺激しただけだ」


 王家一族は、薄紫向日葵の花粉に対する抗体を持っていないのだ。ドリオはその花粉を吸い込んでしまい、意識を失ったのである。


「ゲームをしようじゃないか。皇女サマ」


 《教祖》とドリオの足元に、光を放つ魔法陣が浮かび上がる。その光は強さを増し、風を巻き起こす。


「お兄さんを返して欲しければ、“蒼穹ノ満月”の刻迄に《セレスタストーン》を我々に差し出せ。魔石が見つからなかったとしても、その魂を我々に捧げるのなら快く迎え入れよう。但し――魔石も差し出さず、心を入れ替える事も無ければ――終焉が待つのみだ。その刻を・・・楽しみにしているぞ」


 《教祖》とドリオは眩い光に包まれ、姿を消した。


 ルメルシエは一気に全身の力が抜け、その場に座り込んだ。様々な出来事が起こりすぎて、頭が混乱している。《力》を解き放ち、信愛なる従者達を失い、兄が《教団》に連れ去られた。此れは総て、わたくしの所為――ルメルシエは自身に怒りと憎しみを覚え、その非力さを恨んだ。《力》を持ちながらにして、誰ひとり護ることなど出来ないのだ。


 ルメルシエと向き合うようにして、《闇巫ノ騎士ローレン》が跪く。


「ルメルシエ、お前の《力》は解き放たれた。お前自身も、《教団》も、そして世界も――後戻り出来ない」


 《闇巫ノ騎士ローレン》の、不思議な力を持った碧眼が、ルメルシエの紅色の瞳をまっすぐ見据える。ルメルシエは、《闇巫ノ騎士ローレン》と、自らの《力》が共鳴しているのを感じていた。精神の奥底にある真の《力》が、躍動しているのを強く感じるのだ――。


「俺も《教団》には野暮用があるからな・・・。星皇女ルメルシエ、あの鬼畜を倒しに行こうではないか」


 突如目の前に現れた、伝説の騎士――数多の罪を侵し、教団から《反逆ノ偶像》の烙印を押されたこの男を信頼して良いのか・・・そんな考えは、全てを奪い去った教団への憎しみに燃えるルメルシエの心には、浮かんでこなかった。只――、己と共鳴する、この男の呪われし《力》を求めていた。


「共に、往きましょう――」


 斯くして、ルメルシエは《闇巫ノ騎士ローレン》の手を取った。遥かなる忘却の地平線へと続く、星皇女と騎士の果てなき旅が、今、始まる――。




「めるこちゃーん、遅刻しちゃうよ」


 ファニー氏に布団を引きはがされた。もうちょっとこの夢見たかった。


「今日もバックドロップされたよ。めるこちゃん寝てるからわかんないかもしれないけど、あれほど見事に投げ飛ばされると起きてるのかなって思っちゃうよ」

「寝てたもん。封印されし力を解き放ったんだもん」



元ネタ

http://mblg.tv/zenrakyou/entry/25/

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