第9話 ワールドエンド


「こんにちは。ライオットラジオのお時間です。進行をつとめさせて頂くのはわたくし、ラズベリーでございます。よろしくお願いします……ねえ今ぞわってした? ぞわってした? いやいやいや、今日は『世界の終わりの日』でしょ。だからね、ちょっと硬派を気取ってみたかったの。頭悪そうなMCだったって記憶を抱いてみんなに死なれるの嫌じゃん! だからほんとの終末の時は真面目な放送をしたいです。そんな最後はしけてるって? ぶっちゃけ自分でもそう思うからやっぱりベリーちゃんは最後まで愛されるバカでいようとおもいまーす!!」


「あー、遠足とか」


 とくにすることも思いつかなくてラジオを聴いていたけれど、日めくりカレンダーの昨日を破り捨てたらそれを思いついた。祝日を祝う朱色の数字。


 思いついてからの私とファニー氏の行動は早かった。水筒とレジャーシートはどこだろう。四角いバスケットに入れたらお洒落だしそれっぽい。サンドイッチはつくるの? ううん、最後に食べたいのはメロンパンかな。洋服はこないだ買った水色のジャンパースカートにしよう。合わせるのは生成りのブラウスで。ファニー氏の靴も磨こうか。


 公園に来てみた。遠足だから動物園とか博物館とかに行くべきだったけど、今日はどこもお休みだ。小高い丘のてっぺんで、枝を広げた樹木がもっさりと葉を茂らせている。とても絵になる風景が、無理矢理の爽やかさを演出している気がして、ちょっと笑う。

 レジャーシートを敷いてお茶を一口飲んで、ファニー氏のお腹を枕に寝転ぶ。ここで改めて本日の行動力に感慨を覚えた。


「おつかれさまです」

「おつかれさまです」


『世界の終わりの日』は、むかしむかしにナントカっていう聖職者のおじさんが世界終末を予言し、大混乱を招いたけれど特に何も起こらなかった日を記念した国民休日。世界の終わりの日にしたいことを予行練習する日。年に一度はあるから、万が一世界が本当に終わることになった時にはパニックにならずに済む(はず)。


 でも、世界より私達が死んでしまうほうが多分早いだろう。それがいつだかみんな知らないから、一日一日を大事にしようって思うためのありがたい祝日。まあ、だいたいの人たちはいつもの休日と同じように過ごすけど。


 葉と葉の隙間から落ちる陽光がまぶしくて、そっと目を閉じる。靴を脱ぎ捨てた足の裏を、そよそよと風が撫でる。気持ちいい。


「やっぱりさあ、あの時ファニー氏がいなかったら殺されてたのかなあ」


 さいきん、一番身近に終末を感じたのはあの日だった。何度かまばたきを繰り返し、眠りにつくときと同じ拍の呼吸とともにもう一度目を閉じて、想像する。皮膚に食い込む包丁の感触、翌朝のテレビニュースや新聞。葬式に誰が来て誰が泣くのかを考えかけて、悪趣味な気がしてそこでやめにした。


「あのね、ファニー氏」

「なあに、めるこちゃん」


 どんなストーリーでも、窮地に置かれたひとは、往々にしてほんとうのことを喋り出す。探偵に追いつめられた犯人、戦闘不利になった敵役、浮気現場を妻に見られた夫・・・いやなイメージばっかりだなあ。世界終末も立派な窮地のひとつだ。それらしい秘密を暴露しなければならない。


「私ね、うさぎの人形が嫌いなの」


 気取ってみたり冗談めかしてみたり、そういう演出はできなかった。ただ、言葉が言葉のまま、感情に濾過されずにぽろんと出た。輪郭をなぞるように、全身がぴりぴりする。私は意地が悪いんだ。優しくないことをしているのに、悪い気分ではない。嘘はついていないもの。ファニー氏が私の所為でかなしそうにするのを見られたら、つまらない自尊心がたぷたぷして、慰み程度に楽しいと思う。


「そっか」


 ファニー氏はなんでもないようにそう返した。ほんとうになんでもないらしい。だって、そういう顔に見える。私が驕っているのかな。ファニー氏のほうがよっぽど上手だ。やっぱり私は性格が良くないんだなあ。


「ファニー氏は好きだよ」

「じゃあ、いいや」


 世界終末というやつは、みんな怒鳴ったり泣いたり生き延びようとしたり、しんみりしたバラードが流れる中で抱き合ったりする。でかい隕石が火を噴きながら降って来るし、宇宙人が謎の能力で人々を惨殺する。そんなことが起こりそうもない陽気の中、それらしい会話ができるはずもないよなあ。場面を選んで発言しなきゃ駄目かな、やっぱり。


「なんか私、先走ったかも」

「どんまい」

「そっけないなあ」


 気を取り直して起き上がり、賞味期限が近いせいで20円引きのシールを貼られてしまった不名誉なメロンパンの袋を開ける。ぱさぱさでふにゃふにゃの20円引きの味だった。やっぱり最後の日にはおあつらえ向きに、世界が絶賛する凄腕メロンパン職人手作りのメロンパンを朝一で買いにいくぐらするべきかもしれない。コンビニのメロンパンが食べたかったらそっちも買えばいいや。


「ファニー氏はさあ、世界終末の日に何がしたいの」


 私の服の上にこぼれるメロンパンのかすをぺぺぺと払いながら、もーだらしないんだからーとかお母さんみたいなことを言うファニー氏にたずねる。するとファニー氏の動きはぴたっととまってしまった。びっくりするぐらい本当にぴたっとしてしまったので、片方の耳のほうをぐいぐいと引っ張ってみると言葉を発した。


「最後の日ってさびしいのかなあ」

「どうかなあ。なにも無くなっちゃうのを想像したらさびしいかもしれないけど、そうなったらさびしいって思う人もいなくなるからさびしくないのかもしれないよ」

「そっかあ、じゃあその時にかんがえるね」


 隣で体育座りをしてぼうっとしはじめたファニー氏は、たぶんなにか難しいことを考えている。ファニー氏の頭の中に詰まっている綿を借りて私の頭の中に詰め替えても、私にはわからないことを考えている。


 ひとつだけわかるのは、ファニー氏は寂しさなんかでは死ぬことができないということだ。


 私はなんでもなさそうにメロンパンを食べて、袋の底に溜まった粉をかき集めて、口に放り込む。なんでもなさそうに水筒のお茶を飲み干して、なんでもなさそうに眼下の町を眺めた。相変わらずなんでもなさそうだった。宇宙人のぬめぬめする体液で滅びそうには見えないから、まだまだ世界は大丈夫な気がする。


「あ、洗剤買わなきゃ」

「スーパー寄るの」

「いや、ホームセンターにしよう。ファニー氏が壊したたんすの取っ手新しくしたい」

「新しい枕も買って」

「なんで」

「ずっと使ってたら潰れて高さ合わなくなっちゃったの。寝付き悪いの」

「ファニー氏にもそんなのあるんだ」

「あるよ」

「じゃあ買ってあげる」

「あと僕の除菌消臭剤ラベンダーの香りにして」

「やだ無香料じゃなきゃ駄目」

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