第12話 やればできる

「犬が飼いたい」と母ちゃんに言ったら、

「テストで百点とれたらいいよ」って言われた。

 そんなの絶対ムリだってわかってるくせに、

「次のテストでお兄ちゃんが百点とったら、うちに犬が来るよー」

 なんて妹に言うもんだから、たまったもんじゃない。

「おにーちゃん、早く百点とってよー」とか。

 ムリに決まってるだろ。


「やる前からできないなんて言ってたら、なんにもできなくなっちゃうぞ?」

 担任が軽いノリで笑って、朝顔の種と日記帳をくれる。

 夏休みの定番、朝顔の観察日記だ。

 オレが夏休みの宿題の中で一番嫌いなもの。

「大丈夫。やればできるよ」

 庭でしぶい顔をしていたら、父ちゃんに言われた。

 やればできるだなんて、みんな簡単に言うけれど、嘘っぱちだと思う。いくらやっても、できないことは逆立ちしたってできないもん。

 例えば……


「夏っていったら、やっぱりひまわりだよな。朝顔じゃなくて」

 朝顔に水をやりながらつぶやくと、思った通り隣で一緒に水やりをしていた妹がビックリしたように言った。

「えー。朝顔だって夏の花だよー?」

「いんや、ひまわりったらひまわりだ。そうだ、こいつは今から『ひまわり』だ」

「おにーちゃん、何言ってるのかわけわかんないー」

「やればできる、なんだろ? 見てろよ。じきにこの『ひまわり』が黄色くてでっかい花を咲かせるから」

「……おにーちゃん、百点とって犬を飼えないからって、やつあたりだよ」

「うるさいな。とにかくこいつは『ひまわり』だ!」

 『ひまわり』はスクスク成長していく。

 支柱にツタをぐるぐると巻きつけて、どう見ても朝顔以外のナニモノでもない。


「まだ朝顔のこと『ひまわり』ってよんでるの?」

 黄色いおりがみで遊ぶ無邪気な妹が、半ばあきれたように言った。

「まあな」

 うすっぺらい紙を何度もおり曲げて、おり曲げて、ちょっと形のゆがんだ黄色い紙ヒコーキができる。

「咲くといいねー」

 妹が紙ヒコーキを飛ばした。

「黄色くてでっかい花、咲くといいねー」

 紙ヒコーキは一瞬急上昇して、すぐ急降下する。

「世の中、そうあまくはないさ」

「じゃあ、おにーちゃん。もしヒマワリが咲いたら、犬を飼うためにテストで百点とってよー」

「おう。わかった、約束してやるよ」

「絶対だよ? おにーちゃん、やればできるんだから!」


 朝が来て、目が覚めた。いつもよりも早い時間だったからもう一度寝ようかと思ったけれど、なんとなく『ひまわり』のことが気になって、起きることにする。

 庭に出て、オレは固まってしまった。

 『ひまわり』のつぼみが、今日あたりに朝顔の花を咲かせているだろうと思っていたのに。

「……やられた」


 『ひまわり』のツタに、ぎっしりと黄色くてでっかい花がくっついていて、朝顔の花はそれにうもれてしまっていた。

 黄色いおりがみのヒマワリは、朝日を受けて、気持ち良さそうに咲き誇り、輝いている。

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