第6話 キョウダイと私と選挙カー
「あのさぁ、運命とは? って尋ねられたら何て答える?」
氷は大切だ。
なぜってアイスコーヒーを作るのに必要不可欠だから。
「ウルド、ヴェルダンディ、スクルド」
「なにそれ?」
氷同士がぶつかり合うように、わざと乱暴にかき混ぜる。涼しげな音を楽しんでからアイスコーヒーに口をつけた。冷たくておいしい。
「北欧神話。世界樹、ユグドラシルの根元にある泉のほとりにいる。最高神でさえ恐れる、運命を司る神。一般的には、ウルドが過去を、ヴェルダンディが現在を、スクルドが未来を司るといわれている」
私の説明にキョウダイがまるで色ものでも見るような目つきで見てくる。
「じゃなくてさぁ、ほら、あるじゃん。お決まりのフレーズってゆうのがさ」
「ふうん?」
選挙カーが近くまで来ているようだ。どうしてあの騒音以外の何物でもない演説が環境権の侵害にはならなくて、ちょっとギターを弾いただけでお隣さんに怒鳴られてしまうんだろうか。
「例えばさぁ、運命とは自分で切り開くものだ、とか」
「あー、逆に、運命とは定められているものだ、とか?」
「そうそう、そんな感じ」
演説内容が聞き取りにくい。別に興味があるわけではないが、毎日毎日一体何をそんなに主張したいのだろうか、とは思う。
ワタクシドモハー、ミナサマノセイカツノタメー、セイイッパイノドリョクヲイタシマスコトヲー、チカイマシテー……。
「猿でも言えるセリフ」
思わず言っていた。
私の呟きを聞いたキョウダイがかわいた笑い声を上げる。
「でもさぁ、本当に逆なのかな?」
「何が?」
「運命の話だよ。自分で切り開くっていうのと定められているっていうの」
聞き取りにくかった演説の声がどんどん遠ざかっていく。ようやく静かになると思ったら今度は別の選挙カーが近づいてきた。
キョウダイはなにやら難しい顔をしている。
「なんかさぁ、逆ってゆうより同列? ってゆうか」
「わからない」
「あのさぁ、なんか運命はある程度定められたもので、だからってか、だからこそそんな運命を自分の手で変えていくために切り開く……みたいな、そんな感じ」
アイスコーヒーを一口飲む。氷がカランとひかえめに音をたてた。
「……よくわからないし、たぶん違うと思う」
演説の声が遠退いていく。
ようやく静かになると思ったとたん、蝉がいっせいに鳴きだした。
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