こうして僕は勇者になった
しきみ
エピソードゼロ 戦争の終わり
一個大隊が入っても窮屈でないほど広く、大聖堂のように天井の高いとある一室。その中央には細長い会議机が置かれて人間と人間ならざる者たちが半々になって座っていた。ちょうど半分で分かれて各々が向かい合い、人間ならざる者たちの中央には数十人分のスペースが空いている。会議室というのにも関わらず、天井にはシャンデリアの一つも吊るされておらず、絵画も壁には飾られていない。即席で作ったかのような簡素な部屋になっていた。唯一の照明はテーブルに並んだろうそくの炎だけだった。天窓もあけられているが本来差し込むべき月の光も、外の砂嵐の影響で陰ってしまい全く差し込まない。
「大魔皇帝ユリウス様がご来場成されました」
室内に声が響く。人間側はざわめき、各々顔に不安の色を濃く出していた。
部屋の壁が一度取り外されて、何もない荒野が現れた。砂嵐が吹き込み、中の生物たちは一様に目と口を中心に顔を覆って砂から身を守った。壁を外したのは外にいた巨大な生物。夜闇のように黒く、城壁のように頑丈で、竜のうろこのように連なる外皮を持つ巨人だった。
人間の一部はその姿を見て泡を吹き失神した。
強い風が吹き、ろうそくの火が一瞬にして消える。
「これは失礼した」
人間よりも大きい巨大な巻き角が二本ある頭を下げて巨人は詫びた。
「余の姿を見るとどうも失神する人間が多くてのう」
よいしょ、と言いながら開けられたスペースに巨人はあぐらをかくように座り、再び会議室の壁を付け直した。巨人、ユリウスが炎の消えたろうそく全てをなぞるように触れるとその先から炎の光が戻り、会議室をほんのり照らした。
ユリウスの両隣に座る人ならざる者たちは自分まで押しつぶされないかひやひやしていた。
「大魔皇帝ユリウス=ルシフェル。和平会議に余も参加させてもらう」
存在そのものが圧倒的武力。その姿を前に一人の人間はユリウスを睨み付けていた。
「ユリウス殿。我が名はロード・マッケンジー。共和国軍総帥、勇者を務めていた者である」
ユリウスにも見えるようにロードはテーブルの上に立ち上がった。金髪青眼の青年は臆することなく、ユリウスに立ち向かう。
「はじめまして。ロード殿。余は貴殿に会えて光栄である」
ユリウスはほかの者に手をぶつけない様に、そっとロードに右手を差し出した。ロードは差し出された巨大な手の指の先端を右手で掴み、握手を交わした。
「ユリウス殿。先の戦闘で共和国軍も魔王軍も多大なる被害を被った。それの見解に間違いは無いな?」
「……ああ。相違ない。我が魔王軍も甚大な被害を被った。軍どころか、国の存続が危ういほどにな」
ユリウスは死んだ仲間たちに対して哀悼の意を思ったのか、目をつむりながら差し出した右手を戻した。
「事の発端は共和国の大魔術師、マーリン殿が開発した聖域大魔法の発動だ。それにより戦場にいる魔族は一瞬で全滅した」
ロードは臆することなく、人間に相対するように並んだ魔族を一人ひとり見ながら言った。
「非人道魔術と揶揄されても仕方ないが、当の本人は大魔法の発動と同時に魔法に魂を吸い取られて死んでしまった。そして、共和国軍が全滅しこの戦場が何もない荒野に変わった原因は、あなたにある。ユリウス殿」
ロードはユリウスを睨み付けた。
「共和国軍はあなたの大剣の一振りで、土地ごと抉り取られた。これに相違は無いな?」
ユリウスはロードをまっすぐ見つめ、短く答えた。
「……その通りだ。ロード殿」
「故に我々は、共和国は考えた。停戦をしよう。そして、この土地をめぐる争いにもルールが必要だと気付いた。死したマーリン殿や、貴殿のような大魔皇帝は戦場に出てはいけない。存在そのものが大兵器。歴史も、文化も、すべてを薙ぎ払ってしまう」
「……停戦には合意したいが、その後この土地はどうするのだ、ロード殿。荒廃してしまった更地とはいえ、利用価値は大いにある。砂漠をオアシスに変える事など我ら魔族、そして共和国の魔法騎士団にかかれば朝飯前ではないだろうか」
「此度の戦いでわかったと思われるが、大魔皇帝のような生物としての規格外の性能を持つ者や、マーリン殿のような大魔術師が戦場で戦ってはこの世界の存亡に関わってしまう」
それは嘘だ、と言いたげな目でユリウスはロードを睨み付けた。一部の人間がそれを見てまたも失神するがロードだけはまっすぐユリウスから目を離さなかった。
共和国が停戦を申し出る理由はただ一つ。
マーリンが死んだからだ。勇者軍も魔王軍も互いに再建不能なレベルで被害を被ったが、再度戦った場合、マーリン級の魔法使いがいない今、大魔皇帝ユリウスに対抗できる戦力が共和国軍には残されていないからこそ、対等に見えるようにするために停戦を持ち出していた。
そして、その上ロードはユリウスの想定外の話をした。
「我々、この世界の生物は戦いから手を引き、別世界の者共に戦いを任せるのはどうだろうか。大魔皇帝よ」
ロードは侍従に指示をだし、部屋の正式な入口から一人の人間を連れてきた。
男の身長はテーブルに着いた共和国の人間より少し低かった。しかし、身の丈の倍以上ある血にまみれた長槍を持ち、泥にまみれた白い細長い旗を背負い、ぼろぼろの甲冑を身に着けていた。兜を脇にかかえ、その頭部は頭頂部の髪を全て剃って残りの髪を結わえる、髷という形状を取っていた。
「……この者はなんだ。共和国の同盟国の者か?」
「大魔皇帝ユリウス殿はどう思われますか?」
長命で博識なユリウスと言えど、このような服の文化、武器の文化、頭髪の文化を持つ国を知らなかった。はるか昔だが海の向こうの大陸や、西の果ての島国ですら行った事のあるユリウスにとっても、目の前の小さき人間は初めて見る者だった。
小さき人間は周りをきょろきょろと見渡し、ユリウスと目が合うとわけのわからない言葉を発しながら槍をユリウスに向けて構えた。
「……異国の言葉。だが、余が知りえない言葉だ。余も知らぬ」
ユリウスは自分を指さし「ユリウス」とゆっくり喋った。続いてロードを指さし「ロード」と言った。そして最後に長槍の男を指さした。
男は最初こそ戸惑ったが、槍を地面に垂直に立てると謎の言葉を喋り、頭を下げた。
そして自分を右手の指で指して「たなかごんべえ」と言った。
周囲から反応が薄かったため、再度指さし「たなかごんべえ」と言った。
「ロード殿。貴殿はこの者をどこから連れてきたのだ?」
「共和国の魔法使いが、召喚術という物を用いて召喚した者であります」
「なるほど……」
ユリウスはたなかごんべえを指さし「たなかごんべえ」と言い、自分を指さし「ユリウス」と言った。
そして今度は床を、大地を指さし「アバロニア」と言った。今度はロードにも促した。
ロードは自身を指さし、「ロード」と名乗り、次に地面を指さし「ユートピア」と言った。
たなかごんべえはユリウスとロードの行動を見て、何を喋ればいいかを理解したのか己を指さして「たなかごんべえ」と名乗った。続いて地面を指さし「にほん」と言った。
コミュニケーションが取れる生物だとは思わなかったのか、ユリウスの行動にロードは息をのんでみていた。
「ロード殿。貴殿らはこの者を今までどうしていたのだ?」
ユリウスの鋭い視線がロードに降りかかる。
「……巨大生物観察用の部屋に入れて人間の食事を提供していました」
「相手は同じ形状の人間だ。コミュニケーションを取るという事をなぜ考えなかった。言葉が通じぬならば身振り手振りで相手の素性を探ろうとするのが王道ではなかろうか」
「一理あります」
これ以上問答を続けても仕方ない。この場は会談だ。そうユリウスは自身に言い聞かせ、たなかごんべえを不当に扱った共和国に対する怒りを収めた。
「それで、貴殿はこのたなかごんべえに我ら魔王軍と戦わせようというのか?」
「さようでございます」
ロードは臆せず言い放った。
「我ら共和国の代表としてこの者を戦わせます。帝国側も同様に異国の者を召喚し、一騎打ちを行うのです」
「……ほう」
ユリウスが興味を持ったことで、ロードは交渉での勝機を見た。それと同時に契約へ畳みかける。
「召喚魔法の方法も共和国より魔王軍へ指導いたします」
「そのようなものは必要ない。座標軸の固定を少しずらせば、異世界より生物を召喚できる事は魔王軍でも立証済みだ」
「失礼いたしました」
「時に共和国軍は、このたなかごんべえに共和国の運命を預けることが出来るのか?」
「はい。もちろんで……」
「ロード殿に問いているのではない。貴殿らに問いておるのだ。そこに並んだ共和国元老院よ」
名指しにされたロードの両脇に並ぶ人間の半分が泡を吹いて倒れた。
その中で一人だけ、立ち上がり意見を言った。
「大魔皇帝ユリウスよ。発言の機会をいただきたい」
吹けば飛びそうな骨と皮に服を着せただけのような老人が、よぼよぼと立ち上がった。
「構わぬ。申すがいい」
老人は見た目に反してユリウスに届くほどの大声で喋った。
「我々共和国は、この異世界の者を教育し、共和国でも有数の屈強な兵にしようと思っております。同じように帝国側でも異世界の者を教育するのです。つまりこれは我々の知恵比べ。力による勝負を続けていては、この大地が持たない事など火を見るよりも明らかでしょう」
これは共和国にいい話だ。ユリウスはそう考えた。
平均寿命が倍以上違う魔族と人間。生物種として人間は均一こそ取れているが、魔族の多くより身体能力が劣る。それが対等に戦術的に戦う方法が代理決闘だ。互いに異世界の『人間』という平等な素材を使用すれば『その期間にどれだけ教育できかた』により勝敗が左右される。
共和国には非常に有利で、帝国には何のうまみも無い話だ。だが、ユリウスには答えを出した。
「あいわかった」
ユリウスは話し終わった老人に敬意を表し、「その者、座り給え」と言った。
「我々魔王軍は、アバロニア帝国は代理戦争案に賛成である。今後時間をかけ、詳細を互いに決め、正々堂々と戦争を行おう」
ここで反対意見を出してユリウスが単身共和国に攻め込むのはたやすい。だが、無傷で勝つことなど今となっては無理な話だった。最大の問題であるマーリンの魔法。帝国の軍師をはじめとして科学者、魔法学者すら先の大戦でマーリンが使用した大魔法の正体にわかっていなかった。
これが解らない限り、無力化しない限り、帝国側は常に絶滅の危機にある。
かといって国を預かる身。易々と降伏するわけにはいかない。故にこの場では代理戦争案を呑んだ。今後の戦争で勝って、脅威を排除し、帝国を安寧に導くために。
「大魔皇帝ユリウス・ルシフェル殿。誠にありがとうございます」
ロードを筆頭に意識を保っている共和国の民が頭を垂れた。これも儀式的なもので心からユリウスに敬意を払っている者などいないことをユリウスは知っていた。
この和平条約が、代理戦争が今後の両国の行方を変えるとユリウスは確信していた。
「こちらこそ、議会の場を設けてくれた事感謝している。共和国の民よ。ありがとう」
数年後、正式な代理戦争条約が締結されることになり、さらにその十年後に代理戦争は開始される。
そして、これから数百年後まで戦争が長引く事を共和国も帝国も考えていなかった。
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