三、薄給、極寒、闇夜に危険 Small Wages, Bitter Cold, Long Months of Complete Darkness, Constant Danger
第23話 ディー
『親愛なるリリヤへ。
本土から『耐え忍ぶ槍』号に乗って半年、オングルに落ちてからさらに三ヶ月ほどが経った。会えなくて、もう一年近くなるね。
こう書くと驚くというか、意外に感じるかもしれないけれど、オングルにも夏がある。いま、半袖だ。来たときには冬で、寒い寒いとばかり書いていたような気がするけれど、真夏ともなると気温も二〇度を越えて、とても暖かい。そちらはいま、冬だろうから、こちらのほうが暖かいだろう。
季節の移り変わりを実感すると、日々の流れも感じる。長いこときみに会っていない。ぼくは元気だけれど、きみが元気にしているかどうか、毎日が不安だ。
こちらでは幾つかの進展があった。その中でいちばん大きなことは、ぼくが騎手になったということだ。
騎手については、以前に書いたと思うけど、無敵号の運転手のことだ。運転手とはいっても、無敵号の操作はとても簡単なので、これはとても助かっている。
無敵号の騎手になってから、外来種に対する価値観が少し変わったように思う。騎手というより、オングルで暮らし始めてから、といったほうが正確かもしれない。
以前は外来種は憎むべき敵だった。相手は侵略者で、人類を蹂躙しようとしている敵対者なのだと、そう思っていた。
オングルに来てからというもの、幾度となく外来種に接してきた。
外来種が本土や他の惑星の自然災害と異なる点は、彼らが人間やその兵器を見ると攻撃を加えようとしてくることだ。でも軍の記録の中には、外来種の兵器が人間を無視したという報告もある。無敵号に乗って戦っているぼくにも、果たして外来種が人類にとって、本当に敵なのかどうかは判断がつかない。
ただ間違いなくいえるのは、外来種は無敵号を敵だと認識しているということだ。それは間違いない。
だから、もし外来種が人間を敵だと認識していない場合、無敵号を捨てれば、オングルの人々は生き延びられるかもしれない。騎手として無敵号に乗り込んでいる間は、こんなことを考えてしまう。
意外なほどに冷静になれる、というわけではないのだけれども、騎手をやっていると、次から次へといろんなことを思いつくんだ。それは夜眠る前に、布団の中で思いつくようなことで、朝になってみれば綺麗さっぱり忘れてしまっていたり、思い出して検討してみると馬鹿みたいな思い付きであることも多いけれど、驚くほど的確に的を射ていることもある。外来種が狙いを定めているのが人類ではなく、無敵号であるという思いつきは、あながち的外れではないのではないのかもしれないと思う。
だが無敵号を捨て、外来種と戦うのを止めるという選択を、本土の軍部は許してはくれないだろう。外来種が支配した惑星から、また新たに外来種が蒔かれる。軍部は新たに種が蒔かれる前に、可能な限り惑星ごと外来種を破壊するのを旨としているのだから。オングルの人たちを守るためには、やはり外来種を撃退し続けるしかないのだと思う。
きみのところへ戻るまでには、まだまだ長い時間がかかると思う。それまで、たぶんずっと戦い続けなければならない。
この場所は暖かくなってはきたし、慣れてもきたけれど、辛い。だから早くきみのところへ帰りたい。
きみのディーより』
***
***
萌黄色の草原を狼が駆けていた。
夏。地平を覆っていた雪は既に融けて地中へ、海へ、空へと帰ったが、山の雪融けは遅く、流れてくる雪融け水が小川となっている。細い川は土を潤わせ、木々を育て、魚や虫、獣が寄り添う場所ができていた。
だが狼は川で喉を潤すわけでもなく、木陰で身体を休めるわけでもなく、獣に歯牙を立てるわけでもなく、ただひたすらに草原を疾走していた。
狼であれば、走るのに理由は要らない。だが狼でもないのに同様に草原を駆けるものがいるのならば、それなりの理由があるに違いがなかった。
草の丈は短く、視界を防ぐような高さではない。でなくても、狼は川を一跨ぎし、顎を開けば地と空とに触れられるほど巨大だった。だから狼は己を追う追跡者の姿を確認することができた。逆にいえばそれは、追跡者からも狼の姿が見えていたということでもあった。
追跡者はふたつの足で地を蹴り、ふたつの腕を狼に伸ばす。
恐ろしく長く、太い腕が狼の首根っこを掴むや、頭から草原に叩き付けた。
岩が砕け、草木が剥げる。川は破れた。
そして狼は何度も何度も叩きつけられて、終いには動かなくなった。
戦闘不能になり自壊した外来種
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