第9話 ディー
石竹の家で目を覚ましてからの数日間は、穏やかな日が流れた。石竹の食事とマッサージで、身体もだいぶん快復して、ふらつくことはあるものの、杖があればディーはひとりで歩けるようにまでなった。
言葉のほうも、会話を続けるうち、ましにはなってきたと思う。
彼女らの言葉は、ある程度日本語の体系を受け継いでいるらしいのだが、それが幸いだった。というのも、ディーが日本語の文法について、基本的なことを知っていたからだ。これはリリヤのおかげで、彼女は本土の大学で、東洋文化、特に日本の歴史や風土に関する学問を専攻しているのだが、彼女を通してしばしば日本語について知識を得る機会があったのだ。習った日本語のうち、覚えている単語は「いただきます」くらいであったが、文法については、たとえば主格はふつう先頭に来るが省略されることが多々あること、動詞は最後に来ること、「ない」で否定することなどを覚えていた。
実践では、特に撫子との会話が日常会話を身につけるのには役に立った。石竹の場合は、ディーが日本語を喋れないことを知っているために、何か伝えるべき用があるときはジェスチャか絵を描くかで済ませてしまうため、言葉の勉強にならない。
一方で幼い撫子は遠慮無しに言葉を放つ。ディーの傍らでぼろぼろの紙媒体の古い本を広げてくれるときがあり、どうやらそれは児童向けの絵本のようだが、それを音読して聞かせてくれた。ときたま石竹が嗜めているらしい言葉を掛けることもあったが、絵付きの本の朗読は、何よりも解り易い教材であった。
「おおかみ、からす、うさぎ、いぬ、きつね」
といつもの本をぱらぱら捲りながら、撫子が挿絵を指差していく。
「うま、うずら、くま、やまひつじ……、ディー、やまひつじって知ってる?」
と撫子は問いかけてくる。
ディーが初めに覚えたのは、この「知ってる?」だとか「なぁに?」かもしれない。撫子がしばしばこれらの言葉を発するおかげで、疑問を発する意味があるということはすぐに理解できるようになった。彼女の読む本はいずれも本土で作られたものであり、いま開いているこの本も、本土の動物学者が己の経験と観察を元に描いた動物の物語である。幸いだったのは、この本に書かれているのと同じ物語を、ディーは子どもの頃に読んだことがあったことだ。
彼女が指差していた挿絵に描かれていたのは捻れた角を持つ四つ足の生き物で、山羊か羊だろうと検討をつける。確かこの動物記には
ディーが挿絵とは違うアングルで大角羊の絵を描いてやると、撫子は手を叩いて喜んだ。
「ディー、すごいね」
と褒めてくれたのち、ディーの描いた絵を元に、撫子は「め」だの「あし」だの「つの」だの言って、動物の部位の呼び方に関して講義をしてくれた。
また、こういうこともあった。撫子がディーの身体の上に乗ってきて、「ディー」とディーを指差して名を呼ぶ。己を指差し、「ぼくは、撫子です」と己を示して続ける。そしてディーに再度手を向け、「ぼくは、ディーです、って言ってみて」とくる。
この一連の流れで、どうやら撫子はディーに自己紹介の仕方を教えてくれるようだ、と理解できたのは、一人称の表現についてディーが幾らか思い出したからで、もし思い出していなければ、この幼子は何を言っているのだと思ったことだろう。
「ぼくはディーです」
と言われたとおりに返してやったが撫子は思案顔。唸って唸って、出てきた言葉は、「あんまり似合ってないな」であり、それが意味するところが否定的なものであるということは理解できた。
いったい何が悪かったのか、アクセントか、発音が違ったか、と不安になりつつ「ぼくはディーです」をもう一度繰り返してやったが、撫子が手で制す。そしてこう言い直した。
「おれはディーです、にしよう」
そのほうがかっこいいよ、ぜったい、と撫子は言い、「おれはディーです」をもう一度繰り返した。ディーも倣った。すると撫子は手を叩いて喜んだ。
一週間もそんなふうにしていたのだ。喋るのはまだまだ難しかったが、石竹と撫子の会話を断片的にでも聞き取り、理解することができるようになった。また石竹たちがディー向けに、ゆっくりと、簡単な単語を選んで会話をしてくれる場合には応答できるようにもなった。
言語の垣根が取り払われていったことで、オングルに関して新たな知識が増えた。特に食事に関しては。最も驚いたことは、何度も撫子に食べさせてもらった球体が、実は鮭の目玉だということであった。ほとんど生のグロテスクな魚の目玉が、あんなに美味い物だとは思わなかった。
また、石竹は撫子の母ではなく姉であり、ふたりだけで暮らしているということも知れた。驚くべきことに、この集落には現在ディーを除くと二七人しか人間がいないということである。
「二七………?」
「あの、もう一回数えますよ」
と石竹はディーの手を取って、ひぃふぅみぃ、とひとつひとつ指を折っていく。辿り付いた数字はやはり二七で、集落に僅かな人数しかいないというのは変わらぬようである。
もともとオングルに僅かな人口しか残されていないというのは予想されていた。人工的な電波の放射地点は一箇所のみで、ひとつの集落にオングルの全人口が集っているのであろうと。だがまさか二七人しかいないとは思わなかった。『耐え忍ぶ槍』号の乗員たちは、数千人規模の人数を救助する必要があると思って準備してきたのだ。
しかも二六歳の石竹がその中で最年長らしい。撫子とは親子ではなく、歳の離れたきょうだいで、ふたりだけで暮らしているうら若い女性の家にディーが運ばれたのは、そういう理由だったらしい。
一方で、ディーからオングルの住民へ伝えられたこともあった。その中で最も重要な情報は、ディーがオングルの住民を助けるためにやって来た本土の軍人であるが、乗ってきた『耐え忍ぶ槍』号や降下艇が壊れてしまったことと、ディー以外に生存者はいないことである。
この事実を伝えることで、石竹はきっと落胆するだろうと思っていたが、特段驚く様子も無く、あっさりと頷かれてしまった。ぼろぼろの状態のディーがたったひとり馴鹿に乗っていたことで、墜落したことくらいは予想していたのかもしれない。
このように意思疎通ができるようになった結果、明らかになることが増えた一方で、未だわからないことも多々あった。
例えばそれは、オングルで外来種を退け続けてきた兵器のことである。精度の悪い遠距離からの観測でも、オングル地表には定期的に外来種の兵器がやって来ることは間違いなく、それをどうにかして撃破しているらしいのだが、その仔細を石竹に問うてみても、固有名詞が多すぎてさっぱり理解ができない。ならばと絵を描いてくれるよう頼み、撫子が代筆して描いてもらったものの、その絵は人か、でなければ熊のようにしか見えなかった。二本の脚と二本の腕を持つ生き物が、両腕を天に向かって突き上げている。
これは自分の目で見てみるしかない。これまで怪我と疲労を理由に、外の便所を除いて外を歩き回ることを禁じられていたディーだったが、石竹に外を出歩く許可を伺うことにした。
「外、ですか………」
と石竹は表情を曇らせた。
頷いて、ディーは木製のカップに口をつける。ほかのあらゆる木製品と同様に、このカップにも見事な彫り物が施されていた。布には刺繍、木には彫り物というのがここの文化らしい。カップの中の液体はレモンティーのような香りと味を持つお茶で、色は紅茶に近い赤茶色だ。石竹はこのお茶を、「
「ええと、外は……、ううん、寒いですよ?」と、石竹は理由にならない理由で渋る。
「じゃあじゃあ、案内してやるから、一緒に行こうよ」
と言うや否や、撫子はフードつきのパーカーを壁掛けから取って準備を始める。
ちょっと待ちなさい、と石竹が止めた、そのときである。
地面が急に揺れ始めた。
ディーは飛び上がりそうになった。こんなに地面が揺れるなどという経験をしたのは、『耐え忍ぶ槍』号が落ちたときくらいである。必死で床に伏せる。
一方で石竹と撫子といえば、少し遅れてからじぃと囲炉裏に釣られている鍋に視線を遣った。鍋の揺れ具合を見ているのか、立ったままで、全くうろたえる様子が無い。現地住民である彼女らがこうも落ち着いているということは、どうやらこの地震は日常的なものらしい。
地震というのが造山活動に伴う地殻の揺れであり、マントルとマントルの境界、プレート活断層で頻発するということは、地震がほとんど無い地域で生まれ育ったディーでも知識としては知っている。しかし小さな惑星であるオングルの造山活動は、現在はほとんど停止しており、そのため地震もほとんど起きないはずだが、いったいこの揺れはなにが原因なのか。
すぐに思い当たるのは、外来種の襲来である。外来種はある惑星から勢い良く射出され、他の惑星地表に勢い良く突き刺さる。オングルのような、小さく、密度の大きい惑星では、外来種が落着した振動はよく伝わるだろう。
「あ」
と石竹が何かに気付いたように声を発した。舌打ちしたのち、「今日の騎手、わたしだ」とも。
揺れが収まったので、恐る恐るディーは床から身体を起こした。女や子どもが全く動揺していないのに、己だけが這い蹲っていたというのは恥ずかしいような気もしたが、あれだけの揺れがあったのに呆けと立っているというのも如何なものだろうか。ディーにとってしてみれば、彼女らは銃弾の嵐の中に裸で立っていたようなもので、結果としてたまたま一発も被弾しはしなかったものの、それは結果論で、運が悪ければ死んでいたかもしれないのだ。いかにこの地震が日常的なものであれ、少しは安全を考えて行動をして欲しい。
ディーが揺れに対して問い質す前に、石竹は行動し始めていた。毛皮の上着を着込み、膝元まであるブーツを履く。その動きたるや、地震のときのディーに相当する素早さであった。
「撫子、ディーさんと留守番していてね。外出ちゃ駄目だよ」と石竹は撫子に声をかける。
「はぁい」
「勝手に出たら、当分おやつ抜きだからね」
「出ないよ」
「うん。駄目だよ」
「でも万が一出ても、おやつ抜きはやめてね」
とそんな遣り取りをしたのち、石竹は、ディーが聞き取り易いような、いつものゆったりとした喋り方ではなく、早口で言った。「ディーさん。すみません、ちょっと用事ができたので、わたしは外に出てきます。撫子と一緒に居てください。危ないので、外には勝手に出ないようにしてください。トイレくらいなら行っても大丈夫です。誰か他に人が来るかもしれませんが、そしたらその人の言うことに従ってください。よろしくお願いします」
ディーは石竹の言葉を反芻する。全部が全部、理解できたわけではなかったが、外に出るな、と強く念押しされていることだけは伝わった。頷く。
「それから………」
石竹は何か言いかけ、急に悲しそうな顔になった。まるで、そう、なんだろう、この表情は、何処かで見たような。
「いえ、なんでもありません。では、行ってきます」
石竹は踵を返すと、外へ出て行った。
彼女の背中を見送りながら、ディーは思い出した。石竹の先程の表情は、半年ほど前、本土を出発する直前に鏡で見た、己の表情と同じだ。
(やはり、外来種が来たのだ)
戦うつもりなのだろう。外来種を迎撃するための兵器を動かしに行ったのだ。間違いない。ディーはほとんど直感的にそれを確信した。
この小さな惑星を守っている兵器というのは、いったいどんなものなのだろうか。人類が負け続けた戦争において、オングルだけは、その謎の兵器によって外来種の攻撃を防ぎ続けている。
しばらくして、もう一度、今度は先ほどの地震よりもだいぶん小さく、地面が揺れた。否、一度ではない。何度も、何度も。揺れは尻すぼみに減衰していき、それは揺れの原因がどんどん遠ざかっていっていることを示していた。
これがオングルの兵器か。ディーは音だけを頼りに、如何なる兵器であるのかを想像した。
(まさか、戦車か?)
あり得ぬ話ではなかった。なぜなら外来種というものは、さほど戦略的な行動を取らないからだ。外来種は強靭であるが、戦い方は単純そのもので、疎らに惑星を襲撃しに来るだけだ。人類はその疎らな攻撃にさえ太刀打ちできなかったわけだが、十分に回避性能が高く、破壊能力に富む兵器ならば、外来種と互角に戦える。
人類が外来種に梃子摺ったのは、主に敵の防御性能のためである。兎に角、硬い。銃弾を打ち込んだとて、爆発に巻き込んだとて、惑星表面に叩き付けたとて、相手と同サイズの人類側の兵器では簡単には有効打撃を与えられない。しかも攻撃性能も卓越しており、人類側の防御兵器を簡単に貫通してくる。
回避や命中の性能に限っていえば互角か、それどころか人類側のほうが優勢なぐらいだったのだが、どんなに上手く攻撃を当てられたとしても、その攻撃が有効とならず、逆に敵のめくらめっぽうな攻撃のうち何発は命中し、一発でも当たればが致命的となるのだから、戦況が不利になるはずである。竜と鼠が戦争をするようなものだ。攻撃が鼠にはなかなか当たらなくとも、竜が負けることはありえない。
だがもし、オングルの保有している兵器が、外来種の兵器の装甲を打ち破るほどの高い破壊力と、弾丸を跳ね返すほどの防衛力、そして高い機動性能を持っているのだとすれば、外来種の侵攻を防ぐことができたのも頷ける。
そしてそれらの機能を有する兵器として、このオングルの環境を考えた上でもっとも考えやすいのが、多脚戦車である。
航空機では、南北の寒暖差が大きいがために生じる気圧の渦や嵐に巻き込まれ、正常な航行は難しく、また十分な破壊力を持つ武装を積むことが難しい。船舶では行動が大きく制限される。単なる砲台のようなものであるならば、複数方向から攻めてこられたときにはどうしようもないだろう。
その点、戦車ならば移動が容易で巨大な砲台を有することもできる。多脚ならば、この雪地だらけの悪路でも戦うことができるだろう。重装甲、高機動、大破壊力を有した多脚戦車。おそらくそれがオングルのを守り続けてきた兵器だ。
もちろん、単なる高火力の高機動戦車というだけで、迫り来る外来種の軍隊を排除できるとは思えないから、何かしらの特殊な兵器でも搭載しているのだろう。たとえば、外来種の兵器の機能そのものを低下させたり、外殻を溶かしたりするような。
疑問なのは、その兵器がなぜこのオングルにあるのか、ということである。こんな辺鄙な惑星で、秘密兵器の製造工場でも存在していたというのか。しかしこんな物資も少ない辺鄙な惑星に兵器工場というのも、信じ難い話である。それにこの惑星で開発できた兵器ならば、ほかの惑星でも開発されてしかるべきで、その兵器を量産した人類の逆襲が始まっているはずである。
(あるいは………)
ふとした想像が頭を過ぎる。
オングルの兵器とは、人類が開発した兵器ではないのならば、外来種が製造した兵器なのではなかろうか。詳細はわからないが、外来種の兵器を鹵獲、もしくは何らかの方法で奪い、使用しているのであれば、なるほどその兵器が人知を超えているのも頷ける。
ディーは、俄然その兵器のことが気になってきた。
元より、ディーら『耐え忍ぶ槍』の挺身部隊の任務は、オングルの住民の救助と、彼らを守り続けてきた兵器の確保である。いまさら何につけても任務を優先しようと考えているわけではないが、任務を達成すれば勲章を得られる。勲章を得られれば、リリヤとも結婚できる。
ディーは外に出て、その兵器の戦う様を見たかった。それが遠く離れた地にいるリリヤと自分とを繋ぎとめる絆であるかのような気がした。
それに数十年間戦い続けているということは、消耗も大きいはずだ。戦車が何台あったのかはわからないが、数は減っているはずで、戦力の低下も著しいかもしれない。自分は前線で戦う人間ではないとはいえ、いちおう軍人だ。戦場にいれば何か役に立つかもしれない。少なくとも、女性たる石竹よりは。
「ディー、駄目だよ」
防寒着を身につけて外に出る準備を整えるディーを、撫子が引き止める。駄目だよ、おねえちゃんが、外に出ちゃ駄目、って言ったでしょ、と。日頃、姉に対してあまり従順とは言えない撫子であるが、外来種の襲来という危機的状況にあっては、それも変わるようだ。
なんと言って説得すべきだろう。ディーは拙い語彙を駆使して言葉を紡ぐ。
「石竹さん、危ない、かもしれない」
「どうして?」
と撫子は食い下がる。
ディーの想像通りに、石竹が外来種との戦いに向かったというのなら、この言葉は嘘にはならない。彼女が先ほど一瞬だけ見せた悲壮感漂う表情は、オングルの兵器が本土のそれとは違い、操縦者を安全な場所へと確保した上で遠隔操作するものではない、ということを物語っていた。操縦者が搭乗しなければ前進さえも覚束ない、旧来以前の兵器なのだろう。ならば搭乗者は危険と隣りあわせだ。
「おねえちゃんは……」
おねえちゃんは、きっと、きっと、大丈夫だもん、と撫子は必死な口調で言った。頬が赤く染まり、瞳には涙が滲んでいる。撫子にとって唯一の家族である石竹が危ないというのは、言い過ぎたかもしれない。しかしこれだけの反応を示すからには、やはり石竹は戦いに行ったと見て間違いなかろう。
泣きそうな撫子を寝台に座らせて落ち着かせたのち、ディーは装備を整える。とはいえ上着を着て杖を持つ以外にはすることはない。銃は道中で捨ててきてしまったし、あったとしても対大型兵器では役に立たないだろう。
「あ………」
高い声が聞こえた。冷たい風が流れ込んでくる。
玄関の戸を開けて入ってきていたのは、手に籠を持った、短い髪の小柄な少女の姿だった。石竹も女性らしく小柄であったが、彼女はそれよりも小さい。
さすがに六歳の撫子ほどではないが、小等部か中等部かといった容姿で、大きな瞳や丸い顔からも幼さが感じられる。
「あ、あの………」と少女はおどおどとした様子で声をあげた。容貌をそのまま音にしたような、高く小さな声だった。「どこへ行くつもりですか?」
「外へ」と短くディーは答える。
「今は……、危ないので、止めておいたほうが良いと思います」
「石竹さんは?」
「石竹さんは、今日の当番で騎手ですから……」
と少女は言いかけて、目元を赤くして寝台に座る撫子を目敏く見つけると、傍まで近寄った。大丈夫かと、何があったのかと、問いかける。
「一華、おねえちゃん、大丈夫かな」
と撫子が涙を湛えた声で言う。
一華と呼ばれた少女は何も答えずに、撫子の頭を抱いて撫でた。
「大丈夫だよね。おねえちゃん、強いもんね。ディーは知らないかもしれないけど、無敵だもんね」
「そうだね」
と短く応じて、一華はディーを睨んだ。撫子を泣かせたのがディーであると悟ったのだろう。少女の表情は、家に入ってきたときとは打って変わって、咎めるような、厳しいものとなる。
相手が小さな女の子とはいえ、いや、だからこそ感じる居心地の悪さのために、ディーが視線を逸らすと、一華もすぐに顔を伏せた。
「兎に角、大人しくしていてくださいね」と彼女は早口で言葉を紡ぐ。「石竹さんに頼まれて来たんです。あなたが勝手に外に出て行こうとするかもしれないから、見ていてくれって。外来種の落着予想地点は南緯三〇度付近ですから、現状この付近は安全です。ですから、とりあえずは出歩かないようにお願いします」
「一華、駄目だよ」と声と表情に僅かに明るい色が戻った撫子が言う。「ディーは難しい言葉は解んないから、簡単な言葉で喋ってあげないと」
撫子の物言いは失礼だという気がしたが、確かにその通りである。一華の言葉は、さっぱり理解できなかった。
「え……」あ、あの、と一華と呼ばれた少女は慌てた様子で撫子とをディーとの間で視線を往復させた。「そ、そうなんですか?」
ディーは頷いて返す。
「あの、ええと……」と一華は急に弱気になった。どうやら言葉が通じないことが不安らしい。撫子を放し、手を胸の前で何度か往復させる。「えと、とにかく、外は、駄目です。今は戦闘中……、戦っていますから」
「石竹さんが」
「そうです。石竹さんです。今日の騎手は、石竹さんですから………」
「騎手?」
「そうです、騎手です」
「騎手はなんですか?」
「騎手は……、騎手です」
一華の回答は要領を得ないものしか出てこない。
ここに居ても埒が明かないわけだが、彼女の先程の言葉から、石竹が南緯三〇度付近へ向かったということは聞き取れた。ここは南緯四〇度付近であり、外来種の兵器と石竹が乗る何らかの兵器が等速で直線に進んだとしても、南緯三十五度付近で衝突することになるだろう。如何にオングルが小さな惑星とはいえ、緯度方向に五度方向移動するのが重労働だということは、身に染みて知っている。
結局、言われたとおりに石竹の家で待つしかなかった。
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