第307話 予期せぬ援軍
有斗は王師十軍と羽林一千のみを率いて大河を
前回と違って官吏と王師だけのコンパクトな運営となる。移動も補給もスムーズに計画通りに行える。
前回は王都でラヴィーニアが、遠征先ではゴルディアスが官吏の指揮を取って、遅延や想定外の事態が発生するたびに、しっかりと修正して立て直し、空前の規模の軍隊をなんとか維持管理することが出来た。今回は諸侯とその兵が巻き起こす様々な揉め事が無い。さらには味方のはずの諸侯の向背を気にしなくてもいい。将士たちは目線を常にオーギューガのほうへ向けるだけでよかった。
将軍たちを集めた毎日の御前会議でも、当てにできない諸侯の兵の布陣や位置取りに頭を悩ます必要がない。
芳野へとどういうふうに兵を進めるか、敵は芳野のどこで王師を迎え撃つだろうか、その時、王師はどういった戦法で敵に応対するか、連日活発な議論が交わされていた。
といっても有斗の要請を無視して、自費で兵を起こしてその軍に加わり、手柄を立てようという諸侯も中にいるものである。
大河を渡ると上陸地点のそこには諸侯の兵が
一団の中からまずは上から下まで涼やかな青を基調とした服を着た、見た目涼やかな軽装の武人が前に出て有斗に向けて
「ツァヴタット伯ウェスタ、この度、陛下がオーギューガを懲らしめにこの河東に来られたと聞き、一族のものを引き連れ参上いたしました」
ツァヴタット伯として復帰したウェスタは荒れた領内での内政にあたるため、カヒ攻めの途中で有斗たちとは分かれたから、会うのは随分久しぶりだ。半年振りぐらいになる。
もっとも普通の諸侯は王に代わって地方でその土地を治めるのが仕事であるから、朝廷での官職を持たずにその地方に根付いた政治を行うのが本来の姿だ。アエティウスのように朝廷に顔を出すといった例がむしろ例外なのである。
しかし鎧を着ても分かるそのグラマーなスタイル、久しぶりに見るとまぁ・・・ベルビオとかと違う意味で実に迫力がある身体だ。
アエネアスだってスタイルは悪くない。だけど鎧を着ると細身の青年、よく見た結果、やっと胸が膨らんでいるから女性と気付く程度なのに、羽林の重装備と、ウェスタの軽装という違いはあるにしても、ウェスタのその身体のラインも露な姿は戦場では刺激的過ぎる。一度でいいから触らせてくれるのなら、思い残すことなく死んでもいい気さえしてくるぞ。
そんな言葉を言ったら、ウェスタは喜んで有斗に身を捧げるだろう。それが有斗がウェスタと結婚したいとかいった真面目な気持ちから起因するものではなく、例え有斗の一時の快楽のためであっても。
だがそれでは自己が持った権力を思うが侭に乱用する暴君である。だからそんなことは口が裂けても言わない、言うわけにはいかない。今の有斗は昔とは違う。自己の欲望も制御できるのだ。そこは伊達に長いこと王様やっているんじゃない。
それにそんなことを言ったら、ウェスタが喜んで触らせてくれる代わりに、起こりだしそうな人もいることだし。
「やあ、ウェスタ。ウェスタのところには連絡は行かなかったのかな? 諸侯に負担をかけるのも悪いから、今回は王師だけで攻めるってことにして諸侯に兵役を課さなかったんだけど」
有斗は以前と変わらない、気さくな雰囲気でウェスタに話しかける。
もはや河東は手に入れた。それまであった河東へ兵を入れる名目や河東の諸侯を味方にする為の存在としてのウェスタの利用価値はもう無い。それにウェスタを利用する代償としてツァヴタット伯の位を再び与えた。賃借関係は無くなったと考えてもおかしくない。ウェスタに対して接する態度は王と諸侯との関係という適度に離れた距離にしても構わないはずだ。特にウェスタによって一度命を狙われたことだってあるのだから、むしろ距離を離したいと思うのが当然であるのにだ。
だが有斗は未だにウェスタにこうして親しくしてくれる。ウェスタと親しくしても有斗としては何一つ得るものが無いにも関わらずだ。この人はここが凄い、とウェスタは心の底から思う。
「もちろん承っております。ですが陛下から受けたご恩は一生かかっても返せるものではございません。ご心配なさらずとも軍費はツァヴタットがきちんと持ちますから、陛下にはご心配なきように」
そう、だからこそウェスタも有斗になんとか受けた厚恩を返したいと思うのだ。女官の噂のように損得勘定だけで有斗に近づいているのではないのである。
「でも河東はまだ半年前の戦乱の傷も癒えていない。どちらかというと諸侯には内政に専念してもらったほうがいいかな・・・」
「陛下はわたしがお邪魔になったのですね・・・もうウェスタには用は無い、と」
「うっ・・・そんなことはないよ」
「ウェスタはいつでも陛下のお役に立ちたいのです」
とウェスタは目の端に涙を溜めて、キラキラと上目遣いに有斗に迫る。
うっ・・・可愛い。まさに可愛いは正義とはこういうことを言うのか・・・!
だいたい、こういう健気なことを言われると無碍にこのまま断り続けるのもなんか悪い気がする・・・まるで僕が諸侯に無理やりに自分の意思を押し付けてるみたいな気持ちになる。
相手がウェスタのような美少女だから余計罪悪感が増すのかもしれない。これがむさくるしいおっさんなら、強い意志を持って断れるのだが。
「でも諸侯にはどちらかというと今回出兵してもらうよりも、乱世を終わらせた後の体制を知恵を出して共に構築してもらうことの方が嬉しいかな」
「それでしたらウェスタにいい考えがございます♪」
ラヴィーニアも悩み、有斗も悩んでいるその重要案件に対して、ウェスタが即座に反応したことに、有斗は驚くと共に興味を抱いた。
「・・・どんな?」
「陛下はこの世界の御人ではあられませんので兄弟どころか親戚すらおられません。これがないため今の朝廷は政権基盤が安定していないのです。ここは何よりもまず枝葉を広げるべきかと」
有斗はウェスタの言葉の意味が分からずに困惑する。
「”しよう”を広げるって・・・何?」
使用・・・仕様・・・? 製品の仕様とかいう言葉は聴いたことがあるけど・・・それを広げるって言われてもなぁ。いまいち意味がつかめない。
人間的なスペックを広げろとかそういう意味か?
「木のように枝と葉を広げるということです。つまり陛下の肉親を監視の目を兼ねて各地の諸侯に封じて、反乱の芽を摘むということです」
「肉親て言っても・・・僕には父と母しかいないよ? それにこの世界の人じゃない」
だいいち僕の父や母は諸侯という柄じゃない。ごくごく平凡な共働き夫婦だ。
母は事務だけどコンピューターどころかボールペンもないこの世界で、その事務スキルが生きるとはとても思えないし、父は営業でなんとかとかいうライバルメーカーと食うか食われるかの戦争だ、などと酒に酔っては勇ましい言葉を吐いたりするけれども、とても実際の戦争では使い物にならないだろうしな・・・普通のおっさんだしな。こっちの世界に来たとしても何の役に立ちそうにも無い。二人いる従兄弟は何回か顔を合わせたことがあるけど、ただの学生だ。多分こっちも諸侯って柄じゃない。まぁ僕が王をやってけるのだから、もしかしたら諸侯をやっていくことも出来るかもしれないけど。
だけど、こちらの世界に来て諸侯をやってくれないか、こっちは戦国の世でうかうかしていると殺されるかもしれないなどと言って、快く来てくれるかどうか・・・たぶんあちらにはあちらの生活があるから無理って言われる気もするし、それ以前に彼らをアメイジアに呼ぶ方法がない気もする。
「ですから今から作るのです」
「作るって何を?」
「わたしと、未来の諸侯を♪ 一人と言わず、二人でも三人でも♪」
未来の諸侯を作る・・・ウェスタと僕とで、つまり・・・子作りってことかぁ!?
その言葉に対する反応は有斗よりもその側にいたアエネアスのほうが素早かった。
「本当になんなの!? この相変わらずの色欲大魔人は!? その破廉恥極まりない野望をまだ諦めていなかったの!?」
アエネアスは気色ばむと、がちゃりと腰に挿した剣に手を伸ばした。
「ああ・・・これは羽林将軍殿でしたか。人の色恋の邪魔を企むなんて、これだから行かず後家の嫉妬ってこわぁい♪」
色欲大魔人などということを言われて怒ったのか、ウェスタはわざとしなを作って有斗にもたれかかり、アエネアスを挑発した。
「・・・・・・・! ぜっっったいに、この剣に懸けてその野望を阻止してみせるから!!」
行かず後家などと不名誉なあだ名で呼ばれ、アエネアスは暴発寸前だ。それでも有斗と会ったころと違って直接手が出ないあたり、少しは分別を備えてきたのかもしれない。
有斗はいきなり殴られた最初の出会いのころを思い出して、そう思った。
だがウェスタはそんなアエネアスを一切無視して、有斗に
「越までの長い旅路、楽しみにしておいてくださいね♪」
ウェスタがその大きな胸を見せ付けるようにわざと前
周囲の羽林はその露骨な態度に赤くなる者、口の端を歪める者、笑いを押し殺して無理に厳しい顔を作る者、あえて無視して目線も合わせない者、さすがに羽林の兵、有斗に対して失礼な振る舞いは見せたりはしないが、心の中では王様も好きだなぁとか思われてるぞ、絶対。
そういうことは耳元でこっそり
もっとも有斗の反応だけでなく、周囲の反応を含めてウェスタは楽しんでいるのかもしれないけどさ。
だけど少なくともアエネアスのいないところで言って欲しい。ほら、アエネアスがすっかり般若みたいな顔になっているじゃないか・・・!
どうかこのままとばっちりがこっちに来ませんように、と有斗は心の中で念じた。
有斗とウェスタの会話が終わるのを待ちかねたように、そこで聞き覚えのあるどことなく軽佻でキザな声が有斗に投げかかる。
「陛下、我がトゥエンクももちろんおりますぞ!」
有斗が顔を向けると、そこには想像に違わず、マシニッサが立っていた。
お前はいい、むしろお前だけは来なくてよかったと思いつつ、有斗は内心を表面に現さないように慌てて顔を作る。
そんな有斗にマシニッサは態度だけは
「しかも軍役だと千五百のところを、なんと三千もの兵を召し連れて参りました! これも陛下への忠勤を表さんがためです!」
「そう・・・ありがとうね・・・」
嘘もここまで来ると、もはや真実か否かを疑う余地すらなくて却って清清しいな、などと有斗はマシニッサのニコニコと作り笑いを浮かべた顔を見て、そう思った。
確かにもし代償を求めずに兵を拠出してくれたなら、それは大いに感謝すべきことではある。そう、ウェスタのように。だがマシニッサのことだ、どうせ裏がある。その分、恩賞をたかる気なのである。感謝するより先に下心が目に付いて仕方が無い。押し出しが強すぎるのである。
ウェスタの時と違ってまったく感謝の気持ちが沸かないのは、マシニッサが萌え美少女ではないせいだけではないはずだ。
「ところで陛下、オーギューガを征伐した後のことはお考えですかな?」
「・・・いや、まだだよ」
マシニッサはいつにも増して下手に出た態度を示す。それを見た有斗もいつにも増して不気味さを覚える。
「越は北辺、河北、芳野、上州、東北と五道ににらみを利かせる要衝の地、それなりの人物に任せなければならないでしょう。ですが冬は厳しい寒さに襲われ、近畿から遠く、南部や畿内に比ぶれば豊かな土地とも申せません。オーギューガの統治も長く、新しい領主は民との
北辺、河北、芳野、上州、東北と五道に睨みを利かせるってことは、何かあればその五方面に手を広げることが出来るってことじゃないか。そんな大事なところによりにもよってマシニッサになんて預けられるものか、と有斗は心の中で毒づいた。
とはいえ、ツァヴタットと周辺諸侯の兵、それにマシニッサの兵を加えれば五千もの兵力になる。
王師に比べると錬度や士気に劣る兵だが、遊軍として使うとか抑えの兵にすれば充分な戦力として活用できるだろう。
それにオーギューガは精鋭であるというが、諸侯や傭兵隊といった錬度の劣る部隊だっている。それ相手ならいい勝負をしてくれるはずだ。
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