第16回にごたん
或る昼下がりのできごと。
【デネブ・アルタイル・ベガ】
【キリエ エレイソン】
【密室空間】
夏休み2週間目。
デートの予定は特になかったが、俺はいきなり自分の彼女である、南海(みなみ)に呼び出された。
今は彼女の部屋に2人きり。窓も扉も閉められた部屋で冷房が嫌なくらいによく効いている。
「ねぇ、祐樹。ちょっとそこに正座して」
「はい…?」
何が何だかまったくもって理解不能だが、とりあえず素直に従う。
「この写真に写ってる女、誰?」
目の前に突き出された写真。いわゆる「プリクラ」で撮影したやつだ。
左側にいる、俺にかなりよく似た男と、今俺の目の前にいる彼女とは顔立ちの全く異なる女子が仲良くピースなどしている。
「いや、その、俺には全くよくわからないんだが……そもそも、その男が俺だという証拠はどこにも」
「とぼけないで。祐樹のカバンから転がってきたんだよ?」
怒気をはらんだ声に、思わず威圧されてしまう。
……うん、まあ、どう見てもあの男は俺だもんな。
「……もう1人の彼女です」
「なんでこんな事したの……?」
ついさっきまで飄々としていたが、その声を聞いた途端、罪悪感が一気にこみあげてきた。
「なんていうか、その……結論から言うと、俺は南海のことも、その写真の彼女…花音(かのん)のことも、同じくらい好きなんだ。愛しているといってもいい。本当にすまなかった」
地に頭をつける。
南海は静かに泣きながら、俺の話に耳を傾けてくれた。
南海と付き合い始めた直後から、彼女と接点を持っていたこと。
それからだんだん、彼女に引き込まれていったこと。
告白されたのは2ヶ月ほど前で、一旦は南海のことを理由に断ったものの、
つい甘言に誘われ、付き合い始めていたこと。
事の顛末全てを打ち明け、南海の審判を仰いだ。
「主よ、憐みたまえ……」
その言葉の後、
「ねぇ、顔上げて」
その刹那。
何かが弾けたような音。
頬がヒリヒリとする。真っすぐ見上げた彼女の様子を見て、俺は自分が何をされたのかを悟った。
「ねぇ、痛いでしょ?」
「……ああ。すげぇ、痛いよ」
「私もそうだよ」
でもね、と言って彼女は続けた。
「ホントは、こういうの許しちゃいけないのが普通だけど、ちゃんと話してくれてくれたから、許してあげてもいいかな、って思うの。だから……」
俺はじっと次の言葉を待ち続けた。
「私のことも、ちゃんと好きだってところ、見せて」
「え……?」
「私のこと、本当に好き、なんでしょう?」
「ああ。当たり前じゃないか」
俺は、声に力を込めていった。
「なら、キス、して。お詫びのしるしに」
「…ああ。わかった」
そう言うと、南海はストン、と腰を下ろし、俺と視線を合わせた。
まだ彼女の顔は少し赤く、涙の跡もあった。
彼女の頬に顔を近づけ、そっと、その川筋を舐める。
その間にも、また彼女は泣いていた。
滴(しずく)を1つ1つ、数えるように、人差し指で拾い集め、それを自分の口に含む。
そして、やさしく、いたわるように、唇を重ねた。
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