第11回にごたん

Fünfte Tür

【タイムパラドックス】

【死を記憶せよ】

【制服の第二ボタン】

 

 

 

 


 嘘だ。

 信じられない。

 こんなことが現実で起きるはずがない。

 高校の卒業式の後で告白に成功したあの時、ようやく結ばれることができた、そう思った。

 なのに、こんなにもあっけなく終わってしまうものなのか。

 

 

 

 

 事の始まりは数日前。

 市役所に婚姻届を出し、正式に入籍したその帰り。

 突然交差点を飛び出してきた車に、彼女は轢かれた。

 車の相手は不注意だったという。

 だが、俺は自分自身への罪悪感を抱えずにはいられなかった。

 あの時、彼女に「買い物に行くから先に帰っていい」とさえ言わなければ。

 それ以前に、俺自身が「買い物に行こう」とも思わなければ。

 

 

 


 彼女は俺の目の前で死ぬことは無かったんだ。

 

 

 


 そう思った瞬間、1つの考えが頭をよぎった。

 それは、「タイムマシン」。

 それさえあれば、彼女を悲惨な運命から救うことができる。

 俺は次の日から、自宅の離れに引きこもり、タイムマシンの研究を始めた。

 目的はただ1つ。

 彼女を、救うこと。

 俺はそのためだけに全てを賭け、どれほどの時が経っただろうか、ようやくそれを完成させた。

 行き先は、彼女が轢かれる30分前―。






 道路に照りつける太陽。

 近くのコンビニに走り、新聞の日付を確認する。

 よし、ここで間違いない。

 例の車を探す。

 あった。

 幸い路肩に止まっていたので、運転手に道を尋ねるそぶりをして時間を稼ぐ。

「ありがとうございました」

 運転手に謝意を述べ、あの場所へ向かう。時刻もちょうど。

 現場へ近づくにつれ、サイレンのような音が聞こえる。

 思わず走る。

 そして、見た。

 

 

 

 

 

 血に染まる女性の体。

 その傍らで膝をつく男性。

 それに、警察官に両腕を拘束された男。

 

 

 

 

 通り魔、だという。

(クソッ、失敗か…ならばもう一度)

 到着した空き地に戻り、再びタイムマシンを起動。









 交通事故。

 崩落事故。

 火災。

 転落。

 心臓発作。

 

 

 

 

 

 失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗し

 

 


 何回も何回も時を巻き戻しても、彼女は死んでしまった。

 一体何回、彼女の死を目撃しただろう。

 一体何度、時を巻き戻しただろう。

 幾度のタイムトラベルに疲れたのか、俺は気を失った。

 

 

 

 

 

 気が付くと、俺は見たことのない恰好をしていた。

 結婚式で新郎が着るフロックコート。こんなものは俺は持っていない。

 辺りを見ると、見覚えのある人々が正装をして俺を見つめ、祝福の拍手をしていた。

 ここは教会の中。

 そして。

 バージンロードの先に、純白のウェディングドレスを着た女性。

「あら、ずいぶん遅かったじゃない。どうしたの?」

 1日たりとも忘れはしない、彼女だった。

 気が付くと、頬が熱い。

「あら、どうしたの?そんなに泣いて」

「いいや、なんでもない。やっとここまで来られたのが嬉しいだけさ」

「随分と大げさね。でも、嫌いじゃないわ」

「そうか」

 どんな形であれ、俺はようやく彼女を救うことができた。

 これで、良かったんだ。

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